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本編
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予定を変更して、私たちは帰路についた。予定通り観光しようと訴えても、リアンは首を縦に振らなかった。気分転換になるからと言っても同じことだった。
彼は口を横に引き結んで、ほぼ無言で車を運転している。
私はその横で、流れていく景色を見つめるしかなかった。
44、
伊丹との会話の内容をかいつまんで伝えると、リアンは自分が席を外したことを後悔したようだった。しかし、あれは別に彼の落ち度ではない。それに、伊丹の話は気持ち悪くはあったが、それ以外に害はなかった。
私も通常の精神状態ではない人と話すことをもう少し考えてから、二人きりになるべきだった。
期待して席に臨んだけれど、収穫はなかった。それだけ。
分かったことと言えば、私以外のキャリアの人間のひとりは、ああいう考えを持って、自分を納得させていたということだ。
たとえば、自分が選ばれた人間だということ。この世界の人間ではないということ。
新しい人類を作るための実験があったというように考えることで、自分の中で処理しきれないものを受け入れようとしている。何度も死んでは目覚めることや、身分が不明だということを。
そして、彼を――それと私を見いだしたのが、あのテロ事件を起こしたとされる人たちだということも。
荒唐無稽な話だ。けれど、彼はそう考えることでしか自分を保てないのだろう。
――私も、伊丹の考えを、そう思うことで受け流すことにした。
なにせ、本当に彼の言うことが正しいとしたら、やはり私の手に負えることではないから。
それよりも私には、隣に座って黙々と運転するリアンを、どう宥めるかということの方が、今は重要だった。この空気はなかなか疲れるから。
彼は時速九十キロをキープして、東京方面へ分岐を進んでいる。
ラジオも音楽もかけず、車内には、エンジンとタイヤの摩れる音だけが響いている。
「リアン、次のサービスエリアで休憩したい」
すると、彼はちょっと間を置いて、返事をした。
「わかった。あと十キロあるから、少し待ってくれ」
サービスエリアの駐車場は日曜日ということもあって、かなり混んでおり、空きをみつけるのに時間がかかった。施設が並ぶところから、かなり離れた位置にようやく車を停めた。
「飲み物買いに行って来る」
私はそう言って、リアンを残して車を離れた。リアンは、私の方をちらりと見て頷き、そのまま車に留まった。
外は蒸し暑く、すぐに汗が吹き出て来る。私は自動販売機が並んだ場所に行き、冷たいコーヒーと炭酸飲料を買った。ふと思いついて、缶を抱えたまま近くの空いたベンチに腰を下ろし、しばらく確認していなかったスマートフォンを取り出した。
メールが届いていた。サバイバーの会からのメッセージ受信のお知らせだ。確認してみると、柿山ともう一人からだった。
柿山からのメッセージは、私の体調を心配する内容だった。そして、伊丹が私を心配しているということも書かれていた。どう返事していいのかわからず、私はそのままそのメッセージを放置することにした。
もう一通のメッセージは、初めての相手からだった。だが、使用しているニックネームで、それが誰かはすぐにわかる。『ADAM』。
メッセージを開くにもならなかった。
ため息をつく。気持ちはだいぶ落ち着いてきたが、彼のことを思い出したくはない。
ポケットにスマートフォンを突っ込んで、私は立ち上がった。
途中で気になったお店に立ち寄ってから車に戻ってみると、リアンが寝ていた。椅子を倒して、サンバイザーを降ろしている。そっと車内に入る。サンバイザーを降ろしていても、太陽の光が彼の頬に当たっていた。
私は静かに、自分のハンカチを広げて、彼の顔にかけた。
「……俺はまだ生きているぞ」
彼の静かな抗議に、たしかにこの生成りのハンカチでは、絵的によろしくないということに気付く。
