【R18】Overkilled me

薊野ざわり

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本編

25

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「障害物リレーみたいだな」
 床に人形のように転がっている死体は、全部で四体だった。そのうち一人は、カフェの店員だとわかるシャツにエプロン姿だ。

 ホセがライトで照らしだした彼らは、腹や胸を血に染め苦悶の表情で事切れている。複数箇所の衣服が切り裂かれており、凶器が刃物であったのだろうと思わせた。即死しなかったに違いない、のた打ち回った血の痕が、床や壁にこびりついている。

25、

 死体を踏み越えた廊下の壁に、フロアマップがあった。この建物は十階建てのようだ。二階から六階が企業のオフィスで、七階と八階はジム、九階と十階、そして屋上が駐車場となっている。
 ライトで照らしたマップを見て、リーサが舌打ちした。

「やだ、高さ考えると屋上じゃないかもしれないじゃん」

 たしかに、病院の屋上に続くあの扉にいたリアン達を狙撃し、弾を貫通させ、二人同時に負傷させるには、あの扉の高さより下から狙ったということはない。逆に考えて同等以上の高さがあれば、狙撃は可能なわけだ。
 リアンの腕が撃たれ、その先にいる塩野の脚が撃たれ、リアンより手前にいた感染者が頭を撃ち抜かれていたという角度を考えると、あの扉より上の高さからやや下に角度を付けて撃たれたと推断できる。
 八階相当と思われる病院の屋上の高さを計算すると、このビルの九階より上の階に狙撃手がいると考えられた。細かくいうと、建物ごとにある程度一階ごとの天井や窓の高さは違うが。

 ホセが苛立ちのため息をついて、エレベーターの昇降ボタンを押した。
「行くぞ。九階から上がっていく」
 エレベーターは九階から降りてくる。
「これは、九階に誰かいるのかしら」
「可能性はあるな」
 私の言葉に、ホセが重々しく頷いた。
 ドアが開く。私たちは左右の壁面に隠れるようにして、まずはエレベーター内に銃口を向けた。

「クリア」
 リーサがそういうと、ホセから乗り込む。彼は先に「閉」ボタンを押し、九階のボタンを押した。滑らかにエレベーターが動き出す。

「そういえば」
 思い出したようにつぶやいて、ホセが私を見る。
「もしかして、ミシカは、あの病院の七階にリアンたちがいるって知っていたのか?」

 唐突にそんなことを聞かれたものだから言葉に詰まった。二度瞬きしてから、ゆっくり答える。
「うん。一階で彼らを見かけたけど、声をかける勇気がなかった」
 前半は嘘で後半はやや本音だ。ホセは納得したのかどうかわからない「ふうん」という返事をして、それからちょっと笑顔になった。
「ありがとな。おかげで、こいつを含め、四人も助けられた」
「そうね、ほんとありがとミシカ!」
 ホセとリーサに口々に礼を言われて、困ってしまった。緩く首を横に振ると、彼らは頬を引き締めて、また銃を構えた。エレベーターが九階に到着したのだ。

 ゆっくりと開くドアの向こうに、透明なガラスのドアがあった。その先は、駐車場になっている。駐車場は明かりが点いているものの、もともと薄暗いようで、やや緑がかった明かりが、柱や残された車の影を濃く床に刻み込んでいる。
 コンクリの壁の上半分はなく、塀のようになっていて、駐車場の向こうを見渡せるようになっていた。雨脚が再び強くなってきて、雨音がかなり大きく聞こえる。

 避難勧告が出る前に人が多くいたんだろう、廃墟だった病院と違って車がかなりの台数残っていた。スペースの七割くらいは駐車されたままだ。数台が、パニックで事故を起こしたのか、通路の途中で止まっていたり、柱に突っ込んでいたり、ドアが開いたまま放置されている。
 私たちは、互いに死角をカバーするように背中合わせの陣形を取りながら、ガラスドアの向こうへと進んだ。

 ……これは、結構骨が折れるんじゃないだろうか。そして、危険だ。
 この車の影に、狙撃手がいる可能性があるのだ。それを見つけ出さねばならない。
 おまけに、この階にいるとは限らず、十階、そして屋上階も候補なのだと思うと、恐ろしい。
 嘆いていても仕方がないので、私は暗闇に目をこらし、耳を澄ませながら、人影がないか探していく。

「リーサ、ミシカ、お前たちはあっちから回れ」
「了解」
 ホセの指示で、二手に分かれた。

 駐車場は、端から見て六列になっている。塀添いに一列、通路を挟んで二列、中心に通路、反対側も同じというような左右対称の配置になっている。
 挟み込む様にして見回ることで、逃がさないのだろう。
 リーサが先行するのを、銃を構えながら私は追いかけた。
 緊張で心拍数が上がっているのが自分でわかる。今、装填されているのはゴム弾だから、致死率は高くないと思うが、当たり所が悪ければわからない。

