わたしの百物語

薊野ざわり

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その4

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 よくある話だが、Sさんの通っていた小学校でも、未来の自分の配偶者が見えるという儀式が流行ったことがあったそうだ。夜に、洗面器または桶に水を張り、満月を写し込む。そこに見えた顔が自分の配偶者だという。
 友達も何人かその噂を聞きつけて、試してみたらしい。誰も映らなかったという子や、アイドルのだれそれに似た男の人が映ったという子、思いを寄せるだれかに似ている人が見えたと言う子など様々で、Sさんも自分でやってみることにした。

 しかし、結果は散々だった。映ったのは、どう見ても一緒に住んでいる叔父さんで、しかも少し老けてさらにみすぼらしく、なにをしたのか知らないが、頬に泥なんか飛ばして汚かったのだ。そもそも叔父と姪は結婚できるのかしら、できたとしても願い下げだわあんなだらしのない人、と気分を害して、Sさんは結果を誰にも報告しなかった。
 
 中学校にあがったとき、別の小学校から進学して一緒にクラスになった友人も、同じ儀式が流行ったのだと言っていた。同じ年代でいっせいに流行ったのかなと思いながら話を聞いたのだが、どうも、彼女の学校とSさんの学校で流行った儀式の結果の解釈に齟齬があるようだった。
 友達の学校で流行ったのは、自分が死に際に見る光景、らしい。



 和尚様の元にその相談事が持ち込まれたのは、秋口だったそうだ。地主の息子さんが、盆暮れ正月にも帰省せず、会いに行ったら別人のようにやつれていた。目ばっかりギラギラさせていて、様子がおかしい。おまけに、急に妻帯したいと言い出す。なにかに取り憑かれているのではないかという。
 
 和尚様は、その地主の息子さんが住む貸家に赴いた。他の貸家と少し離れた、森のそばに建つそれは、手入れを怠っているのか随分あちこちが傷んでいた。
 随行した地主さんは、昼から雨戸をぴっちり閉められた家を気味悪がった。和尚様も、口には出さなかったが変な気配を感じて、緊張していた。
 
 戸を開けて一歩踏み込むと、和尚様は読経をはじめた。それに反応するように、居室の方から、大きな音がして、ふたりはそちらに駆けつけた。万年床の上に、骸骨のようにやせ細った地主の息子さんが伸びていた。

 そして、外から見た時はぴったり閉まっていた雨戸が外れて落ちていた。その先には、一匹の狐が居た。狐は、二人に背を向けて、

「ちっ、無粋な男たちだネ」

 と、舌打ちしたという。
 
 幸い、地主さんの息子は、しばらくして元気になったのだが、彼の言う結婚したい女は、どれだけ近くの人達に尋ねても、誰も顔も名前も知らなかった。
 
 和尚さんいわく、地主の息子さんは狐――来ツ寝――に化かされたのだろうという。



 Yさんが、よく行くスーパーの駐車場で、車を駐めようとしたときのこと。モニターで見たバックカメラの映像に、縁石に座った女の子がいた。小学生くらいの、長い髪の毛の女の子だ。危ないよと声をかけるため、ドアを半分開けて顔を覗かせたが、誰もいない。子供はすばしっこいからもうどこかへ行ったのだろうと思い、もう一度モニターを見ると、やはり女の子がいた。死角かと思って、今度こそ、車を降りて注意しにいった。しかし、誰もいなかった。隠れているのかと思って周辺を確認したが、誰もいない。
 アスファルトにしゃがみこんで、車の下を見ると、Yさんと反対側に、レースの白い靴下を履いた小さな足が見えた。やっぱりすばしっこい子だなあと思いながらそちらへ行ったが、追いつけなかった。もう一度しゃがみこんで足を確認したが、今度はもう見えなかった。さて、と気を取り直し、駐車しようとしたら、またもモニターに女の子が映っている。うつむき加減で、縁石に座っている。
 
 なんだか薄気味悪くなり、Yさんは別の場所に駐車しようと、車を前進させた。どん、と大きな衝撃が走ったのはそのときだった。慌てて車を停めて周辺を確認したが、誰もいなかったし、ぶつかるようなものはなにもなかった。ただ、やはり衝撃があったのは勘違いではなかったようで、揺れを感知したドライブレコーダーが緊急録画モードになっていた。もしかして、車体の下に巻き込んだのかもしれない。青くなったYさんは、車を降り、外へ飛び出した。ボンネットに、小さな両手の痕がついていて、いよいよ血の気が引いた。しゃがみこんで車の下を見たが――誰もいなかった。
 
