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完結1周年番外編
(伊丹視点)コンティニューしますか? 4※(強姦描写あり)
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九階にはもちろん狙撃手の姿はなく、続く十階の捜索でもそいつは見つからなかった。手っ取り早く屋上へ行こうと言えばいいのに、ミシカはそうしなかった。柏田には自分の素性を黙っていたいんだろうな。理解してもらえないのを恐れている。馬鹿な女。僕のところへ来れば、そんなことを怖がる必要なんかないのに。
十階で見つかったのは、惨殺死体数体だった。他の階にだって死体はごろごろしている。ただ、そこにあった死体は他のところより損傷が激しかった。刃物で滅多刺しにされている。
ホセが不快そうに顔を歪めた。
「犯人が潜んでるかもしれないから、気をつけろ」
「俺がサポートする」
柏田が一歩前に出た。
銃を持っていれば、並の刃物より殺傷力では断然上なのに、ぐちゃぐちゃの死体ごときに緊張するんだな。訓練を受けた兵士だとしても。そりゃそうか、こいつらは死んじゃったらそこで終わりなんだから。
陣形を変え、先にホセと柏田が進んでいく。その後ろを追いかけるミシカに、呼びかけた。
「目当てのやつは屋上にいるって言ってやったらいいじゃん」
せせら笑ってやると、ミシカが眉間にシワを寄せた。そして無視しようというのか、顔をふいっと背けた。
「隠しておきたいの? 自分がどういう人間なのか」
僕の声は大きくない。それでも、柏田やホセに聞こえるかもしれない。少しだけ、ミシカが緊張しているのがわかった。ちらりと前を行く二人に視線をやってみせたから。
「じゃあ僕が言っちゃおうかな、君がどういう人間か。あいつらとは違う。こんな初対面のフリしているけど、実はよくあいつらのことを知っているし、この先起こることもよく知ってる。そこの男と恋人ごっこしてたこともあって」
「伊丹」
冷たい声で、ミシカが僕の言葉を遮った。その目が怒りでぎらぎらしている。構えていた銃をすっと僕の方へ向けた。
あ、やっぱり言われたくないことなんだ、これは。まるで偶然この場に居合わせたような顔をして、柏田とうまくやるつもりだったんだ。
すっと胸が冷えた気がした。しかし口の端が勝手に上がる。そうやって僕だけ見てればいいものを、馬鹿なやつ。
ちら、と柏田がこちらを振り向いた。
「そして僕に殺されたこともある。電話越しにあいつに音を聞かれながら、犯されてさあ」
発砲音とともに、灼熱感が肩に走って僕はひっくり返った。その拍子に、頭に強烈な衝撃を受け――視界が白く染まった。
◆
着信音が鳴っている。
いかにも賃貸という作りの、そっけないトイレのドアをこじ開けると、狭苦しいその個室の床で身体を丸めて小さくなっているミシカがいた。顔の横に落ちたスマートフォンが、画面を明滅させている。留守番電話に切り替わったのかいったん音が鳴り止んだけれど、すぐにまた着信した。表示には『リアン』。
「ミシカ」
呼びかけても、返事がなかった。思ったより薬の効きがいい。さっき彼女に飲ませたものは、こんな短時間で意識を失うほど強烈なものじゃないはずだ。
部屋の中を調べたときに、ミシカが毎日服用してるらしい薬をいくつか見付けたけれど、もしかしたらあれとの飲み合わせが悪かったのか。
まだ話すことがあったのに。
髪がかかった白い頬を手で撫でると、涙に濡れていた。泣くことなんてない、これから起こるのは間違いなく幸せなことなんだから。
また着信音。鬱陶しい。勝手にミシカの恋人を気取っている、あの軍人。あいつのせいで、僕の言葉をミシカがちゃんと聞けないんだ。どんな権限があって、僕のものに手を出してるんだ。僕とミシカはかけがいのない存在で、お前なんかが入り込むような隙間はないんだ。それがどういうわけか、ちゃっかり恋人だなんて言い出して。
きっとミシカも寂しかったんだ。僕もそうだからよくわかる。
