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本編
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奥歯を噛み締めて、目覚めの苦痛をやり過ごす。
また地下室だ。変わらない、毎回同じ風景。
私は考える。
あの狙撃手をなんとかしないと、この街からは出られない。
8、
金切鋏だけでは心もとないとバールを回収した。地下の倉庫のコンテナ内に仕舞われていたものだ。
今回は、寄り道をすることも有り、だと思ったのだ。寄り道というのは塩野と柏田に合流するまでに、ということ。
自分の一回の生き死にを今回だの前回だの言っているのは変な気分だ。なんて考えつつ、最初の部屋を出た。
エレベーター内には、たしか、地下に駐車場があると書いてあった。見ても、この廊下にはそれらしきドアはない。
サイドに、それぞれ青い鉄製のドアがある。
右手のドアには、上に、ボイラー室と書かれており、左手のドアには、なにもない。なんとなく振り返ると、出てきたドアの上には倉庫と書かれていた。
左手のドアに向かう。
ドアノブをゆっくり回す。背後に気を配ることも忘れない。あの少女がうろうろしている可能性もあるのだ。
鍵は掛かっていなかった。立て付けが悪いのか、引っかかりながらだったけれど、ドアはなんとか開いた。手探りで壁にあるスイッチを探し当て、明かりを点ける。
書庫のようだ。壁をぐるりと本棚が覆っている。本棚は二重になっていて可動式だ。部屋の中央には、背の低い棚があり、そこにもみっしり本が詰まっていた。
ほとんどは医学書のよう。かなり古びて背の部分が破けているものもあれば、あまり読まれなかったのか、きれいなままのものもある。大型本も多い。分類されているようで、棚ごとにネームシールが貼られている。
あまり、収穫はなさそう。結局、駐車場へはどうやっていくのがいいのかわからない。
ふと、足元の棚「その他」に目がいった。大型本から薄い冊子まで雑多に並べられている。他と違って、秩序のないその本の合間に、「建設仕様書」と書かれた分厚い冊子があった。
手に取り開いてみると、この病院の見取り図がでてきた。すべての階の見取り図があって、地下の分からそれを見ていく。
最初にあったのは、地下駐車場だった。三百台近くが収容できる、かなり大きな駐車場だ。建物の東から入れるようになっている。エレベーターが院内に続いていて、そこから出入りするようだ。それ以外の出入り手段はなさそうだ。
次に、この階の見取り図があった。ほとんどがボイラーなんかの設備に使われていて、この部屋や倉庫はほぼおまけみたいな面積だった。中には、緊急用の自家発電機もあった。ここはバックヤード的な場所だから、一階の案内図にもなく、エレベーターも止まらない設計になっていたのだろうか。この本棚を運ぶのは大変だったろうなと思う。
案内図のあった一階から六階まではとばし、七階の案内図を見る。
十字になった廊下があって、四つの部屋がある。うち一つは、ロックの種類が違い、金庫があることが見て取れた。部屋の名称は院長室となっている。
屋上には、階段からのみアクセスできるようだ。貯水タンクの他に、空調設備もある。それらが南側の塀沿いに設置されており、それ以外はなにもない。北側には、ヘリポートが作られているみたいだった。このページだけ、新しい。差し替えられている。改築したのか。
この見取り図、役に立つだろうか。
私は見取り図部分だけを毟りとって、お尻のポケットに畳んで突っ込んだ。
バールを手に部屋の外に出る。
一歩、踏み出し、裸足が目に入る。
小花柄のワンピースの少女が、ちょうど階段を下りてきたところだった。
彼女は足早に私に歩み寄って来る。鉈を振りかぶって。
心拍数が上がっていく。私は、逃げずにバールを構えた。今は、ここに銃を持った男たちはいない。私ひとり。私が、やるしかない。
少女は無言で鉈を振り下ろしてきた。肩から飛び込むようにして、彼女に体当たりをする。がらんがらんという音がして、彼女の持っていた鉈が床に転がった。なんてことはない、彼女は普通の少女で、腕力だって私に劣るほどしかなかったのだ。
