【R18】Overkilled me

薊野ざわり

文字の大きさ
上 下
88 / 92
完結1周年番外編

(伊丹視点)コンティニューしますか? 5

しおりを挟む
 酷い頭痛がして目が覚めた。何度か瞬きして頭が動き出す。
 駐車場のコンクリートの上に仰向けで寝かされていた。隣にしゃがみこんでいたのは、ホセだ。

「気が付いたか。気分はどうだよ」
「……あたま、いたい」
「だろうな。思いっきり頭ぶつけたんだよ、お前。あのミシカってやつに撃たれて、ひっくり返ったんだ。ちょっとだけ気絶してたぞ」

 ホセに視線で示され左肩を見ると、手当されていた。ガーゼを重ねた上から包帯でぐるぐる巻きだ。動かそうとして、激痛が走った。
 ゆっくり起き上がって見たのは、離れたところに横座りしている、後ろ手に拘束されたミシカの姿だ。なにがあったんだか知らないが憔悴した顔をしている。頬には擦り傷。悔しげに唇をかみしめて、僕を睨んできた。

「大丈夫か? 肩の手当はしたが頭を打ってる。無理しないほうがいい」

 銃を手にしたまま歩み寄ってきたのは柏田だ。夢の中で聞いたこいつの、ミシカを呼ぶ悲痛な声を思い出して、ふんわり胸が温かくなった。

「なにがあったんだ、君たちの間で」
「別に。なにかあるわけないじゃないか、僕らは初対面なのに」
「……とりあえず、彼女の銃は取り上げた。拘束しているからこれ以上はなにもできないだろう。悪いが、同行するのは我慢してくれ。こんな場所に放置しておくわけにはいかないんだ」
「ほんとびっくりしたぜ、いきなりぶっ放すんだもんな。いかれてやがる。リアンが取り押さえるのが一歩遅かったら、急所に当たってたかもしれないぜ、ヨージ。あいつに近付くなよ、危ないし」

 訳知り顔でそう言って、ホセが忌々しそうにミシカを睨んだ。ミシカは、目を伏せ床に投げ出していた脚を自分の方へ寄せる。しゅんとした顔を見るのは胸がすいた。もっといじめてやりたい。

 ミシカは激高して僕を撃ったんだ。やっぱり、あのことをこの柏田に言われたくないんだろう。
 痛手を負わせてやったという充足感と、それでもまだこの男に執着するのか――縛り上げられて顔に怪我までさせられたのに――という苛立ちがないまぜになる。

「とにかく、先を急ごう。この分だと狙撃手がいるのは屋上だ。……さあ君も立て。変な真似はするな、次は拘束だけでは済まないぞ」

 柏田が忠告を投げかけながら、ミシカの腕を掴んで立ち上がらせた。ミシカは促されるまま、とぼとぼ柏田の隣を歩く。逆らう様子はない。声をあげることもない。
 僕の隣にはホセが張り付いた。心配そうにこっちを見てくるのが鬱陶しい。そりゃあ怪我はしたけれど、お前にベタベタされたくはないんだよ。

 エレベーターに乗り込むとき、ホセがミシカの背中を銃口で小突いた。

「やめろ。そういうことをするな」

 止めたのは柏田だ。ミシカはただうつむいている。

「和を乱すやつが悪い。それにこんな事態だぞ、こういうやつまで連れて歩かなきゃいけないなんてリスクしかねえのに」
「だからといって、お前が彼女を裁く立場にはないだろう。事情もわからないのに」
「事情なんかあるかよ、こいつら初対面だぜ。いるだろ、追い込まれるとわけわかんなくなって周りに迷惑かけるやつ。その女はその典型だろうが」
「それこそ初対面で決めつけるな」
「やけにその女の肩を持つじゃねえか、あんた」
「発砲の直前に彼らがなにか揉めているのを見た」

 柏田が緑色の目でこっちをちらりと見た。なんだよその目は。僕になにか文句があるっていうのか。

「本当かよ、ヨージ」
「まさか。なにもなかったよ」

 僕の言葉には納得できなかったのか、柏田が自分の隣で下を向いているミシカに顔を向けた。

「本当か?」
「……ええ。ごめんなさい、気が立ってて」

 ミシカは顔を上げない。そして、僕の言葉を否定しなかった。そりゃそうだ、口論していたなんて話をしたら、芋づる式に自分の素性や過去のことをバラされかねないんだから。

 柏田がついたため息に、ミシカは恥じるように肩をすぼめた。その横顔にぞくぞくした。もっと追い詰めたい。

「屋上についたら、君たちはエレベーター内に残れ。ドアを閉めて、おとなしくしてるんだ。もし俺たちになにかあってまずい状況に陥ったら、迷わずここを出ろ。病院に到着すればリーサがいる。彼らと次の行動を決めてくれ」

