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第四十五話
しおりを挟む数日後、三人の姿は街にある学校の前にあった。
「や、ややや、やっぱりかえろうかなっ……!」
今日、ここに来るまでフィオナは緊張しっぱなしであり、学校を改めて目の前にしたため緊張がピークに達している。
いつも着ている服よりも少しだけ外行き用のおしゃれ服に身を包んだフィオナはクライブの身体の陰に隠れてしまっていた。
「ほらほら、ダメですよ。今日は詳しいお話を聞くだけです。何をするわけでもありませんから行きましょう」
学校の話が出た翌日にエルナは入学できるかどうか、何が必要なのかを調べていた。
入学金、学費、制服、通いか寮を使うか――そういった情報をエルナが集める。
そして、一度連絡を取ってみたところ、家族と一緒に学校に来てみて下さいと言われたため、今日は三人でやってきた。
ガルムは家でお留守番、ツララははるか上空で待機、プルルはクライブのカバンの中に入ってきている。
「そうだぞ、フィオナ。先生と話をしたり、学校を見学してみてどうしても嫌だったらまた相談すればいいんだ」
今日で全てが決まるわけではない――そうクライブはフィオナに優しく言い聞かせる。
それだけでなく、フィオナの左手をクライブが握り、右手をエルナが握ることで一緒にいるんだぞという安心感を与えていた。
「……うん、わかった」
それまで感じていた緊張が消えたわけではないが、クライブとエルナに励まされてフィオナは顔を上げる。
まだ少し元気はないが、それでも行ってみようという気持ちは沸いてきていた。
正面の門から入ると、声をかけられるが事前に話がしてあったようですんなりととおしてもらえる。
きれいに舗装された道を進んでいき、大きな建物に到着する。木々と調和した明るく開放的な学舎が印象に残る。
そこで靴を来客用に用意されたものへ履き替えて、校長室へと向かう。
事前にエルナが訳ありだという説明をそれとなくしていたため、校長先生が自ら会ってみたいという話になっていた。
「ここ、だよな」
校長室とあって、立派な扉を目の当たりにしてクライブもどことなく緊張している。
「はい、旦那様。ノックをお願いします」
エルナが促したため、緊張しながらもクライブは手で扉をノックした。
コンコンという音が部屋の中に響くと、しばらくして中から返事がする。
『どうぞ』
扉越しであるためややくぐもった声だが、女性であることがわかる。
校長先生と聞いて、勝手に男性だと思い込んでいたクライブは驚いている。
エルナは知っており、涼しい顔をしていたためクライブに横目で何で教えてくれなかったんだと睨まれていた。
「ふう、まあいいか。とにかく入ろう」
意を決してクライブが扉をあけて中に入ると、そこにはクライブよりもだいぶ年上の女性の姿があった。
顔には皺が刻まれており、長年の経験が作り出す優しい笑顔をたたえている。
しかし、背筋はピンと伸びており美しく年を重ねた、そんな言葉が似あう女性だった。
「し、失礼します」
「失礼します」
「しつれいします!」
クライブが動揺しつつ礼をして、エルナは校長に負けず劣らず美しい姿勢で一礼をする。
最後に入ったフィオナは緊張した面持ちながらも、しっかりと元気なこえで声をかけて入室していた。
「はい、ようこそいらっしゃいました。あなたは先に挨拶に来てくれたエルナさん。そちらの男性はクライブさん。それに、こちらの可愛いお嬢さんがフィオナさんですね」
穏やかにほほ笑む校長は執務用の大きなデスクの向こうにいたが、こちら側へやってくると再度ニコっと笑った。
「私は当学校の校長、イルスマイヤと申します。イルス、とおよび頂ければ幸いです。さあ、みなさんお座り下さい」
イルスマイヤは三人をソファに座るよう促し、そしてお茶を用意してくれる。
独特の部屋の雰囲気に、美人であるイルスの雰囲気、そして校長先生という肩書き。
それらが、自然とクライブたちの緊張を高まらせていた。