 状況をうまく説明できる気がしなかったが、警察を呼んだ。
 警察署が近かったおかげで、すぐに警察官が来てくれた。事情を聞いた、老齢の警察官は渋い顔で言う。

「ときどきね、ここ、出るんですよ」

 そう言って、ドライブレコーダーを再生した。件の衝撃で車が揺れた瞬間、ボンネットに手をつき、片足を持ち上げて乗り上げようとしているあの女の子が映っていた。にいっと弧を描いたちっちゃな口だけが、黒い髪の下から見えていた。
 

 Pさんが子供の頃、お盆に何度か体験したこと。
 仏前にみずみずしい果物をお供えしておくと、一晩で腐ってしまったり、朝起きたらきゅうりやなすの馬が、毛虫のように楊枝だらけになっていることがあったそうだ。
 親戚の子供のうち、誰かがやったに違いないと大人たちは言っていたが、違うだろう。一度だけ、Pさんは、見たことのない子が馬に楊枝を差してけらけら笑っている姿を偶然目にしたことがあった。夜中にトイレに起きて通りがかった仏間でのことだ。
 


 Hさんの家系は長命で、彼は二十五のとき、祖父が亡くなるまで葬式に出たことがなかった。弔問には、祖父の兄弟十一人が全員揃い、そのほかの親族や縁故関係のある人、さらには田舎ならではの付き合いの濃さで隣近所の人たちまで集まってきて、かなりの人数が家を出たり入ったりした。
 Hさんは車を運転できたので、喪主となった長男である父の指示に従って、酒や使い捨ての食器やその他いろいろを、何度も買い出しに行ったのだった。

 霊柩車に祖父の体が収められ、それを見送った後、父が「さて行くぞ」といったので、火葬場へ移動するのだと車のキーを持った。火葬場へは車で十分、徒歩では約三十分の道のりである。
 ところが、車に向かったHさんに父は手招きした。渡されたのは、紫や黄色、白の布地を束ねた旗のようなものだ。

 この辺りには、土葬の習慣が長い間残っていて、今でも習わしで、この旗を掲げて一族で火葬場まで練り歩くのだという。昔であれば、男衆が棺を担いで歩いたのだが、今はさすがにそれはしないのだとか。
 ははあ、田舎というのはなかなか旧套を尊ぶものなのだなあと思ったHさんは、父に倣って神妙な顔をして火葬場まで歩いた。先頭を行く僧侶の鳴らす鈴の音を聞きながら。
 山の麓の火葬場の裏手には、斜面を削って作った墓地があり、祖父はそこに埋葬されることになっていた。納骨は、四十九日で行われる予定だが、Hさんはその日にここへ来ることはできないので、祖父の遺骨を箸で掴む最中、心中で何度も祖父への別れの言葉を口にした。
 
 四十九日も無事終わったその年の暮れ、一人になってしまった祖母の様子も心配だったので、Hさんは単身、様子を見に行くことにした。仕事の都合で正月には休めず、両親とは予定が合わなかった。祖母はあまり落ち込んだ様子もなく元気だった。せっかくなのでと、Hさんは、祖父の墓に手を合わせに行った。夕方になっていて、あたりは少し薄暗かった。
 墓前に手を合わせ、ふと顔をあげると、墓石の後ろのあたりに蛍のような光がふわふわと揺れていた。人魂だ、と思ったが、嫌な感じはしなかったという。
 
 土葬の時代、遺体から可燃性のガスが生じ、空中で燃えることで人魂になったという説があるが、とHさんは前置きして続けた。あの説は信じてないですよ、と。なぜなら祖父は火葬されても人魂になって、様子を見に来たんだから。
 


 両親が仕事の都合で一週間家を開けるので、その間叔母さんの家で面倒を見てもらうということになり、Wさんはひとり、預けられた。小学校三年生のときだ。

 Wさんの叔母さんは、ドール趣味があって、イギリス製の古い大きなドールハウスを宝物のように大事にしていた。今思うと、たしかにそれはかなり精巧なつくりをしていて、立派なものだった。中に、アンティークの小さなお人形をディスプレイして、叔母さんは童女のように「みてこの綺麗なキッチン」と目をきらきらさせていたとのだ。
 
