【R18】Overkilled me

薊野ざわり

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本編

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 土曜日、寝る前に翌日の用意をしていると、メールの受信を知らせるメロディが鳴った。
 私は手を止めて、確認する。
 サバイバーの会のマイページにメッセージが届いているというお知らせのメールだった。もしやと、私は少し期待しながら、サイトにアクセスする。
 メッセージは、柿山からのものだった。


40、

 立川駅で合流したリアンと、駅から歩いて十分程の場所にある、ハワイ料理の店に入った。今回、店を選んだのは私で、昼からお酒が飲めて静かなお店、料理は肉もあるところという条件で選んだ。

 スローテンポのハワイアンミュージックが流れる店内は、ヴィンテージ家具と、流木と貝殻をあしらった雑貨をゆったりと並べたインテリアで、どちらかといえば女性的な印象だった。

 とはいえ、壁一面に並べられた本を好きに読んでよいという趣向のせいか、老齢にさしかかった男性や、ノートパソコンを持ち込んで作業をしている人もいて、客層は広そうだった。
 私たちは、奥の一人がけのソファが二脚向かい合わせに配置されている席に案内された。

 めいめいに食事を頼み終えると、私にはトロピカルティー、リアンにはビールが運ばれてくる。乾杯して一口だけ飲む。花と果実の香りが、ふわりと口内に広がった。

 私はさっそく、持ってきたプレゼントの袋を、リアンに差し出した。
「ちょっと早いけれど、お誕生日おめでとう。八月一日に会えるかわからなかったから」
 なんだか照れくさい。
 リアンは、目を瞬かせたあと包みを受け取った。
「君に誕生日、教えたか?」
「ごめんなさい、実は、この前、サバイバーの会の登録しているとき見てしまって」
「別に謝ることはない。……お、サングラス」
 包みを開けて、ようやく彼は笑顔になった。試しにかけてみてくれる。少しシャープな印象だったが、似合っている……と思う。
「実はこの前、気に入っていた奴を踏んで壊してしまったんだ。嬉しいよ、ありがとう」
「よかったら使って」
 私はほっとして、グラスの中身をまた少し飲んだ。

 料理を食べたあと、私たちは少しゆっくりして、お互いにとりとめのない話をした。
 お茶のお替わりを注文したとき、ふと思い出して、私は柿山と話をしたことを伝えた。

「それで、昨日の夜連絡が来て、一度柿山と三人で会いたいって」
「そうか」
 うなずいたあと、リアンは何かを考えるように天井を仰ぎ見て、ゆっくりと瞬きを繰り返していた。やがて、私を見ると静かに言った。
「一人で大丈夫か? ……その柿山という人は、信頼できるのか?」
「え?」

 リアンは、脚を組むとソファの背もたれに寄りかかり、眉を寄せて険しい顔をした。今日は深いグリーンのシャツに白いジーンズの組み合わせ。脚が長いのがうらやましい。

「実際に一回二回、やり取りをしたことがあるだけの相手に会いに、茨城まで一人で行って、リスクが大きくないかと。あまり人を疑うのは、気分のいいものではないが、やはり、人となりのわからない人間と会う時は、警戒しないと危ないぞ」
「それは……そうだけれど」
「慎重に考えた方がいい。もし、会う必要があるというなら、俺も同行する」
「そんな、悪いよ」
 私は咄嗟に答えた。するとリアンは、さらに子供に言い聞かせるように、優しい声音で続けた。
「遠慮はいらない。なにより、向こうの友人たちに会いたい気持ちもあるしな」

 ホセやリーサを思い出し、たしかに、茨城に行く機会があるなら、彼らに挨拶したいとも思った。

「でも、そう休みばかりとれないんじゃ」
「茨城なら、高速道路で二時間もかからないからな。普通の休みの日に行っても十分だ」
「じゃあ、もし予定が合えばね」
「ああ。……そうだ。借りた本を返さないとな」

 彼が自分の荷物から、私が貸した本を取り出した。さらに、見たことがない本を二冊一緒に。

「これは?」
「この前言った、俺の私物だ。もしよければ読んでみてくれ。読みやすい文章だし、あまり長くないから簡単に読破できるだろう」
「ありがとう」

 両方とも歴史サスペンスらしい。同じ作者のもので、リアンはこの作者が好きなのだろう。
 彼の好きな本や、映画の話を聞きながら、私たちはのんびりとした時間を過ごした。



 一度場所を移し、カフェでお茶をして、午後六時前に解散しようと私たちは店を出た。すると驚く程の人が、ぞろぞろと一方向に向かって歩いていた。

「ああ、あれだ」

 リアンが指をさしたのは、街頭に貼られた一枚のポスターだ。今日、近くで花火大会があるらしい。よく見れば、街中のいろいろな所にそのポスターが貼られていた。興味が薄かったせいで、見ても覚えていなかった。
 会場は、前回私たちが色々な話をしたあの大きな公園だ。この人の流れは、公園へ向かっているのか。たしかに、浴衣を着ている女の子も少なからずいる。