目が覚めてからずっと、自分の知っているものことごとくが否定され続けて、わけがわからないうちに殺されて、頼れる人もいない状況に放り込まれた。あの心細さがわかるのは、きっと僕だけだ。
それであの男に少し優しくされて、すがる相手がいないからつい気持ちが傾いてしまった。仕方ない。そういうこともあるんだろう。でももう、ちゃんとした対の存在がこうして迎えにきたんだから、早く目を覚ましてもらわなければ。
とりあえず今回はやり直さなきゃいけない。旭日独立軍の実行犯たちが捕まってしまったせいで、組織に警察と軍の手が入った。たぶん解体されるだろう。となると僕とミシカをちゃんと保護できる場所がなくなる。やり直して、きちんと保護させないと。
僕らの未来のためなら、一度やり直す苦痛くらい、耐えられる。ミシカにそれを味わわせるのはちょっと可哀想だから、眠っているうちに済ませてやろうと思った。大切な伴侶だ、いたわってやらないと。僕は彼女には優しいんだ。今回のように間違った道を進もうとしたら、そこもパートナーとして正すし、こんなふうにちょっと手荒なことをしたのも、本当は大事にしてやってるから。いつかミシカもわかるはず。
床で苦しげに寝息をたてているミシカの腕の下に手を入れて、個室の外へ引っ張り出す。脱力しきった身体は扱いづらかった。ベッドへ運ぶため僕の肩に手を回させる。ふと目に入ったミシカの襟の中、白い鎖骨の下の、柔らかそうな胸の膨らみの途中に、鬱血痕があった。下着に隠れて通常は見えないだろう位置だが、少しかがんだ体勢で襟が引っ張られて目についたのだ。
頭が真っ白になった。耳鳴りがする。
あの男。勝手にひとのものに痕なんかつけて、所有権でも主張しているつもりか。ふざけるな。
恋人だと聞いて、ミシカとあの男がセックスするかもしれないと思ってた。だけどそれは思っていただけで、実際にその痕跡を見せつけられると頭がぐらぐらした。
ミシカの服は、簡単に破けた。生地が裂ける耳障りな音が、薄暗いキッチンに響く。白いふくらみを手で掴んだ。温かくて柔らかい。手に余るそれは、薄い皮膚の下にねっとり粘度の高い熱くて甘い物がつまっている感じだ。水色のレースの下着のなか、僕の手の動きに合わせて形を変える。鬱血痕もそれに合わせて動く。消してやる、こんなもの。
胸元に顔を寄せ、膚のにおいをかいだ。石鹸とかすかな汗のにおいも混じっている。下腹にどろどろとした熱が集まってくるのを感じた。衝動に従って乳房の肌に歯を立て噛みしめる。痛みはまだわかるのか、ミシカの唇から「うぅ……」と小さなうめき声が漏れた。ぷちぷち皮膚が裂ける音がして、鉄臭い味が口中に広がる。唇を離すと歯型からじわじわと滲み出た血で、鬱血痕は見えなくなった。満足する。口中にたまった血を床に吐いた。甘くはない。でももう少し味わいたくて、再度舌を這わせた。いっそ食いちぎればよかったか。食べてしまえば僕のものだ。
ブラジャーを剥ぎ取って、パンツやショーツもむしり取る。他にあいつの所有印がないか、念入りに調べた。白くてしなやかな肢体は、ほどよく柔らかく温かい。腕をあげさせると、左腕の付け根にほくろがあった。鴇色の乳頭が、冷えた外気にあたったからか立ち上がって、まるで僕に触れてほしいかのよう。つねりあげてみたものの、ろくな反応がなくてちょっと興ざめした。甘い声をあげて身を捩らせろよ、と乳房をもみしだいても結果は同じだ。
膝を掴んで脚を左右に開かせたときも、ミシカは目を覚まさなかった。女のにおいがめまいを誘う。こうして、あの男を誘い、自分の中に招き入れたんだろうか。そう思うと、さらに頭の奥が煮え立った。
痕跡を、消してやる。
ミシカの膣口に指をねじ込んだ。潤いが足りないから抵抗がある。
「う、あ……」
痛いのか気持ちいいのかわからないけれど、かすかな声をあげて、ミシカが身じろぎした。片手で膝を抑えてやるだけで、そのわずかな抵抗はすぐにおさまった。半開きの唇から覗く、ぬらぬらした赤い舌が、物言いたげで卑猥に蠢いている。眠っていても完全な無感覚ではないのかもしれない。だったらいいのに。目を覚まして僕を見ろ。手を伸ばし頬を叩いても反応は薄かった。
だが、時間が経つにつれ、指を抜き差ししていた膣が少しだけ潤ってきた。
