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完結1周年番外編
Lovers' words 1
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(SWEETER LIFE) の少しあとのお話です。
◆
ドアを開けた瞬間、破裂音が鳴り響いて、身が竦んだ。反射的に負傷箇所を確認しようとし、発砲音、とは少し違うと気付く。高い音、そして目の前をひらひらと舞うメタリックピンクとシルバーのハートの紙吹雪。
「結婚おめでとう! 柏田くん、ミシカ!」
飛びついてきたリーサのハグはもはやタックルと同じで、思わず「うぐ」とうめいてしまった。当たりどころも悪かった。つい抱き返し、違和感を覚える。いつもスポーティーな格好をしている彼女が、今日は明るい黄色のワンピース姿。足元はパンプスだし、髪も結い上げて、パーティーにでも向かうような服装をしている。
奥にホセの姿も見付けたが、こちらもジャケットを着込んだ見慣れない格好。彼は「おめでとう」とぶっきらぼうに言って肩をすくめた。
その隣で、かしこまったスーツの上着を羽織ってポケットチーフを差し、まだらに生えた髪をセットしてにこにこしているのは勤め先の店長だ。彼がここにいるということは……まさか店を休みにしたんだろうか。
合計で十一人の友人たちの拍手を浴びながら、室内をぐるりと見回す。風船とフラッグ、ガーランド、それから可愛らしいガーベラの花で飾り付けられている。テーブルにはカラフルなマカロンがタワーになっていて、食べるのが不安になるような色合いのお菓子が盛られている。目が覚めるスカイブルーにカナリアイエローのマーブリングのケーキ。誰のチョイスだろう。
他に客はいないらしい。
「ええと……どういうこと?」
状況から推測して、答えはわかっていたが、尋ねずにはいられない。
だって私は、役所で式を挙げた帰りにリアンに「せっかくなら食事していこう、いいレストランがある」と言われたから、すっかり昼食を摂るつもりでここに来たのだ。
リアンは驚いた様子はなく、平然としている。ここに私を連れてきたのだから、当然このことを知っていたのだろう。
「君が披露宴もいらない、パーティーもしない、新婚旅行は俺が行きたいところでいい、なんてあんまりにもシャイなこと言うからちょっとおもしろくしようと思って、リーサに話してみたんだ」
「柏田くんとミシカがようやく結婚したんだもの、ぱーっと騒がなきゃ! ってことで私が計画したの。今日はここ貸し切りだから、好きに料理食べてお酒飲んでいいよ、どんどん注文して!」
ようやくきついハグから解放されたと思ったら、頬へのキス攻撃。リーサ、もうお酒が入ってるのだろうか。すごくはしゃいでる。
困惑して、私はリアンを見上げた。
「まあ、堅苦しいことは抜きで楽しもう。友達と盛り上がるにはいい機会だろう」
彼は挨拶も抜きにシャンパンのグラスに手を伸ばして、私にも一脚渡してきた。式次第とか、きっとないに違いない。
「それでは、二人の結婚を祝して、乾杯!」
リーサの音頭で、全員がグラスを煽った。甘みのあるアルコールが、しゅわしゅわ喉を通っていく。
呑み終えるときにはもう、披露宴もパーティーも敬遠していたことがどうでもよくなって、リアンに肩を抱かれて笑ってしまった。
リーサがせっかく可愛い格好しているのに、ボディビルの選手みたいにポーズを決めたりするからいけない。自分の美しい筋肉を見てほしいんだそうだ。
くだらない話――それこそ、かしこまった披露宴なんかじゃしないような、下品だったりしょうもない話――をしながら、隣に立つリアンの顔を盗み見る。
緑の目をいきいきさせて、控えめに笑っている。その幸せそうな顔を見て、……少し、ほっとした。
◆
結婚を決めてから、煩雑な手続きに都度辟易させられた。一番手間取ったのは病院関係のもの。私はあの学園都市を出た後、一時期病院に頼って生活をしていた。今ではちゃんとした職を得ているが、当時は収入も体調も安定せず――こればかりは何度繰り返してもどうしようもない――病院側の申し出により、キャリアとして研究に協力することで一定の報酬の支払いと、行政の手続きの補助、高額な医療費を負担してもらう契約を結んだ。それしか生きるすべがなかった。結婚制度も医療制度も、私の知る日本とは違っていて、何も持たない私は誰かのサポートなしにはやっていけない。
