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番外編・おまけ
ダメージコントロール
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予定通り、刑が執行されるというので、彼はほっと胸をなでおろした。
ようやく、という気持ちが強い。
事件から三年経ち、ようやく折り返しだ。
明日、死ねば、自分は十七のガキに戻り、それから三年後の夏、再び、佳苗を組み敷くことになる。
毎回、この七年近い禁欲は堪えるが、我慢するしかない。
今回も、国家に対する反逆の罪に問われ、そのほかに殺人、殺人幇助など、十を超える犯罪で罰されることになった。殺人について言えば、正当防衛・過剰防衛にあたる感染者の排除を除き、旧水戸大学付属病院内での、臨床検査技師殺害が主な罪とされている。
件の技師はリネン室で殺されていた。頭部を破壊された、無残な状態で遺体は発見された。
周辺から彼の犯行を立証する物証が多数見つかっており、本人もそれを認めているため、彼は――須賀は殺人罪にも問われることになったのだった。相手が感染者でなかったと――ウイルス撒布よりも前に殺害されたと科学的に証明され、その殺人については、自己防衛による加害と認められなかったのだった。
殺害の理由について、彼は、こう述べた。
自分が、ウイルスを撒布する役をやりたかった、と。
まさしくその通りだった。
須賀は、自ら、学園都市にウイルスを撒布する役をやりたかった。
そのために、旭日独立軍だなんて、面倒で迷惑な連中の仲間になったし、看護師になって、廃棄された旧水戸付属病院でひっそり行われていたウイルスの研究チームに参加してきたのだ。
とりあえず、今回は問題なく、作業を終えられそうで満足だった。
ウイルスを自分があの学園都市に撒布することで、水戸市全域でのエピデミックが避けられることは、実証済みだ。ウイルスを保管している学園都市が壊滅しては、誰もウイルス自体を確保できない。
あの臨床検査技師が死ねば、水戸市の配水設備にウイルスを撒布するのが遅れる。その間に、学園都市が閉鎖され、計画自体がつぶれていく。
そうすれば、佳苗が死ぬこともない。
身寄りがない、少年時代の須賀と、同じ施設で育った彼女は屈託なく笑う。彼とはまったく反対のおおらかな女だ。
いっときは、どうにかして彼女と添い遂げようと、あらゆる方法で事件の抑止を試みたが無理だった。須賀が警察や軍に訴えたところで、相手にされずに終わり、ときには組織にリンチされて、惨めな最期を迎えることもあった。
やがて、すべては手に入れられないと悟り、被害を最小に抑える方法を模索した。第一優先は、佳苗の住む水戸市街には絶対に感染を拡大させないということだったが――そうなると、自分が必ず犯罪者として裁かれなくてはならないらしい。
組織に、二心あることを悟られても終わりだ。佳苗を殺される。
だから、今回のように完璧に、佳苗にさえ気付かれずにすべてを完遂する必要があった。
事件の半年前に、佳苗とは縁を切る。そうでないと、重大な犯罪を犯した男の内縁の妻として、彼女まで疑いの目を向けられるからだ。本当は、関わらないのが一番なのだろう。別れたところで、犯罪者の女という世間の目は避けられない。だが、せめて自分にも佳苗と時を重ねることぐらい許されてもいいだろう――須賀はそう思っていた。
何度も繰り返す無駄なこの人生にも、たまに与えられる休息があってもいいだろう。むしろそのために、気が遠くなるほど長い苦痛も耐えるのだ。
そういえば、前回に引き続き、今回もイレギュラーなことがあった。
彼は冷たい床の感触を素足で味わいながら、少しだけ話をした同胞を思い出す。
同胞に遭遇するのは、前回のやや壊れた男が初めてだった。そして今回は、芋づる式にもう一人の同胞に遭遇した。
とりあえず彼女に言えるのは、さっさと受け入れろということだった。
考えたところでわからないものはわからないし、手に入らないものは手にはいらない。世界のルールからはみ出してしまったことを嘆くくらいなら、徹底的に取捨選択をするべきだ。
たとえば、四千人強の運命と、自分の気に入った一人の運命を天秤に乗せるくらいには。捨てた方の選択肢など知った事ではないと、心の底から言えるほどに。
さて、彼女はいつそうなるのだろう。須賀はいつかくるかもしれないその日を――彼女との再会を想像して、口の端を上げた。