「駅の向こうには出店も出ているぞ」
 今いる道路は、公園とは駅を挟んで反対にある。リアンは公園のそばを通ってきたのだろう。
「せっかくだから行かないか? 俺は焼きそばが食べたい。時間があればだが」

 人ごみはあまり得意ではない。でも、滅多にない機会し、リアンが言う通り、せっかくだから行ってみるのも悪くない。
 私たちは並んで、人の流れに乗って駅の反対側へ向かった。

 駅のコンコースを出て、三分程歩き、ロータリーを抜けてビル群の向こうへ出ると、広い歩道の左右の端に出店が並び、人が群がっていた。街灯と街灯の間には提灯が渡され、祭りの雰囲気を盛り上げている。

「焼きそばあったよ」
 すぐに定番の焼きそばの屋台は見つかった。隣には、お好み焼き、チョコバナナ、綿飴……。
 アメリカの領土になったとはいえ、私の記憶にある夏祭りの風景と違いはなかった。

「イカが入っているやつがいいんだが。ワガママで悪いな」
「ううん、それじゃあ、探そう」

 リアンはおそらく、お祭りが好きなのだろう。顔が生き生きしている。早くも人ごみに疲れ始めていた私だったが、彼のその様子を見ると、来てよかったと思えた。

 ゆっくり歩きながら屋台を探した。途中、私も、美味しそうなお好み焼きの屋台を見つけたので、一つ買ってみた。目玉焼きが乗っているやつだ。リアンは目的の焼きそばの前に、フランクフルトとポテトを買っていた。しっかり、缶ビールも入手している。お酒好きなんだな、酔っているようには見えなくても。

 ずらっと続く屋台の中、公園の入り口に近い位置に、リアンの希望するイカ入りの焼きそば屋があった。焼きそばを購入すると、リアンはにやっと笑って言った。

「せっかくだから、花火も見ていくか?」
「……それじゃあ、せっかくだから」

 屋台の食べ物を食べるなら、一番あっているシチュエーションだろう。私も笑って、彼と一緒に公園の中に踏み込んだ。
 公園の中は人ばかりで、とてもゆっくり座れる状態ではなかった。なんとか腰をおろせたのは、十分も園内を歩いた木の根元の土がむき出しの場所で、座るためのレジャーシートも椅子も持ってきていない私のお尻と腰を痛めつけるロケーションだ。

 まわりの観客たちは用意も十分だ。なかには簡易テントを広げている人たちもいる。
 服が汚れるかなと思うが、ダークブルーのデニムを履いているから、洗えばいいかと雑なことを考える。リアンも腰を下ろしたが、白いデニムパンツの彼の方が、あとで服のケアが大変そうだ。
 服を気にした様子もなく、リアンはがさがさと袋を開けてビールを取り出し、一本私にくれた。普段、あまり飲酒しないが、素直に受け取りプルトップをあげる。ぷしゅっという、気持ちのいい音をたてて、少しだけ泡がでてきた。

「それじゃあ、なし崩し的だが、乾杯」
 缶を軽くあわせて、私たちはビールを飲んだ。喉で苦みのある泡が弾ける。

 空がぱっと明るくなって、大きな音が鳴り響いた。
 白い花が夜空に咲いていた。近すぎて、首が痛くなる角度。
 待っていた観客たちが、わっと盛り上がる。
 おお、と嬉しそうな歓声をあげて、リアンも空を見上げていた。

 買い込んだ食料を頬張りながら、花火を見る。蒸し暑さや人ごみも、やがて気にならなくなっていた。
 ちょっと温んだビールをちびちび飲みながら、カラフルな花火が次々夜空に咲く様を眺める。近くに寄っているせいで、ときおり灰なのか破片なのかわからない細かなごみが目に入ったりする。それも花火大会の醍醐味なのだろうか。

 とても不思議な気持ちだった。あの街を走り回っていたとき、こんな景色を誰かと一緒に見ている自分を想像できただろうか。
 隣で花火を見つめるリアンは、強面を綻ばせて、景色に見入っている。
 彼のおかげで、私は今こうしている。彼が、私を見捨てずそばにいてくれたから。

 あんな状況で出会い、思いもよらなかったような危機を供に乗り切って、面倒で足手まといな私を見捨てずにいてくれる。有り難いという言葉では足りない。
 ちょっとだけ過保護でお節介だが、それでもリアンの隣にいることを苦痛には思わない。ちっともだ。

「どうした?」
 リアンが、私の視線に気づいて、こちらを振り返る。
「まさか、リアンとこうして花火を見に来ることがあるなんて、思わなかった」
「そうだな」
 ちょっとくすぐったそうに笑って、彼はおもむろに私の頬に手を伸ばした。

 少しの間そうして、彼は真剣な表情で私を見つめた。グリーンの目に、花火の光が入って、一瞬だけ金色に輝く。
 近付いて来る彼から距離を取ろうと思えばとれるだろう。
 でも、私はそうしなかった。かわりに、目を閉じた。
 優しい感触が唇に降ってきて、花火の轟音だけが、聞こえていた。
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