【R18】Overkilled me

薊野ざわり

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本編

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 リアンが部屋の電気を点けた。
 小屋の中は雑然としていた。人が大急ぎで逃げ出したのだとわかるような。
 スチール製の机の引き出しは全部半開きだし、ラックの中は収納に使っていただろうプラスチックのケースの蓋が開いて、中に入っている文房具などが無くなっている。

 さらには、壁に掛けられたワイヤー製のメッシュパネルには、拳銃のマガジンが二個取り残されており、そのうち一つはうまく引き抜けなかったのか、妙な角度で引っかかっていた。
 備え付けのシンクはたらたらと水を垂れ流し、ひっくり返してしまったらしい床のマグカップの周辺に、水の染みがあった。

17、

「武器も全部持って逃げ出したんだろう」

 鳴り響くサイレンの中、リアンは冷静に室内を確認した。道路側に面して作られている、チケットカウンターのように下部に穴の開いた窓の元に、カードリーダーがあった。窓の上の方には、監視カメラが着いており、カメラのレンズは道路の方に向けてある。

 カードリーダーをいじっていたリアンは、サイドにあるスイッチを押した。スロットの横にある、5インチくらいの液晶画面にローディング中のメッセージが出る。欠けた円がぐるぐる回るアニメーションの後、正常に起動したらしく、シンプルなインターフェイスが表示された。

 リアンは、並んだボタンを太い指で押して、何かに納得したように頷いてから、懐から取り出したカード状の何かをスロットに通す。

 ポン、と軽い電子音がして、ポップアップで「Processing completion」と表記された。すると、鳴り響いていた警戒音がふっと止み、静かになった。

「これで問題ない。ゲートも開く」

 彼の言葉に被せるように、重々しい稼動音がして、窓の向こうのゲートが動き出していた。縦の格子は天井に、横の格子は壁に吸い込まれていく。

「ここの鍵を持っていたの?」
「いや、ここのというより、全ゲートのだ。俺たちは任務につく際、自分たちのIDカードでどのゲートもパスできるように処理されている」

 小屋を出て、私たちは開いたゲートをくぐった。
 するとリアンは、反対側にあった小屋に向かう。

「どうしたの?」
「多分、今ので地上の防災シャッターも開いただろう。ここを閉鎖しなければならないから、今、こっちで処理してくる」

 いつの間にか、彼は反対側の小屋の鍵を手に入れたようで、今回はショットガンの世話にならず、鍵穴に鍵を差し込むという穏便な方法でドアを開けた。さっきの小屋に鍵が保管されていたんだろう。
 私は、小屋の壁に寄りかかって、彼の帰りを待った。ほどなくして、ゲートが動き始め、私たちが開門する前の状態に戻った。

「先を急ごう」

 促され再び歩き出す。

「おそらく、さほど遠くないところに、非常用の出口があるはずだ」
「そこを出れば、助かる?」
「見込みがある、という話だ」
「あんまり、期待していないみたいじゃない」
「油断しないようにしているだけさ」

 地下道路に私たちの足音が反響する。私はゴム底のスニーカーだからあまりうるさくないけど、リアンのごついブーツは確実に鉄板が入っている。女子のヒールの高い靴並みに、足音が響く。

「君はどんな仕事をしてるんだ?」
 やにわにそんなことを聞かれ、私は目を瞬かせた。
「エンジニア。インフラ関係の」
「理系か。なるほど」

 なにが、なるほどなんだろう。……根暗な感じがイメージどおりってことだろうか。

「どうしてその職に? 嫌なら答えなくてもいい。単純な興味だ」
「うーん。もともと化学専攻だから、本当は金属系のプラントの仕事を希望していたんだけれど、就職活動でうまくいかなくて。間口を拡げて、そっちにしただけ。嫌いじゃないよ、今の仕事も。リアンはどうなの。衛生兵ということは、医療系?」

 私が問いを返すと、彼は肩を竦めた。

「いや、俺はもともと文系だ。医療に関しては、軍に入ってから学んだ」
「ふうん……。軍に入ったきっかけは?」
 一瞬、リアンは天を仰いで、――ため息をついた。
「なにか、まずいこと聞いた? 嫌なら答えなくていい」
「人に質問しておいて、自分が答えないなんて卑怯だろう。間抜けな話だ。女に振られて、やけになって入隊した」
「うそ」
「本当だ」
 言うと、彼は着ているユニフォームの、右袖を捲った。半袖の下、ちょうど力瘤の下あたりに、デザインの凝ったフォントでタトゥーが彫られている。

『Miranda L 4EVER』
 多分、LはLOVEのL。文字のバックには、剣の刺さったハートマーク。

「そんなに笑うな」
「ご、ごめ、ごめんなさい」
 仏頂面で、彼は袖を元に戻す。

 まさか、この堅物そうな男が、女に振られてやけになるなんて。いや、むしろ、堅物だからこんなことをしたのかしら。どちらにせよ、このタトゥーも付随のストーリーも、彼が恥ずかしく思っている過去であることは確実だ。

「博士号をとったら結婚しようと思っていたのに、半年のフィールドワークに参加して帰ってきたら、姓が変わった上に婚約指輪をした彼女が、結婚式の招待状を持参してきたというオチだ」
「ええと……博士号はとれたの?」
「とった」

 ああ、だめ。失礼だとわかっていても、どうしても笑いが止められない。笑うと頭も痛いし、お腹も痛いのに、だめだ。
 呼吸困難に陥りそうになりつつも、どうにかこうにか笑いの衝動を抑える。歩くことに集中しよう、それしかない。

 一歩一歩意識して、脚を踏み出すようにする。やがて、気持ちが落ち着いてきたころ。
「少しは元気がでたか」
 リアンが目を細めて、私を見ている。軽く頬を緩ませて。
「……うん、ありがとう」
 言われて初めて、自分が今日のことを――今回の、というほうが正確か――をすっかり忘れていたことに気づいた。

 塩野と三人でいたとき、リアンはどちらかといえば寡黙な印象だった。その彼が、病院を出てからよく話すようになっていた。
 私に気を使ってのことだったんだろう。気がまぎれるように。
 このまま彼と、何事もなくこの街を出られればいいのに。胸中で祈る。

 リアンが足を止めた。
「見ろ、出口だ」
 彼の視線の指し示す方向には、非常口のマーク。コンクリートの壁を掘って作られたステップの上に、鉄の扉が待っていた。
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