「ごめんなさい、日除けになるかと思って」
リアンは起きあがって、私のハンカチを顔から取り払った。ハンカチの下から顕われた顔は、ちょっと前の険しい表情より少し穏やかになった気がした。
抱えて持ってきた缶コーヒーを差し出し、一緒に買ってきた牛串の紙包みを開けた。車内に食欲を誘う匂いが広がる。
「お腹減ったかなと思って、よければ食べて」
「ありがとう。……少し、頭を冷やしていた」
「どちらかと言えば、温まっていたように見えたけれど」
「違いない」
ようやく、リアンが笑った。
串を頬張る。甘辛いたれがとてもおいしかった。
「悪かったな、君に怒っていたわけじゃないんだ。自分の至らなさに嫌気がさしてな」
「気にしてない。それに、リアンが悪いことなんてない」
「なんならこれから海にでも行くか? ここからならそれほどかからない」
「でももう、あと一時間もすればうちなのに?」
「それもそうだな」
リアンはそう言って、串焼きを全て食べ終えた。ちょっとだけ、寂しそうな声音だった。
「……だったら、私、夕飯でも作ろうか。早めに帰れば車を返しにも行けるし」
「いいのか? 疲れているだろう」
「そんなには。あんまり大したものは作れないけれど」
「この前のグラタンは美味しかったぞ」
「あれは、レシピサイトのおかげよ」
苦笑すると、彼は相好を崩した。どうやら、機嫌は完全になおったようだ。
◆
帰宅して、荷物を簡単に片付けると、すぐに料理にとりかかった。
車で途中寄ってもらったスーパーで購入した食材を、献立どおり捌いていく。
時間はまだ午後三時。午後六時半から夕食にするとして、今から漬けておけばマリネもそれなりに味が染みるだろう。それにしても、まさかこんなに早く帰宅するとは思ってもみなかった。
何一つ、旅行らしい観光をしなかったなと思ったが、リアンの言う通り、旅行はまた行けばいい。
仕込みを終えたころ、大きな音が鳴り響いた。驚いて窓の外を見れば、真っ黒な雲が空を覆い尽くしていた。キッチンで電気をつけて作業していたせいで、異変に気づかなかった。
まだ四時になる前だが、夕立が来そうだ。
慌てて私はリアンに連絡をとろうと、スマートフォンを手にした。彼は私をここに送り届けたあと、友人の家に車を返しに行ったのだ。
友人の家はさほど遠くないと聞いたけれど、心配になる。
電話をかけてもつながらなかった。そうこうしているうちに、雷鳴と共に、打ち付けるような雨が降ってきた。エアコンをつけているので、窓を閉めていたからよかったが、もし窓を開けていたら、あっという間に床がびしょびしょになるところだった。
リアンと連絡が取れないのは心配だが、まだ運転中かもしれない。私は彼からの折り返しを待つことにした。
ふと思いついて確認すると、かなりの数のメールが届いていた。普段は一日三通程度だというのに、今は十六通も届いている。
迷惑メールか、と思ったが、全部がサバイバーの会のメッセージ受信連絡のメールだ。
それらすべてが、ADAMから来ていた。
今日のことを気にして連絡してきたのだろうかと、一通、もっとも到着時間が新しいものを開けてみる。
『バンビちゃん、そんなに怖がらないでいいんだ。僕を受け入れれば、すべてうまくいくから』
直前まで考えていたことが、自分の都合の良い期待だったと悟った。
気持ちが悪くなり、開きもせずに残りのメールを削除した。そして、そのユーザーアカウントを、ブラックリストに登録する。こうすれば、メッセージを受信しなくなるはずだ。
伊丹は柿山伝いで私のアカウントを知ったはずだけれど、それは失敗だった。とはいえ、彼には名前とサイト登録時のニックネームしか教えていないのだから、こうしてしまえばもう関わることもない。
あとは忘れよう。そう決めて、スマートフォンをベッドの上に放り投げた。
雨はますます強くなって、窓に当たる雨の音が、まるで礫を投げつけているようなものになっている。
