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 雨の日の夜だった。コンビニに行く途中の交差点。横断歩道を渡っていた私。赤信号で突っ込んできたトラック。眩しい車のヘッドライトに私は目を塞いだ。

 目を開けると、私は生まれたばかりの赤子になっていた。知らない天上である。

 ベッドに仰向けになって、私の誕生を涙ぐみながら喜んでいる女性。私を産んだ母親だろう。現実離れした、金色の髪の美人である。二十代前半? 外国人だし、十代もありえる?
 助産婦たちによって私は産湯につけられ、柔らかい布で丁寧に体を拭かれる。

 どういうこと~? 私はコンビニに行く途中で……

『落ち着いてください』と、頭の中から声が聞こえた。

 室内を飛び浮かんでいたのは蜻蛉のように透明な羽を持つ妖精だった。どうやら私以外には見えていないらしい。

『ここはどこ? わたしはだれ? あなたは?』と月並みなことを尋ねる。

『ここは、ユニレグニカ帝国のアリスター侯爵家の屋敷。あなたは間もなく、父であるアリスター侯爵からエリザベスと名付けられます。そして私は、イアーゴー。この世界に魂ごと迷い込んでしまったあなたをサポートするための存在です』

 ユリレグニカ帝国という国名を私は聞いたことがなかった。世界には200カ国近い国があって、全部の名前を私が知っているわけではない。地球のどこかの国なのかもしれない。

 が、妖精が空中に浮いている時点で察しがついた。そして、生まれたばかりの赤子である私が言語を理解しているのもおかしい。

『サポートがいるって心強いわ。よろしくね。それで、イアーゴー。私はつまり異世界に転生したってことね?』
『理解が早くて助かります』とイアーゴーは答える。

「生まれたか!」と、部屋に飛び込んできたのはイケメンの貴公子。

「旦那様! 部屋の外でお待ちくださいと言ったではありませんか!」と助産師が言うが、「浄化魔法で消毒済みだ」と言って、
「でかしたぞ! シルビア!」と、出産で疲れ、額に汗を浮かべている母の手を握りしめている。

「あなた、申し訳ありません。後継を生むことができず」と母は言った。

 この人が私の父か。母も父も、美男美女。これ、私も順当に美女に育つ? と思ってしまうような容姿である。

「何を言う! 本当にでかした! 初めての出産だ。ゆっくり休め。愛しているぞ」と、頬に口付けをしていた。

『イアーゴーさん。ここは、“浄化魔法”と魔法がある世界。そして、母は出産が初めてということで私は長女。で、おそらく“後継”は男子という、男尊女卑的な思想の残る遅れた文明? それに、貴族という特権階級がいるということはつまり身分制度が存在しているのね。人権思想からすると後進的で硬直的な社会?』と私は頭の中で尋ねる。

『イアーゴーと呼び捨てで結構です。本当に、理解が早くて助かります、エリザベス』

「お前の名前は……そうだな……」と私を抱き上げ、数秒の沈黙と思慮の後、「決めた! お前の名前は“エリザベス”だ!! きっと、お母さん似の美人になる!」と、父は私を両手で抱き上げ、私に“エリザベス”という名前をつけた。

 なるほどね。イアーゴーは、この世界のことをかなり把握している。
父はたった今、私の名前を思いついたようだ。もしかしたら未来の情報も把握しているのかもしれないと私は分析しながら、恐ろしいほどの疲労感を感じる。三日間徹夜して仕事をしたくらいの疲労感だ。
胎内から出てきたのだ。初めて臍の緒からの栄養供給なしで、私はこの世界に存在している。そして、赤子の未発達の脳で思考するには負担が大きいのかもしれない。

 眠たい……。赤子の私は産声をあげるのをやめ、すやすやと眠りに落ちた。
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