悪役令嬢で婚約破棄されるしかないようですね!  ~Il Teatro GrecoのDeus ex machina~

池田 瑛

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13 カトレアの姉

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「そうであったか……残念だ」と殿下が哀悼の意を表されました。

 アウンタール子爵家カトレア嬢の歓迎会となったお茶の席にて、カトレアが王立学園への転入となった事態について話を伺っています。

 殿下には心当たりがあったのでしょう。事の発端は北方の蛮族による王国への侵攻が原因であったということです。
 王国の国境警備の砦での小競り合い。それは前哨戦であったようです。国境へと、アウンタール子爵領へと侵入を繰り返していた北方騎馬民族は、ただの斥候であった。国境付近の小競り合いはただの前哨戦に過ぎなかった。小競り合いから、小規模の戦闘へと発展。国境の防衛拠点へと目もくれず、王国国内へと一気に騎馬により侵入をして、アウンタール領にて略奪の限りを尽くしたのだとか。
 もちろん、それを指をくわえて見ているアウンタール子爵ではなかったということです。反攻に出ました。ですが、従来の蛮族の戦法とは違った攻勢の意表を突かれ、戦死された。カトレアのお父様は、半年前に亡くなったということです。

「その後、兄が緊急時の略儀にて、アウンタール家当主となり、なんとか蛮族を追い返しはしたのですが、蛮族に荒らされた領地の復興に忙しく、王立学園への入学が遅れてしまったのです。領主の娘と言っても、アウンタールの荒らされた領地を復興させるために忙しく働いていました」

 カトレアの言葉に、殿下も、ネモフィラもポーリアも、そして私も息を飲みます。殿下もまだ初陣を経験しておりません。領主、つまり戦闘の指揮を執る者が戦死をするという状況のすさまじさに息を飲まれているようです。
 また、領主の娘が働かなければならない状況ということで、アウンタール領の荒廃の度合いが分かるというものです。
 畑は焼かれ、家畜も奪われる。もしかしたら、領民の多くが奴隷として他国に連れて行かれたかも知れません。

「防衛拠点を素通りされると、騎馬の機動力だ。一気に王国内部まで侵入される可能性もある」と殿下は真剣なご様子です。

 紅茶の席でするべき話であるのか、と言われると首を傾げてしまいますが、それだけ殿下が真剣に考えられているということなのでしょう。

「兄は、騎馬の足を止めるために、長いロープを大量に藁で作らせ、騎馬の足を止める罠を用意しておりました。アウンタールは地形上、朝や夜は濃い霧が発生致します。兄の話では、有効に機能したらしいです」とカトレアも戦の話を続けます。
 女が戦いの話をするということも、眉をひそめざるを得ないことなのですが、咎めることは難しいでしょう。

「馬の足を止めてしまえば、ただの軽装歩兵。矢の一斉射撃で対応できる。だが……進路を予測して罠を張ることが可能なのか? 相手は自由自在に動き回る騎馬であろう? 罠を張っても素通りされる可能性が高い。罠だと気づかれてしまっても意味が無い。自ら死地に飛び込むほど蛮族も勇敢ではないであろう」

 戦の話は退屈なように思えます。ネモフィラもポーリアも少し退屈そうです。

 殿下は頭の中で騎馬民族との戦いを想像していらっしゃるのでしょうか。ですがそれは、きっと将来、妹と殿下が結ばれれば、その戦いの想像は有益なことになるでしょう。 神様の話では、カトレアと殿下が婚約することになったら、婚約者の領地が敵に蹂躙されるわけにはいかないということで、王国は兵を派遣する。
殿下が自ら軍を率いて、婚約者の領地を助けに行くということになるのでしょうか。私はそのころには、糾弾され、生きているのかさえ分からないけれど……。

 しかし、このまま私と殿下が結婚をすれば、王国側が兵をアウンタール領に派遣することはないということ。カトレアはきっとそこで……。

 妹が死ぬのは数年後とも神様は言っていた。つまり、この学園を卒業した後、カトレアは自分の領地に帰るということなのでしょう。
 無理やりにでも、このまま王都に滞在するようにしたら? 王都なら安全のはずです。
 それに、アウンタール家をシュピリアール家の寄子にしてしまえば安全になるのではないかしら? お父様に頼んで寄子にすれば……。そして、食客としてカトレアを迎えれば、私のお屋敷でずっと妹と暮らすことができる。
 
 冷静に考えたら、神様の言いつけどおりにする必要なんてないのかも知れない。だって、私の前世、黒部秋子が神様の存在を実感したことなどない。
 人間と人間が戦争をしていても、それを神様が止める気配はなかった。天変地異を止める気配もなく、相変わらず災害は起こっていた。

 もしかしたら、私が悪役令嬢にならなくても、妹を虐げなくても、私の力で運命を変えることはできるのではないかしら? 神様が望んでいる結末どおりに、シナリオ通りに、決められた役割を演じる必要はないのではないかしら?

「私には兄が一人いますわ。ピアニーは一人娘だったわよね?」

「ん? えぇ、そうよ」

 ネモフィラが私に話を振ってきました。どうやら考え事をしている間に、話題はカトレアの事から、私たちの話題に移り変わっていたようです。互いに自己紹介をして、親睦を深めようとしていたのでしょうか。

「具合でも悪いのかい? 辛そうな顔をしているよ」と殿下が私に尋ねます。

「申し訳ありません。ちょっとぼぉっとしていて」

 考え事をしていたのですが、本当のことなど言える分けありません。婚約者である殿下から愛想を尽かされるにはどうしたら良いのか。カトレアと殿下の間を取り持つにはどうすれば良いのか。
 そんなことを言えるはずがありません。

「ピアニー様には妹がいるのかと思っておりました」

「え? もう一度おっしゃってくださらない?」

 カトレアの言葉に、自分の耳を疑ってしまいました。

「あ……いえ。申し訳ありません。なんとなく、妹がいらっしゃるような雰囲気というか……。私の姉と何となく似ているような気がしたので……。でも、改めて考えたら、ピアニー様と私は同じ年齢ですものね。姉と雰囲気が似ているというのは、失礼なことでした。申し訳ありません」

 カトレアは、私の狼狽ぶりに、自分が失礼なことを言ったのかと思ったのでしょう。

「あ、あなたには姉がいるの? そのことを憶えているの?」
 そう咄嗟に私は尋ねてしまいました。
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