テレビの電源を入れてみると、ゲリラ豪雨の警報がでていた。まさに今、その危険が迫っている。
チャイムが鳴った。インターフォンの画面には、リアンが写っていた。飛びつくようにしてドアを開けると、びしょ濡れの彼が立っていた。髪から服から雨の雫が滴っている。彼は顔を手で拭って、肩をすくめた。
「まさか、こんな雨にやられるとは」
「タオル持って来るから玄関に入って」
「ちょうど駅から歩き始めたときに降り始めたんだ。驚いたよ、当たると痛いくらいだ」
「すごい雨で私もびっくりした。まずはシャワー浴びて」
タオルを手渡すと、リアンはざっと体を拭った。そして、その場で服を脱ぎ始めた。鍛えられた体が露わになる。目のやり場に困って、私は彼の爪先を見るようにした。
「服は、脱衣所のかごに入れておいて、洗っておくから」
「助かる」
シャワーの音が聞こえ始めてから、私も脱衣所に入り、かごに入れられた服を洗濯しはじめた。脱水後、そのまま乾燥させるコースに仕掛ける。リアンの歩いたあとに零れた水滴をタオルで拭いて、そのタオルも洗濯機に放り込んだ。ついで、彼の靴にもタオルとキッチンペーパーをいれて、水分を吸い取るようにする。
リアンが体を拭くのに使えるよう、新しいタオルをとりに行って戻ってきたときだった。
不意に、お風呂場のドアが開いた。折り戸の向こうにリアンがいる。
「わっ、ご、ごめん、タオルを置きにきたの」
慌てて後ろを向くが鏡があって、自分の後ろにいるリアンと鏡越しに目が合ってしまった。
タオルを背後に突き出して顔を背ける。
気まずい。
しかし、リアンはなかなかタオルを受け取ってくれなかった。どうしたのかと訝しく思ったときだった。
背後から温かいものに包まれた。
リアンに抱きすくめられていた。首筋に、彼の吐息があたり、ぞくっとする。
「リアン?」
彼は答えず、代わりに、徐に私の肩を掴んで振り向かせると、ついばむような口付けをした。
口付けは繰り返される。二度、三度と。受け入れるごとに彼の舌は私の口内の深くに侵入して来る。歯列の上をなぞり、舌をくすぐり、上顎をなでる。
リアンの熱い舌に夢中で応えているうちに、彼の手を握りしめていた。
彼は口を横に引き結んで、ほぼ無言で車を運転している。
私はその横で、流れていく景色を見つめるしかなかった。
44、
伊丹との会話の内容をかいつまんで伝えると、リアンは自分が席を外したことを後悔したようだった。しかし、あれは別に彼の落ち度ではない。それに、伊丹の話は気持ち悪くはあったが、それ以外に害はなかった。
私も通常の精神状態ではない人と話すことをもう少し考えてから、二人きりになるべきだった。
期待して席に臨んだけれど、収穫はなかった。それだけ。
分かったことと言えば、私以外のキャリアの人間のひとりは、ああいう考えを持って、自分を納得させていたということだ。
たとえば、自分が選ばれた人間だということ。この世界の人間ではないということ。
新しい人類を作るための実験があったというように考えることで、自分の中で処理しきれないものを受け入れようとしている。何度も死んでは目覚めることや、身分が不明だということを。
そして、彼を――それと私を見いだしたのが、あのテロ事件を起こしたとされる人たちだということも。
荒唐無稽な話だ。けれど、彼はそう考えることでしか自分を保てないのだろう。
――私も、伊丹の考えを、そう思うことで受け流すことにした。
なにせ、本当に彼の言うことが正しいとしたら、やはり私の手に負えることではないから。
それよりも私には、隣に座って黙々と運転するリアンを、どう宥めるかということの方が、今は重要だった。この空気はなかなか疲れるから。
彼は時速九十キロをキープして、東京方面へ分岐を進んでいる。
ラジオも音楽もかけず、車内には、エンジンとタイヤの摩れる音だけが響いている。
「リアン、次のサービスエリアで休憩したい」
すると、彼はちょっと間を置いて、返事をした。
「わかった。あと十キロあるから、少し待ってくれ」
