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1.神様の部屋
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気付いたら私は、裁判所のようなところの証言台に立っていた。目の前には、仮面を被った人が座っている。裁判官だろうか? いや、裁判官は仮面など被ったりはしない。それは、両親を失った事故の裁判で、私は身を持って知っている。相手は飲酒運転だった。
ここが法定でないとしたら、ここは? 裁判所でなければなんなのだろう? 私は先ほどまで、妹が借りたレンタカーで山道を走っていた。そして、突然ごぉぉぉぉぉという音が山の方から聞こえてきて……シートベルトをしていなかったら体が飛んでしまうのではないかと思うほどの衝撃があって……。
まさか私は死んだ? 一緒にいた秋子は? ここはどこなのだろう?
ドン・ドン・ドンと裁判長席に座っている人が木槌を叩いている。『静粛に、静粛に』と言いながら叩くあれだろう。
……と言っても、この法定らしき場所には私と、仮面の人しかいないのだけど。
「黒部春子、あなたは死にました」
え? どういうこと?
「私の言葉が理解出来ていますか?」と仮面の人が私に問いかけているようだ。私は、コクンと頷く。
「では、何か言いたいことはある?」
言いたいこと? 私が? 何を言えば良いのだろうか。
何が一体どうなっているのか。ここは死後の世界なのか? そんなことを思い巡らしている間、仮面の人はじっと押し黙っていた。仮面の人も黙って私を見つめている、というか観察しているようだった。
5分か10分経った後、この仮面の人は、私の発言を待っているのではないか、と思った。そして、そう思った瞬間、あぁ、私は死んだのだ、と何故か納得ができた。
この仮面の人は慣れている。人間は、死んだ後のことなど分からない。だけど、この人は知っている。
自分がどうなったのか分からない。訳も分からぬまま、裁判を受けるような証言台に立たされる。状況が整理できるまで、人間が落ち着くまで待つ。この人は、待ち続けることに慣れているのだろう。混乱をして泣きわめく人もいるかもしれない。怒る人もいるかも知れない。ただ、自分の人生を振り返り満足する人がいるかも知れない。
私は……。
「妹は? 私の妹の黒部秋子はどうなったのですか? 一緒の車に乗っていたはずです」
「他人の心配をしている場合ではないでしょう?」
他人? 他人ですって? 私の家族よ。
「はいはい。そんなに私を睨まないでね? 私は、あなたが、あなた自身について何か言いたいことがないかと聞いているの」
「私のことですか? …………。私は、天国に行くのでしょうか? それとも地獄へ行くのでしょうか?」
きっと、この人は閻魔様なのだろう。ここで私は裁かれる。そして、天国に行くのか、地獄へ行くのかの判決を言い渡される。
「あのね、良く勘違いをされるのだけど、私は、演劇の神様なの。私はディオニュソス。ご存じないかしら? デウス・エクス・マキナとも呼ばれているわ」
「も、申し訳ありません」
「そう知らないのね。まぁいいわ。私は、演劇の神。そして、大好きな演目は悲劇なの。救いようもないような悲劇が好きね。申し訳ないけれど、あなたの人生も笑えるほど悲劇だったわね。両親が死に、それから必死に妹のために働いた。そして、やっと妹が一人立ちして肩の荷が降りた。そして、楽しい、楽しい家族旅行。新しく始まる人生……」
わざとらしい人だ。演説めいた語り口調。そして、私はどうやらこの神様を好きになれそうにない。
「そんな矢先に、土砂崩れ。姉妹共々、あの世行き……」
どうしてそんなに嬉しそうに語るの? 嫌な人……いえ、嫌な神様。
「秋子も死んだのですか?」
「当たり前じゃない。生き残っていたら、悲劇にならないかもしれない。大切な姉の死を乗り越えていく再生の物語。そんな話になっちゃう可能性があるじゃない。そんなの私は求めていないわ。死んだら終わり。希望も救いもない。せっかくこれからって時に訪れる終わり。終わりの始まり、悲劇の始まり。ご馳走さまでした!」
「あなたは悪魔です!」と私は証言台から叫んだ。
私は、怪しげな仮面を被った、悪魔のようなこの神様を楽しませるために生きていたのではない。私は、妹と……私自身のために生きてきたのだ。辛いことも沢山あった。だけど……それは誰かに馬鹿にされるためじゃない。
「でもねぇ……。あなたの妹……黒部秋子さんだったかしら? その子が幸せになる道を用意しても良いわよ?」
「え? 出来るのですか? 妹だけでも生き返らせてください」
「私も神様なのよ? でも……生き返らせるのは無理。でも、幸せにすることはできる。もちろん、あなたの協力が必要なのだけどね。話だけでも聞いてみる? あなたの大切な妹の為に。でも、始めに言って置くけど、あなたにとっては辛いわよ?」
この仮面の人は悪魔だ。神様なんかじゃない。だけど……
「話を聞かせてください」
ここが法定でないとしたら、ここは? 裁判所でなければなんなのだろう? 私は先ほどまで、妹が借りたレンタカーで山道を走っていた。そして、突然ごぉぉぉぉぉという音が山の方から聞こえてきて……シートベルトをしていなかったら体が飛んでしまうのではないかと思うほどの衝撃があって……。
まさか私は死んだ? 一緒にいた秋子は? ここはどこなのだろう?
