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本編
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悪夢とおしゃべりのせいですっかり目が冴えてしまった。眠れる気がしない。
そう正直に伝えると、リアンは眠くなったら交代しようと提案し、横たわった。彼が寝息を立て始めるのに、そう時間はかからない。
29、
「起こしてくれればよかったのに」
責めるような口調でリアンはそう言って、ややぼうっとした感じの顔を左右に振った。ひげがまばらに伸びた顎を手で擦ると、顔を洗ってくると言って立ち上がる。
時刻は朝の五時半。
結局私は睡魔に嫌われ、一晩中じっと床か天井かリアンの寝顔を観察して終わった。時計を眺めながら、前回はこのくらいの時間に車に撥ねられたっけと、変なことを思い出したりして。ほかには、私のためにわざわざ身の危険を顧みず残留を決めたこの軍人に、どうお礼をしようかなどということを考えていた。
菓子折りか、リラクゼーショングッズ、あるいは商品券?
どれもいまいち。そもそも、私は彼の好きなものも嫌いなものも知らない。それでお礼の品だなんて考え付くはずもなかった。
とりとめのないことを考えながらも、休めたことには変わりない。疲れはあるものの、雨の中でうずくまっていたときよりはコンディションは良い。
「服はほぼ乾いていたぞ」
戻ってきたリアンは自分の服に着替えていた。手を怪我しているのに素早い行動だ。私も彼に倣ってロッカールームにある自分の服に着替えようと思ったのだが――。
脚に添え木をしているため、とてもショートパンツをはけそうになかった。あきらめて、この格好のままとする。
昨晩と同じようにジムの食料をいただいて、出発に備えた。
◆
外は、すがすがしい晴天だった。昨晩までの雨のあとが地面や建物の壁面に残っているが、雲ひとつない。その分、割れたガラスや血のあとなどがはっきり見えて、痛々しい。
私はモップの柄を杖がわりに、リアンの後ろをついて歩く。リアンは銃を構えながら、慎重に進む道の安全を確認していく。
普通に歩けば十五分の距離でも、この慎重さと足手まといの私のせいで、三十分以上はかかるだろう。
一晩過ごしたビルを振り返る。外から見ると、灰色の外壁には目立った汚れも無く、新しいオフィスビルという印象だった。中が、特に駐車スペースがあんな地獄絵図になっているだなんて、誰が思うだろう。ただし、盛大にガラスが割れた一階のカフェスペースを見ると、印象はがらりと変わるが。
反対側にある廃病院は、外壁はクリーム色に近い白色で汚れが目立った。看板もやや古臭い。他の建物より、ずいぶん年季の入った印象だった。
「誰かいる」
病院の横を通り過ぎたときだった。リアンが小声で警告した。
道の向こうに人影があった。逆光で詳細までは見えないが、シルエットからして男性のようだ。
もちろん、リアンは銃を構えて、向こうの出方を窺っている。相手も、こちらに気付いているだろう。茶色っぽいスーツを着た太った男性。彼はゆっくりこちらに向かって歩いてくる。
光の当たる角度が変わる。薄くなった頭髪と眼鏡、草臥れた五十年配のサラリーマンという印象だった。
「動くな!」
リアンが警告を発した。男性はそれを無視して接近する。距離はおよそ十メートルほど。
距離が詰まるにつれ、彼の表情が普通ではないことがわかった。弛緩した口元から唾液がこぼれ、眼鏡はレンズが左右両方割れている。その破片が刺さったのか、右の瞼が裂けている。目だけはやたらぎょろぎょろしていた。
