【R18】Overkilled me

薊野ざわり

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本編

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「多分、意味が分からないし、……気持ち悪いと思うけれど、私、あなたと付き合っていた」
「流石に、恋人関係にあった相手を忘れたりしないはずだが、君のことは記憶にない」
「私が付き合っていたのは、あなたじゃないあなただと思う。ごめん、混乱すると思うけれど、ちょっと話を聞いてほしい」
 ああ、と短い返事をして、リアンは口を閉じた。


64、

 どこから説明したらいい? どうしたら、わかってもらえる? 悩んだものの、どうせ理解できるわけもない話だ。何度頭の中で整理しようとしても、私自身理解しきれないのだから。
 問題は、信じてもらえるかもらえないかだ。だから、なるべく手短に、わかりやすく頭から、かいつまんで話すことにした。

 私の記憶の欠如と、何度も繰り返す生と死のループ、そして自分の身元がわからないという状況。そんな状態で、私はこの混乱した学園都市で目が覚め、リアンに出会ったということを。
 脱出を試みては死んだということは、かいつまんで話した。そのプロセスはさほど問題ではないからだ。
 むしろ、その後。今回目が覚める前に、何があったか。そこが一番大事だろう。今に直接関わるのは、その部分だから。
 私の記憶が、死んだ後も保持されていることや、伊丹も同じ状態にあるということ、だからこそ、今回の面倒に発展してしまったこと。

 うまく説明できたか、わからない。きっと、できてない。
 それでも、リアンは黙って話を聞いてくれた。とても長く話し続けた気がしたが、時間を見れば、五分ほどだった。
 口をつぐむと、沈黙が車内を支配する。
 ウインカーを使わずに道を曲がったあと、リアンがようやく口を開いた。

「悪いが、にわかには信じがたいな」
「そう、だよね」

 それも当然だ。私が逆の立場だったら、なるべく相手と関わらないように考えるところだろう。伊丹と距離を置きたいと思ったように。もしリアンにそう思われていたとしたら辛いが、仕方のないことだ。

「とはいえ、合点が行くということもいくつかある。君の行動や、伊丹の行動についてだ。さっきの横転したバスのことや、狙撃手のことも。あれは、その君の過去の――いや、君にとっては過去だが、未来になるのか? 説明が難しいが、その、君の記憶があったからこそ、予見できたということで理解はあってるか?」
「うん」
「ほかにもいくつかあるな。救助のヘリが来るという情報を君が持っていたこと。あれは、この情報が制限された状態で、簡単に入手できるものではないし、俺の名前も確実に名乗ってない自信があったからな。ホセから聞いたなら、君が言葉に詰まる必要も無い」
「あのとき、――初めて顔をあわせたとき、どうしてファーストネームを伏せたの?」

 ちょっと疑問に思っていたことを聞いてみると、リアンは大きく息を吐いた。

「ただ単に、名乗りたくなかっただけだ。君たちはかなり不審だったし、伊丹の印象が抜群に悪かったからな」
「そう……。それなのに、名前呼んだりしてごめん」
「驚いたが、謝ることじゃない」

 リアンは再び黙る。何かを考えているように。

「本当に、俺たちは、付き合っていた?」

 ためらいがちに問いかけられる。

「……ええ。……気持ち悪い? こんな話をされて」
「少し」

 ストレートにそう言われると、泣きたい気分になった。唇を噛んで、耐える。

「俺の理解できる範疇を超えてるな。だが、それを嘘だと否定する材料もそろわないし、なにより君が嘘をついているようにも思えない。メリットがないだろう、そんなことをしても」
「あなたの年齢、誕生日、出身地。大学での専攻や、好きな作家、好きな食べ物、昔の恋人と腕のタトゥーの話も知ってるわ。まるでストーカーしてる気分だわ」

 自嘲気味に笑って、私は半ばやけくそで、言い放つ。なぜだろう、一瞬、伊丹の気持ちがわかるような気がしてしまった。
 リアンが、居心地悪そうに身じろいだ。ルームミラー越しに、また目が合う。

「まさか、タトゥーの話まで俺はしたのか? その、君と付き合っていた俺は」
「あなたがなぜ軍属になったかという話しでしょう?」
「……そうか。いや、そこまで念の入ったリサーチをしてまで騙す価値が、俺にあるとは思えないが――やっぱり、理解しがたいのは変わらないな」

 つい、ため息が出てしまった。彼を責めるつもりはなく、こみ上げてくる気持ちをどこかに逃がしたくて、深く息を吐いただけだ。
 吐息とともに、自分の中身がからっぽになるような錯覚に陥る。
 目の前に座っているリアンが、とても遠く感じられた。

「君はどうしたいんだ?」
「どう……というのは」
「だから、失ったものを取り戻したいのかということだ。前回得られた新しい身分や生活、人間関係」
「その人間関係に、あなたとのことは含まれるの」
「……そうだな」
「だったら、いらない」

 つい、きつい言い方になってしまったが、リアンはなにも言わなかった。

「だって、話していると思うの。別人だなって。だから、気を遣わないで」
「……わかった」

 ため息まじりにそう言われて、会話は終わった。
 私は、膝の上に組んだ、自分の指を見つめる。

 同じ姿をして、同じ人生を歩んで来たとしても、目の前のリアンは、私を抱きしめてくれた彼とは別人だ。たぶん、どれだけ言葉を尽くして私が話しても、彼に私の話は遠い出来事としてしか入らないだろうし、私もその度、彼の今と前の違いを見つけては辛くなるだけだ。

 でも、それでも。わかっているのに、彼の声の調子や、間の取り方、こうして運転している時のちょっとした仕草に、苦しくなる。

「嫌な聞き方をして、悪かった」
 そう、たとえば、こういうところとか。
 握りしめて白くなった手の甲に、涙が落ちた。私は、声を殺して、泣いた。
 リアンは、気付かないはずないだろうけれど、何も言わなかった。
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