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2.聖女と王子のすれ違い【王子視点】

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 僕が九歳の時だった。
 僕は、婚約をすることになった。
 なんと、『神託』を受ける聖女様と婚約することになったのだ。 

 聖女の名はソフィア。
 僕より一歳年上だった。
 年齢が近い息子、つまり僕がいたことを王も……女王も……つまり、僕のお父さんもお母さんも喜んでいた。
 僕も、あの愛らしい姿の少女とやがて結婚すると考えると嬉しくなった。

「やぁ、ソフィア」

 王宮の庭でソフィアは、羊皮紙に向かって何か書き物をしていた。また神託があったのかもしれない。
 聖女は神託によって、人知を越えた知識を神様から授かる。

 それは大変なことであると簡単に想像することができた。王国にとっても、神託を受けることは名誉なことであり、国が豊かになるということだ。

 神託を受ける。
 ソフィアは、羊皮紙に向かいながら、ときどき頭を抱えたり、難しい顔をして空を見上げたりしている。
 神託というのは、錬金術師たちでさえ考えもしなかったことを実現させる。僕も将来、王様になるために、家庭教師から難しい本を読まされている。
 それよりも、ずっと、ずっと、きっと聖女は大変なのだろう。

 「どうされたのです? 王子」

 ソフィアが机の上の羊皮紙から顔を上げた。
 年齢が1歳上なだけだとは信じられないほど大人びた、僕の愛しいフィアンセだ。

 王様や神官、錬金術師たちから、神託を受けているときには邪魔をしてはいけないよ、と言われていた。
 だけど、僕は我慢することができなかった。ソフィアと話したり、街に遊びに行ったりしたかった。

 異国の商人が来た時に、珍しい品物があった。ソフィアにプレゼントしたらきっと喜ぶとおもった。

「これを見てくれ!」

 両手で後ろに隠していたプレゼントをソフィアに差し出した。

 異国から輸入された珍しい品物だ。紫や赤色、青色と沢山の鮮やかな色があり、世界中の宝石を集めたようだ。

「ソフィア……これは異国の珍しい品で————」

「ガラス玉? おはじき……ですか?」

 驚き、喜んでくれると僕は思っていた。
 ソフィアは悲しそうな目で、僕の掌の上を見つめている。
 ソフィアはこの透明な物のことを知っているらしい。

「おはじき遊びをされたいのですか? もしよろしければご一緒いたしますが……」
 異国の珍しい品の正体を一瞬で見破られた。それに……おはじき遊び? それはどんな遊びだ? 分からない……。

「ち、ちがうんだ。こ、これは……」

「あっ」

 ソフィアはハッとした後、悲しい顔をした。顔に涙を溜めていた。

「申し訳ありません……このおはじきを造る技術……改良していけば、このようなコップや……平らで大きなガラスの板を造れば建物の窓にも使えて、部屋の中に効率よく太陽の光を採り入れることができるのですが……。私には、ガラスの製法はおろか、ガラスを造るための材料もわからないのです。申し訳ありません、王子。ガラスに関わるような『神託』はきっと、私には降りないでしょう」

 ソフィアはそう言って、顔をしわくちゃにした。

 今にも泣きそうな顔だった。

 僕にはソフィアが何を言っているのか分からなかった。

 ただ、僕が分かったのは、僕はソフィアを悲しませてしまったということ。そして、ソフィアは僕が『神託』を要求したと思ったということだ。

 違うんだ……。
 僕は君を悲しませようと思ったんじゃない。ただ、君にプレゼントを渡したくて。
 君の喜んだ顔が見たくて。

 僕はどうしたら良いのか分からなくなって、庭から逃げ出してしまった。


 ソフィアを悲しませたガラス玉。
 僕も持っていたくなかった。だから、たまたま王宮に来ていた貴族の娘に何の気なしに渡した。

『こんなに珍しい品を下賜してくださるなんて』

 花咲くような笑顔でその貴族令嬢は大喜びしてくれた。

 僕がソフィアに求めていた反応そのものだった。
 
 ・

 ・

 ・
 
 寒い冬の日だった。
 紅葉もすっかりと葉を落とし、王国の大地は茶色に染まる。
 花が咲き誇る春。新緑が萌えいでる夏や、黄金色の実がなる秋に比べたら、冬の景色は殺風景だ。

 ソフィアは、景色を観るのが好きなのだろう。
 だけど、冬はやはり殺風景でつまらないかもしれない。

「ソフィア、乾燥した地方で造られた、枯れない花だよ。君のこの部屋が少し明るくなればと思って……持って来たんだ」

 花はうつろう。だけど、このように加工された花は、永遠に咲き続ける。貴族が恋人に永遠の愛の印として、枯れない花を贈るのが流行しているのだ。

 僕もそれに倣ってソフィアに、枯れない永遠の愛の花束を贈ろうと思った。

「ドライフラワーですか……。たしかに、乾燥剤シリカゲルの造り方が分かれば、そのような小さな、乾燥させやすい花だけでなく、薔薇だって色合いそのままにドライすることができるんですが……。それに、冬は作物の収穫が減ります。シリカゲルを食品の保存などに応用して使えるようになれば、塩漬けや砂糖漬けで保存するより、衛生的で手軽に湿気を防ぎ、食品を乾燥保存できるようになりますね……」

 そしてソフィアは首を振った。

「乾燥剤の造りかたも、私には……分かりません。そのような『神託』はきっと降りないでしょう」

 ソフィアは悲しそうに言った。

 僕はまた、ソフィアを悲しませてしまった。
 違うんだ。
 僕が求めているのは『神託』じゃなくて君の笑顔なんだ。


 ソフィアは、どこまでも聖女だった。僕とはまったく違う人間のように思えた。

 僕は王子とはいえ、普通の人間だ。しかし、ソフィアは神託を受ける聖女だ。

 僕は、ソフィアの存在が恐くなった。

 
 乾燥させた永遠に枯れない花束。
 たまたま王宮の廊下を歩いていた貴族の令嬢に渡してみたら、頬を真っ赤に染めて喜んでくれた。
 僕がソフィアに求めていた反応そのものだった。

 ソフィアを悲しませることしか僕はできない。

 僕はいつしか、ソフィアを避けるようになった。
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