婚約後、リアンはすぐに契約を終了しようと言いだした。私の遺体を献体にするとか、そういう細かい文言が気になったらしい。ただそうしてしまうと、今現在は落ち着いている体がなにかのはずみで不調になったとき、医療費で困るかもしれない。過去、そういうことはなかったにせよ、その不安は常にある。そう話しても、彼は首を縦に振らなかった。
病院側としては、数少ないキャリアの、しかもこれから妊娠・出産をするかもしれない人間には協力をしてほしいという意向があったようだ。サンプルとしてとても有用だと。私にも、他のキャリアの人たちに貢献できるなら、と思う心も少しはあった。
そして、ひょっとしたら私が巻き込まれているこの不可思議な現象の原因を究明できるかも、という他力本願な気持ちもあった。もうこのところ、諦めが先に立って、積極的に手がかりを集めることすらしていないのに、何処か期待を捨てきれないでいる。
結局は契約の内容を変更することで落ち着いた。献体供与や一部新薬の投与は避けて、かわりにサポートの幅も狭くなる。
意外だったのは、そういう研究の大切さを知っているリアンが、嫌だとはっきり言ったことだ。彼は理由を詳しくは語らなかった。けれども「君はモルモットじゃない」と、つぶやいていたのは印象的で覚えてる。これまで何度か、検査や投薬が終わってから具合が悪くて寝込んだことを知っているからそんな言葉が出たのかもしれない。
定期的な検査にもそこそこお金がかかっている。
大きな問題が起きたら、国の被害者救済の給付金では不足する可能性もある。それがリアンに申し訳ないなと思う。お世辞にも私は高収入ではないし、他にも彼に負担を強いている。それを俺の希望だから気にするなといわれて、ありがたいと思いながらも後ろめたさを感じてしまう。自分が彼のそばにいていいのかと自問することもある。
私自身は、リアンと一緒にいられれば、法的な婚姻関係がなくてもいい。そして、私がリアンの望む理想の暮らしを与えられないからと切り捨てられるなら、仕方ないとも思っていた。……嘘。それを考えると身を引き裂かれるように辛かった。
それでもリアンは私とともにいることを選択してくれた。
彼からは与えられてばかりだ。安心して暮らせる住居も、穏やかな時間も、それから、この先への期待とか。
◆
ドアを開けた瞬間、破裂音が鳴り響いて、身が竦んだ。反射的に負傷箇所を確認しようとし、発砲音、とは少し違うと気付く。高い音、そして目の前をひらひらと舞うメタリックピンクとシルバーのハートの紙吹雪。
「結婚おめでとう! 柏田くん、ミシカ!」
飛びついてきたリーサのハグはもはやタックルと同じで、思わず「うぐ」とうめいてしまった。当たりどころも悪かった。つい抱き返し、違和感を覚える。いつもスポーティーな格好をしている彼女が、今日は明るい黄色のワンピース姿。足元はパンプスだし、髪も結い上げて、パーティーにでも向かうような服装をしている。
奥にホセの姿も見付けたが、こちらもジャケットを着込んだ見慣れない格好。彼は「おめでとう」とぶっきらぼうに言って肩をすくめた。
その隣で、かしこまったスーツの上着を羽織ってポケットチーフを差し、まだらに生えた髪をセットしてにこにこしているのは勤め先の店長だ。彼がここにいるということは……まさか店を休みにしたんだろうか。
合計で十一人の友人たちの拍手を浴びながら、室内をぐるりと見回す。風船とフラッグ、ガーランド、それから可愛らしいガーベラの花で飾り付けられている。テーブルにはカラフルなマカロンがタワーになっていて、食べるのが不安になるような色合いのお菓子が盛られている。目が覚めるスカイブルーにカナリアイエローのマーブリングのケーキ。誰のチョイスだろう。
他に客はいないらしい。
「ええと……どういうこと?」
状況から推測して、答えはわかっていたが、尋ねずにはいられない。
だって私は、役所で式を挙げた帰りにリアンに「せっかくなら食事していこう、いいレストランがある」と言われたから、すっかり昼食を摂るつもりでここに来たのだ。
リアンは驚いた様子はなく、平然としている。ここに私を連れてきたのだから、当然このことを知っていたのだろう。
「君が披露宴もいらない、パーティーもしない、新婚旅行は俺が行きたいところでいい、なんてあんまりにもシャイなこと言うからちょっとおもしろくしようと思って、リーサに話してみたんだ」
