【R18】Overkilled me

薊野ざわり

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完結1周年番外編

(伊丹視点)コンティニューしますか? 2

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 全身を苛む痛みに、僕は呻いた。歯を食いしばりそれに耐える。
 あのクソ女、やりやがった。出会い頭に話も聞かず、一発ぶちかまされた。
 痛みを糧に、憎しみが胸中で体積を増していく。殺してやる、殺してやる、いっとう惨めに殺してやる。

 決意して、目を開け――景色が違った。いつもなら、特別看護室の真っ白な照明の光が目を焼くのに、目の前に広がっているのはむき出しのストレッチャーの、ビニールのような素材に包まれた硬めのクッションだ。

「あれ?」

 後頭部にぐり、となにかを押し当てられたと意識した瞬間に、衝撃が脳天を貫いた。



 身を焦がす激痛と、脳の奥まで支配するフラッシュ。奥歯を噛み締め、それに耐える。
 何が起きたかわからない。ただひとつはっきりしているのは、自分が目覚めとともに殺されたんだということだ。

「くそっ」

 罵って、身を起こそうとし、再び違和感。ストレッチャーの薄汚れたクッションが眼前に広がっている。横向きに転がされて、後頭部に硬いものを押し当てられていた。
 ざっと血の気が引き、僕は叫んだ。

「待……」

 最後まで言う前に、眼前が白く染まった。



 なんなんだ。記憶が連続しているのかわからなくなるほど細切れに、それはやってくる。
 目覚めて身動きをする前に迎える、死。
 何度? 何回繰り返した?
 死の激痛を、繰り返し休む間もなく与えられる。苦痛。それしかない。目覚めたくない。そう思うのに意識は勝手に覚醒して、はっとした途端に殺される。

 誰が。何のために?
 やめて。気が狂う。やめてくれ。
 しかし、それすら言葉にできぬまま、何度目かの意識消失に僕は戦いた。



 これは何度目だろうか。
 意識が戻ってすぐ、苦痛を覚悟した僕の後頭部に、しかしあの固くて禍々しい感触はやってこなかった。

 横たわったまま恐る恐る振り返るが、誰もいなかった。……誰も。

 どっと、冷えた汗が全身を濡らした。ずっと緊張状態だった気持ちがようやく弛緩する。

 身を起こして、ストレッチャーの上にあぐらを掻く。水戸大学付属病院の特別看護室に間違いない。狭苦しい個室、真っ白な景色だ。

 震える手で、顔を覆った。

 何だったんだ、あれは。何度も何度も、目が覚めるたびに僕を殺していく存在。
 これまでこんなことはなかった。どんな原因で前回の僕が死のうとも、次の目覚めとともに殺されることなんてなかった。
 これまでも、ちょっとした条件の変化で、先に起こることが違ってくることは何度かあった。ここ数回のあれもそうなのか? バタフライエフェクト。そう言っていいのかわからないけど。

 ようやく条件が変わってループから抜け出せたのか。でも僕には条件が何かもわからない。ただ死と覚醒を繰り返す以外なかった僕が、その条件に干渉できたとは思えない。

 思い出すだけで吐き気がする、激痛の繰り返し。
 脳裏をよぎったのはあの女――ミシカの顔だった。あいつがなにかして、僕の目覚めを阻止していたのではないか。だって、この世界で真実、意思を持って動けるのは、僕とあの女だけなのだ。それ以外は決められた行動ルートを自動的に繰り返すしかない人形たち。だったらこんなイレギュラーを起こせるのは、あの女しかいない。

 ……しかし本当に、そうなのか。最初にあの女を旧病院で見付けた時間を考えると、あいつはまだ椅子に縛り付けられている可能性が高い。たとえこれから僕があちらに向かうより早く、椅子の拘束から抜け出せたとしても、ここまでやってきて僕を殺す時間があるだろうか。そもそも、認めたくないことだが――あいつが僕に進んで会いに来るとは思えない。リスクが大きすぎる。あるいは損得勘定を無視するほど、僕を憎んでいるのか。

 心臓がぎゅっと痛んだ。

 なにを間違えたんだろう。本来なら、僕がミシカに憎まれる筋合いはない。彼女と幸せになるのは、最高の権利を享受するのは、僕のはず。

 彼女のことを柿山から聞かされた時、はじめて、本当の喜びというものを知った。全身の血が沸騰しそうなくらいの興奮。あのときの全能感たらなかった。当然、ミシカだって、僕の話を聞いたらそう喜んでくれると思ったのに。
 銃を頬に押し付けてきたときのミシカの目。まるで駆除対象の害虫に向けるような冷たい目だった。どんな言葉を持ってしても、きっとこの壁は崩せない、そう思わせるほどの拒絶。
 
 こんなことあっていいはずがない。これじゃあ、僕はなんのために生き死にを繰り返してるのかわからない。僕はいずれこの世界を一新するための準備として、自分をその至高の存在たらしめるための試練として、この場で何度もやり直しをしているんじゃないのか。――まさかミシカが言っていたように、あの連中に担がれて?

 熟考の末、出した結論はシンプルだった。
 ミシカに会って、話をしたい。今の僕を知っている唯一の人間。彼女以外にこの状況を説明できる人間はいない。



 このまま一人でミシカのところへ行っても、話をする前に殺されるかもしれない。それだけが心配だった。あの女は、まだ目が曇ったままだろうから。

 誰か他にいれば、さすがにミシカもそんな真似はしまい。
 僕は四階に寄り、須賀たちと合流することにした。脱出に関する情報をちらつかせれば、あいつらは食いついてくる。

 ところが、たどり着いた四階の第四診察室は無人だった。隠れているのかと思って探してみたけれど、誰もいない。

 まさか、条件がまた変わって、須賀たちはこの部屋に立ち寄らなくなっているのか?
 一体、なにが起きてるんだ。誰が引っ掻き回している?