 ドールハウスの中に飾られていた人形は、お父さんとお母さんと、子供が三人で、近代のヨーロッパを彷彿とさせるような服装をしていた。子供は女の子が二人に男の子が一人。女の子はフリルがいっぱいついた桃色と黄色のワンピースを着ていて、男の子はベストと半ズボンを着ていた。

 壊さないように気をつけて、と注意をしながらも、叔母さんはドールハウスで遊ぶ許可をくれた。Wさんは、叔母さんご自慢のキッチンの棚を開けたり閉めたり、食器を一枚ずつ引っ張り出したり、あるいはカーテンを開け閉めしたりしていたが、元々そんなに興味がなかったのですぐに飽きてしまった。ただ、シンクの上にしまわれていたミニチュアの包丁が、お人形のお母さんの手にぴったり収まるのには、「おお」と感動した。
 
 翌朝、Wさんは叔母さんの悲鳴で目が覚めた。ゴキブリでも出たかしらと思ったのだが、様子を見に行ったところ、ドールハウスの前でがっくり膝をついて、叔母さんがうなだれていた。
 
「大事に扱ってって言ったのに」

 叔母さんの手の中には、バラバラになった桃色のワンピースの女の子の人形があった。さらには、お母さんの人形もないという。Wさんは、自分ではないと容疑を否認したが、叔母さんは聞き入れてくれなかった。大人とは思えない剣幕でがなりたて、二度とドールハウスに近づくなと厳命した。
 もちろん、またそんな身に覚えのないことで叱られたくないので、Wさんは渋々うなずいた。二度とドールハウスになんか触りたくもないと思いながら。
 
 しかし、翌朝、またも叔母さんの悲鳴で目が覚めた。今度はお父さんの人形がばらばらになっていた。Wさんはまた叔母さんに叱られた。本当に身に覚えがないのだと言っても聞き入れてもらえなかった。そのことが悔しくて、Wさんは早く両親が帰ってきてくれないかと願ったのだ。
 
 さらに翌朝はもう一人の女の子がばらばらになった。叔母さんはもう、Wさんのことを視界にもいれたくないようで、つねにぴりぴりしていた。Wさんもたまったもんじゃない。早くこの家を出ていきたいと思っていた。もしかして、叔母さんが自分で壊したのを認めたくなくて、八つ当たりしているんじゃないのかと思ったくらいだ。

 その晩、寝る前に叔母さんが、「絶対にあの部屋に入らないように」と厳しい口調で言うので、さすがにWさんも腹に据えかねた。そんなことを言うなら無実を証明してやると、残るひとつの男の子の人形をそっと盗み出して、自分があてがわれた客間のタンスの引き出しに隠したのだ。
 
 寝苦しい晩だった。気温と湿度が高くて、クーラーのない叔母さんの家は蒸し風呂のようだった。息苦しさでWさんは目を覚ました。カーテン越しに薄っすら光が差し込んで照らされた壁に、誰かの影があった。叔母さんかな、と思ったが、瞬きして違うと気付いた。窓際の棚の上を歩いていたのは、お母さんの人形だった。包丁を持って、きょろきょろと何かを探している。ガラス玉の目が、薄っすらと青味を帯びて輝いて見えた。
 きっと、あの男の子の人形を探しているんだ。Wさんは痛いほどどきどきしている心臓をなだめながら、じっとしていた。起きていることがバレたら、どうなるかわからない。

 そうしているうちに、やがて夜が明け、気付いたらお母さんの人形はいなくなっていた。
 
 翌朝、叔母さんがWさんの部屋にやってきた。Wさんは、てっきり、男の子の人形のことで叱られるのだろうと思い、慌てて引き出しから人形を取り出して叔母さんに渡そうとした。しかし、叔母さんは受け取ろうとしなかった。硬い表情をしてこう言ったのだ。

「ゆうべ、お母さんの人形が、包丁持って歩き回ってる夢を見ちゃったのよね」

 Wさんは驚いて、同じものを見たという話をした。
 
 今はもう、叔母さんはドールハウスを処分したというが、お母さんの人形がどこへ行ったのか、まだわからないらしい。
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