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第四十一話
しおりを挟むしばらく湖の景色を楽しんだのち、クライブたちはエルナお手製のお弁当を食べることにする。
「旦那様とフィオナ、そして私はこちらのお弁当を食べましょう」
大きめのピクニックシートを広げた上に、エルナが三人用の食事を並べていく。
サンドイッチをメインに、その他に鹿肉をローストしたものなど軽く摘まめるようなおかずも並んでいる。
「すっごくおいしそう! ねえ、たべてもいい?」
「ダメです! ちゃんと手を洗ってからにして下さい」
「はい!」
エルナの指導に返事をすると、フィオナは湖へと走って行きかがんで手を洗おうとする。
「……フィオナ!」
一瞬間をおいて、だが慌てた様子でクライブがフィオナの名前を呼んだ。それは何か嫌な予感を覚えたためだった。
「えっ?」
きょとんとした顔で声に振り返るフィオナ、そして次の瞬間、湖面がゆらりとせりあがり、水しぶきをあげながら何かが姿を現す。
「ガルム! プルル! ツララ!」
魔物三名はクライブの指示を受けるまでもなく、既に動いていた。
勢いよく飛び出したガルムは急いでフィオナの襟首を咥えて連れ戻る。
プルルはびよーんと体を伸ばし、水が降りかからないように壁になる。
ツララは漏れた水を氷のブレスで凍らせて落下させていく。
クライブは剣を抜いて、湖から登場した何者かに備える。
エルナもナイフを両手に持って迎撃態勢に入っていた。
「――なんだあ? 魔族の気配がすると思って出て来てみたら、魔物に鬼に人……いや、お前本当に人か?」
湖から登場したのは、巨大な魔物だった。
魚をベースにした人型の魔物で、手には大きな三又の槍を持っている。
いきなり現れた魔物の言葉にクライブは混乱していた。
(魔族の気配というのはフィオナのことだろう。鬼ってなんだよ! しかも、本当に人か? って俺を見ながら言ったよな! ポッと出てきて色々謎を残しやがってええええ!)
脳内で叫ぶそんなクライブの隣で、表情を硬くしたエルナも内心ひどく動揺していた。
この場で自らの秘密が、初めて見た魔物に暴露された。
彼女は実のところ、この世界でも数少ない鬼族の生き残りだったのだ。
更に加えて言うと、ずっと言い出せずにいたため、クライブたちに今回のピクニックで告白するつもりだった。
「――よくも……」
覚悟を決めてやってきたエルナだったが、それをこの魔物によって邪魔をされた。
そのことは彼女の心を動揺から怒りへと変化させている。
ナイフを握る手には力が入り、ギリッと音をたてている。
「いやいや、エルナの怒りもわかるけど……人じゃないってどういうことだよ!」
秘密を暴露された彼女以上に、謎を突きつけられたクライブは答えを教えろと魔物を怒鳴りつける。
「いえ、こちらの方が先です! 旦那様はちょっと黙っていて下さい!」
エルナの怒りは収まらず、クライブより先に自分のほうが先に話をすると譲らない構えである。
「もう、ふたりともけんかしないの! いまはこのまものさんをどうするか、でしょ!」
言い合いを始めてしまったクライブとエルナを見て、いつの間にかガルムの背中に乗ったフィオナがびしっと指をさして注意をする。
頬を膨らませながら怒っているフィオナの姿に癒された二人は笑顔になり、言い争いをしていることがどうでもよくなってきていた。
「……そうだな。うん、フィオナの言う通りだ。俺たちが争っている場合じゃない、今はあの謎の魔物をなんとかしないと」
「ですね。先ほどは失礼なことを言って申し訳ありませんでした。今はあの魔物をなんとかしましょう」
冷静になった二人は武器を構えると、再度魔物に向き直る。
「はあ、終わったか? まあ、俺と敵対するかどうかは話を聞いてからにしてくれると助かる。余計なもめごとはしたくないからなぁ」
魔物の割に流暢に、そして理性的に話すため、クライブたちは面を喰らってしまう。
「そ、それで、お前の目的はなんだ?」
一応話を聞いてみようという判断でクライブが代表して質問をする。
「まず、俺に対する認識を改めてもらいたいんだが、俺は魔物じゃない。こう見えて魚人族という種族だ。お前さんたちから見れば人の形から遠いから魔物に見えても仕方ないかもしれないがなぁ」
困った様子を見せながらそう言った魚人族の男が肩を竦める。
「そうか、それは失礼をした……それに関しては謝罪するが、目的はなんだ? なぜこんな湖の中にいた?」
クライブが矢継ぎ早に質問をする。
会話の通じる相手だが、クライブの直感が気を抜いてはいけないと語りかけている。
それはエルナも同様であるらしく、ナイフを持つ手の力は依然として強いままである。
「あぁ、簡単な話だ。俺の目的は……そこの嬢ちゃんだ。嬢ちゃんを引き渡してくれるなら、お前たちと戦うことはしない。見逃してやろう」
そうして指さしたのはフィオナである。ニヤリと笑った口元からは悪意を感じられる。
「「断る(ります)」」
対して、クライブとエルナが即答する。
自分たちの安全のために、フィオナを危険な場所にみすみす行かせるなどという選択肢は二人の頭には一ミリも浮かんでいない。
――それ以上に……。
「俺たちが……」
「負けるわけがありません!」
クライブの言葉の続きをエルナが口にする。
二人は相対する魚人の男に負けるつもりはなく、負ける可能性も考えておらず、勝つと確信している。
「なるほどなるほどぉ、その嬢ちゃんはお前たちにとって大事な存在というわけか。だが、俺も上から命令されているものでなぁ。生け捕りが無理なら……」
その言葉と同時に魚人の男は持っていた槍をフィオナに向かって投擲する。
戦いに備えて、既にフィオナはガルムから降りていた。
そして、槍の速度は速く、まっすぐフィオナへと向かって行く。
「プルル!」
クライブの声とほぼ同時にプルル「たち」が自らの身体を使って障壁を作り出した。
百体以上のスライムが同時に壁を作り上げたことで、勢いよく飛んでいた槍は弾かれて地面に落ちた。
「ほう、スライムごときがよくやる……まあ、所詮はスライム。無事とはいかなかったみたいだな」
魚人の言葉のとおり、力のこもった槍を防ぐにはスライムの弾力だけでは耐えきれず、数体のスライムが瀕死の状態で転がっていた。
「だが、俺がいる!」
クライブは倒れたスライムたちのもとへ素早く移動する。
プルルの判断でスライムたちはクライブの周囲に集められた。
「いくぞ、『エリアヒーリング』!」
クライブを中心とした、円状に回復魔術の文様が広がっていく。
傷ついたスライムたちは全て範囲内にいたため、魔術によって徐々に回復していく。
元通り元気になったスライムたちは元気よくぽよぽよと跳ねていた。
「ほう、やはりただの人間ではないようだな……貴様のそれは魔術だろう。そんなものを使える人間が存在するはずがない」
衝撃的なことを口にする魚人だったが、クライブは気にしていない。
「俺が何者だとしても構わない! 俺だから、こいつらを救えるんだ!」
人じゃない、そんなことを魚人に言われて確かにショックな気持ちはあった。
それでも、ここにいる家族はそんなことを気にせずクライブを受け入れてくれる。
だったら、そんなことは些細なことである。彼らを傷つけようとするものは何者であろうと立ち向かう。
そう決めたクライブは強い眼差しで魚人を睨みつけた。
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❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
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