【R18】Overkilled me

薊野ざわり

文字の大きさ
上 下
63 / 92
本編

63

しおりを挟む
 降車し、私たちは横たわったバスの周りを見て歩いた。やはり、どうこうできる状態ではなさそうだ。記憶にある嫌な臭いがバスの周りには漂っている。
 霧雨にしっとりと肌をぬらして、リアンと須賀は話し合っていた。

「本気か?」

 急にリアンが声を大きくしたので、私は驚いて彼らの元へと向かった。
 須賀が、助手席にあったペットボトルと煙草を引っつかんで、車のドアを乱暴に閉めたところだった。


63、

「どうしたの?」

 腰に手を当てて呆れたような怒ったような顔をしたリアンと、ショットガンを担ぎ上げた須賀。対峙する二人に声をかけると、微妙な空気が流れた。

「……彼は一人で行くそうだ」

 驚いて、須賀を見ると、奥まった目を一度伏せて肩を竦めた。

「悪いな。ショットガンは一丁もらうぞ」

 文句は言わせないというような強い口調だ。須賀はすたすたと歩き出す。
 リアンは追いかけもしない。一度地面に視線を落とすと、苛立ったように、霧雨が降ってくる空を見上げた。私は慌てて、バスによじ登った須賀に駆け寄った。

「どうして? 一人で行くのは危険だと思う」
「いろいろ理由がある。あんたらに説明はできないがな。そっちはもう車もあるし、大丈夫だろう。気をつけて進め」
「でも……」

 須賀はまるでコンビニの駐車場にたむろする高校生のような格好でしゃがむと、バスの横腹の上から私を見下ろして、やや声を潜めて言った。

「あんたもいろいろ大変だろうが、振り返ってばかりだと、沼に落ちるぞ。落ちたら這い上がれない。前を見てた方がいい」
「それは、どういう」

 言葉の真意は語らず、須賀はバスの向こうへ飛び降りた。足音が徐々に遠ざかり聞こえなくなる。
 私は、その場に立ち尽くしていた。

「仕方ない。彼にも事情があるんだろう。ここにこうしていても仕方ない、別のゲートへ向かおう」
 後ろからやってきたリアンに肩を叩かれ、私は振り返った。



 地下道の入り口から近い、地上のゲートへ向かおうという話になり、車に乗り込んだ。リアンは運転席、私は後部座席の塩野の隣だ。

 塩野はドアの開け閉めの音にも目を覚まさない。心配になって、彼の顔の前で手をかざしてみた。呼吸はしている。首に触れると、かなり熱く汗ばんでいる。

「彼、具合が悪そう」
「怪我をしているからな。早く病院に連れて行ってやらないと」

 再び、車が動き出す。須賀はすでにいなくなっただろうが、私はバスの方から目を放せなかった。
 ここまで来たのと同じように、ほぼ徐行状態で車は進んで行く。ワイパーの音だけが車内に響いた。

 会話はない。
 何を話せばいいのかもわからず、自分からは口を開けずにいた。沈黙が、気まずい。
 何か話すことはないかと、必死に考えて、あることを思いつく。

「そういえば、謝らないと。私、あなたから預かった銃を、無くした」
「ああ……そういえば。まあ、いいさ。支給品だから、報告書が必要になるだけだ」
「……ごめんなさい」

 なんだか、私は彼に罰則を与える原因を作る存在のようだ。申し訳なくなる。

「気にするな。それにそう、畏まらないでくれ。俺の態度がこうなのは、元からだ。特に君に含むものがあるわけじゃない。それとも俺と話すのは緊張するか?」
「ちょっとだけ」

 理由は色々あるけれど。
 すると、リアンはハンドルから片手を放して、自分の頬を掻いた。バツが悪そうに。

「実は、俺も君と話す時は緊張する」
「そ、そう?」
 思いがけない告白に、声が裏返った。
「またぼろぼろ泣かれたら困るからな」
「酷い! あれは、気が緩んだからで、いつもは突然泣いたりしないのに」

 恥ずかしさに顔が熱くなった。思わず声が大きくなってしまって、はっとして隣の塩野を見るが、彼は苦しげに眉根を寄せたまま、目を覚ます気配はなかった。
 見えないが、リアンが笑っている気配がある。
 これ以上なにか言ったら墓穴を掘りそうだ。
 
 きょろきょろと車内を探してみたが、目的にあったものが見つけられず、リアンに問いかけた。

「鋏かナイフ、持ってない?」
「俺を刺す気か?」
「お望みとあらば。……彼、すごく汗をかいてるから拭いてあげたいんだけれど、ハンカチ持ってないから、なにか布を裂いて……」
「それなら、バックパックにガーゼがある」