「動くな、撃つぞ」
二度目の警告もだめ。私は、リアンの後ろに身を隠すように近寄った。
リアンがトリガーに指をかけた。
そのとき、ばたんと男性がうつ伏せに倒れた。糸が切れた人形のように。そして、じたばたと地面でもがくが、一向に立ち上がらない。
「感染者じゃない?」
そうつぶやいて、リアンはおもむろに彼に近付く。あと三歩というところで、男性が吼えて彼に掴みかかろうと上半身を起こした。しかし、すぐに力なく地面に沈み、またもがきだす。
「……感染しているように見えるけれど。怪我でもしているのかしら」
「いや、目立った外傷はない。貧血か脱水症状か……」
リアンが銃を降ろす。
楢原たちから聞いたことを思い出した。そうか、もう、感染者も体力の限界を迎えているのだ。
「どうするの?」
もがく男性のことを、やや離れて見ながら、私は問うた。
「軍の回収チームと合流したら、彼のことを報告しよう。保護してもらえるかもしれない」
それが最善だろう。今の、私たちに彼をどうこうできる余力はない。
◆
杖をつきながら、私はまたリアンの後を追った。負担のかかる左足が痛くなっていたが、そんなことを言ってもいられないので、歩くことに集中する。
アスファルトにものを引きずったような血痕や、ガラスの破片が落ちているのを何度も見ながら、しばらく黙々と足を動かした。
「あそこだ」
何個目かの角を通り過ぎて、リアンが指さした先には、青い外壁の建物があった。明るい茶色のタイルが敷き詰められた敷地のまわりに、ぐるりと幹が細めの木が植えられている。広い土地、それに見合った大きく目立つ建物だ。屋根はガラスのようで、背の低い建物。円柱を斜めにぶった切ったような形をしている。そして、なにより目を引くのは、銀色の三角形の板を組み合わせて積んだ、なぞの塔。
「あの塔はなに?」
歩を進めながらリアンに聞くと、彼も肩をすくめた。
「知らないが……たしか、駅の向こうにも同じようなオブジェがある美術館かなにかがあったはずだ。なにかの記念碑なんじゃないか」
塔の意味や由来はともかく、そこに軍の人たちが来ればそれですべて問題ない。むしろ目立つから、集合ポイントとしての目印にはもってこいだろう。
敷地の前には、大きなアクリルの板の時計とともに、銀色の金属に『MITO Public Hall』と彫り込まれた標識がおかれていた。ここで間違いないはずだ。
建物の前、およそ二十メートル地点の敷地の中で、私たちは足を止めた。
ここには今、誰もいないようだ。
リアンが腕時計を見る。
「あと十分ほどで定刻になる。座っていろ」
促され、私は直接地べたに座り込んだ。夕べの雨でタイルはしっとりしていたが、立っているには左足がしんどい。張っている左足をさすりながら、私は敷地の向こうをじっと見つめる。
青い空の下、鳥の鳴き声もなく、私たちは待ち続けた。
ときおり、リアンが凝りをほぐすように肩を回したり、足首を回したりした。
遠くからエンジン音が聞こえてきた。低く唸るような大型車のエンジン音だ。そして、車体の重さを暗示するように、座り込んだ地面から振動が伝わってくる。
私は杖を突いて立ち上がった。リアンは念のためか、銃を構えてエンジン音の方向を見ている。
現れたのは、いつか、地下道路の入り口に横転していたバスと似た、モスグリーンのバスだった。運転手の席の反対側から、マシンガンを構えた男性が身を乗り出している。彼の銃口は私たちを向いていた。サングラスをしているその男性は、リアンより年上の印象だ。
車が停止した。私達の五メートル手前。
