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31 仮面の男

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 国王様が、判決を言い渡し、黄金の剣の鞘で再び床を叩きました。

 社交会の薔薇。貴族令嬢の中の令嬢。「天上の双姫」と称えられピアニー・シュピルアールは、もう過去の存在です。今の私は、貴族の身分を剥奪された、ただのピアニー。シュピルアールという姓名は、もう私の名前ではありません。
 私が着ているドレスも、嵌めている指輪も、ネックレスも、イヤリングも、もう私の物ではありません。

 悲痛な、口惜しそうに拳を握りしめている殿下は、私の婚約者ではありません。

 お父様が泣いています。私は、お父様が泣いているところを初めて見ました。いえ……もう私のお父様ではありません。遙か空の雲を見上げるごとき、貴い殿上人。シュピルアール領の領主様。
 お母様、いえ……シュピルアール領主夫人が泣いています。シュピルアール領主様の胸元で泣いています。その泣き声が私にも聞こえてきます。

 殿下が、私の傍に駆け寄ろうとしているのを、他の貴族の殿方が必死に止めています。殿下は、私の名前を叫んでいます。殿下が叫んでいるピアニーという名は、もう私の名前ではないのです。もう、殿下の婚約者ではないのです。

「では、引き続きグラジオラス・プグナールの騎士叙任式を執り行う。だが、この場に相応しく無いものがいる。騎士叙任式に立ち会えるのは、貴族だけだ。平民は即刻立ち去るが良い」

 国王様がおっしゃられました。平民は、騎士の叙任式に参列することは許されません。叙任後のお披露目、王都を練り歩くパレードの時に、騎士様の姿を拝見することができるだけです。国王様が私に退場を命じた。それは、おそらく最後の慈悲でしょう。この場に私がいても、それは私にとって場違いなだけではなく、私にとっても非常に危険です。

 私は、軽く頭を下げ、そして外への扉へと歩き出します。もう、私には貴族の所作に則った礼をすることは許されません。

 カツン、カツンという私のハイヒールが大理石を叩く音と、ウイリアム皇太子殿下の叫び声と、シュピルアール領主夫人の泣き声だけが会場に響きます。

「国王よ。我が、先ほどの沙汰の取り消しを命じる」

 会場に声が響き渡ります。その声は、扉の方からでした。扉を開き、その声の主は立っていました。その声の主を見るや、貴族様たちが騒ぎ始めます。

 なぜなら、その人は、仮面を付けていたからです。扉から入ってくる者。その者は、招待された者ではありません。

「狼藉者だ!」

「国王様をお守りしろ!」

「ここは私が!」とグラジオラス様が叫ばれ、仮面の男に向かって走り出します。

 叙任式に参列していた貴族の中で、唯一帯剣を許されているのは、グラジオラス様だけです。叙任式で、王に剣を捧げ、そしてまた賜るための剣です。そして、あと剣を持っているのは、黄金の剣を手にしている国王様だけです。

 しかし、国王様が狼藉者と戦うというようなことはありません。そもそも、国王様が手にしている黄金の剣は、剣を鞘から抜くことができません。黄金の剣は、この王国建国の際に、この世界の主神、ディオニュソスが顕現し、初代国王に授けたのが黄金の剣です。しかし、その黄金の剣を鞘から抜けるのは本来の持ち主、ディオニュソスだけなのです。

 よって、この場で武器を持っているのは、グラジオラス様だけです。

 そのグラジオラス様が、仮面の男へと走り向かって行きます。

「我と剣で戦うとは、なんと愚かな……。仮面を付けているということで分からぬか……」という仮面の男の声が会場に響き渡りました。

「グラジオラス様を畏れぬ愚か者。そして、国王を害する者! グラジオラス・プグナールが誅殺してくれる!」
 グラジオラス様の鬼気迫る声です。

「向かってくるか。ならば、我が剣を我が手に戻すとしよう……」と仮面の男は静かに言いました。
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