「どうやら外れね」
 再びホセと顔を合わせた。彼も肩を竦める。
「これで車を上げるのか」
 私たちが乗ってきたエレベーターとちょうど対角の位置に、大きなエレベーターが二基並んでいる。ドアの注意書きは『中に入ったら必ず縁石まで進んでから、昇降ボタンを押してください』。

 この造りだと、うっかり満車だったりしたら大層不便だろう。あるいは、契約している人以外停められないのか。

「次に行くぞ」
 促され、私たちは来るときにも乗ったエレベーターに乗り込む。上の階にはすぐ到着した。
 残された車の停車位置が違うぐらいで、九階とレイアウトはまったく一緒だ。
 つまり、私たちがすることも一緒。

 九階を見たときより、狙撃手が潜んでいる可能性は高まるわけだから、緊張感だけは一緒とはいかない。人がいる気配はないが。
 目で合図しあって、私たちは再び二手にわかれ、捜索を開始した。

「リーサ?」
 リーサが立ち止まった。彼女は、車を載せるためのエレベーターの方を凝視している。
 私は手前の車が邪魔で彼女の見ているものが見えなかったので、周りこんで、――失敗したと悟った。
「容赦なしね」

 エレベーター前で三人の女性が死んでいた。ここで働いていたに違いない、淡い色のシャツやブラウス、スカートにヒールのある靴を履いた、オフィスカジュアルの女性たち。彼女たちは、エレベーターにすがるようにして、重なり合っている。
 その背中に、首に、頭部に、無数の傷があった。肩や背中の怪我から、刺されたのだとわかるが、傷が集中している頭部は、もはや殴られたのか刺されたのかもわからない有様だ。
 ヒールが折れた靴が転がり、小ぶりなバッグが中身をぶちまけて転がっている。血だまりのなかに。
 なんとか逃げようとしたのだ。エレベーターのドアや昇降ボタンに、血の手形がいくつも残っていた。
 ここでまでくると、もはや、加害者に憎悪の感情があってほしいと思ってしまう。無感情にこれだけのことをしてのけるとなると、人の形をした別のなにかだとしか思えない。

 軽い吐き気を催して深呼吸でそれをいなす。

「あっちにも、似たようなのがあったぜ。胸糞悪い」
 合流したホセが、しかめっ面をつくった。
「生きてる奴は、いなさそうだ」
「それじゃあ、……やっぱり屋上ね」
 
 三度、エレベーターに乗り込む。
 リーサとホセ、二人とも表情が硬い。私も、緊張で呼吸がやや浅くなっているのに気がついて、意識的に深く息を吸い、吐くようにする。
「いいか、気を引き締めろよ」
「ええ」
 頷きあう。
 あっという間にエレベーターは、屋上に到着した。

「行くぞ!」
 ホセが左右を警戒し、銃を構えて走り出す。私がエレベーターから顔を出した瞬間に、ぱっと銃火がはじけた。
 リーサが、そしてホセが発砲する。間断なく。私もトリガーを引いた。
 見えるだけで十五人以上。エレベーターから飛び出した私たちを挟撃するように、左と右の通路から正気を失った人たちが殺到する。オフィスカジュアル、作業着、スーツ、警備のユニフォーム。服装も性別も年齢もばらばらな彼らは、雨でぐっしょり濡れて青白い顔をしながらも、目を血走らせて、一様にこちらに掴みかかろうと、雪崩のような勢いで駆けてくる。

 打ち付ける雨が、目に入る。

 ホセが、最前列を走ってきたスーツの男の太ももを拳銃で撃ち抜き、転倒させると、後ろに続く二人がそれに巻き込まれて、折り重なって転ぶ。けれど、その人たちを踏み越えて、さらに後ろから別の感染者たちが飛び出してきた。尋常ではない勢いだ。そして、一度脚を撃たれても立ち上がり、片脚をひきずってこちらに向かってくる。手に、鈍器や利器を持っている者もいる。

 リーサが舌打ちする。突出したホセの背後を、私とリーサが守るのだがホセが前のめりすぎる。怪我をしたリーサは、撃った反動が響くのか銃声とともに顔をしかめていた。ホセはそれに気付いてない。しかしホセも、それを咎められないほどの攻勢にさらされているのだ。
 私が撃ったゴム弾は、感染者を吹き飛ばしいったんは足止めする。ところが彼らは呻きながら立ち上がり、何事もなかったかのように走りこんでくる。内蔵を損傷したのか口から血を吐きながらも怯みもしない。