床に倒れた少女は立ち上がるのではなく、うなり声をあげて、私の足首に掴みかかり、噛み付こうとした。
噛まれたら感染する? 考える余裕もなく、私は彼女の鼻面を思いっきり蹴り飛ばした。嫌な感触。スニーカーのつま先に、血がついていた。
普通のひとだったら絶対に怯むのに、少女はめげずに私の足に掴みかかる。どうやったら無力化できるのか。思いつくけれど、やりたくない。やりたくないけれど……、やるしかない。
バールを振り下ろした。
蹴りなんか比較にならない、嫌な音に嫌な感触。知らず目を瞑ってしまっていた。塩野に警告されたのに。
まぶたを開けると、少女はだらりと床に倒れ伏していて、もう動かなかった。髪の毛にべったり血が付いている。確かめる気にはなれない――生きているのか死んでいるのか、なんて。
今はもう動かないのだから、大丈夫。
安堵したら、自分がずっと叫んでいて、獣みたいな荒い息をしていることに気付いた。汗をぐっしょりかいている。
立ち上がるとき、目に入ったのは、床に転がって鈍く輝く鉈だった。
階段を上っているところで、聞き覚えのある音がした。銃の発砲音だ。立て続けに四回も。はっとして、私は残りの階段を駆け上る。
ロビーを横切って、エレベーターの所まで行くと、そこには倒れた四人の男女がいた。エレベーター内にいた感染者たちだろう。
そして、エレベーターはすでに動いていた。上方向の矢印と、三階の表記。どんどん、階数は上がっていく。
乗り遅れた! 失敗した……。
がちゃがちゃと何度も呼び出しボタンを押す。頼むから、早く降りてきて。
やがて、エレベーターは七階で止まり、しばらく滞留したあと降りて来る。私は乗り込んで、叩くような勢いで、七階のボタンを押した。
はやく、はやく、速く!
いらいらとドアを蹴る。
ようやく開いたドアから私は転がり出た。ゲートを飛び越え全力で走る。廊下を一気に横切って、階段を駆け上る。
ぎいっという音が聞こえて、顔を上げれば、柏田が銃を構えドアを開けた所だった。
「待って!」
私の声をかき消すように、発砲音が響いた。柏田が膝をつき、塩野が左太ももを押さえて、踊り場に転がった。
また地下室だ。変わらない、毎回同じ風景。
私は考える。
あの狙撃手をなんとかしないと、この街からは出られない。
8、
金切鋏だけでは心もとないとバールを回収した。地下の倉庫のコンテナ内に仕舞われていたものだ。
今回は、寄り道をすることも有り、だと思ったのだ。寄り道というのは塩野と柏田に合流するまでに、ということ。
自分の一回の生き死にを今回だの前回だの言っているのは変な気分だ。なんて考えつつ、最初の部屋を出た。
エレベーター内には、たしか、地下に駐車場があると書いてあった。見ても、この廊下にはそれらしきドアはない。
サイドに、それぞれ青い鉄製のドアがある。
右手のドアには、上に、ボイラー室と書かれており、左手のドアには、なにもない。なんとなく振り返ると、出てきたドアの上には倉庫と書かれていた。
左手のドアに向かう。
ドアノブをゆっくり回す。背後に気を配ることも忘れない。あの少女がうろうろしている可能性もあるのだ。
鍵は掛かっていなかった。立て付けが悪いのか、引っかかりながらだったけれど、ドアはなんとか開いた。手探りで壁にあるスイッチを探し当て、明かりを点ける。
書庫のようだ。壁をぐるりと本棚が覆っている。本棚は二重になっていて可動式だ。部屋の中央には、背の低い棚があり、そこにもみっしり本が詰まっていた。
ほとんどは医学書のよう。かなり古びて背の部分が破けているものもあれば、あまり読まれなかったのか、きれいなままのものもある。大型本も多い。分類されているようで、棚ごとにネームシールが貼られている。
あまり、収穫はなさそう。結局、駐車場へはどうやっていくのがいいのかわからない。
ふと、足元の棚「その他」に目がいった。大型本から薄い冊子まで雑多に並べられている。他と違って、秩序のないその本の合間に、「建設仕様書」と書かれた分厚い冊子があった。
手に取り開いてみると、この病院の見取り図がでてきた。すべての階の見取り図があって、地下の分からそれを見ていく。
