無能な回復魔術士、それもそのはず俺の力は『魔◯』専用でした!

かたなかじ

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第四十二話

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「なかなかいい目をしている。しかし、睨みつけても俺を倒すことはできないぞぉ!」
 魚人はクライブに向かって腰に見つけていたナイフを投げつけた。

 しかし、それはカキーンという金属音と共に弾かれ、離れた場所にある木に突き刺さった。

「旦那様に手をあげる行為、看過できません!」
 キッとにらみつけながら武器を構えたエルナがクライブと魚人の間に滑り込んで、ナイフを弾いていた。
 弾かれた魚人のナイフの刃は、先ほどのやりとりだけで刃こぼれしているが、エルナのナイフは刀身の美しさを保っている。

「鬼ふぜいが邪魔をするなぁ!」
 魚人は怒りに任せて何本もナイフを投げつけるが、その全てがエルナの華麗な手つきによって防がれていた。

「その鬼ふぜいに攻撃を防がれる気持ちはいかがでしょうか?」
 あっさりとやってのけたエルナは優雅な笑みを浮かべて魚人に質問を投げかける。

「よく言ったなぁ!! 命、なくなったと思え!」
 未だ水の中にいた魚人は怒りに任せて湖面を蹴ると、真っすぐエルナへと向かって行く。
 その途中で左手を地面に突き刺さった槍へと伸ばす。

 あの槍はこの魚人を持ち主として登録しており、魔力を槍に向けることで手元に戻ってくるという魔槍の一種だった。

「せやあああああ!」
「なっ!?」
 しかし、魚人の手に槍が戻ってくることはなく、エルナの渾身の拳が先に魚人の顔面にぶち込まれた。

 ナイフで攻撃しなかったのは、鬼の全力に柄が耐えられないためである。
 そして、拳の攻撃のほうが直接的にかつはるかに高いダメージを与えられる。

「ぐはあああああっ!」
 殴られて顔がゆがんだ魚人は叫び声をあげながら吹き飛ばされていく。
 先ほどまでいた湖から放り出されるようにして湖面を大きく超え、更にその向こうにある木に衝突してそこでやっと動きを止めた。

「ふううう……」
 エルナは呼吸を止めて最大の一撃を繰り出した為、ゆっくりと息を吐き出して呼吸を整えている。
 足の踏み込みは地面に足形を作り、腰のひねりが入り、拳に回転が加わった攻撃は拳からも煙が浮かんでいる。

「す、すごいな……」
「エルナ、すごい……」
「ガウ……」
「きゅー……」
「ピー……」
 エルナ以外の全員が彼女の残心と、吹き飛ばされた魚人を見て唖然としていた。

「あっ……う、うふふっ、あ、相手が弱かったみたいですね」
 なんとか誤魔化そうとぱたぱたと手を振ったエルナは取り繕う様にそんなことをいいながら、足元の陥没をなんとか消そうとするが、全員が首を横に振っていた。

「そ、それよりも、あの魚人の身柄を拘束しましょう。何かわかるかもしれません!」
「確かに……フィオナはここで待っていてくれ。ガルム、頼んだぞ」
「ガウ!」
 エルナが強すぎる件に関しては一旦保留ということにして、クライブとエルナは魚人のもとへと駆け寄る。

 しかし、そこにはこと切れた魚人がいるだけだった。

「そ、そんなに強く殴っていないのに!」
 この結果に対して最も動揺しているのは当然ながらエルナである。
 相手の頑丈さを想定して気絶する程度の威力にしていた。
 にもかかわらず、魚人は口から血を流して死んでいる。

「ど、どどど、どうしましょう!」
 殺すつもりはなかったのにと、エルナは落ち着きなく動き回っている。

「まあ落ち着いて。これは殴ったのが原因じゃないと思う……口から血が流れているけど、恐らく身体の中から出てきている。それに、血の色が黒い。恐らく毒が混じっているんだと思う」
「毒?」
 聞き返したエルナに対してクライブが頷いた。