「柏田くんとミシカがようやく結婚したんだもの、ぱーっと騒がなきゃ! ってことで私が計画したの。今日はここ貸し切りだから、好きに料理食べてお酒飲んでいいよ、どんどん注文して!」
ようやくきついハグから解放されたと思ったら、頬へのキス攻撃。リーサ、もうお酒が入ってるのだろうか。すごくはしゃいでる。
困惑して、私はリアンを見上げた。
「まあ、堅苦しいことは抜きで楽しもう。友達と盛り上がるにはいい機会だろう」
彼は挨拶も抜きにシャンパンのグラスに手を伸ばして、私にも一脚渡してきた。式次第とか、きっとないに違いない。
「それでは、二人の結婚を祝して、乾杯!」
リーサの音頭で、全員がグラスを煽った。甘みのあるアルコールが、しゅわしゅわ喉を通っていく。
呑み終えるときにはもう、披露宴もパーティーも敬遠していたことがどうでもよくなって、リアンに肩を抱かれて笑ってしまった。
リーサがせっかく可愛い格好しているのに、ボディビルの選手みたいにポーズを決めたりするからいけない。自分の美しい筋肉を見てほしいんだそうだ。
くだらない話――それこそ、かしこまった披露宴なんかじゃしないような、下品だったりしょうもない話――をしながら、隣に立つリアンの顔を盗み見る。
緑の目をいきいきさせて、控えめに笑っている。その幸せそうな顔を見て、……少し、ほっとした。
◆
結婚を決めてから、煩雑な手続きに都度辟易させられた。一番手間取ったのは病院関係のもの。私はあの学園都市を出た後、一時期病院に頼って生活をしていた。今ではちゃんとした職を得ているが、当時は収入も体調も安定せず――こればかりは何度繰り返してもどうしようもない――病院側の申し出により、キャリアとして研究に協力することで一定の報酬の支払いと、行政の手続きの補助、高額な医療費を負担してもらう契約を結んだ。それしか生きるすべがなかった。結婚制度も医療制度も、私の知る日本とは違っていて、何も持たない私は誰かのサポートなしにはやっていけない。
婚約後、リアンはすぐに契約を終了しようと言いだした。私の遺体を献体にするとか、そういう細かい文言が気になったらしい。ただそうしてしまうと、今現在は落ち着いている体がなにかのはずみで不調になったとき、医療費で困るかもしれない。過去、そういうことはなかったにせよ、その不安は常にある。そう話しても、彼は首を縦に振らなかった。
病院側としては、数少ないキャリアの、しかもこれから妊娠・出産をするかもしれない人間には協力をしてほしいという意向があったようだ。サンプルとしてとても有用だと。私にも、他のキャリアの人たちに貢献できるなら、と思う心も少しはあった。
そして、ひょっとしたら私が巻き込まれているこの不可思議な現象の原因を究明できるかも、という他力本願な気持ちもあった。もうこのところ、諦めが先に立って、積極的に手がかりを集めることすらしていないのに、何処か期待を捨てきれないでいる。
結局は契約の内容を変更することで落ち着いた。献体供与や一部新薬の投与は避けて、かわりにサポートの幅も狭くなる。
意外だったのは、そういう研究の大切さを知っているリアンが、嫌だとはっきり言ったことだ。彼は理由を詳しくは語らなかった。けれども「君はモルモットじゃない」と、つぶやいていたのは印象的で覚えてる。これまで何度か、検査や投薬が終わってから具合が悪くて寝込んだことを知っているからそんな言葉が出たのかもしれない。
定期的な検査にもそこそこお金がかかっている。
大きな問題が起きたら、国の被害者救済の給付金では不足する可能性もある。それがリアンに申し訳ないなと思う。お世辞にも私は高収入ではないし、他にも彼に負担を強いている。それを俺の希望だから気にするなといわれて、ありがたいと思いながらも後ろめたさを感じてしまう。自分が彼のそばにいていいのかと自問することもある。
私自身は、リアンと一緒にいられれば、法的な婚姻関係がなくてもいい。そして、私がリアンの望む理想の暮らしを与えられないからと切り捨てられるなら、仕方ないとも思っていた。……嘘。それを考えると身を引き裂かれるように辛かった。
それでもリアンは私とともにいることを選択してくれた。
彼からは与えられてばかりだ。安心して暮らせる住居も、穏やかな時間も、それから、この先への期待とか。
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