 完全に戦力外、それどころか足手まといになっている。僕にとってはどうでもいい事実だけれど、ミシカはそうではないらしい。さすがに、ここでも自分が役に立つとアピールするほどの図々しさはないようで、柏田の言葉に小さく顎を引いてみせた。

「了解。僕が彼女をちゃんと見張っておく」
「ヨージ、いざってときは銃を使って身を守れよ」

 僕の返事を確認したホセは、ひとこと余計なアドヴァイスを残し、柏田と頷きあって、ドアから駆け出ていった。銃火が閃く。二人の男に殺到する感染者たちが見えた。十人は超えているのに車の陰からまだまだ躍り出てくる。砂糖に群がる蟻のよう。
 二人はうまく連携して、近付いてきたやつから順に撃ち殺していくけれど、数が圧倒的に違う。ホセの横顔に焦りの色があるのが、遠目でもはっきり見えた。
 
「リアン……っ」

 ミシカがつぶやいて、ふらりと外へ出ようとした。

「ちょっと待ちなよ、なに勝手なことを」
「触らないで」

 肩を掴んで押し留めようとした僕を、身を捻って拒絶し、ミシカは開いたドアから戦場へ飛び出していった。腕も使えないし、武器もないのに馬鹿だ。死にたいのか。
 あの男が死んだら、この生に意味がないくらいには思っているのかも。心底、馬鹿な女。なんでこんな女のために、僕がこんな気持ちにならなきゃいけないんだ。
 追いかけようと、エレベーターの箱を出たところで、僕は足を止めた。いっそ、全滅すりゃいいんだ、あんな奴ら。
 
 ミシカは、混戦状態にある二人の兵士の元へまっすぐ走っていくと思いきや、急に方向を変えた。
 何が起こったのか、僕のところから詳細は見えなかった。拳銃のものより大きな銃声が一度鳴り響いて、ミシカが見えない拳に殴られたように近くの車に背中から激突し、そのまま地面に崩折れた。ホセがすぐさま反応して、ミシカが倒れたところから見て正面方向へ発砲する。その背をカバーする柏田が、発砲しながら後退し、倒れたミシカの後ろ襟を掴んで退避をはじめる。感染者たちがそれを逃すはずもなく、容赦なく三人に襲いかかる。

 コンクリの床を引きずられてくるミシカは、痛みで顔をしかめていた。右上腕が真っ赤になっているが、意識ははっきりしているのか、歯を食いしばり肩で息をしていた。そんなときでも、自分を引っ張る柏田の顔を盗み見て、ほっとしたように頬を緩めるから、救いようのない馬鹿だ。

「ヨージ! 狙撃手は倒した、退避するぞっ」

 ホセが切羽詰った様子で叫んだ。横手から組み付いてきたスーツの感染者の男を撃ったが制圧しきれず、横面を殴られ、たたらを踏んだ。それを柏田がフォローして、感染者の横腹に蹴りをいれ、とどめに二発発砲する。

「伊丹、リロードする、カバーしてくれ!」

 柏田が鋭く声をあげた。僕に向けて。まだ体勢を整えきれてないホセと、起き上がれるかもわからないミシカ。助けを求める相手は僕しかいないんだろう。

 僕は、緊張した顔のその男にむかって、肩をすくめてみせた。助ける義理なんかない。じゅうぶんだろ、人のものに手をだして、あげく怪我までさせて、これ以上なにを望むんだ、ごうつくばりめ。今回のミシカはもう死にだめそうだし、お前にやるから、そこで仲良く死ねばいい。でも次回のミシカは僕がもらう。

「伊丹! クソっ」

 短く罵って、柏田はミシカの襟首を解放し、タックルを仕掛けてきた警備員の服装の男の腹に、カウンターで膝を入れた。その一瞬の足止めで、周囲の感染者が追いつくのに十分な時間があった。

「ヨージ! 援護しろよっ」
「なにかあったら僕は自分の身の安全を優先すればいいんじゃなかったっけ?」

 叫ぶホセを、その場で観察する。複数人にしがみつかれて、殴られ、蹴られながらも、刃物を持った男の手首だけは掴んで必死に踏ん張っている。その切羽詰まった様子は、観賞に値した。