勢いよくドアが開き、銃を構えたサングラスの男性が降りてきた。間髪いれず、同じ格好の軍人たちが続いて降りてくる。彼らはいろいろな方向を威嚇するように銃口を向け、最後は私たちにそれを定めた。
たくさんの銃口を向けられながら、リアンはどこかリラックスした様子だった。彼は求められるより先に、銃を下ろし両手を上げる。
「柏田リアン、勝田基地所属だ。彼女は磯波美鹿。どちらも正気だ。保護してもらいたい」
最初に降りてきた男性が、サングラスを指で押し上げた。色の薄いブルーの目が顕になる。やや細身の印象の彼は、じっとリアンを見つめたかと思うと右手をあげた。すると、他の人たちがいっせいに銃を降ろした。
「よく無事だったな、柏田」
「ああ。またあえてうれしいよ、アルバート」
声を掛け合うと彼らは微笑み、近寄って軽くハグをした。
「リーサから話を聞いたときは、驚いたぞ。まさか堅物のお前が命令を無視するとはな。……帰ったら覚悟しておいたほうがいいぞ」
茶目っ気たっぷりに、彼――アルバートは笑って、リアンの肩を小突いた。わずかに彼のほうがリアンより背が高い。肌がとても白く、髪は金髪に近い色だった。彼は私に向けて右手を差し出した。私は躊躇ったあと、その手をとる。
「君も、よく無事だったな。すばらしいタフガールだ。ここを出たらしっかり手当てしてもらえ」
「ありがとう」
人好きのする明るい笑顔を浮かべて、アルバートは私の肩を叩く。その左手の薬指には指輪。
「俺たちは、これから二時間ほど感染者の保護作業をし、基地へ戻る。そこで感染者たちを医療者にゆだねることになっている。お前たちもそのとき一緒に治療をうけるといい」
アルバートに手を借りて、私たちはバスへ乗り込んだ。
普段市内を走っている交通バスの内装とは異なり、壁沿いに長椅子がぐるりと設置してあった。壁面には様々な機材や予備の弾薬などが置かれている。さらに胴体の横半分の位置に、透明なアクリル製らしき板が設置されており、前後のスペースを分けていた。奥にもぐるりと長椅子が設置されている。椅子の周辺には太く大きなカラビナが等間隔で配置されていた。
板より向こうに、感染者を係留するのだろうか。
私たちはアクリル板の手前の席に座るように促された。
外で整列していた軍人たちは、アルバートの指示に従い、運転手を残してみないっせいに走り出した。あっという間にいなくなる。運転手は、ハンドルの上に地図を広げて、ヘッドセットになにか英語で話しかけながら確認作業をしている。
私が腰を下ろしたまま、隣に座るリアンを見上げると、彼は微笑んだ。
「なんとか、ここを出られそうだな」
「……うん」
本当に、……これですべて終わりなの?
そう正直に伝えると、リアンは眠くなったら交代しようと提案し、横たわった。彼が寝息を立て始めるのに、そう時間はかからない。
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「起こしてくれればよかったのに」
責めるような口調でリアンはそう言って、ややぼうっとした感じの顔を左右に振った。ひげがまばらに伸びた顎を手で擦ると、顔を洗ってくると言って立ち上がる。
時刻は朝の五時半。
結局私は睡魔に嫌われ、一晩中じっと床か天井かリアンの寝顔を観察して終わった。時計を眺めながら、前回はこのくらいの時間に車に撥ねられたっけと、変なことを思い出したりして。ほかには、私のためにわざわざ身の危険を顧みず残留を決めたこの軍人に、どうお礼をしようかなどということを考えていた。
菓子折りか、リラクゼーショングッズ、あるいは商品券?