ふいに、また着信音が鳴り響いた。いつの間にか音を止めたスマートフォンの存在を、すっかり失念していた。
床に転がっているそれを、手を伸ばして引き寄せ、通話ボタンを押した。
『ミシカ、大丈夫か?!』
お前こそ大丈夫かよと問い返したくなるほど慌てた声がした。かすかなロードノイズも。そんなに慌てて運転したら、事故るよ。そうなったら愉快なんだけどな。
『今警察がそっちに向かってるから、頑張れ。俺も向かってる、なんとか――』
「ミシカは眠ってるよ」
『お前……ッ、いいか、彼女に触るな。指一本でも触れたら殺す』
「もう遅いよ。これから僕ら、セックスするから。そこで聞いてたら?」
『やめろ、ふざけた真似したら許さない』
勝手に吠えてろ。負け犬。
僕は自分のペニスを取り出して、ミシカのそこにあてがった。やっぱり潤いが足りない。正直言って、痛みがあった。それでも、すべて収め終えると、たまらない充足感があった。彼女の中は温かくて、僕をちゃんと歓迎している。湿った肉がぴったりと、僕のペニスを包み込み形に沿う。
ミシカが目を開けることはなく、声を出すこともなかった。それが少しだけ、不満だった。意識があったら、こうして僕が腰を動かすたびに、あるいは揺れる乳房に手が触れるたびに彼女は反応するだろう。もしかしたら恥ずかしがって脚を開くのを拒むかもしれない。悦んで脚を僕の腰に絡めてきたかもしれない。快楽で上気した顔で、目を潤ませて上ずった声をもらしていたはず。僕のものを健気に締め付けながら。
それが人形のようにただ揺さぶられている。こんなの自慰でしかない。
ずるい。あの男はずるい。ミシカが上げる甘い声を聞いて、舌を絡めあい、快楽に悶える姿を見たんだ。きっと、愛の言葉まで受け取って。
なんの権利もないくせに。
ミシカは僕のものなのに。
ミシカの薄い腹の上に、ぼたりと水滴が落ちた。汗、――と涙。
もうじき終わってしまう。腹の底にはぐつぐつ煮凝ったような快楽があって、放出の時を待ち望んでいる。はやくミシカにこれを注ぎたい、そう思う。
なのに、気持ちが追いつかなかった。
なんで待っててくれなかったんだ。なんであんな男を選んだんだ。僕ではなくて。
電話口で喚いている男の声が一瞬遠くなって、僕はミシカの中に自分の欲望をすべて解き放った。手に入れたはずなのに、喪失感に震えながら。
十階で見つかったのは、惨殺死体数体だった。他の階にだって死体はごろごろしている。ただ、そこにあった死体は他のところより損傷が激しかった。刃物で滅多刺しにされている。
ホセが不快そうに顔を歪めた。
「犯人が潜んでるかもしれないから、気をつけろ」
「俺がサポートする」
柏田が一歩前に出た。
銃を持っていれば、並の刃物より殺傷力では断然上なのに、ぐちゃぐちゃの死体ごときに緊張するんだな。訓練を受けた兵士だとしても。そりゃそうか、こいつらは死んじゃったらそこで終わりなんだから。
陣形を変え、先にホセと柏田が進んでいく。その後ろを追いかけるミシカに、呼びかけた。
「目当てのやつは屋上にいるって言ってやったらいいじゃん」
せせら笑ってやると、ミシカが眉間にシワを寄せた。そして無視しようというのか、顔をふいっと背けた。
「隠しておきたいの? 自分がどういう人間なのか」
僕の声は大きくない。それでも、柏田やホセに聞こえるかもしれない。少しだけ、ミシカが緊張しているのがわかった。ちらりと前を行く二人に視線をやってみせたから。
「じゃあ僕が言っちゃおうかな、君がどういう人間か。あいつらとは違う。こんな初対面のフリしているけど、実はよくあいつらのことを知っているし、この先起こることもよく知ってる。そこの男と恋人ごっこしてたこともあって」
「伊丹」
冷たい声で、ミシカが僕の言葉を遮った。その目が怒りでぎらぎらしている。構えていた銃をすっと僕の方へ向けた。
あ、やっぱり言われたくないことなんだ、これは。まるで偶然この場に居合わせたような顔をして、柏田とうまくやるつもりだったんだ。
すっと胸が冷えた気がした。しかし口の端が勝手に上がる。そうやって僕だけ見てればいいものを、馬鹿なやつ。