ドン・ドン・ドンと裁判長席に座っている人が木槌を叩いている。『静粛に、静粛に』と言いながら叩くあれだろう。
……と言っても、この法定らしき場所には私と、仮面の人しかいないのだけど。
「黒部春子、あなたは死にました」
え? どういうこと?
「私の言葉が理解出来ていますか?」と仮面の人が私に問いかけているようだ。私は、コクンと頷く。
「では、何か言いたいことはある?」
言いたいこと? 私が? 何を言えば良いのだろうか。
何が一体どうなっているのか。ここは死後の世界なのか? そんなことを思い巡らしている間、仮面の人はじっと押し黙っていた。仮面の人も黙って私を見つめている、というか観察しているようだった。
5分か10分経った後、この仮面の人は、私の発言を待っているのではないか、と思った。そして、そう思った瞬間、あぁ、私は死んだのだ、と何故か納得ができた。
この仮面の人は慣れている。人間は、死んだ後のことなど分からない。だけど、この人は知っている。
自分がどうなったのか分からない。訳も分からぬまま、裁判を受けるような証言台に立たされる。状況が整理できるまで、人間が落ち着くまで待つ。この人は、待ち続けることに慣れているのだろう。混乱をして泣きわめく人もいるかもしれない。怒る人もいるかも知れない。ただ、自分の人生を振り返り満足する人がいるかも知れない。
私は……。
「妹は? 私の妹の黒部秋子はどうなったのですか? 一緒の車に乗っていたはずです」
「他人の心配をしている場合ではないでしょう?」
他人? 他人ですって? 私の家族よ。
「はいはい。そんなに私を睨まないでね? 私は、あなたが、あなた自身について何か言いたいことがないかと聞いているの」
「私のことですか? …………。私は、天国に行くのでしょうか? それとも地獄へ行くのでしょうか?」
きっと、この人は閻魔様なのだろう。ここで私は裁かれる。そして、天国に行くのか、地獄へ行くのかの判決を言い渡される。
「あのね、良く勘違いをされるのだけど、私は、演劇の神様なの。私はディオニュソス。ご存じないかしら? デウス・エクス・マキナとも呼ばれているわ」
「も、申し訳ありません」
「そう知らないのね。まぁいいわ。私は、演劇の神。そして、大好きな演目は悲劇なの。救いようもないような悲劇が好きね。申し訳ないけれど、あなたの人生も笑えるほど悲劇だったわね。両親が死に、それから必死に妹のために働いた。そして、やっと妹が一人立ちして肩の荷が降りた。そして、楽しい、楽しい家族旅行。新しく始まる人生……」
わざとらしい人だ。演説めいた語り口調。そして、私はどうやらこの神様を好きになれそうにない。
「そんな矢先に、土砂崩れ。姉妹共々、あの世行き……」
どうしてそんなに嬉しそうに語るの? 嫌な人……いえ、嫌な神様。
「秋子も死んだのですか?」
「当たり前じゃない。生き残っていたら、悲劇にならないかもしれない。大切な姉の死を乗り越えていく再生の物語。そんな話になっちゃう可能性があるじゃない。そんなの私は求めていないわ。死んだら終わり。希望も救いもない。せっかくこれからって時に訪れる終わり。終わりの始まり、悲劇の始まり。ご馳走さまでした!」
「あなたは悪魔です!」と私は証言台から叫んだ。
私は、怪しげな仮面を被った、悪魔のようなこの神様を楽しませるために生きていたのではない。私は、妹と……私自身のために生きてきたのだ。辛いことも沢山あった。だけど……それは誰かに馬鹿にされるためじゃない。
「でもねぇ……。あなたの妹……黒部秋子さんだったかしら? その子が幸せになる道を用意しても良いわよ?」
「え? 出来るのですか? 妹だけでも生き返らせてください」
「私も神様なのよ? でも……生き返らせるのは無理。でも、幸せにすることはできる。もちろん、あなたの協力が必要なのだけどね。話だけでも聞いてみる? あなたの大切な妹の為に。でも、始めに言って置くけど、あなたにとっては辛いわよ?」
この仮面の人は悪魔だ。神様なんかじゃない。だけど……
「話を聞かせてください」
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