【R18】Overkilled me

薊野ざわり

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本編

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「だめだといったら、だめだ」
「いいや、やる。あんたの指示を受けるつもりはない」
「指示? 違う、これは忠告だ」
「その忠告とやらに従ってたら、全員死ぬぞ」
 にらみ合う、二人の軍人。

 私は、彼らと距離を置いて、自分の隣に立つリーサの顔を見る。リーサはおどけた様子で、黒くてつぶらな目をまあるく見開いて唇を尖らせ、肩を竦めた。
 リアンとホセは、互いに一歩も譲らない。

24、

 こうなった経緯を簡単に説明すると、まず、他の負傷者と合流し手当てするために、塩野を担いだホセと私とリアンは、一階の処置室に向かった。
 そこで、リーサと、ぐったりとストレッチャー――私も横たわったことのある、そして忌まわしい記憶のあるあの台だ――に身を伏せている中年男性と出会い、リアンが手早く彼らの処置をした。

 互いに自己紹介をし、さて、これからどうしようと話をはじめたら、この展開だ。

 私たちが見守る先で、男二人はじっとにらみ合う。
 塩野と、名前もわからない中年の男性は、椅子とストレッチャーでそれぞれぐったりと目を閉じている。中年男性は作業服を着ていて、逃げる最中に右脇腹を撃たれたらしい。出血が多く意識が朦朧としている。

 リーサは右上腕部を撃たれて、怪我をしているものの、さほど重症ではないみたい。右腕は満足に動かせないが、移動に支障はないという。彼女は名前の印象とは違い、見た目は日本人で(とはいえ、国籍はみんなアメリカなのだろうけれど)、私とさほど年齢は変わらず、二十代半ばから後半ぐらいに見えた。短く髪の毛を切っているが、大きな目といい小ぶりでぽってりした唇といい、少女のようなかわいらしい顔立ちの女性だ。身長も私と同じくらいで、ぱっと見た感じではとても軍人だとはわからない容貌をしている。そんな彼女も厳しい訓練をこなしてきた、ちゃんとした兵士なのだ。正直、ぴんとこない。

「だとしたらどうするんだ? そこのおっさんは、早く病院に送らなきゃ手遅れになる。なのに別のルートを探す? 無理だろ。なんとかして、ヘリポートに出る方法を考えたほうがいいに決まっている」
「だからといって、狙撃手を倒しに単身向こうのビルに乗り込むっていうのか? 現実的じゃない。自分の班がどういう状況で壊滅したか、わかっているんだろう?」
「レンジャー部隊の訓練となにが違うよ」
「これはたとえお前がレンジャーだったとしても、危険が過ぎる。そして、お前はレンジャーでもない」
「ずいぶん嫌味だなリアン。俺が去年、徽章をもらえなかったことを、馬鹿にしてんのか?」
「そんなことはしない。お前は頭に血が上っている。冷静になれ」

 ……今更ながら。リアンはもしかして、結構人を怒らせるタイプなのではないか。そういえば、塩野と言い争ったときもこんな調子だった。少し声の調子は強くなるけれど、淡々としている。言い争ってる相手からすれば、大層腹の立つ態度ではないだろうか。
 まず間違いなくホセにとってはそうだった。彼は放送禁止用語を吐き捨てると、ドアを蹴り開けて、出て行ってしまった。

「ホセ! 戻って来い!」

 リアンが追いかける。私も慌ててその背を追うが、ホセがエレベーターのドアを閉めてしまったせいで、追いつけなかった。下へ動き出したエレベーターは、Bの階数表示がされると動きが止まった。

「私、彼を追いかける。柏田さんは、他の人たちを見てて」

 すぐに下階行きのボタンを押す。エレベーターがあがってくる。

「君、何を言ってるんだ。そんなことさせられない」

 少し怒った調子で、リアンが私の肩を掴んだ。強い力だ。私はその手を振り払う。困った顔をした彼を見ると、少し胸が疼いた。どうしてかはわからないけれど。

「大丈夫、うまくやるから」

 もちろんなんの保障もないが、今はホセを追いかけるべきだと思う。
 追いついてきたリーサが、私に自分の銃を手渡した。ショットガンだ。一緒に弾も渡される。
 使ったことはないものの、リアンが前回使用していたのを見ているので、なんとなくわかるような気もする。……それで大丈夫なのか、不安もあるけれど。

「ゴム弾よ。こっちが実弾。装填の仕方わかる? そう、ならいいわ。両手で扱わないといけないから、今の私じゃ使えない。柏田君、私も、ホセのこと追うわ。大丈夫、彼女とうまくやるから、ね、ミシカ」
「君たち、うまくやるって……」

 到着したエレベーターに乗り込む。止めようとして伸ばされたリアンの腕を避けたリーサは、なんと、彼の怪我をした右腕を叩いた。銃のグリップで。
 呻いてリアンがよろめく。見ているこっちが痛い。顔を顰めずにはいられない。
 リーサは合掌する。
「ごめん! あとで謝るからっ! 負傷者よろしく!」
「待て、戻って来い!」

 リアンの制止の声を遮って、エレベーターのドアは閉まり、動き出した。

「あとで相当怒られるわ。覚悟しとかなきゃ」

 苦笑してリーサは肩をすくめる。私は渋い顔のままだ。

「柏田君ちょっと融通効かないね、頑固というかマイペースと言うか。まあ、冷静なんでしょうけれど。逆にホセは無鉄砲過ぎ、なけなしの装備持って勝手に死なれたら困るっての。あの二人、相性最悪ね」