ちら、と柏田がこちらを振り向いた。
「そして僕に殺されたこともある。電話越しにあいつに音を聞かれながら、犯されてさあ」
発砲音とともに、灼熱感が肩に走って僕はひっくり返った。その拍子に、頭に強烈な衝撃を受け――視界が白く染まった。
◆
着信音が鳴っている。
いかにも賃貸という作りの、そっけないトイレのドアをこじ開けると、狭苦しいその個室の床で身体を丸めて小さくなっているミシカがいた。顔の横に落ちたスマートフォンが、画面を明滅させている。留守番電話に切り替わったのかいったん音が鳴り止んだけれど、すぐにまた着信した。表示には『リアン』。
「ミシカ」
呼びかけても、返事がなかった。思ったより薬の効きがいい。さっき彼女に飲ませたものは、こんな短時間で意識を失うほど強烈なものじゃないはずだ。
部屋の中を調べたときに、ミシカが毎日服用してるらしい薬をいくつか見付けたけれど、もしかしたらあれとの飲み合わせが悪かったのか。
まだ話すことがあったのに。
髪がかかった白い頬を手で撫でると、涙に濡れていた。泣くことなんてない、これから起こるのは間違いなく幸せなことなんだから。
また着信音。鬱陶しい。勝手にミシカの恋人を気取っている、あの軍人。あいつのせいで、僕の言葉をミシカがちゃんと聞けないんだ。どんな権限があって、僕のものに手を出してるんだ。僕とミシカはかけがいのない存在で、お前なんかが入り込むような隙間はないんだ。それがどういうわけか、ちゃっかり恋人だなんて言い出して。
きっとミシカも寂しかったんだ。僕もそうだからよくわかる。
目が覚めてからずっと、自分の知っているものことごとくが否定され続けて、わけがわからないうちに殺されて、頼れる人もいない状況に放り込まれた。あの心細さがわかるのは、きっと僕だけだ。
それであの男に少し優しくされて、すがる相手がいないからつい気持ちが傾いてしまった。仕方ない。そういうこともあるんだろう。でももう、ちゃんとした対の存在がこうして迎えにきたんだから、早く目を覚ましてもらわなければ。
とりあえず今回はやり直さなきゃいけない。旭日独立軍の実行犯たちが捕まってしまったせいで、組織に警察と軍の手が入った。たぶん解体されるだろう。となると僕とミシカをちゃんと保護できる場所がなくなる。やり直して、きちんと保護させないと。
僕らの未来のためなら、一度やり直す苦痛くらい、耐えられる。ミシカにそれを味わわせるのはちょっと可哀想だから、眠っているうちに済ませてやろうと思った。大切な伴侶だ、いたわってやらないと。僕は彼女には優しいんだ。今回のように間違った道を進もうとしたら、そこもパートナーとして正すし、こんなふうにちょっと手荒なことをしたのも、本当は大事にしてやってるから。いつかミシカもわかるはず。
床で苦しげに寝息をたてているミシカの腕の下に手を入れて、個室の外へ引っ張り出す。脱力しきった身体は扱いづらかった。ベッドへ運ぶため僕の肩に手を回させる。ふと目に入ったミシカの襟の中、白い鎖骨の下の、柔らかそうな胸の膨らみの途中に、鬱血痕があった。下着に隠れて通常は見えないだろう位置だが、少しかがんだ体勢で襟が引っ張られて目についたのだ。
頭が真っ白になった。耳鳴りがする。
あの男。勝手にひとのものに痕なんかつけて、所有権でも主張しているつもりか。ふざけるな。
恋人だと聞いて、ミシカとあの男がセックスするかもしれないと思ってた。だけどそれは思っていただけで、実際にその痕跡を見せつけられると頭がぐらぐらした。
ミシカの服は、簡単に破けた。生地が裂ける耳障りな音が、薄暗いキッチンに響く。白いふくらみを手で掴んだ。温かくて柔らかい。手に余るそれは、薄い皮膚の下にねっとり粘度の高い熱くて甘い物がつまっている感じだ。水色のレースの下着のなか、僕の手の動きに合わせて形を変える。鬱血痕もそれに合わせて動く。消してやる、こんなもの。