 面白いことを思い付いた。僕は銃を、感染者と格闘している柏田の背中に向けた。いつもすかしているあいつの、顔の原型を留めなくなるほどの暴力を受けて死んでいく姿を見たら、ミシカはどう思うんだろう。
 見てみたい。ミシカの前で死んでいく、あの男の姿を。それを見て泣き叫ぶミシカも。
 死なない場所に一発。きっと防弾ベストを着てるだろうから、胴体に当てても死なないだろう。死ぬのは感染者の暴力のせい。

 顔を殴られ体勢を崩した柏田が、防御のために顔の前に構えた腕の隙間から、僕を見た。自分に向いた銃口に気づき、目を見開く。

「どうせこんなことだと思ったわ」

 下から声がして、はっとした。ミシカが床に這っていた。血の気が引いて青ざめた、でも目だけはぎらぎらした壮絶な顔。頬は擦り傷が血を吹いている。腕は不自由なままで、頬を床に擦り付けるようにして這って来たんだ。
 ホセと柏田に気を取られて、気付かなかった。

「っあ!」
 
 左膝を蹴られて、僕は転倒した。激痛が頭のてっぺんまで駆け抜ける。思わず銃を取り落として、全身に汗が吹き出すほど痛むそこを押さえた。身じろぎのたび、頭の後ろまでずきずき疼く。

「い、ぎっ……! ミシカぁっ、お前ぇえっ……!」

 視界に影が差し、歯を食いしばって顔を上げると、僕の身体をまたぐようにして膝立ちになったミシカがいた。侮蔑をたたえた目で見下ろしてくる。その背後に、感染者が迫っている。
 なにがどうなっているのか、自分より軽いはずのミシカにのしかかられて、僕は動けなくなっていた。床に腕を突っ張っても、ミシカの太ももの拘束から脚を引き抜けない。

「退け馬鹿、後ろにっ……!」
「私はリアンを生かすためにここに来たの。そのためなら、あなたと死んだっていい」

 僕は、言葉を失った。
 言い切ったミシカが、がくんと身体を折って、僕の上に倒れ込んできた。その背中を、スーツ姿の女のハイヒールが踏みつける。肺を圧迫されたのか、押しつぶされたような声をあげて、ミシカが身を強張らせた。
 そして僕の横面には、男の革靴のつま先がめり込んだ。衝撃でぐわんとめまいがし、一瞬遅れで吐き気と頭痛が襲ってきた。痛い。痛い。熱さで脳が茹だりそうだ。

 今度は真上から靴が降ってきて、鼻が踏み潰された。声もあげられず、つま先まで身体が硬直する。二度、三度と靴底は執拗に僕の顔を踏みつける。手の指が、男の靴とコンクリートの床に挟まれて、ぱきりとあっさり折れる。なんで、どうして、こんなに痛いのにまだ痛みは増えていくんだろう。もう無理だ、許容量なんかとっくに超えてる。痛い、こんなの嫌だ。

 ……でも、それでも。僕の胸に頬を寄せ、死を待つミシカを見ると、ふっと充足感が湧いてきた。こうして寄り添って死ぬ。それはとても幸せな気がする。だってこうして、ミシカが自分の意志で僕と旅立ちを供にしようって言ったのは初めてなんだ。本当は、一緒に生きていきたいけれど、今回もうまくいきそうにない。だったらせめて、次のチャレンジに一緒に向かえたらいい。

 胸の上でうつぶせになっているミシカの頬を撫でようとした。また靴底が降ってきて意識が飛びかけ、次にはっとしたときには、ミシカがいなくなっていた。

 唇が切れ、目の端からも流血した柏田が、ミシカの脇に腕を通して、背後から抱きかかえていた。ミシカの腰を抱え込むように体勢を変えると、傘で刺突してくる感染者の女をいなす。
 体勢を立て直したホセが、回り込んで柏田と感染者を挟撃する。

 ミシカがふと目を開けて、自分のことを抱きかかえている相手を視認する。

 なんだよ、そんな幸せそうな顔して。
 戻ってこい。お前は僕のものなんだ。
 でも、手が、うまく動かない。

「み、……しか」

 再度靴が降ってきて、僕の意識は途切れた。



 泣きながら目が覚めた。踏み潰された顔の痛みより、穴が開いたような胸の痛みの方が耐え難い。手で顔を覆って、真っ白な天井の真っ白な光を遮る。背中に、硬めのストレッチャーのクッションを感じる。今回こそ目覚めとともに殺されて、その痛みですべてを忘れたかったのに。どうしてこうも僕の思い通りにならないんだろう。

