【R18】Overkilled me

薊野ざわり

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本編

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 ディスプレイに表示された、検査結果の数字の羅列を見ながら、内科の担当医はうなずいた。
「特に変化はありませんね。よかった。やや貧血気味ですが、とくに日常生活に支障はないでしょう。今日はこれから、脳神経外科ですか?」
「はい。MRIです」
「そうですか。がんばってくださいね」
 寝転んでいるだけのMRIでなにを頑張ればいいのかわからないが、私はとりあえず頷いてみた。

 
 39、

 柿山とのビデオ通話から、八日が過ぎた。今の所、柿山の知人からは何の連絡もない。私はいつも通り通院をし、サバイバーの会の投稿記事を眺めていた。
 リアンは、休暇が終わり忙しくなったようで、連絡が少なくなった。それでも、一日に一度くらい、短文のメールをくれる。貸した本は読み終わったようなので、返したいという。次の日曜日に外出許可が取れたら、また立川で会うという約束だ。

 その時に備えて、私は買い物をするために、新宿まで出かけてきた。
 夕方、日が落ちかけて涼しくなって、外出は大分楽になってきている。それでも肌をなでる熱風は、湿度を含みじっとりとしていて、汗が滲んでくる。

 人ごみを避けながら、私は目的のスポーツ用品店へ向かった。
 セレクトショップが並ぶ通りにあるその店は、二階分のフロアを使っていた。他のフロアのショップより、若干人が少ない。
 わずかな時間でも人ごみに圧倒されて疲れた私には、その落ち着いた空間はありがたかった。少し強めの冷房も、外を歩いてきたせいでとても心地よく感じる。

 フロアの案内を確認して、目的のものが置かれている棚に向かう。
 様々なデザインのスポーツ用のサングラスがずらりと並んでいた。私は気になったデザインのものを手に取って眺めてみる。
 インターネット上に専門のショップがあったので、そこで購入してもよかったのだが、実物を見て判断したいという気持ちもあって、こちらに足を運んだのだった。気に入ったのがなければ、近所にもう二件、スポーツ用品店があるので、そちらを見てもよいだろう。

 探しているのはリアンへの誕生日プレゼントだった。彼の誕生日が八月一日だと知ったのはついこの前。普段のお礼をかねて、なにかプレゼントを贈りたい。
 目の色が薄い彼は、どうやら外出時は常にサングラスをしているようなので、いくつかあってもいいだろう。だが、ブランドものの高級品を贈るのもなんだか変だし、なにより私の財布が死んでしまう。
 気軽に使ってもらえるスポーツタイプのものにしようと決めた。

 彼が普段使っていたのは、たしかレンズが薄いグレーだった。私は普段、サングラスを着用しないからよくわからないが、レンズの色で効果が違うようだから、色はグレーにしておく。

 フレームと、レンズの形で比較していくと、気になるデザインのものが二点あった。ためつすがめつして、黒いフレームで、つるの部分が先端に向かって黒から赤にグラデーションがかっているものにした。

 ラッピングもしてもらい通りに出た。完全に日が落ちて空は暗かったが、人通りはさすが新宿、多い。むしろ増えているくらいだ。

 往路と同様、なるべく人ごみを避けて駅に向かう。せっかく新宿まで来たのだから、ショッピングなり夕食を楽しむなりすればいいのかもしれないが、とてもそんな気分にならないほどの混雑だ。

 熱風と人ごみと格闘しながら、駅に向かっている途中、ふと、耳に入って来る音があった。選挙カーかとも思ったけれど違う。怒鳴っているような、力の入った男性の声だ。
 声の発生源は、駅前らしい。近づく程にその言葉が鮮明になり、また、人ごみはさらに密度を増していく。

 駅の改札への道は、通行が困難なほど人だかりができていた。警官の姿がちらほら見える。迷惑そうに顔をしかめて歩いて行くサラリーマンや、面白がって写真を撮る人、関わりたくないと顔を背けて人ごみを進む老人の姿。そして、声に同調して、拳を振り上げる人。

 デモだ。プラカードを持ったり、拡声器を持った人たちが、先頭の男性の音頭にあわせて声をあげ、ゆっくりと進む。
 プラカードには、日本は独立せよ、と旭日旗が描かれていることが多いようだ。そして、参加者は、日本人――私の記憶で言う、純日本人の容貌の人たち。

『日本は独立せよ! テロリストに屈するな! 日本は独立せよ! アメリカの搾取を許すな!』

 拡声器を使って繰り返される声は、徐々に遠のいている。私と進行方向が同じようだ。
 そのことに安堵して、私はのろのろと、駅の改札に向かって進む。
 下を向いて、前の人にぶつからないように気をつけながら進んでいると、突如視界に、けばけばしい赤が飛び込んできた。

 真剣な顔をした老女が口を引き結んで、私にビラを差し出していた。急に立ち止まったせいで、後ろを歩いていた人に軽く衝突される。
 私は会釈をしてビラを断る。老女の目が鋭くなったが、声をかけられることはなかった。
 だが、派手なデザインのビラは、印象的で脳裏にしっかり映像として残っている。

『アメリカがテロリストを連れてきた』

 太いブロック体で記された、真っ黒な文字。
 私はその映像を振り払うように、一度、きつく目を閉じ、頭を振った。



 帰宅後、ニュースを見ていると、新宿であったデモのことも取り上げられていた。スーパーで買ってきたサラダを食べながら、その解説を見る。
 デモを起こしたのは、穏健派の旭日独立軍で、彼らの主張は、直前の水戸でのテロ事件は、アメリカ軍が日本にいたせいで起きたという。だから、早く、次のテロが起こる前に日本は独立を検討しよう、ということらしい。
 私は思わず天を仰いだ。
 派閥は違っても、元々は身内だろうに。それとも、彼らからすると、既に袂を分けた過激派はテロリストで、同志ではないのか。

 いずれにせよ、私にはわからない世界だった。
 切り替わったニュースは、どこかの議員の不正献金について。
 食事を終え食器を洗うと、スマートフォンにメールが届いていた。リアンから、日曜日の外出許可がとれたという連絡だった。
 今度は、私が店を調べると返信する。
 シェルフの上に置いたプレゼントの包み。彼はあれを気に入ってくれるだろうか。
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