胸元に顔を寄せ、膚のにおいをかいだ。石鹸とかすかな汗のにおいも混じっている。下腹にどろどろとした熱が集まってくるのを感じた。衝動に従って乳房の肌に歯を立て噛みしめる。痛みはまだわかるのか、ミシカの唇から「うぅ……」と小さなうめき声が漏れた。ぷちぷち皮膚が裂ける音がして、鉄臭い味が口中に広がる。唇を離すと歯型からじわじわと滲み出た血で、鬱血痕は見えなくなった。満足する。口中にたまった血を床に吐いた。甘くはない。でももう少し味わいたくて、再度舌を這わせた。いっそ食いちぎればよかったか。食べてしまえば僕のものだ。
ブラジャーを剥ぎ取って、パンツやショーツもむしり取る。他にあいつの所有印がないか、念入りに調べた。白くてしなやかな肢体は、ほどよく柔らかく温かい。腕をあげさせると、左腕の付け根にほくろがあった。鴇色の乳頭が、冷えた外気にあたったからか立ち上がって、まるで僕に触れてほしいかのよう。つねりあげてみたものの、ろくな反応がなくてちょっと興ざめした。甘い声をあげて身を捩らせろよ、と乳房をもみしだいても結果は同じだ。
膝を掴んで脚を左右に開かせたときも、ミシカは目を覚まさなかった。女のにおいがめまいを誘う。こうして、あの男を誘い、自分の中に招き入れたんだろうか。そう思うと、さらに頭の奥が煮え立った。
痕跡を、消してやる。
ミシカの膣口に指をねじ込んだ。潤いが足りないから抵抗がある。
「う、あ……」
痛いのか気持ちいいのかわからないけれど、かすかな声をあげて、ミシカが身じろぎした。片手で膝を抑えてやるだけで、そのわずかな抵抗はすぐにおさまった。半開きの唇から覗く、ぬらぬらした赤い舌が、物言いたげで卑猥に蠢いている。眠っていても完全な無感覚ではないのかもしれない。だったらいいのに。目を覚まして僕を見ろ。手を伸ばし頬を叩いても反応は薄かった。
だが、時間が経つにつれ、指を抜き差ししていた膣が少しだけ潤ってきた。
ふいに、また着信音が鳴り響いた。いつの間にか音を止めたスマートフォンの存在を、すっかり失念していた。
床に転がっているそれを、手を伸ばして引き寄せ、通話ボタンを押した。
『ミシカ、大丈夫か?!』
お前こそ大丈夫かよと問い返したくなるほど慌てた声がした。かすかなロードノイズも。そんなに慌てて運転したら、事故るよ。そうなったら愉快なんだけどな。
『今警察がそっちに向かってるから、頑張れ。俺も向かってる、なんとか――』
「ミシカは眠ってるよ」
『お前……ッ、いいか、彼女に触るな。指一本でも触れたら殺す』
「もう遅いよ。これから僕ら、セックスするから。そこで聞いてたら?」
『やめろ、ふざけた真似したら許さない』
勝手に吠えてろ。負け犬。
僕は自分のペニスを取り出して、ミシカのそこにあてがった。やっぱり潤いが足りない。正直言って、痛みがあった。それでも、すべて収め終えると、たまらない充足感があった。彼女の中は温かくて、僕をちゃんと歓迎している。湿った肉がぴったりと、僕のペニスを包み込み形に沿う。
ミシカが目を開けることはなく、声を出すこともなかった。それが少しだけ、不満だった。意識があったら、こうして僕が腰を動かすたびに、あるいは揺れる乳房に手が触れるたびに彼女は反応するだろう。もしかしたら恥ずかしがって脚を開くのを拒むかもしれない。悦んで脚を僕の腰に絡めてきたかもしれない。快楽で上気した顔で、目を潤ませて上ずった声をもらしていたはず。僕のものを健気に締め付けながら。
それが人形のようにただ揺さぶられている。こんなの自慰でしかない。
ずるい。あの男はずるい。ミシカが上げる甘い声を聞いて、舌を絡めあい、快楽に悶える姿を見たんだ。きっと、愛の言葉まで受け取って。
なんの権利もないくせに。
ミシカは僕のものなのに。
ミシカの薄い腹の上に、ぼたりと水滴が落ちた。汗、――と涙。
もうじき終わってしまう。腹の底にはぐつぐつ煮凝ったような快楽があって、放出の時を待ち望んでいる。はやくミシカにこれを注ぎたい、そう思う。
なのに、気持ちが追いつかなかった。
なんで待っててくれなかったんだ。なんであんな男を選んだんだ。僕ではなくて。
電話口で喚いている男の声が一瞬遠くなって、僕はミシカの中に自分の欲望をすべて解き放った。手に入れたはずなのに、喪失感に震えながら。
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