 掴み掛かられリーサが体勢を崩した。怪我が響くのか対応が遅れていた。彼女に殴りかかる男の横面を、私はショットガンで殴りつける。よろめくその男の首を、ホセが撃ち抜いた。

「車をうまく使え!」

 リーサと二人で停められた車の隙間に入る。複数人にいっきに襲われなくなっただけ迎撃は安定するが、身動きもしにくい。接近されたらまずい。
「どれだけいるの?!」
「とにかく、動きを止めろ! ミシカ、お前は実弾を使え! 奴ら、ゴム弾じゃ足止めにもならねえ」
 言うが早いか、ホセはすでにショットガンに持ち替えて、散弾をぶっ放していた。轟音とともに、感染者が体をくの字にして、吹き飛ぶ。血や内臓が飛び散る。一瞬の躊躇、私も実弾を掴む。

「ぐっ!」
「リーサっ」

 腹部を撃っても止まらなかった警備の服の男に、リーサが容赦のない頭突きをかまされた。がつんという嫌な音がして、彼女は膝をつく。
 私は装填したばかりのショットガンのトリガーを引いた。棒で叩かれたスイカのように頭を爆ぜ、男が後ろに倒れる。その体を押しのけるようにして、スーツの女が、アニメ風のネコが描かれたピンクのネイルを、私の目玉めがけて繰り出してくる。まつげにかすり、背筋が凍る。後ろにひっくり返って、なんとかその爪から逃れる。倒れざまに放った散弾は、彼女の腹部にあたり、彼女は車のドアに激突した。
 背中から床に倒れ腰を強打しながら、歯を食いしばり、牽制のために続けざまに、四発発砲した。三人の感染者が床に転がる。攻撃範囲が広くて助かる。腕がしびれるけれど。
 リーサも持ち直し口の端から血を流しながらも、二人の頭に穴を開けた。

 車をはさんだ向こうで、ホセは正確に、襲い掛かってくる感染者の頭に風穴を開ける。
 そのとき、私は視界の隅にきらめくものを見付けた。倒れて、視界が低くなっているから見えたのか。
 奥の車と塀の隙間、そこから突き出した、黒い筒。

「伏せて!」

 私の声と、着弾音は同時だったと思う。
 どん、とホセが隣の車に叩きつけられ、くずおれる。
 
 とっさに発砲した。狙撃者が隠れている白いバンの板金に穴が空く。もう一度撃つ。撃ちながら立ち上がり、走る。距離をつめる。私が放った散弾の勢いのせいか、黒い筒から吐き出された第二射は、私の右後方の床を抉るにとどまった。

 車の隣で対面した狙撃手は、中年の男だった。ざんばらに伸びた黒髪に、眼鏡。警備員の服装。雨に濡れそぼって、青白く血の気の引いた顔の中で、目だけが血走ってぎょろぎょろしている。床に腹這いになり、ライフルを構えている。

 男を視認すると同時に、発砲した。トリガーを持つ男の手が吹き飛び、ライフルが床を滑る。持ち主の指もててんと床に転がる。
 吼えて飛び掛かってくる男の頭に、今度こそ躊躇なく散弾をぶち込んだ。濡れた音を立てて、警備のユニフォームに包まれた体が床に倒れる。

 一息つく間もない。後ろで発砲音が続いている。
 振り返れば、ホセを庇ってリーサが奮戦していた。掴みかかられている彼女の元に駆け寄って、感染者の腹に散弾を叩き込む。

「撤退するわ!」
 舌を思い切り噛んでいるからか、不明瞭な発音で彼女は叫んだ。その頬は焦燥で紅潮している。
「俺をおいていけ、……はやく」
 彼女が襟首を掴んで後ろ向きに引きずっているホセは、意識はあるが動けないようだ。うわ言のように、行けと繰り返す。

 一瞬、彼が、リアンに見えた。
 病院の屋上へ続く階段で、凶弾に倒れた、彼に。

「後ろは、私が」
 なおも追いすがる感染者に、後退しながら、ありったけの散弾を振り撒く。
 残念なことに、実弾はあと三発しかない。おまけに、今、車用エレベーターの右側の一基から、新しく四人の感染者がお出ましになったところ。

 リーサが、なんとかホセごとエレベーターに乗り込んだ。
「ミシカ、はやく!」
「先に行って」
 私は1Fのボタンと「閉」ボタンを押す。エレベーターのドアが閉まる。
「ミシカ?!」
 ぐったりと倒れこんだホセをホールドしながら援護射撃をしていたリーサは、とっさの反応が間に合わない。彼女たちは、ドアのむこうに消えた。

 エレベーターの稼動音が背中に聞こえる。迫ってくる感染者四人に向かって銃を構えた。
 残弾は二発。
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