どれもいまいち。そもそも、私は彼の好きなものも嫌いなものも知らない。それでお礼の品だなんて考え付くはずもなかった。
とりとめのないことを考えながらも、休めたことには変わりない。疲れはあるものの、雨の中でうずくまっていたときよりはコンディションは良い。
「服はほぼ乾いていたぞ」
戻ってきたリアンは自分の服に着替えていた。手を怪我しているのに素早い行動だ。私も彼に倣ってロッカールームにある自分の服に着替えようと思ったのだが――。
脚に添え木をしているため、とてもショートパンツをはけそうになかった。あきらめて、この格好のままとする。
昨晩と同じようにジムの食料をいただいて、出発に備えた。
◆
外は、すがすがしい晴天だった。昨晩までの雨のあとが地面や建物の壁面に残っているが、雲ひとつない。その分、割れたガラスや血のあとなどがはっきり見えて、痛々しい。
私はモップの柄を杖がわりに、リアンの後ろをついて歩く。リアンは銃を構えながら、慎重に進む道の安全を確認していく。
普通に歩けば十五分の距離でも、この慎重さと足手まといの私のせいで、三十分以上はかかるだろう。
一晩過ごしたビルを振り返る。外から見ると、灰色の外壁には目立った汚れも無く、新しいオフィスビルという印象だった。中が、特に駐車スペースがあんな地獄絵図になっているだなんて、誰が思うだろう。ただし、盛大にガラスが割れた一階のカフェスペースを見ると、印象はがらりと変わるが。
反対側にある廃病院は、外壁はクリーム色に近い白色で汚れが目立った。看板もやや古臭い。他の建物より、ずいぶん年季の入った印象だった。
「誰かいる」
病院の横を通り過ぎたときだった。リアンが小声で警告した。
道の向こうに人影があった。逆光で詳細までは見えないが、シルエットからして男性のようだ。
もちろん、リアンは銃を構えて、向こうの出方を窺っている。相手も、こちらに気付いているだろう。茶色っぽいスーツを着た太った男性。彼はゆっくりこちらに向かって歩いてくる。
光の当たる角度が変わる。薄くなった頭髪と眼鏡、草臥れた五十年配のサラリーマンという印象だった。
「動くな!」
リアンが警告を発した。男性はそれを無視して接近する。距離はおよそ十メートルほど。
距離が詰まるにつれ、彼の表情が普通ではないことがわかった。弛緩した口元から唾液がこぼれ、眼鏡はレンズが左右両方割れている。その破片が刺さったのか、右の瞼が裂けている。目だけはやたらぎょろぎょろしていた。
「動くな、撃つぞ」
二度目の警告もだめ。私は、リアンの後ろに身を隠すように近寄った。
リアンがトリガーに指をかけた。
そのとき、ばたんと男性がうつ伏せに倒れた。糸が切れた人形のように。そして、じたばたと地面でもがくが、一向に立ち上がらない。
「感染者じゃない?」
そうつぶやいて、リアンはおもむろに彼に近付く。あと三歩というところで、男性が吼えて彼に掴みかかろうと上半身を起こした。しかし、すぐに力なく地面に沈み、またもがきだす。
「……感染しているように見えるけれど。怪我でもしているのかしら」
「いや、目立った外傷はない。貧血か脱水症状か……」
リアンが銃を降ろす。
楢原たちから聞いたことを思い出した。そうか、もう、感染者も体力の限界を迎えているのだ。
「どうするの?」
もがく男性のことを、やや離れて見ながら、私は問うた。
「軍の回収チームと合流したら、彼のことを報告しよう。保護してもらえるかもしれない」
それが最善だろう。今の、私たちに彼をどうこうできる余力はない。
◆
杖をつきながら、私はまたリアンの後を追った。負担のかかる左足が痛くなっていたが、そんなことを言ってもいられないので、歩くことに集中する。
アスファルトにものを引きずったような血痕や、ガラスの破片が落ちているのを何度も見ながら、しばらく黙々と足を動かした。
「あそこだ」
何個目かの角を通り過ぎて、リアンが指さした先には、青い外壁の建物があった。明るい茶色のタイルが敷き詰められた敷地のまわりに、ぐるりと幹が細めの木が植えられている。広い土地、それに見合った大きく目立つ建物だ。屋根はガラスのようで、背の低い建物。円柱を斜めにぶった切ったような形をしている。そして、なにより目を引くのは、銀色の三角形の板を組み合わせて積んだ、なぞの塔。
「あの塔はなに?」
歩を進めながらリアンに聞くと、彼も肩をすくめた。