 にこにこしながら辛辣なことを言う子だ。でも、言ってることは間違えてない。
 私は返答に窮し、曖昧に笑う。 

「そうかもね……」
「でもミシカ、柏田くんのこと嫌いじゃないでしょ」
「え?」
「もしかして結構好み? なんちゃって」

 こんな状況でそんな話題……。お茶目に笑うリーサの顔を見て、肩の力が抜ける。

「あんまり、恋愛得意じゃないから」

 とくに今は、男性関係のことはあまり考えたくない気分だ。いろいろと。
 処置室でぐったりしている塩野とはほとんど会話をしていない。近付くと構えてしまう。いや、構えるというより身が竦む。今回の彼はなにも悪くないというのに。

 ホセのことが心配で飛び出したのもあるけれど、塩野の近くにいたくないというのも、わずかながら本音に含まれている。

 そんなことを考えている場合じゃない。ホセを追いかけなければ。
 エレベーターが地下階に到着し、私たちは銃を構えて、地下駐車場を駆け抜けた。

「ホセ! ちょっと待って!」

 リーサが大声で叫ぶ。
 すでに地上への通路を登りきり、雨の降る外へと顔を出していたホセが、びくりと肩を震わせ立ち止まった。
 噛み付きそうなほど険しい顔で詰め寄ってきて、私たちに指を突きつける。

「なんでついてきた!」
 警戒してか、小声だ。だが、間違いなく怒っている。そして戸惑っている。

「一人じゃ無理でしょ。手伝うわ」
「馬鹿言うな、お前は怪我人だぞ?!」
「いいから、早く行かないと間に合わなくなっちゃう。あと十五分しかないもの、ヘリ到着まで」

 唸るホセをいなして、リーサはさっさと外へ出て行く。もちろん、銃を構えたままだが。
 ホセは日に焼けた顔を、薄暗い中でもわかるほど赤くして、ファック! と吐き捨てて地面を蹴った。

 雨はやや勢いを失っているようで、弱くはないが、土砂降りとまではいかないところまで落ち着いていた。
 見通しが悪く音も響かないので、こっそり移動するのには適しているだろう。それはつまり、こちらも警戒しなければいけないということ。

「後ろに回れ。俺が先行する。なにかあったら、俺にかまわずすぐに退避しろ!」
 ホセは私たちの方を見もせず、小走りに、病院の壁沿いに進んでいく。
「リアンが撃たれた位置から、おそらく反対側のビルの屋上に、狙撃手がいる。見付からないように、物陰をうまく使う」

 歩道を覆う透明な雨避けのルーフのおかげで、あまり濡れずに済むけれど、この下を歩くと相当目立つんじゃないだろうか。

 私が危惧したことは当然ホセも想定していた。彼は病院の敷地沿いの、背の低い植木に沿って身をかがめて進む。私も、辛い中腰の姿勢でそれに続いた。植え込みの土は泥濘んでいて、滑りそうだ。

 病院の外を半周してたどり着いた先には、病院より二階か三階ほど背の高そうなビルが建っている。企業の持ちビルのようだ。一階は、コーヒーショップ。前面のガラスでできた壁と入り口は、例によって粉々に砕かれ、雨が室内に舞い込んでいる。テーブルや椅子がなぎ倒されていて、とてもコーヒーを楽しめる状態ではなさそうだった。

「店内奥から、上の階に続いているんじゃないかしら」
「一気に走るぞ」
 ホセはもう、気持ちを切り替えたのか、引き締まった表情で私たちに言うと、一呼吸おいて低姿勢で走り出した。私もリーサもそれを追う。できる限りの速さで走る。

 ぢゅんっ、と耳障りな音がして、私の右前方のアスファルトが抉れた。

「走れ! 走れ!」
 狙撃された。止まってはいられない。
 全速力で道を渡りきり全開になっているカフェの正面から店内に駆け込む。
「無事か?!」
 ホセが軽く息を弾ませながら、私たちの状態を確認する。

「問題なし!」
「私も大丈夫」

 リーサは怪我をしているとは思えないほど元気に答えた。私はといえば、走って息が上がっていること以外、まったく問題ない。ホセは、ほっとしたように一瞬表情を緩め、すぐまた引き締めた。

「これから上に向かう。また俺が先導するから、ミシカ、リーサの順番でついて来い」
「オーケイ」
 リーサが頷き私の後ろに並ぶ。私はとにかく、銃をすぐに撃てるよう構えて、ホセの後ろに続く。

 店のカウンターの後ろにビルの内部に続くドアがあった。食器がひっくり返った無残な姿の厨房を越えて、慎重に、でも迅速に進む。ドアはホセがノブを回すと、あっさり開いた。隙間から彼は外を確認し、するりと室内に入った。私たちも後を追う。

 暗い廊下を照らすため、ホセはライトを点けた。銃を持つ手の下に、ライトを持つ手を交差させるようにしている。リーサも同じようにライトを構え、少しだけ廊下の様子が見えた。

「……酷いな」
 呻いたのはホセで、舌打ちしたのはリーサだ。私は手で鼻を押えた。においがきつい。
 廊下は、雨と泥、そして赤黒いもの――おそらく血で汚れきっていた。
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