【R18】Overkilled me

薊野ざわり

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本編

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 背が弓形になる。急に視界がクリアになる。
 周りを見る。
 また、ここ。たしかにさっき私は、撃たれた。そして、ここにいる。

 薄暗い倉庫に、両手首両足首を拘束されて、私は椅子に座っていた。


 3、

 なんなんだろう。この繰り返しは。頭がおかしくなったのだろうか。三度目だ。やり直している。この地下の倉庫から逃げる、というだけのことを。
 どうしたらいいのかわからない。だが、死の直前の痛みは思い出すだけで吐き気がする。致命傷を受け、その苦痛から解放されるまでの一瞬がなにより恐ろしい。
 だから、いずれやってくるかもしれない、鉈を持った少女との遭遇を避け、私は金切鋏をつかって手足首の拘束を解き、一階のロビーまで出てきた。
 
 この先の出口に近づけば、また撃たれるかもしれない。
 あのときまで撃たれたことなんてないけれど、あれはきっと銃で撃たれたのだ。そうとしか思えない。そうじゃなきゃ反応もできない速さで胸に穴を開けるなんてことできるだろうか。それ以外の可能性があるなら、ぜひ、教えてほしい。
 ……それにしても、一体誰が、なんのために私を撃ったのだろうか。撃たれたと確信しながら現実感がまったくわかない。

 疑問を持たずにはいられないが、優先すべきはこの場の離脱だ。別の出口を探すため、壁の案内図を見ると非常口があった。奥の処置室横から外に出られるようだ。
 
 処置室に向かおうとして、足を止めた。床に、前回も見た誰かの足跡があり、それは処置室まで続いている。よく見ると、私の足よりもだいぶ大きい。靴を履いているようで、靴底の滑り止めの形がくっきりしていた。そして、どうやら、一人ではないようだ。ひとつはスニーカーのようなゴム底だとわかる靴跡、もう一つは全体的にフラットな靴跡。二人組の男だろうか。

 さきほどの少女ではないとわかって少しだけほっとしたが、すぐに気を引き締める。
 撃たれたことを忘れたのか。なにがあるかわからないのだ。用心しなければ。さもなければ、……また死ぬことになる。

 金切鋏をしっかり持ち直して、処置室の扉の前で立ち止まる。
 処置室の扉は薄っすら開いていた。中は薄暗くてよく見えない。人がいるかもわからない。音もせず、なにかが動く気配もない。
 じっと見つめていても変化はないように思えた。そっとそこを離れる。

 処置室の先の曲がり角の上には、非常口のマークのライトがあったけれど、電球が切れているのか、光ってはいなかった。
 角を曲がると、非常口と書かれた鉄の重そうな扉があった。駆け寄ってドアノブを回し――天を仰ぐ。そこには薄汚れた天井しかなかった。
 回し方が悪かったのか、ドアノブがぼきりと折れてしまった。これも地下のドアと同じ、古くさい丸いドアノブだ。腐食していたらしく、折れた部分は赤く錆が浮きぼろぼろだった。断じて私が怪力だからじゃない。
 なんとか開かないかとドアを押したり引いたりしても、びくともしない。鍵がかかっているのかと思い、折れたノブの上の鍵のつまみを回しても、手応えはなかった。

「ああもうっ」

 腹立たしさに、思わずドアを思い切り蹴り飛ばした。鈍い音がして私のつま先が猛烈に痛くなっただけで、結局ドアは開かない。

「動くな」

 低い声。背中に、硬い感触。
 私は、反射的に両手を上にして身を硬くした。それが何かはわからないけれど、おそらく凶器になり得るものを突きつけられている。心拍が上がり、肩が上がる。