 混乱したまま、三階にも立ち寄った。そこの待合室で柿山に遭遇する予定だったのにできなかった。それどころか、うろついていた感染者たちに目をつけられ、取っ組み合いになって鼻血を出すことになった。四階で拾った銃で、無駄玉を三発も撃ってしまって、最悪だ。手持ちの武器はこれしかないのに。



 どうにかこうにか旧病院までたどり着いた僕は、ばったり、思いもよらない人間と鉢合わせした。
 名前すら忘れてしまった、チビでマッチョな兵士。怪我人を担いでいるそいつが廊下に出てきたところで顔を合わせたのだ。僕は以前と同じく、地上階の割れた窓から病院内に侵入し、廊下に出たところだった。
 奴の半歩前に出ていた女の兵士がこちらに銃口を向ける。女は右上腕を雑に止血していた。

「ぼ、僕は感染してない」

 撃たれたらたまらない。自ら恭順の意を示して、両手を上にした。銃はパンツのウエストにねじ込んでいる。敵意がないことを示すため、それも明らかにする。

 兵士二人は顔を見合わせうなずきあった。女兵士が銃口を下げる。

「銃を向けて悪かったな。俺はホセ・勇次・バーキンだ。遭難者の救助のために派遣された。今は避難の途中だ。こっちはリーサ」

 チビの兵士は、怪我人を担いだまま手を差し出してきた。女の方は警戒して、周囲をキョロキョロ見回している。

「僕は伊丹洋次。避難の途中」

 本当は、こんな汚い手なんて触りたくない。それを我慢してホセの手を握った。馬鹿力で握り返されて骨がきしむ。こいつに殴られたことを忘れていない。また惨めに殺してやろうかと思うくらい腹が立つ顔だ。しかしながら、こいつらと一緒にいれば、ミシカと話をするチャンスがあるかもしれないから、おとなしくすることにした。

「へえ、ヨージね。俺たち、名前似てるな」
「……そうだね」
 
 自分の名前が嫌いになりそうになった。その気色悪いにやけ顔と下手くそな日本語をどうにかしろ、と喉元まで出かかる。雨で湿って肌に張り付く服のように鬱陶しい。

「あんた一人なのか? 他には誰か?」
「誰も。……この街から出たいんだけど、……あんたたち僕を助けてくれるの?」
「ああ、もちろん。そのために派遣されたんだ」

 頼られるのが好きな人間っている。このチビ兵士はそれらしい。わかりやすく張り切って、まずはこの怪我人の応急処置をしてから脱出経路を確保すると説明した。ここに来るまでに撃たれたらしい佐々木という男は、息も絶え絶えだ。

 佐々木を処置室に運び込み、そこにあったストレッチャーに寝かせ、リーサとかいう女兵士が様子を見ることになった。こんな助かるかもわからない人間のために時間を割くのはばかばかしいけど、従っておくことにした。

「なにか手当に使えるものがないか、探してくる」
「僕も行くよ」

 立ち上がったチビ兵士に倣って、僕も立ち上がった。すると奴はぱっと顔を明るくして、僕の肩を小突いた。

「なんだ、ナードかと思ったらガッツあるな、あんた。助かる」
「失礼だな。ここまで一人で生き延びてるんだから、当然だろ」

 呆れた。馬鹿にしてるのか褒めてるのかわからないその言葉にも。他人の評価基準がただの外見だってことも。以前、僕にどういうあしらい方をされたのか、知りもしないのだから仕方ないか。
 心中で嘲笑しながら、僕はホセと部屋を出た。埃の積もった廊下に出た途端、ホセは表情を引き締め、銃を構えた。油断なく周辺を警戒する。

「誰だ?!」

 鋭い声を上げ、ホセが廊下の曲がり角に銃口を向けた。
 そこから身体を傾け、顔を半分出したのは――見覚えのある、男。あいつだ。覚えたくもないのに、名前が記憶の底から蘇ってくる。柏田リアン。そしてそのうしろには、ミシカの姿。

「勝田基地所属の柏田リアンだ。……もしかして、ホセか?」
「リアン? なんだってこんなところに?」

 二人の軍人は、同時に銃を降ろし、歩み寄り互いの肩を叩いた。ホセより頭一つ分くらいでかいその男は、落ち着き払った様子で僕に軽く目礼する。その余裕綽々という態度が癇に障る。なによりムカついたのは、柏田の後ろにいたミシカが、僕を見るなり敵意むき出しで目を眇めたことだ。彼女のショートパンツから伸びた白くてしなやかな太ももが、緊張する。

 ああそう。地下室で囚われのお姫様のようにその男に助けられて、今回も首尾よくすり寄るんだ。むしろ野良のメス猫みたいじゃないか。
 侮蔑とともに、もやもやとしたものが腹の底からこみ上げてくる。お前が立つのはその男の隣じゃない、なんでわからないんだ。そう言ってやりたいのをぐっと我慢する。今はその時じゃない。

 きっとここに柏田やホセがいなかったら、その手の拳銃で、有無を言わさず僕を射殺するんだろう? そうはいかない。今回はどうにかしてお前と話すために胸糞悪い演技をして、ホセと握手までしたんだから。
 
 それでいて、ミシカの冷たい目に、僕の胸は熱くなった。
 なにがあっても、やっぱりミシカは僕を覚えている。僕が僕だということを知っている、唯一無二の存在。それは変わらないんだ。
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