【R18】Overkilled me

薊野ざわり

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本編

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 七階に到着する。私はリアンからもらった銃、伊丹は大振りのナイフ、柿山は金属パイプを構え、慎重にフロアを通過した。
 そして、屋上へと続く階段を登り、観音開きの大きな鉄のドアの前に到着する。

「なんだ、楽勝じゃない」
 伊丹はほっとした様子で、ドアノブに手をかけた。


52、

 ドアが開いた瞬間、金属を削る耳障りな音がして、伊丹の右側の扉に弾痕が創られた。ひきつった悲鳴をあげ後ずさる彼に、扉の向こうから体格のよい感染者の男が飛びかかる。
 伊丹がもんどりうった。
 私は舌打ちして、伊丹の腕を引っ張ると、利き手に持った銃で感染者を撃った。銃が小振りだったおかげでできた芸当だ。そうでなければ私は発砲の反動で腕を痛めていた。

 伊丹に掴みかかっていた感染者は、そのまま力を失って、ごろごろと階段を転げ落ちて行った。彼に押されて体勢を崩し階段から転げ落ちそうになっていた伊丹を、全身の力を込めて、引っ張る。

「いっ……」
 腕が嫌な感じで軋んで、激痛が走った。伊丹は男としては細身だが、片腕で支えるには重すぎた。
 なんとか、その場で彼をとどめ置くことができたものの、体勢を崩して私は伊丹の上に倒れ込んだ。なんて屈辱的な体勢。
「磯波さん、伊丹君!」
 柿山が慌てて私たちを助け起こしにかかる。触れられた腕に鋭い痛みが走った。

 伊丹は頭を振りながら身を起こした。そして肩で息をしながら、怒鳴る。
「畜生、お前、僕が襲われるのがわかっていて黙っていたな!」
 私に対してだ。痛む腕を押さえていると、柿山が怪我の具合を確認してくれる。
「聞いてるのか!」
「伊丹君、よせ」

 いきり立った伊丹に痛めている方の腕を掴まれ、無理矢理立たされた。激痛が脳髄を焼き、声にならない悲鳴がもれた。

「だめだ、彼女は怪我をしてるんだ」
 柿山が割って入る。伊丹は拳を振り上げた。そのまま振り下ろすと、鈍い音がして、柿山が鼻を押さえてよろめいた。
「ミシカ、お前僕を殺そうとしただろう、え? そうだろう。僕に助けられておきながら、僕を殺そうとしただろう。また僕に殴られたいのか? 殺されたいのか?」
 興奮して叫ぶ伊丹は、気付いていないようだった。彼の言葉は、意味の通らない、錯乱したものにしか聞こえないだろう。
 私は、彼の口角に泡がたまる様子を見ていた。

 なぜだろう。怒鳴られ殴られるほど。彼が暴れる程に、気持ちが白けていく。いっそ滑稽に思えてきたのは、私が恐怖心を克服したというよりは、それに慣れてしまったからだろうか。

「もしあなたを殺す気だったら、この銃で眉間を撃ち抜けばすむことじゃない」
「そうだ、伊丹君。磯波さんが君を助けてくれたんじゃないか。たった今」

 だが、伊丹は目を血走らせてナイフを構えた。完全にパニック状態のようだ。こうも話しが通じないと、感染者となにが違うのだろうと思えてくる。

「なんだ、揉め事か?」

 横合いから声をかけられて、私たちは一斉にそちらを振り返った。
 すでに相手はショットガンを構え、すぐに射撃可能な体勢だった。

 少し垂れた双眸に、そばかすの残るやや幼い顔立ち。ホセだ。そうだった、彼もこの病院にやってくるんだった。失礼ながら、そのことを失念していた。そして、同時に安堵した。私と柿山だけでは伊丹の面倒を見きれない。
 ホセは油断なく私たちに銃口を向けながら、様子を確認していた。

 私たちは軽く手を挙げて、感染していないことを彼にアピールする。伊丹だけがなかなか手を挙げなかったけれど、ホセがじっと彼に銃口を向けて待っていると、やがて渋々武器を降ろした。

「俺は、ホセ・勇次・バーキン。ホセと呼んでくれ。勝田基地に所属している陸軍の兵士だ。感染者を鎮圧するために派遣された」

 いつかと同じ挨拶をして、ホセは敬礼をした。私たちも口々に挨拶をして、握手をするが、相変わらず伊丹は名乗るだけで、握手をしようとしなかった。ホセの眉が、不愉快そうに跳ね上がったが、彼はぐっとこらえて何も言わなかった。