サービスエリアの駐車場は日曜日ということもあって、かなり混んでおり、空きをみつけるのに時間がかかった。施設が並ぶところから、かなり離れた位置にようやく車を停めた。
「飲み物買いに行って来る」
私はそう言って、リアンを残して車を離れた。リアンは、私の方をちらりと見て頷き、そのまま車に留まった。
外は蒸し暑く、すぐに汗が吹き出て来る。私は自動販売機が並んだ場所に行き、冷たいコーヒーと炭酸飲料を買った。ふと思いついて、缶を抱えたまま近くの空いたベンチに腰を下ろし、しばらく確認していなかったスマートフォンを取り出した。
メールが届いていた。サバイバーの会からのメッセージ受信のお知らせだ。確認してみると、柿山ともう一人からだった。
柿山からのメッセージは、私の体調を心配する内容だった。そして、伊丹が私を心配しているということも書かれていた。どう返事していいのかわからず、私はそのままそのメッセージを放置することにした。
もう一通のメッセージは、初めての相手からだった。だが、使用しているニックネームで、それが誰かはすぐにわかる。『ADAM』。
メッセージを開くにもならなかった。
ため息をつく。気持ちはだいぶ落ち着いてきたが、彼のことを思い出したくはない。
ポケットにスマートフォンを突っ込んで、私は立ち上がった。
途中で気になったお店に立ち寄ってから車に戻ってみると、リアンが寝ていた。椅子を倒して、サンバイザーを降ろしている。そっと車内に入る。サンバイザーを降ろしていても、太陽の光が彼の頬に当たっていた。
私は静かに、自分のハンカチを広げて、彼の顔にかけた。
「……俺はまだ生きているぞ」
彼の静かな抗議に、たしかにこの生成りのハンカチでは、絵的によろしくないということに気付く。
「ごめんなさい、日除けになるかと思って」
リアンは起きあがって、私のハンカチを顔から取り払った。ハンカチの下から顕われた顔は、ちょっと前の険しい表情より少し穏やかになった気がした。
抱えて持ってきた缶コーヒーを差し出し、一緒に買ってきた牛串の紙包みを開けた。車内に食欲を誘う匂いが広がる。
「お腹減ったかなと思って、よければ食べて」
「ありがとう。……少し、頭を冷やしていた」
「どちらかと言えば、温まっていたように見えたけれど」
「違いない」
ようやく、リアンが笑った。
串を頬張る。甘辛いたれがとてもおいしかった。
「悪かったな、君に怒っていたわけじゃないんだ。自分の至らなさに嫌気がさしてな」
「気にしてない。それに、リアンが悪いことなんてない」
「なんならこれから海にでも行くか? ここからならそれほどかからない」
「でももう、あと一時間もすればうちなのに?」
「それもそうだな」
リアンはそう言って、串焼きを全て食べ終えた。ちょっとだけ、寂しそうな声音だった。
「……だったら、私、夕飯でも作ろうか。早めに帰れば車を返しにも行けるし」
「いいのか? 疲れているだろう」
「そんなには。あんまり大したものは作れないけれど」
「この前のグラタンは美味しかったぞ」
「あれは、レシピサイトのおかげよ」
苦笑すると、彼は相好を崩した。どうやら、機嫌は完全になおったようだ。
◆
帰宅して、荷物を簡単に片付けると、すぐに料理にとりかかった。
車で途中寄ってもらったスーパーで購入した食材を、献立どおり捌いていく。
時間はまだ午後三時。午後六時半から夕食にするとして、今から漬けておけばマリネもそれなりに味が染みるだろう。それにしても、まさかこんなに早く帰宅するとは思ってもみなかった。
何一つ、旅行らしい観光をしなかったなと思ったが、リアンの言う通り、旅行はまた行けばいい。
仕込みを終えたころ、大きな音が鳴り響いた。驚いて窓の外を見れば、真っ黒な雲が空を覆い尽くしていた。キッチンで電気をつけて作業していたせいで、異変に気づかなかった。
まだ四時になる前だが、夕立が来そうだ。
慌てて私はリアンに連絡をとろうと、スマートフォンを手にした。彼は私をここに送り届けたあと、友人の家に車を返しに行ったのだ。
