【R18】Overkilled me

薊野ざわり

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本編

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 背中に押し付けられた銃口を手で払いのけ、伊丹の襟首にしがみ付いた。

「何そんなに怒ってるの。バンビちゃん。いいじゃない。僕らは生きているんだし」
「そんなこと……!」
「僕はもう、怒ってないよ。君の態度も、あのホセって奴が僕を殴ったことも。だって、もうあいつは死んだしね」


55、

 伊丹は、私に再び銃を突きつけた。私は、その銃口を掴んで自分の横腹に押し当てた。

「撃てば。……撃ちなさいよ。あなたと一緒にいるの、もう耐えられない。私を殺してあなたは一人でここを出ればいいわ。あのヘリに乗れなくても、明日は朝七時に、公共ホールにバスが来る。それに乗ればいい」
「それでバンビちゃんはどうするの? また最初からやり直したいの? ……そっか。そしたら、あのリアンって奴とやり直せるもんね」

 銃で横面を殴られた。よろめいて、背後のシャッターに背をぶつける。鉄の味が口に広がり、殴られたところが焼けた火箸をあてたように熱くなる。

「君は間違えてるんだって、気づかない? 君が一緒にいるべきは僕だ。ねえ。そんなにものわかりが悪いなら、やり方を考えないとね」

 左手で、顎を上向けられる。汗が滲んだ湿っぽい手はひんやりとしていて、触れられると寒気が走った。爬虫類の腹みたい。
 伊丹は、私のこめかみに鼻先を近づけて匂いをかいだ。私の脇に銃口を押し当てたまま。

「僕はこのあと、須賀と大木と合流してこの街を出るんだ。でも、さっきのヘリの事故。もしかすると、彼らがしくじって、ヘリが撃たれたのかもしれないね。彼らは無事だと思う? 君の大事なリアンは。僕が、確認してあげる」
「……あなたにとって、彼らはどうせ使い捨てなんでしょ。わざわざ、確認する必要があるの」
「声が震えてるよ、バンビちゃん。僕にとってはそうでも、君にとってはそうじゃないんだろ。いいよ、約束しよう。君が僕に従うなら。ちゃんと自分の役割を自覚するっていうなら、リアンには今後一切手を出さない。――たとえ、僕らがまた、やり直すことになっても」

 伊丹が、顔を覗き込んで来る。面白くて面白くてたまらないという、優越感に染まった目をしている。
 彼が顔を寄せてくる。逃げたくなるのを必死でこらえて、私は彼の唇を受け入れた。口内を執拗に嬲られて、彼の少し冷えた唾液が押し込まれてくる。

 自分の腕を抱いた指が肉に食い込む。気持ちが悪い。
 先ほど殴られて切れた頬の内側を舐められると、痺れるような痛みが走った。
 私の口内を蹂躙した伊丹は、満足そうに自分の唇を舐めて、顔を離した。

「よくできました」
 犬をほめる手つきで、彼は私の頭をなでた。



「これは、失敗だったね。まさか、こんな事故に巻き込まれるなんて思いもしなかった。これじゃあ、脱出できそうにない」

 銃口で背中を押されながらたどり着いたエレベーターは、先ほどの爆発の影響か、昇降スイッチを押しても反応しなかった。ドアすら開かない。

「どうするの」

 私は振り返らないまま背後の伊丹に問う。階段はヘリの事故であの通り塞がってしまっているのだ。
「こういうときこそ、非常階段を使おうよ」
「……狙撃されるかもしれないのよ」
 伊丹は肩をすくめた。おどけて。

「そんなの。別にいいじゃん。僕らはやり直せばいいんだもん。もし非常口が使えないなら、それもまたやり直せばいいんだよ」

 これで、と言って伊丹は黒光りするショットガンを軽く上に傾けた。
 まるでゲームだ。彼にとっては、行き詰まったらリセットボタンを押せば済む、つまらないゲーム。自分以外の人間は、みんなただのエキストラ。
 これじゃあ、伊丹と一緒にいたら、気に入らないことがある度に殺されることになる。道連れに。冗談じゃない。痛いのも苦しいのも、もう随分味わってきたが、今度は常に命を握られているなんて。爆弾を抱えて走り回っているようなもの。

 非常口の表示に従って廊下を進む。もたもたしていると、さっきの炎や煙が追いついてきそうだ。いくらシャッターで遮られているとはいえ、完璧にシャットアウトはできないだろう。現に、ものが焼けるきつい臭いが漂い始めている。

 一階では処置室の奥と同じ配置にあった非常口、この階でもその直上にあるようだ。
 屋上へのものと同じような鉄のドアがある。丸い握りのドアノブがあり、そこには鍵穴があった。
 そういえば、一階の非常口を開けようとして、ドアノブを壊したことがあった。また壊したりしないように、慎重にノブを回す。

「開かない。……鍵が」
 伊丹は目をすがめた。
「非常口なのに?」
「ここはもう誰もいないはずだから」

 伊丹はじっと私を見た。疑われているようだ。私は一歩下がる。代わりに伊丹が前に出てドアノブを回した。

「本当だ。どうしようね。このままだと焼死かも。バンビちゃんと一緒に」
「だったら鍵を撃って。ショットガンだったら、たぶん、鍵を壊せるから」
「それは、あいつの入れ知恵?」

 おもしろがるように、言う。私は答えず、伊丹の持つ銃をじっと注視する。彼は、肩をすくめて銃を構え、至近距離からドアに向けて発砲した。耳をつんざく轟音がして、鉄のドアが抉れる。いっそ、跳弾してこのまま伊丹が死ねばいいのにと願った。残念ながら、そうはならなかったが。

 ひしゃげたドアを軽く引いて、伊丹は口角を上げた。ちゃんと開いたようだ。

「ここから先、なにかあったら僕が君を守ってあげる。君と僕は一蓮托生だよ」

 同意するのも、彼に従順だという判断の対象になるのだろうか。私は、唇を噛み締めて、目を伏せた。
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