「あなたもここから避難を?」
「ここに救助が来るのか? いや、実は、ここに来る途中狙撃されて、同行者が負傷したんだ。それで、病院に行けば手当の道具があるかと思ったんだ。なにせ衛生兵とも分断されちまったし、応急処置のキットもない。早くしないといけないんだが……。偶然、エレベーターが七階にあがっていくのを見たから、誰かいるのかと思って。なあ、あんたらなにか手当できる道具ないか」

 代表者柿山に、ホセは顔を曇らせてそう言った。

「怪我人がいるんですね。私は医師です。役に立てるかもしれない」

 鼻を紫色に腫らした柿山が半歩前に出た。とたん、ホセは顔を明るくして、柿山の手をしっかと握る。

「マジか!? 助かる、今、一階の処置室で怪我人を保護しているんだ。診てやってくれないか」
「もちろんです。出血はどのくらいですか」
「右脇腹を撃たれていて、かなりひどい。同僚が止血しながら様子を見ているけれど、まずい状況だ」

 踵を返した二人の前に、伊丹が立ちふさがった。二人のことをぎりぎりとにらむ。

「退路を確保するためにここまで来たんでしょ? 今からどこに行くっていうんだ」
「怪我人を診にいかなければ」

 柿山がそう言って彼の横を通り過ぎようとすると、伊丹がその肩を掴んだ。その瞬間、ホセの顔が怒りに染まって、柿山を庇うように伊丹の胸ぐらを掴み上げた。

「おいお前、さっきからずいぶん突っかかるじゃねえか。なんなんだよ、ああ?」

 ホセの方が十センチ近く身長は低いが、体重は十キロ以上重いだろう。鍛えられた彼の腕で締め上げられ、みるみるうちに伊丹は顔が青くなってきた。
 顔を近付けて睨み付けるホセの様子は、兵士の格好をしていなければ完全にチンピラだ。

「怪我人がいるって言っただろ、ごちゃごちゃうるせえ黙っていろ」

 語気荒く言うと、ホセは伊丹のことを突き飛ばした。
 踊り場にへたりこんだ伊丹は、恐怖と怒りがないまぜになった表情で、ホセの背中を睨んでいた。
 いつまでたっても立ち上がろうとしない彼に、私は手を差し出した。怪我をしていない方の手を。すると、伊丹は、まるで彼を突き飛ばしたのが私のようにこちらを睨んでその手を払いのけた。

「……自分で立てる」



 エレベーター内で柿山に腕を診てもらった。思い切り捻ってしまったようで、少し腫れていた。あんまり動かさないようにと念押しされたが手当の道具もないことだし、それだけだった。
 処置室にはリーサと腹部を撃たれた男性がいた。柿山は男性の様子を確認すると、顔を曇らせる。

「出血がかなり多く、危ない状態です。ショック状態になる可能性もある」

 言いながら、彼は近くにあったキャビネットをがさがさ漁る。使えるものを探しているようだ。封が切られていないガーゼや脱脂綿を見つけると、手早く開封していく。
 消毒液の瓶をもってきて、同じキャビネットから見つけた鋏を消毒し、男性の衣服を切り開いていった。
 リーサがその手伝いをしている。彼女自身も右腕を負傷していて、簡単な手当をしてあるだけだ。

「これじゃあろくな処置もできない」
「なにか、病院内で使えるものがあるかもしれないわ」
 私の提案に真っ先に反応したのはホセだ。
「そうだ。俺が、手当の道具を集めて来るから、必要なものを書いてくれないか」

 窓際のキャビネットの上で埃を積もらせていたメモに、ホセが持っていた油性ペンで、柿山がいくつかの品物の名前を記入していった。ガーゼや脱脂綿の他に、包帯、未使用の注射器、それと何種類かの薬。

「わかった。なるべく急いで戻って来る。それまで彼を頼む」
 処置室から出るホセを、私も小走りで追いかけた。
「私も行く。何か役に立てるかも」
「勝手に行くな」

 肩を掴まれて立ち止まった。伊丹が険しい顔をして、私ではなくてホセを睨んでいる。ホセはホセで伊丹を睨め付ける。一触即発の空気が漂う。

「……僕も行く」

 伊丹は低い声でそう言うと、私の前に立って歩いて行く。予想外の申し出に、思わず、私たちは顔を見合わせた。
 どういう心境の変化かわからないが、ものを探すなら人数は多い方がいい。私たちは、ひとつ上の階に向かった。
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