「多分だけど、こいつ吹き飛ばされてこの木に直撃したあと、まだ少しだけ意識があったんだと思う。でも、俺たちに捕らえられたら色々尋問されるだろ? それは困ると考えて自害したんだと思う。もしくは、誰かが仕組んだか……」
 考えてもわからないことであるため、クライブはそこで予想をやめる。

「まあ、こいつが死んだ直接の原因はエルナの攻撃じゃないから安心していい。それよりも、こいつをどうするかだよなあ……」
 このままここに置いたままでは誰かが発見して大事になってしまう可能性がある。
 顔面に大きな殴打痕があるため、毒で死んだことよりもそちらに意識が向き、余計に誰が犯人だ? となってしまう可能性が強かった。

「ピーピピピー(湖に沈めるのがいいかと)」
 ツララの提案にクライブは顎に手をあてて考える。

「それも悪くない」
 そして、出した答えがこれである。隣で聞いていたエルナは目を見開いて驚いていた。

「ちゃんと理由はあるんだ。あの湖なら特別な魔素があるから、状態を保ったままこの先何十年と保存されるはずだ。湖面から出てきた以上、水の中に住んでいるはずだ。こいつに家族がいるとしたら、渡すことができるかもしれない」
 クライブの考えは予想が混じっていたため、念のためツララに視線を向けて確認をとるとツララは静かに頷いた。

「と、いうわけでそれが一番だと思うけど、どうかな?」
 クライブの言葉にエルナは一瞬考えたのち頷いた。

「わかりました。私が運びますね」
 エルナは魚人の隣に立つとゆっくり屈んで遺体を持ち上げた。
 無言のまま湖の近くまで移動するとゆっくりと水の中へ魚人を沈めていく。

 身体に付着している空気がブクブクと泡を作るが、それもすぐに収まって外から見えなくなるほど深く深く沈み、泉の底に到着したところで動きを止めた。

「あいつの目的がフィオナだというのはわかったけど、どういった理由で狙ったのかがわからないな……」
 魚人は生死を問わないような口ぶりだった。つまり、フィオナの存在を邪魔だと判断する勢力がいるということを現している。

 しかし、それが一体誰なのか、どういった集団なのか――結局のところ、それを聞きだすことはできなかった。

「とりあえず、詳しい話は家に帰ってからにしよう。弁当、途中になってしまって悪かったな」
 クライブには思い当たることがあったが、この誰がいるとも知れない森の中で話続けることには抵抗があるため屋敷を戻ることを提案する。
 それと同時に、戦闘の流れで中身がぶちまけられてしまった弁当のことをエルナへと謝罪する。

「いえいえ、お弁当はまた作ればいいだけですから旦那様はお気になさらず。それよりもフィオナのショックが大きいように思われますのでフォローをお願いします」
 エルナは戻ると、すぐにお弁当の入っていたバスケットの片づけを始める。

「フィオナ、屋敷に戻ろう」
「うん……」
 どこか元気がない様子のフィオナは顔をガルムの背中に埋めるようにして乗っている。

「どうした? 元気がないみたいじゃないか、ってまあさっきみたいなことがあればそうなるか。まあ、結局なんとかなったからいいさ。とりあえず俺は……」
 クライブがそこで一旦言葉を区切ると、フィオナは続きが気になって顔をあげる。

「腹が減ったよ……」
 わざと大袈裟な様子でガックリとうなだれながら、悲しそうな表情で腹を抑える。
 そんなクライブを見たフィオナの腹がグーッと音をたて、顔を真っ赤にする。

「ははっ、やっぱりフィオナも腹が減ったよな。というわけで」
 くるっと振り返ってエルナに声をかける。

「はい、早く帰って食事にしましょう。食べられなかった分もたくさん作りますので楽しみにしていて下さい! さあ、行きましょう!」
 エルナは袖をまくるような動作を見せて、おどけた様子で先頭を歩いていく。

「うんっ!」
 この頃になると、フィオナにも笑顔が戻っていた。


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