 助手席に置かれたバックパックを、座席の隙間から手を伸ばして掴む。ずっしりした重さのそれを引き寄せるのに四苦八苦していると、リアンが片手でひょいと持ち上げて、私の方へ差し出してくれた。膝に乗せ、目的のものを引っ張りだす。

 パッキングされていたガーゼを取り出して、塩野の首筋や額を拭ってやる。作業が雑になってしまいそうで、いけないと自分に言い聞かせて、丁寧に汗を吸い取ってやった。

「悪い、冗談だ。君と話していると緊張するのは本当だが、別に泣き出しそうだからってわけじゃない」
「じゃあ、なに。噛み付かれそうだとでも?」
 口調がきつくなるのをとがめないでほしい。
「君が張りつめた様子だったからな。心配だった。あまりに危うい感じがして」
「危ういって……自殺でもしそうだった?」
「自殺はわからないが、このままだと一生笑わないんじゃないかって顔をしていた。……今さっき、少し緩んだみたいで、安心した」

 ルームミラーを見る。薄暗い中で、微かに、リアンが微笑んでいる。

「……ずるい」
 言葉が零れる。手の中のガーゼを握りしめて、私はもう一度、ずるいと言った。
「いつも、あなたはそうやって、私の本音を白状させる」
「いつも?」
「そう、いつも」

 聞き返しながらも、リアンに驚いた様子はなかった。振りだけかもしれないけれど。

「私、あなたのことを知っていたわ。出会う前から。――恋人同士だった」
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

The Last Night

泉 沙羅
ホラー
モントリオールの夜に生きる孤独な少女と、美しい吸血鬼の物語。 15歳の少女・サマンサは、家庭にも学校にも居場所を持てず、ただひとり孤独を抱えて生きていた。 そんな彼女が出会ったのは、金髪碧眼の美少年・ネル。 彼はどこか時代錯誤な振る舞いをしながらも、サマンサに優しく接し、二人は次第に心を通わせていく。 交換日記を交わしながら、ネルはサマンサの苦しみを知り、サマンサはネルの秘密に気づいていく。 しかし、ネルには決して覆せない宿命があった。 吸血鬼は、恋をすると、その者の血でしか生きられなくなる――。 この恋は、救いか、それとも破滅か。 美しくも切ない、吸血鬼と少女のラブストーリー。 ※以前"Let Me In"として公開した作品を大幅リニューアルしたものです。 ※「吸血鬼は恋をするとその者の血液でしか生きられなくなる」という設定はX(旧Twitter)アカウント、「創作のネタ提供(雑学多め)さん@sousakubott」からお借りしました。 ※AI(chatgpt)アシストあり

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

不労の家

千年砂漠
ホラー
高校を卒業したばかりの隆志は母を急な病で亡くした数日後、訳も分からず母に連れられて夜逃げして以来八年間全く会わなかった父も亡くし、父の実家の世久家を継ぐことになった。  世久家はかなりの資産家で、古くから続く名家だったが、当主には絶対守らなければならない奇妙なしきたりがあった。  それは「一生働かないこと」。  世久の家には富をもたらす神が住んでおり、その神との約束で代々の世久家の当主は働かずに暮らしていた。  初めは戸惑っていた隆志も裕福に暮らせる楽しさを覚え、昔一年だけこの土地に住んでいたときの同級生と遊び回っていたが、やがて恐ろしい出来事が隆志の周りで起こり始める。  経済的に豊かであっても、心まで満たされるとは限らない。  望んでもいないのに生まれたときから背負わされた宿命に、流されるか。抗うか。  彼の最後の選択を見て欲しい。

転生率

宮田 歩
ホラー
あの世にも行ったら来世は何に生まれ変わるのか?ルールが最近変わったらしい。 その驚愕の詳細とは——。

日常怪談〜穢〜

蒼琉璃
ホラー
何気ない日常で誰かの身に起こったかもしれない恐怖。 オムニバスの短編ホラーです。エブリスタでも投稿しています。

視える僕らのルームシェア

橘しづき
ホラー
 安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。    電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。    ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。 『月乃庭 管理人 竜崎奏多』      不思議なルームシェアが、始まる。

兵頭さん

大秦頼太
ホラー
 鉄道忘れ物市で見かけた古い本皮のバッグを手に入れてから奇妙なことが起こり始める。乗る電車を間違えたり、知らず知らずのうちに廃墟のような元ニュータウンに立っていたりと。そんなある日、ニュータウンの元住人と出会いそのバッグが兵頭さんの物だったと知る。

田舎のお婆ちゃんから聞いた言い伝え

菊池まりな
ホラー
田舎のお婆ちゃんから古い言い伝えを聞いたことがあるだろうか?その中から厳選してお届けしたい。

処理中です...