最初にあったのは、地下駐車場だった。三百台近くが収容できる、かなり大きな駐車場だ。建物の東から入れるようになっている。エレベーターが院内に続いていて、そこから出入りするようだ。それ以外の出入り手段はなさそうだ。
次に、この階の見取り図があった。ほとんどがボイラーなんかの設備に使われていて、この部屋や倉庫はほぼおまけみたいな面積だった。中には、緊急用の自家発電機もあった。ここはバックヤード的な場所だから、一階の案内図にもなく、エレベーターも止まらない設計になっていたのだろうか。この本棚を運ぶのは大変だったろうなと思う。
案内図のあった一階から六階まではとばし、七階の案内図を見る。
十字になった廊下があって、四つの部屋がある。うち一つは、ロックの種類が違い、金庫があることが見て取れた。部屋の名称は院長室となっている。
屋上には、階段からのみアクセスできるようだ。貯水タンクの他に、空調設備もある。それらが南側の塀沿いに設置されており、それ以外はなにもない。北側には、ヘリポートが作られているみたいだった。このページだけ、新しい。差し替えられている。改築したのか。
この見取り図、役に立つだろうか。
私は見取り図部分だけを毟りとって、お尻のポケットに畳んで突っ込んだ。
バールを手に部屋の外に出る。
一歩、踏み出し、裸足が目に入る。
小花柄のワンピースの少女が、ちょうど階段を下りてきたところだった。
彼女は足早に私に歩み寄って来る。鉈を振りかぶって。
心拍数が上がっていく。私は、逃げずにバールを構えた。今は、ここに銃を持った男たちはいない。私ひとり。私が、やるしかない。
少女は無言で鉈を振り下ろしてきた。肩から飛び込むようにして、彼女に体当たりをする。がらんがらんという音がして、彼女の持っていた鉈が床に転がった。なんてことはない、彼女は普通の少女で、腕力だって私に劣るほどしかなかったのだ。
床に倒れた少女は立ち上がるのではなく、うなり声をあげて、私の足首に掴みかかり、噛み付こうとした。
噛まれたら感染する? 考える余裕もなく、私は彼女の鼻面を思いっきり蹴り飛ばした。嫌な感触。スニーカーのつま先に、血がついていた。
普通のひとだったら絶対に怯むのに、少女はめげずに私の足に掴みかかる。どうやったら無力化できるのか。思いつくけれど、やりたくない。やりたくないけれど……、やるしかない。
バールを振り下ろした。
蹴りなんか比較にならない、嫌な音に嫌な感触。知らず目を瞑ってしまっていた。塩野に警告されたのに。
まぶたを開けると、少女はだらりと床に倒れ伏していて、もう動かなかった。髪の毛にべったり血が付いている。確かめる気にはなれない――生きているのか死んでいるのか、なんて。
今はもう動かないのだから、大丈夫。
安堵したら、自分がずっと叫んでいて、獣みたいな荒い息をしていることに気付いた。汗をぐっしょりかいている。
立ち上がるとき、目に入ったのは、床に転がって鈍く輝く鉈だった。
階段を上っているところで、聞き覚えのある音がした。銃の発砲音だ。立て続けに四回も。はっとして、私は残りの階段を駆け上る。
ロビーを横切って、エレベーターの所まで行くと、そこには倒れた四人の男女がいた。エレベーター内にいた感染者たちだろう。
そして、エレベーターはすでに動いていた。上方向の矢印と、三階の表記。どんどん、階数は上がっていく。
乗り遅れた! 失敗した……。
がちゃがちゃと何度も呼び出しボタンを押す。頼むから、早く降りてきて。
やがて、エレベーターは七階で止まり、しばらく滞留したあと降りて来る。私は乗り込んで、叩くような勢いで、七階のボタンを押した。
はやく、はやく、速く!
いらいらとドアを蹴る。
ようやく開いたドアから私は転がり出た。ゲートを飛び越え全力で走る。廊下を一気に横切って、階段を駆け上る。
ぎいっという音が聞こえて、顔を上げれば、柏田が銃を構えドアを開けた所だった。
「待って!」
私の声をかき消すように、発砲音が響いた。柏田が膝をつき、塩野が左太ももを押さえて、踊り場に転がった。
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