 何度繰り返しても、ミシカが奪われる。あの男に。ミシカ自身が僕と一緒に逝くと決めたときでさえ、邪魔をした。あいつがいる限り、僕は――。

 はあ、と息を吐くと熱かった。泣いたせいで頭がぐらぐらする。
 寂しさと悔しさが、ゆっくり、決意へと変質する。
 
 排除しなきゃ。あの男を、僕らの世界から排除しなきゃ始まらないんだ。ミシカはもう、自分で正道に気付くことはできないだろう。だったら僕が。
 そうしてやることがミシカのためになる。これは、いつか二人で新天地に発つのに必要なプロセスなんだ。それ以外のことに気を取られていたから前回はきっとうまくいかなかった。今回はこうして殺されなかったんだからそれでいい。前回の水戸市街がどうなったか? 興味ない。
 
 ストレッチャーから降りて、頬を服の袖で拭う。壁一面の鏡には、ちょっとましな顔をした僕が映っている。その鏡に向けて、そばにあった椅子をぶちこんだ。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

The Last Night

泉 沙羅
ホラー
モントリオールの夜に生きる孤独な少女と、美しい吸血鬼の物語。 15歳の少女・サマンサは、家庭にも学校にも居場所を持てず、ただひとり孤独を抱えて生きていた。 そんな彼女が出会ったのは、金髪碧眼の美少年・ネル。 彼はどこか時代錯誤な振る舞いをしながらも、サマンサに優しく接し、二人は次第に心を通わせていく。 交換日記を交わしながら、ネルはサマンサの苦しみを知り、サマンサはネルの秘密に気づいていく。 しかし、ネルには決して覆せない宿命があった。 吸血鬼は、恋をすると、その者の血でしか生きられなくなる――。 この恋は、救いか、それとも破滅か。 美しくも切ない、吸血鬼と少女のラブストーリー。 ※以前"Let Me In"として公開した作品を大幅リニューアルしたものです。 ※「吸血鬼は恋をするとその者の血液でしか生きられなくなる」という設定はX(旧Twitter)アカウント、「創作のネタ提供(雑学多め)さん@sousakubott」からお借りしました。 ※AI(chatgpt)アシストあり

不労の家

千年砂漠
ホラー
高校を卒業したばかりの隆志は母を急な病で亡くした数日後、訳も分からず母に連れられて夜逃げして以来八年間全く会わなかった父も亡くし、父の実家の世久家を継ぐことになった。  世久家はかなりの資産家で、古くから続く名家だったが、当主には絶対守らなければならない奇妙なしきたりがあった。  それは「一生働かないこと」。  世久の家には富をもたらす神が住んでおり、その神との約束で代々の世久家の当主は働かずに暮らしていた。  初めは戸惑っていた隆志も裕福に暮らせる楽しさを覚え、昔一年だけこの土地に住んでいたときの同級生と遊び回っていたが、やがて恐ろしい出来事が隆志の周りで起こり始める。  経済的に豊かであっても、心まで満たされるとは限らない。  望んでもいないのに生まれたときから背負わされた宿命に、流されるか。抗うか。  彼の最後の選択を見て欲しい。

転生率

宮田 歩
ホラー
あの世にも行ったら来世は何に生まれ変わるのか?ルールが最近変わったらしい。 その驚愕の詳細とは——。

田舎のお婆ちゃんから聞いた言い伝え

菊池まりな
ホラー
田舎のお婆ちゃんから古い言い伝えを聞いたことがあるだろうか?その中から厳選してお届けしたい。

視える僕らのルームシェア

橘しづき
ホラー
 安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。    電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。    ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。 『月乃庭 管理人 竜崎奏多』      不思議なルームシェアが、始まる。

日常怪談〜穢〜

蒼琉璃
ホラー
何気ない日常で誰かの身に起こったかもしれない恐怖。 オムニバスの短編ホラーです。エブリスタでも投稿しています。

[全221話完結済]彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる

野花マリオ
ホラー
ーー彼女が語る怪異談を聴いた者は咲かせたり聴かせる 登場する怪異談集 初ノ花怪異談 野花怪異談 野薔薇怪異談 鐘技怪異談 その他 架空上の石山県野花市に住む彼女は怪異談を語る事が趣味である。そんな彼女の語る怪異談は咲かせる。そしてもう1人の鐘技市に住む彼女の怪異談も聴かせる。 完結いたしました。 ※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。 エブリスタにも公開してますがアルファポリス の方がボリュームあります。 表紙イラストは生成AI

処理中です...