「知らないが……たしか、駅の向こうにも同じようなオブジェがある美術館かなにかがあったはずだ。なにかの記念碑なんじゃないか」
塔の意味や由来はともかく、そこに軍の人たちが来ればそれですべて問題ない。むしろ目立つから、集合ポイントとしての目印にはもってこいだろう。
敷地の前には、大きなアクリルの板の時計とともに、銀色の金属に『MITO Public Hall』と彫り込まれた標識がおかれていた。ここで間違いないはずだ。
建物の前、およそ二十メートル地点の敷地の中で、私たちは足を止めた。
ここには今、誰もいないようだ。
リアンが腕時計を見る。
「あと十分ほどで定刻になる。座っていろ」
促され、私は直接地べたに座り込んだ。夕べの雨でタイルはしっとりしていたが、立っているには左足がしんどい。張っている左足をさすりながら、私は敷地の向こうをじっと見つめる。
青い空の下、鳥の鳴き声もなく、私たちは待ち続けた。
ときおり、リアンが凝りをほぐすように肩を回したり、足首を回したりした。
遠くからエンジン音が聞こえてきた。低く唸るような大型車のエンジン音だ。そして、車体の重さを暗示するように、座り込んだ地面から振動が伝わってくる。
私は杖を突いて立ち上がった。リアンは念のためか、銃を構えてエンジン音の方向を見ている。
現れたのは、いつか、地下道路の入り口に横転していたバスと似た、モスグリーンのバスだった。運転手の席の反対側から、マシンガンを構えた男性が身を乗り出している。彼の銃口は私たちを向いていた。サングラスをしているその男性は、リアンより年上の印象だ。
車が停止した。私達の五メートル手前。
勢いよくドアが開き、銃を構えたサングラスの男性が降りてきた。間髪いれず、同じ格好の軍人たちが続いて降りてくる。彼らはいろいろな方向を威嚇するように銃口を向け、最後は私たちにそれを定めた。
たくさんの銃口を向けられながら、リアンはどこかリラックスした様子だった。彼は求められるより先に、銃を下ろし両手を上げる。
「柏田リアン、勝田基地所属だ。彼女は磯波美鹿。どちらも正気だ。保護してもらいたい」
最初に降りてきた男性が、サングラスを指で押し上げた。色の薄いブルーの目が顕になる。やや細身の印象の彼は、じっとリアンを見つめたかと思うと右手をあげた。すると、他の人たちがいっせいに銃を降ろした。
「よく無事だったな、柏田」
「ああ。またあえてうれしいよ、アルバート」
声を掛け合うと彼らは微笑み、近寄って軽くハグをした。
「リーサから話を聞いたときは、驚いたぞ。まさか堅物のお前が命令を無視するとはな。……帰ったら覚悟しておいたほうがいいぞ」
茶目っ気たっぷりに、彼――アルバートは笑って、リアンの肩を小突いた。わずかに彼のほうがリアンより背が高い。肌がとても白く、髪は金髪に近い色だった。彼は私に向けて右手を差し出した。私は躊躇ったあと、その手をとる。
「君も、よく無事だったな。すばらしいタフガールだ。ここを出たらしっかり手当てしてもらえ」
「ありがとう」
人好きのする明るい笑顔を浮かべて、アルバートは私の肩を叩く。その左手の薬指には指輪。
「俺たちは、これから二時間ほど感染者の保護作業をし、基地へ戻る。そこで感染者たちを医療者にゆだねることになっている。お前たちもそのとき一緒に治療をうけるといい」
アルバートに手を借りて、私たちはバスへ乗り込んだ。
普段市内を走っている交通バスの内装とは異なり、壁沿いに長椅子がぐるりと設置してあった。壁面には様々な機材や予備の弾薬などが置かれている。さらに胴体の横半分の位置に、透明なアクリル製らしき板が設置されており、前後のスペースを分けていた。奥にもぐるりと長椅子が設置されている。椅子の周辺には太く大きなカラビナが等間隔で配置されていた。
板より向こうに、感染者を係留するのだろうか。
私たちはアクリル板の手前の席に座るように促された。
外で整列していた軍人たちは、アルバートの指示に従い、運転手を残してみないっせいに走り出した。あっという間にいなくなる。運転手は、ハンドルの上に地図を広げて、ヘッドセットになにか英語で話しかけながら確認作業をしている。
私が腰を下ろしたまま、隣に座るリアンを見上げると、彼は微笑んだ。
「なんとか、ここを出られそうだな」
「……うん」
本当に、……これですべて終わりなの?
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