明日の彼の最後の瞬間、佳苗は立ち会うだろうか。
須賀にとっては、そちらの方が大事だった。
ようやく、という気持ちが強い。
事件から三年経ち、ようやく折り返しだ。
明日、死ねば、自分は十七のガキに戻り、それから三年後の夏、再び、佳苗を組み敷くことになる。
毎回、この七年近い禁欲は堪えるが、我慢するしかない。
今回も、国家に対する反逆の罪に問われ、そのほかに殺人、殺人幇助など、十を超える犯罪で罰されることになった。殺人について言えば、正当防衛・過剰防衛にあたる感染者の排除を除き、旧水戸大学付属病院内での、臨床検査技師殺害が主な罪とされている。
件の技師はリネン室で殺されていた。頭部を破壊された、無残な状態で遺体は発見された。
周辺から彼の犯行を立証する物証が多数見つかっており、本人もそれを認めているため、彼は――須賀は殺人罪にも問われることになったのだった。相手が感染者でなかったと――ウイルス撒布よりも前に殺害されたと科学的に証明され、その殺人については、自己防衛による加害と認められなかったのだった。
殺害の理由について、彼は、こう述べた。
自分が、ウイルスを撒布する役をやりたかった、と。
まさしくその通りだった。
須賀は、自ら、学園都市にウイルスを撒布する役をやりたかった。
そのために、旭日独立軍だなんて、面倒で迷惑な連中の仲間になったし、看護師になって、廃棄された旧水戸付属病院でひっそり行われていたウイルスの研究チームに参加してきたのだ。
とりあえず、今回は問題なく、作業を終えられそうで満足だった。
ウイルスを自分があの学園都市に撒布することで、水戸市全域でのエピデミックが避けられることは、実証済みだ。ウイルスを保管している学園都市が壊滅しては、誰もウイルス自体を確保できない。
あの臨床検査技師が死ねば、水戸市の配水設備にウイルスを撒布するのが遅れる。その間に、学園都市が閉鎖され、計画自体がつぶれていく。
そうすれば、佳苗が死ぬこともない。
身寄りがない、少年時代の須賀と、同じ施設で育った彼女は屈託なく笑う。彼とはまったく反対のおおらかな女だ。
いっときは、どうにかして彼女と添い遂げようと、あらゆる方法で事件の抑止を試みたが無理だった。須賀が警察や軍に訴えたところで、相手にされずに終わり、ときには組織にリンチされて、惨めな最期を迎えることもあった。
やがて、すべては手に入れられないと悟り、被害を最小に抑える方法を模索した。第一優先は、佳苗の住む水戸市街には絶対に感染を拡大させないということだったが――そうなると、自分が必ず犯罪者として裁かれなくてはならないらしい。
組織に、二心あることを悟られても終わりだ。佳苗を殺される。
だから、今回のように完璧に、佳苗にさえ気付かれずにすべてを完遂する必要があった。
事件の半年前に、佳苗とは縁を切る。そうでないと、重大な犯罪を犯した男の内縁の妻として、彼女まで疑いの目を向けられるからだ。本当は、関わらないのが一番なのだろう。別れたところで、犯罪者の女という世間の目は避けられない。だが、せめて自分にも佳苗と時を重ねることぐらい許されてもいいだろう――須賀はそう思っていた。
何度も繰り返す無駄なこの人生にも、たまに与えられる休息があってもいいだろう。むしろそのために、気が遠くなるほど長い苦痛も耐えるのだ。
そういえば、前回に引き続き、今回もイレギュラーなことがあった。
彼は冷たい床の感触を素足で味わいながら、少しだけ話をした同胞を思い出す。
同胞に遭遇するのは、前回のやや壊れた男が初めてだった。そして今回は、芋づる式にもう一人の同胞に遭遇した。
とりあえず彼女に言えるのは、さっさと受け入れろということだった。
考えたところでわからないものはわからないし、手に入らないものは手にはいらない。世界のルールからはみ出してしまったことを嘆くくらいなら、徹底的に取捨選択をするべきだ。
たとえば、四千人強の運命と、自分の気に入った一人の運命を天秤に乗せるくらいには。捨てた方の選択肢など知った事ではないと、心の底から言えるほどに。
さて、彼女はいつそうなるのだろう。須賀はいつかくるかもしれないその日を――彼女との再会を想像して、口の端を上げた。
明日の彼の最後の瞬間、佳苗は立ち会うだろうか。
須賀にとっては、そちらの方が大事だった。
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