【R18】Overkilled me

薊野ざわり

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本編

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 柿山の処置は、器具や物資の不足から進みはよくなかったが、なんとか完了した。巻き終わった包帯の端を折り込んで、ほっとしたように一息ついてみせた。
「あとは、とにかく早く病院に運ぶことです」

 私の隣にいたホセが、自身の防水防圧のデジタル時計を見る。
「あと五分で、定刻だ」
 

54、

 一応病院なだけあって、エレベーターはストレッチャーを乗せて移動できるだけの広さがあった。だが、ストレッチャーを乗せると、さすがにその他五人も乗れない。
 まずはストレッチャーと、リーサと柿山がエレベーターに乗り込んだ。

「階段の前まで行ったら待ってろ。運び上げなきゃならない」
 ホセがそう言って彼らを送り出した。
「リアンたちがうまくやってくれてるといいんだが」

 ホセは手にしたショットガンを、点検するようになで回す。
 伊丹は、私たちから少し離れたところの壁に寄りかかっている。ホセに殴られた頬と目の縁が、腫れ上がっていて痛々しい。なにかをぶつぶつつぶやいて、床を睨んでいる。

「なあ、ミシカ。あんた、あの変態とはどういう関係だ? まさか、あんたの男ってことはないよな?」
 小さな声で、彼は私に問いかけた。どう説明しようかと悩んだが、上手い説明はできそうにない。
「……腐れ縁、かな」
 その一言につきる。
 ホセは、ふうん、と納得したのかしていないのかわからない相槌を打って、さらに声を潜めて、私に囁いた。

「二人きりにならないようにしろよ」
「それは、……わかってる」

 エレベーターが到着して七階まで移動した。屋上までの階段の前に、ストレッチャーと柿山たちが待っていた。

「ストレッチャーごと、持ち上げられるかい?」
「ああ。俺が頭側、あんたとリーサが足側を持ってくれ」

 ホセは私に武器を渡すと、自分はストレッチャーを掴んで、静かにそのキャスターの付いた足を浮かした。

「この建物、設計ミスじゃない? 普通、ヘリポートから直通のエレベーターが必要でしょ? だって緊急の搬送のたびこんなことしてられないじゃない」
 リーサがぼやくと、柿山が笑声をもらした。

「ここの病院はもともと、ヘリでの緊急搬送は受け入れていなかったんですよ。新院は、受け入れ態勢が整っているんですけれどね」
「そう……。ぜひ、この病院にもその受け入れ態勢を整えてほしいものね、今すぐ」
「そうですね」

 彼らは、怪我人を慎重に踊り場まで運び上げた。怪我をしている男性は、意識もなく、腹部を包帯で覆われ、弱々しい呼吸を繰り返している。彼が助かるよう、私は心中で祈った。

「時間だ。そろそろヘリが来るはずだ」

 時計を確認したホセがそう言った。
 私は、階段の少し手前でぼうっとしている伊丹に「行かないと」と、一応伝える。彼は視線も上げず、身じろぎもしなかった。ホセから預かった武器を抱えて、私は階段に足をかけた。

「来たみたいね」

 リーサが耳を澄ませるように顔を上向けた。たしかに、鉄の扉の向こうから、低く唸るような、プロペラの回転する音が聞こえて来る。
 そのヘリに乗り込めば、この場を出られる。そう思うと、気持ちが少しだけ上向いた。目が覚めたときはいっそどうにでもなればいいと思ったのに。
 現金なやつ。私はそう自分を嘲った。

「さあ、外に出て、むかえに――」

 柿山の言葉を遮って耳を聾する轟音と、地震のような揺れに襲われて、階段に足をかけていた私は後ろに倒れた。後頭部を強かに打ち付けて、目の前に星が散る。強烈な痛みが、頭から爪先まで駆け抜ける。
 打ち付ける礫とふき寄せる熱風に、何が起きたかわからないままに、顔と腹を庇おうともがく。

 なんとか片目を開けると、眼前の階段は炎に包まれていた。壁や天井の一部が崩落し、ばらばらと建材が落ちている。先程まで、私たちがくぐろうと思っていた鉄のドアは、折り紙のようにひしゃげて外れ、その向こうから、つぶれた鉄のかたまりが顔をだしていた。

 ヘリが突っ込んでいた。そのヘリ自体も複雑に陥没し折れ曲がり、無事ではない。前面のコックピットには太い鉄柱が食い込み、運転席の向こうに人の頭が見えた。正確に言うとつぶれたヘルメットが。
 階段は下に続く方も、途中で崩落していた。

「なにが――」
 声を出そうとしたが、咳き込む。熱と煙に目と喉をやられる。焚き火のような火ではなくて、ものの焦げる強烈な臭気が充満している。
 顔の前に手をかざして、熱風を避け立ち上がった。
 さっきまでドアの前にいた、リーサや柿山は? ストレッチャーに乗ったけが人は? そして、ホセは?

 私の心臓は、急に活発になってどくどくと音を立て始めた。緊張で、手に汗が浮いてくる。

「ホセ!」
 階段の下の方に、逆さ吊りになっているホセを見つけた。足をがれきに挟まれて、身動きができないのだ。必死に、彼は自分の足をがれきから引き抜こうともがいている。
 私は駆け寄って彼の足にのしかかっているコンクリートの塊を、全身の力をこめて押し上げる。

「くそ、なにがどうなってやがる……!」

 喚きながら、なんとかホセは足を引き抜いた。脛から、夥しい血を流している。骨も折れているかもしれない。

「リーサ! おい、リーサ! 返事しろ!」
 立ち上がりよろめきながら、ホセは炎の塊に向かって叫ぶ。真っ直ぐ立てないようで、崩落しそうな壁に手をついた。
 どこかに動くものはないか。私も炎に向かって目を凝らした。すぐにでも助け出してこの場を離れないと危ない。

 先ほどから、ぼん、ぼん、と、小さな爆発音がしている。ヘリの機体からだ。
「ホセ、もう……」
 さらに階段の方へ進んで行くホセを止めようと、手を伸ばした。その手が彼の肩に到達するより前に、襟首を強い力で掴まれ、後ろに引き倒された。腰を打ち付け、呻く。

「な、おい……!」
 私を振り返ったホセが、驚愕の表情を作った。

 硬く大きな音をたてて、私の目の前に、分厚い鉄のシャッターが降ってきた。私は、腰の痛みも忘れて身を起こしシャッターに飛びつく。それは、シャッターというより、壁だ。

「ホセっ?!」

 シャッターを叩くが、分厚い一枚板のようなそれは、鈍く音を響かせるだけで、向こうからの音もろくに聞こえない。
 振り返ると、壁際に伊丹が立っていた。防火シャッターのスイッチを押したままの指が目に入る。

「なんてことを! 今すぐここを開けて! ホセを助けなきゃ!」
 伊丹が微笑んだ。恍惚とした表情で、私を見ている。動こうとしない。
「いいじゃないか。どうせ、あいつは助からない。さあ、行こうよバンビちゃん。ここは危険だから」

 伊丹を突き飛ばした。飛びつくようにして、シャッターのスイッチの盤面を見るけれど、緊急用のそれは、前面に貼られたガラスを破って押すタイプのもので、閉めるボタンしかない。
 息を飲む。これでは――。

 シャッターが軋む程の衝撃が走った。爆発だ。
 私は、その場で立ちすくんだ。シャッターは、まだ、泰然とその場にある。
「ホセ……」
 
 背に、硬いものを感じた。のろのろと振り返ると、階段を登る時に私がホセから預かったショットガンを伊丹が押し付けていた。
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