【R18】Overkilled me

薊野ざわり

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本編

14※(強姦描写あり注意)

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 何を、と問う前に、静かに、と言葉を封じられた。言葉で止められただけではなく、手で口を塞がれた。
 ぎらぎらと熱を帯びた彼の目が、私が憎いと訴えている。
 彼は顔を近付け、掠れた声で言った。

「殺してやる」


14、

 口に何かを突っ込まれ、声がくぐもった。布のようだが、腐った牛乳のような臭いがする。吐き気が強まる。

 左手で塩野を押し退けようとすると、頬を張られた。怯んではいられない。拳で彼の顔を殴る。仕返しに拳で殴られる。二度、三度と執拗だった。衝撃で耳鳴りと眩暈がする。それでも、彼の目を目掛けて爪を立てると、彼はあろうことか、私の怪我をしている右腕を思い切り掴んだ。足の爪先まで電流が走る激痛で、私はのたうった。悲鳴は口の中のものに止められてしまう。目の奥がちかちかする。鼻の奥がつんとする。

 偶然、左手に触れた硬い感触のものを掴み殴りつける。狙いを定める余裕などなかったが、それは塩野のこめかみに当たり流血させた。柏田が置いていった拳銃だった。
 塩野は正気に戻ることもなく、喚いて私の手を外側に捻り、拳銃を取り上げた。銃は、私の腰の辺りに落ちる。頭を押え込まれて手で探っても、届かなかった。

「大人しくしろよ」

 また顔を殴られた。
 どこへも届かないとわかりながらも、私はめちゃくちゃに叫んだ。叫びながら、疑問に思った。
 なぜ、銃を使わないの? その方が早いのに。
 その疑問はすぐに解消された。

 髪を掴まれ、強引にうつ伏せにさせられた。背中も殴られ、後頭部も殴られる。私は這いつくばるしかない。頬を硬いストレッッチャーに擦り付けて、呻く。
 塩野は私の頭を力いっぱい押さえつけたまま、覆いかぶさってきた。耳元で荒い息。まるで興奮した獣。
 へそのあたりを弄られた。ショートパンツの前ボタンが引っ掻かれたのだ。

 え……。嘘。嘘。嘘……。

 痛みより恐怖で私は叫んだ。勝手に声が出た。逃げ出そうとしても、力では敵わない。
 もがいているうちに、ボタンを外され、ファスナーを降ろされる。ショートパンツごと、ショーツを毟り取られた。身を捩ると後頭部を殴られ、きーんと嫌な耳鳴りがして動けなくなった。

 馴らしていない箇所に、いきなり指を差し込まれる。圧迫感と痛みで、背筋が強張る。息が詰まる。

 こんなことをして、何になるの。殺すなら殺せばいいのに。その方が、楽に片がつくのに。私はもう、塩野とはこういうことはしたくない。ましてや無理矢理になんて、絶対に嫌なのに。
 嫌、嫌、嫌、止めて、誰か助けて。
 けれど、今まで死んできたときと同じでどうにもならない。

 指を抜かれ、代わりにもっと質量のあるものが宛がわれる。肩口に噛み付かれる。ホールドするつもりなんだろうか。
 その痛みを凌駕する衝撃が、身体の中心に走った。
 怪我とは違う、引き攣れるような痛み。背が弓形に撓む。
 唸る私にお構いなしに、塩野が腰を動かした。いきなり最奥に叩きつけるようなそれは、ただの暴力だった。
 痛い。これよりずっと痛い思いをしてきたのに、堪え難い痛み。
 彼だって、気持ち良くないはずだ。こんな、私を痛めつけるためだけの行為で、自分と恋人を裏切る必要があるの?
 ストレッチャーが軋む。早く終わって。そう願いながら痛みに耐えて、私は左手の爪を立ててストレッチャーにしがみ付いた。右手は感覚がない。

「なんで、こんなことになったんだ。こんなところ来なきゃよかった。こんなところ、こんなところ、こんなところ……」
 腰を打ち付けるたび耳元で囁かれる。まるで、うわごと。
「僕は破滅だ、全部失うんだ。そうだろ。けが人と一緒じゃ、生きて帰れない。でも一人でも生きては帰れない。もう詰んでるんだよ。だったら、君を殺して、僕も死ぬ。その方がいいだろ。そうすれば、一人じゃない。僕も、君も」

 彼はもう、この状況を受け止められないのだろう。自分が全くもっておかしな理屈で動いているということも、そうすることでもっと自分のことを追いつめてしまうということも。

 今だってこんなことをしなければ、柏田と三人で脱出して、生還できたかもしれない。私さえ口をつぐんでいれば、なんとでもなった。私も、塩野を追いつめるつもりはなかった。

 塩野は私を信用できなかった。会って数時間の相手を信用しろという方が無理だとは思う。信用するということは、丸腰で相手に向かい合うようなものだから。後ろから撃たれる可能性もある。そして、私は見事、土手っ腹を撃ち抜かれてしまったということ。

 殴られたせいか、怪我のせいか。口に詰められたもののせいか、抑えられない吐き気に、私は嘔吐いた。
 だめ、我慢できない。
 無我夢中で口の中から、詰め込まれたものを取り出す。

「おい、止めろ」

 背中を殴られた。その途端、私は嘔吐した。つんと酸っぱい味と臭いが、鼻を突き抜ける。食べていないからほとんどが水分だった。

「うわっ……汚ねえ」

 塩野は一瞬怯んだが、もう終わりが近いのだろう。私の髪を掴んで、さらに激しく腰を打ち付けてきた。

 息がうまく吸えない。咳が止まらない。苦しい。

 ドアをノックする音がした。柏田が帰ったのだ。
 塩野がはたと動きを止める。返事がないからだろう、再びドアがノックされる。

「たすけてっ――」
 叫ぼうとし、顔を自分の吐瀉物に押し付けられた。
「叫んでも無駄。鍵がかかっているんだから」

 ドアからは相変わらずノックの音。だが、異変に気づいたのか、荒々しく殴るような調子に変わっていた。ドアノブがせわしなく上下する。
 あと少しして、この無意味な行為が終わったら、私はまた死ぬのだろう。感染者ではなく、一度は自分の意志で肌を重ねた相手に殺されて。
 諦めて、目を閉じる。できれば苦痛は少ないほうがいい。
 再び腰を掴まれた。

 耳を聾さんばかりの音をたて、ドアが弾けるように開いた。ショットガンを構えた柏田がいた。彼が破ったドアの鍵とノブが、ひしゃげている。
 柏田は私たちを見て、驚きの表情から一転、見たこともない厳しい表情になる。ショットガンから拳銃に素早く持ち替えると、叫んだ。

「塩野何をしてる!」
 だが、塩野はその間にも、私が取り落とした拳銃を拾い上げていた。躊躇なく、銃口を柏田に向けトリガーに指を掛ける。
 二発の銃声が響いた。
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