【R18】Overkilled me

薊野ざわり

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本編

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 身を捩じらせて伊丹から逃れようとするも、ショットガンを持ったまま後ろから首を絞めるように腕を回されて、果たせなかった。
 さらに、耳元で囁かれた。

「約束を忘れちゃったのかな」

 生暖かい息が首をくすぐり、耳に伊丹の舌が侵入してくる。湿ってぬるりとした感触に、鳥肌が立った。
 体を縮こまらせて、私は伊丹から、そしてリアンたちの視線から自分を庇うようにした。それしか、できない。

59、

 伊丹は、見せ付けるように私の胸を掴んで、首筋を舐めあげた。ホセからもらったポンチョを、毟りとられる。無理やり引っ張られて、ポンチョのやや硬い素材で鼻や頬が擦られて痛い。破れたカットソーは無防備だ。冷たい空気が胸元をなでていく。
 下着の中に手を入れられ、痛いほど乳房を強く揉まれる。

「いやッ」

 自分の弱弱しい声に、嫌悪感が増した。伊丹の体温と体臭も不快だし、この状況も耐えられない。涙が勝手に浮かんでくる。だが、今泣いたらきっとなにかが折れる。歯を食いしばってそれだけは阻止する。

「ばかなことは止めろ。嫌がってるのがわからないのかよ」

 塩野の声なんて、聞こえていないようなそぶりで、伊丹は行為を続けた。
 銃を須賀に渡して、両手を自由にさせると、私の腹部を指先でなで、そのままショートパンツの中に手を忍ばせてくる。冷えた指先の感触に、体が震えた。

「悪ふざけが過ぎるぞ」

 吐き捨てるような、リアンの声。私は、思わず彼を見る。強い目で、私を、……いや、私の後ろの伊丹を見ている。
 伊丹はその制止の言葉も意に介せず、むしろ煽られたように、私のショートパンツのボタンをはずし、ジッパーを下げた。その上で、ついに、ショーツに手を入れてきた。

「お願いだから、もうやめて」
 心臓が苦しくなってくる。涙をこらえるのも限界で、視界も歪んできた。貧血のときのように頭からすぅっと血の気が引いて、手足が冷えてくる。
 無遠慮な指が、私の一番敏感なところを雑に触れてくる。痛みを感じるほどに強くいじられ、体は意思に反して彼の指が移動するたびに大きく揺れた。

 卑猥な言葉を耳元で囁いて、伊丹が指を、私の中に侵入させようとしたときだった。
 私は、リアンにぶつかって、床に転倒した。反射的に手をついて顔面から転がることは避けられた。

「うわあっ」

 伊丹の悲鳴と、何かがぶつかった大きな音が背後で聞こえる。何が起こったのか理解できぬまま、私は、なんとか身を起こし振り返った。
 車の前で、リアンが伊丹に馬乗りになっていた。リアンはあの座った姿勢から素早く身を起こして、体当たりを仕掛けてきたのだ。そして、それを回避しようとした伊丹に私は突き飛ばされ、結果としてリアンとぶつかり床に倒れた。
 私にぶつかったくらいでは、リアンの勢いを止められなかったのだろう。腕を封じられた状態のリアンに、膝で腕の付け根を押さえ込まれ、伊丹は脚をばたつかせて暴れていた。情けない悲鳴をあげて。

「すが、すがぁ! こいつを撃って、はやく! いぎっ……!」
「撃てばいい。お前と違って、こちらはやり直しが効かない身だ。だからこそ、後悔しない死に方を選ぶ。お前に好きなようにされて死ぬくらいなら、これで撃ち殺されたほうがいい」

 言いながら、リアンは体勢を変え膝で伊丹の喉を圧迫した。伊丹はひゅうっと息を吐いて、顔を赤くしすぐに青くなった。息ができないのか、涎を垂らして脚をつっぱらせる。自由になった腕でリアンの脚を掻いていたが、それも止まる。

「よせ、死ぬぞ」
 そう言ってリアンの肩を掴んで、伊丹の上から退かしたのは、須賀だった。銃を持ってはいるが、それをリアンに向けることはない。
 リアンは逆らわず伊丹の上から退いた。すると、伊丹は激しく咳き込んで、床の上で横を向き、体をくの字に曲げた。目には生理的なものか、恐怖からのものか、涙が浮かんでいる。
 這いずり、リアンから距離をとった伊丹は、手負いの獣のように呻ってリアンを睨め付ける。

「殺せ! 須賀ぁ! こいつを殺せよ!」
「リアン!」
 私は思わず彼の名を呼んだ。須賀にリアンが撃たれると思った。
 予想に反して須賀は動かない。感情の読めない顔をして、じっと伊丹を見つめるだけ。

 リアンは、険しい顔のまま伊丹を睥睨していた。その彼の腕の拘束を、なぜか須賀が外していく。

「なにやってんだ、須賀! ふざけるな、殺すぞ、お前から殺すぞッ!」
 伊丹が怒鳴ろうがお構いなしに、須賀は続けて塩野の拘束を外した。そして私のところまでやってくると、手を差し伸べてくる。
 私は、呆然と、その手を見つめ返す。

「膝を擦りむいている。あとで手当てするから、ちょっと待っていろ」

 この数分の出来事がまだ消化できず、私はとりあえず須賀の手を借りて立ち上がり、服をできる限り整えた。破かれたカットソーの前は、仕方なく手で掻きあわせた。

「大丈夫? ……その」
 拘束を解かれた塩野が、控えめに問いかけてきた。自分だって怪我をして顔面蒼白なのに。私は、座り込んだ彼を見下ろして、小さく頷いた。
 喚いていた伊丹は、何も言わないリアンを威嚇しながら、じりじりと車に沿って横に移動していた。

「お前ら、絶対殺してやる。一番苦しむ方法で殺してやるからな! 何度も何度も! 絶対に!」

 未だ緊張と恐怖でバクバク言っていた心臓が、語彙が少なくなってきた伊丹の言葉を聞いて少しずつ落ち着いてきた。
 興奮してがなる伊丹に、リアンが言った。冷たく、はっきりと。

「消えろ。二度と俺たちに近づくな」

 銃を突きつけたわけでもない。胸倉を掴んで怒鳴りつけたわけでもない。だが、そのゆっくりと告げられた言葉は、そうしなければいけない、そうしなければ命がないとはっきりわかる強制力を持っていた。

 唇をわななかせ、血走った目をうろうろとさまよわせた伊丹は、踵を返し弾かれたように走りだした。うわごとのように、許さない、許さないと呟きながら。まるで妄執に取り付かれた幽鬼のような蒼白な顔をして。
 私は、その背を追いかけていた。

「あ、ミシカちゃん?!」
「おい?!」

 塩野とリアンの声が追いかけてくる。だが、立ち止まらず、私は伊丹が『閉』ボタンを連打するエレベーターの中に、滑り込む。
 ぎょっとした伊丹が、身を強張らせて、私から距離をとろうとする。
 私は、階数ボタンを押した。すでに光っていた一階のずっと上の七階のボタンが光る。
 背後で、扉が閉まった。ゆっくりと、エレベーターの降下が始まる。

「おい、なんなんだよ、近寄るな!」

 伊丹は、手をばたばたと振って、私を寄せ付けまいとする。その手を掴み、自分の胸に押し当てて、私は言った。

「置いていかないで。お願い……」

 じっと彼を見つめると、伊丹は一度息を大きく吸って絶句し、――やがて表情を緩めた。
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