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第四十三話
しおりを挟む森でのことを切り替えたクライブたちは一路屋敷へと戻り、エルナが用意してくれた食事を食べて空腹を満たしていく。
ただ空腹が満たされただけでなく、全員の舌が満足できるだけのクオリティのものを作ってくれた。
「ふう、いやあエルナの料理はやっぱり美味いなあ」
「うん、すっごくおいしい!」
二人は食後のお茶を飲みながら満腹になった腹を擦っていた。
その動きはシンクロしており、それを見たエルナはまるで親子か兄妹であるかのように見えるなと思っていた。
「ふふっ、満足していただけたならよかったです」
洗い物を終えて、自分の分のお茶を用意したエルナが二人の反応に微笑みながらソファに腰を下ろす。
エルナは自然と背筋をピンと伸ばしており、ただ座っているだけだというのにどことなく美しさが見られる。
「きれい……」
エルナを見ていたフィオナが呟く。
そして、自身が前かがみになっていることにはっと気づくと、見よう見まねで背筋を伸ばしてエルナを真似していた。
「ははっ、そうやっていると歳の離れたお姉さんを真似ている妹って感じだな」
エルナは先ほど自分が思ったことをクライブが口にしたことで思わず微笑んでしまう。
種族も、年齢も、生まれた場所も、ここに至るまでの経緯も全てが異なる三人が似ていると考えると、不思議でどことなく面白く感じていた。
「???」
クライブとエルナがなんで笑っているのかわからないフィオナはきょとんとした不思議そうな顔で首を傾げていた。
「ははっ、まあみんな仲良しってことさ。それより、森での魚人のやつの色々な話。それについて色々と情報を共有しておいたほうがいいだろ。言いづらい話もあるかもしれないが……」
クライブはフィオナとエルナを順番に見ていく。
どちらも固い表情をしているため、自分のことから話そうと決意する。
「じゃあ、俺の話から始めようか。俺は回復魔術士、回復なんて名前がついてるけど人の回復はほとんどできない。俺が回復できるのは――魔物、魔族、魔樹、そういったあらゆる『魔』に関係するものだけだ。だから、ガルムやプルルやフィオナのことは回復できる」
ここでフィオナがピクリと身体を揺らす。それに気づいたクライブだったが自身の説明を続けていく。
「そんな俺の力は名前のとおり魔術――魔法ではなく、魔術なんだ。そして、俺が森でスライムたちを回復した時にあいつに言われた言葉『そんなものを使える人間が存在するはずがない』……だったか。俺はこれまで自分のことを能力の弱い普通の人間だと思ってきた。今は使える力を持ってるに変わったけど人間だと思っている」
ゆっくりと紡がれるその言葉にフィオナもエルナも頷いている。
クライブが人間以外の何かであると思ったことはなく、この三人の中で最も人間らしいのがクライブだと思っていた。
「まあ、一つ心当たりがあるとすれば……俺って捨て子なんだよね」
衝撃的な告白を笑顔で言ったクライブ。そして、口元に手をあてて驚いているフィオナとエルナ。
「ははっ、そりゃそんなこと言われたら気にするよね。でもいいんだ。昔のことだし、俺を育ててくれた両親は……まあ、普通に接してくれたからさ」
思うことはあるものの、深く掘り下げるつもりはないらしく、へらりと笑った微妙な表情でそんなことを口にした。
「そんなことより、そういうわけだから俺が誰と誰の子どもなのかっていうのは誰も知らないことなんだよ。だから、あの魚人があんなことを言った理由は俺の両親にあるのかもしれない……そう思っている。俺の話はこんなところさ」
自らの出自を知らないからこそ、そこになにかがあるのかもしれない――クライブはそんなことを考えている。
「なるほど……そういうことでしたか。ごほん……それでは次は私の話をしましょう」
クライブが話を切り上げたことでエルナは相槌を返し、自分の話を始めていく。
「あの魚人が口にしたとおり、私は鬼族の末裔です。そのことはディアニス様もミーナ様も知っていましたが、他の使用人と変わらず、分け隔てなく接して下さいました。それは他の使用人たちも同じでした。みんな私のことをわかった上で、秘密を守ってくれて、仲間として扱ってくれたんです」
あたたかな記憶をたどるように胸に手を当てたエルナはそう優しい表情で語りながら、ディアニスのもとでの生活を思い出していた。
鬼族とは凶暴性から他の種族に忌避された呪われた種族で、数百年前、一族丸ごと滅ぼされたといわれている。
しかし、今でも数は少ないもののその生き残りはいるといわれていた。
その一人が目の前にいるエルナである。
「あ、あの、一応言っておくとですね。鬼族が凶暴だというのは、見た目が怖かった男性の鬼族に対する風評被害でして……! いえ、中には凶暴な鬼族もいたそうなのですが……その一部のせいでそんなことになってしまったというか、あぁいえ、実際には凶暴な鬼族も多かったという話も少しはあったりなかったり……」
何とか少しでも印象が変えられればと言葉を紡ぐが、徐々に言い伝えを思い出して弱気になっていくエルナだった。
「エルナ、だいじょうぶだよ。わたしはエルナがこわくないってわかってるからね」
ぴょんとソファから降りたフィオナはエルナの近くまで歩いていくと、彼女の手に自分の手を重ねて声をかけた。
手のひらから伝わる体温は、フィオナの心の温かさを伝えて、エルナの心を温めていく。
「そう、ですね。はい、フィオナ。ありがとうございます」
エルナと過去の鬼族は一緒ではない。そのことをフィオナによって改めて気づかされる形となった。
その返事を聞いて満足したフィオナは再び自分の席、つまりクライブの隣へと戻って行く。
「ごほん、それではつぎはわたしのはなしですね」
この話の入り方は先ほどのエルナを真似しているようであり、それは二人の目には微笑ましく映る。
「わたしはまぞく。ほんとうのおとうさんもおかあさんも、たったひとりのかぞくだったおじさんもしんじゃった」
まっすぐ前を見たフィオナは淡々と事実を語っていく。
全て知っているクライブは腕を組んで目を瞑ったまま黙って話を聞いていたが、初めてこの話を聞いたエルナは今にも泣きそうになっていた。
「でもでもね、クライブがみつけてくれてたすけてくれた。ガルムもプルルも一緒だし、たーぁくさんのスライムさんたちもいっしょ! いまはツララもいるし……エルナがいる。だからへいきだよ!」
悲しいことばかりじゃないとフィオナはひとりひとり確かめるように名前を呼びながら視線を向け、スライムの話の時は大きく手を広げて楽しげに話す。
その言葉に嘘はないと言わんばかりの満面の笑顔をフィオナは見せる。
彼女にとって、今の、ここにいる、ここにいない面々も含めて仲間たちが大事な家族だった。
「フィオナ!」
「エルナー」
フィオナのことをエルナが抱きしめる。
ここで本題からずれたことに気づいたクライブだったが、しばしそのやりとりを見守ることにした。
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