「ふふっ、そんなに緊張しないで下さい。今日はみなさんと少しお話をしたいと思って来ていただいたのです。なにやら特別な関係性であるということはお伺いしました。構えることはありません、思うままにそのあたりから話して戴けますか? あぁ、今日はなんの予定もいれていませんので、ゆっくりで構いませんよ」
お茶のおかわりをいれられるように、ティーポットにティーコゼーをかけて長時間の話に備えている。
「わかりました……」
自分が話すのが一番であろうと、クライブが説明を始める。
まずは自分たちが何者なのかを説明する。
クライブは冒険者。
エルナは使用人だが家族のような存在。
フィオナはクライブが旅の途中で助けた少女で、命を失おうとする叔父によって託された。
また、フィオナが魔族であることも他に漏らさないという条件で説明する。
この学校において、万が一正体がばれた際にどうしても内部に協力者は必要となる。
それが校長先生という学校一の権力者であればそれに越したことはない。
それはクライブ、エルナの共通の考えであり、昨晩のうちにフィオナにも説明して納得してもらっている。
「なるほど……わかりました。入学金、学費を納めていただければ我々はフィオナさんを学校に受け入れようと思います」
金で解決と言わんばかりだが、イルスの心のうちは違う。
お金を支払うことで、フィオナは名実ともにこの学校の生徒として認められる。
そうなれば、彼女を守ることができる。それがイルスの言葉の意味するところだった。
「わかりました。お話はとてもありがたいですし、金銭的な部分も問題はありません。あとは、フィオナに学校の中を案内してもらいたいのですが構いませんか?」
金銭面などはこれまでの冒険者稼業で稼いだクライブのもつ金から考えれば支払うことは可能であると考えている。
となると、残った問題はフィオナがこの学校のことを気にいるかどうかである。
あくまで最終判断は通うことになるフィオナに任せるというのがクライブとエルナの考えだ。
「はい、それでは別の先生に案内させましょう。少々お待ち下さい」
穏やかにほほ笑んでうなづいたイルスはそんなクライブの答えに満足していた。
クライブが最も重視しているのが、フィオナのことであると感じたため、たとえ本当の家族と一緒に居られていなくても、十分良い環境にあるのだと判断していた。
そこからは物腰柔らかな教頭先生が校内を案内してくれた。
授業風景、体育館や特別教室、食堂、校庭、念のため寮も案内し、ふくよかでおおらかな寮母にも挨拶をすることができた。
続いて、学校のカリキュラムの説明を一年生の学年主任が担当する。
それが終わると担任になる予定である教師からクラスの説明を受ける。
ここまでの説明を聞いてどう判断するのかを決められるように、空き教室を使わせてもらうこととなった。
「――さて、フィオナはどうしたい?」
クライブからの最初の質問。この答え次第で全てが決まるといっても過言ではない。
学校に通いたい気持ちはあったが、フィオナはよく知らない場所で、よく知らない人と共に学ぶことに不安を覚えていた。
これまでクライブたちと離れて過ごす時間は多くないからだ。
しかし、学校側はそういう生徒に対しても手厚い援助をすると約束してくれた。
また授業風景はどこのクラスも明るく楽しそうなものであり、参加したいと思わされるものであった。
彼女自身、これからもクライブたちといるために知りたいことがたくさんあったのだ。
「……かよいたい」
学校に来るまでの、悩んで不安で、緊張していた、そんな様子はどこかに消え失せ、フィオナの目には強い意志が宿っている。
少し黙ったあとはっきり言ったその言葉にはその気持ちがしっかりと表れていた。
「わかった! 早速校長先生のところに行こう!」
「ですね!」
結論が出たら校長室にやってくるよう言われていたため、三人は真っすぐ向かうことにする。
校長室に戻った三人は通う意思を伝え、必要書類を受け取り、入学にあたって必要な金額などが記された書類を受け取る。
書類は翌日提出して、来週から通うこととなった。
大きな街で、ちゃんとした学校で教育を受けさせたいというクライブの思いは達成されることとなる。
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