「……言葉がわかるか? ゆっくり振り返れ」

 日本語だった。たとえ英語で言われても同じようにしただろう。
 相手を刺激しないよう気を付けながら、ゆっくりと振り返る。

 男が立っていた。白人――いや、アジアの血も混じっているか。
 短く刈り込んだ茶色の髪の毛に、高い鼻、かなり背も高く、がっしりとしている。拳銃を隙なく構えるその姿は、まるでどこかの兵士のようだ。
 歳の頃は三十代半ばか。無精髭の生えた口元を強く引き結んでいるが、敵意というより警戒心が見て取れる。証拠に、薄い緑の双眸は落ち着いていて、私の様子を観察しているようだ。
 彼は武装していた。もちろん、拳銃を持っているのも武装のうちに入るが、それだけでなくさらに念入りに。
 肩にくくりつけられた大きなナイフ、腰にはもう一丁大型の拳銃と、銃身を切り落としたショートバレルのショットガンをぶら下げている。防弾衣だか防刃衣だかわからないベストを上着の下に着込んでいて、足下は歩きやすいようにかふくらはぎ半ばまである編み上げのブーツを履いている。

 拳銃の実物を見るのは、これが初めて。私はその黒い凶器をじっと見る。まさかモデルガンではないだろう。だったとしても私のほうが非力だ。緊張で心臓が騒がしい。もしかしてこの男が前回私を撃ったのか、という考えが一瞬頭の端をかすめた。銃を持っている人間なんて、日本じゃまずいない。特定の職務に従事する者以外には。

「君は誰だ。ここで何をしている」
「私は、……私は磯波イソナミ美鹿ミシカ。ここには、……気付いたら、ここに拘束されていて」

 我ながら意味がわからない説明だ。説明になっていない。とはいえ、そうとしか言えないのだから仕方がない。
 男は、いぶかしげに眉を顰めたが、そのわりに穏やかな声で続けた。

「職業は? もしかして学生か? とりあえず、手のものをこちらに」

 伸ばされた男の手に金切鋏を載せた。彼の方に持ち手を向けて。彼はそれを床に捨て、足で蹴って遠くにやる。訓練された兵士の動き、もしくは警察とかそういった職業の人の動きなのではないだろうか。落ち着き払っていて、対応に慣れている気がする。

「ただのエンジニアよ。中目黒でインフラ系のシステムを開発している」

 言葉にしながら、そうだ、そうだった、と私は思った。落ち着いてみれば、自分の経歴を思い出すことができた。ここまでずっと焦っていて、そんなこと振り返りもしなかった。

「なぜこんなところに?」
「わからない」

 私が首を振ると、彼は少し考えたあと、ゆっくりと銃を降ろした。

「銃を突き付けてすまなかった。俺は柏田リアン。自衛軍所属だ。ここへは、勝田駐屯地から出動して、立ち寄ったんだが――」
「自衛軍?」

 聞き慣れない言葉に私は瞬きする。

「ねえ柏田君、もういいかな」

 曲がり角の向こうから、また男の声。柏田と比べると少し高めの。

「塩野、問題ない。彼女は無害だ」
「じゃあ生存者だ! やったね!」

 現れたのはスーツ姿の男だった。歳は柏田より若く、おそらく二十代後半だろう。ダークブルーのスーツに、グレーのシャツ、黒い革靴。さきほどの足跡の片方は彼のものだろう。
 アジア系と一目で見て分かる顔立ちをしており、背はおそらく175センチ程。痩せていて、柏田と並ぶと華奢に見えた。

「磯波美鹿……です」
「宜しくお願いします」

 いそいそと懐から取り出した名刺入れから、シンプルなデザインの名刺が抜き取られて、差し出された。
 ……これは彼なりのユーモアだろうか。つい、名刺交換の礼に則り、軽く会釈しながら受け取る。製薬会社の営業部所属、塩野はじめとあった。

「いやー、嬉しいね! 久々に普通の女の子を見た! 心が踊る!」

 彼はおそらく飲み会好きだ。というか、合コンとか大好きだろうな。勝手にそんな印象を抱く。

「久々に? どういうこと」

 私の問いに、彼らは顔を見合わせた。
 塩野が整えられた眉を大げさにひそめる。

「ミシカちゃん、ここがいま、どういう状況だかわかるよね?」

 馴れ馴れしくいきなり名前を呼ばれたことは置いておいて。
 私は首を横に振った。
 塩野がさらに問う。

「ここがどこだかは? ……ここは、茨城県水戸市。現在絶賛閉鎖中の、研究学園都市だよ」
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