友人の家はさほど遠くないと聞いたけれど、心配になる。
電話をかけてもつながらなかった。そうこうしているうちに、雷鳴と共に、打ち付けるような雨が降ってきた。エアコンをつけているので、窓を閉めていたからよかったが、もし窓を開けていたら、あっという間に床がびしょびしょになるところだった。
リアンと連絡が取れないのは心配だが、まだ運転中かもしれない。私は彼からの折り返しを待つことにした。
ふと思いついて確認すると、かなりの数のメールが届いていた。普段は一日三通程度だというのに、今は十六通も届いている。
迷惑メールか、と思ったが、全部がサバイバーの会のメッセージ受信連絡のメールだ。
それらすべてが、ADAMから来ていた。
今日のことを気にして連絡してきたのだろうかと、一通、もっとも到着時間が新しいものを開けてみる。
『バンビちゃん、そんなに怖がらないでいいんだ。僕を受け入れれば、すべてうまくいくから』
直前まで考えていたことが、自分の都合の良い期待だったと悟った。
気持ちが悪くなり、開きもせずに残りのメールを削除した。そして、そのユーザーアカウントを、ブラックリストに登録する。こうすれば、メッセージを受信しなくなるはずだ。
伊丹は柿山伝いで私のアカウントを知ったはずだけれど、それは失敗だった。とはいえ、彼には名前とサイト登録時のニックネームしか教えていないのだから、こうしてしまえばもう関わることもない。
あとは忘れよう。そう決めて、スマートフォンをベッドの上に放り投げた。
雨はますます強くなって、窓に当たる雨の音が、まるで礫を投げつけているようなものになっている。
テレビの電源を入れてみると、ゲリラ豪雨の警報がでていた。まさに今、その危険が迫っている。
チャイムが鳴った。インターフォンの画面には、リアンが写っていた。飛びつくようにしてドアを開けると、びしょ濡れの彼が立っていた。髪から服から雨の雫が滴っている。彼は顔を手で拭って、肩をすくめた。
「まさか、こんな雨にやられるとは」
「タオル持って来るから玄関に入って」
「ちょうど駅から歩き始めたときに降り始めたんだ。驚いたよ、当たると痛いくらいだ」
「すごい雨で私もびっくりした。まずはシャワー浴びて」
タオルを手渡すと、リアンはざっと体を拭った。そして、その場で服を脱ぎ始めた。鍛えられた体が露わになる。目のやり場に困って、私は彼の爪先を見るようにした。
「服は、脱衣所のかごに入れておいて、洗っておくから」
「助かる」
シャワーの音が聞こえ始めてから、私も脱衣所に入り、かごに入れられた服を洗濯しはじめた。脱水後、そのまま乾燥させるコースに仕掛ける。リアンの歩いたあとに零れた水滴をタオルで拭いて、そのタオルも洗濯機に放り込んだ。ついで、彼の靴にもタオルとキッチンペーパーをいれて、水分を吸い取るようにする。
リアンが体を拭くのに使えるよう、新しいタオルをとりに行って戻ってきたときだった。
不意に、お風呂場のドアが開いた。折り戸の向こうにリアンがいる。
「わっ、ご、ごめん、タオルを置きにきたの」
慌てて後ろを向くが鏡があって、自分の後ろにいるリアンと鏡越しに目が合ってしまった。
タオルを背後に突き出して顔を背ける。
気まずい。
しかし、リアンはなかなかタオルを受け取ってくれなかった。どうしたのかと訝しく思ったときだった。
背後から温かいものに包まれた。
リアンに抱きすくめられていた。首筋に、彼の吐息があたり、ぞくっとする。
「リアン?」
彼は答えず、代わりに、徐に私の肩を掴んで振り向かせると、ついばむような口付けをした。
口付けは繰り返される。二度、三度と。受け入れるごとに彼の舌は私の口内の深くに侵入して来る。歯列の上をなぞり、舌をくすぐり、上顎をなでる。
リアンの熱い舌に夢中で応えているうちに、彼の手を握りしめていた。
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