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第三十九話
しおりを挟む家にたどり着くまでの道すがら、クライブは空に意識を集中させていた。
「この気配がツララで……」
アイスバードのツララの気配を感じ取り、そして近くにやってくるように強く念じる。
それはツララにも届いたようで、あちら側からもクライブの気配を察知して上空から滑空してくる。
「ピー!」
クライブの姿を確認すると、ひと鳴きして少し前のあたりまで勢いよく降りてくる。
そして、クライブの胸の前あたりで速度を落としてふわりと滞空していた。
「おぉ、すごいな。気配を感じ取れるとこんなこともできるんだな」
「ピピ、ピピッピピ(主様、一緒にいっていいですか)?」
ツララは離れた場所で待機しているように指示されていたため、ここからは一緒にいられるのかを確認する。
「あぁ、もちろんだ。悪かったな、お前たちは魔物だから周りに気を使って行かないと被害を受けることもありえるからなあ……」
そこを怠ったせいでガルムやプルルやツララ、そしてスライムたちが怪我をしたり、殺されたりということは絶対にあってはならないとクライブは考えている。
「ピピッピピ(ありがとうございます)!」
クライブの気遣いにツララは感謝していた。
「……なんか、ツララ……すげえ頭良くないか?」
ツララは話す言葉も、話し方も、全てから格段に知能が高く感じられる。
最初に会った時から意思疎通は図れている様子だったが、それが洗礼されたように感じられて改めてクライブは疑問に思った。
「ピピピ(そうですか)?」
しかし、当の本人はそれを実感していなかった。きょとんとした様子で首をかしげている。
「これも俺と契約した関係なのかもしれないな……。とにかく、これから家に帰るところだから一緒に行こう。そこなら安全なはずだ」
クライブの言葉に安心して、ツララは定位置であるプルルの上に着地して合流した。
既に日が傾き始め、夕焼けがクライブの屋敷を照らし出している。
家からは夕食の準備をしている音と、料理の香りが漂ってくる。
そして、屋敷の敷地内で一人遊びをしているフィオナの姿が見えた。
「あっ! クライブー! おかえりなさーい!」
クライブを見つけたフィオナがぱたぱたと駆け寄ってきて、そのまま抱き着いた。
「おっと、はははっ! 元気だな。ちゃんと留守番してくれたみたいでよかったよ」
クライブはフィオナをギュッと抱きしめて、元気であることを喜ぶ。
依頼の間はなるべく依頼に集中するようにしており、エルナのことを信頼していた。
だが、それでもクライブはフィオナのことを心配していた。
一緒にいるようになってから、これほど長時間離れるのは初めてのことだったからである。
それはフィオナも同様で、彼女が最も信頼しているのはクライブである。
そのクライブが近くにいないことは、彼女の心の片隅に言い知れない不安をもたらしていた。
「クライブ、クライブ、クライブー!」
その感情が爆発したため、クライブに抱き着き、腹のあたりにぐりぐりと顔を埋めて名前を連呼していた。
「はっはー! フィオナ! フィオナー!」
彼女に懐かれるのは嫌な気持ちがせず、クライブはそのままフィオナを抱きあげるとグルグルとその場で回る。
「うふふー! クライブー!」
それが楽しく、フィオナは笑顔できゃっきゃとはしゃいでいた。
「二人とも、そろそろ中にお入り下さい」
そう声をかけてきたのはエルナだった。彼女もクライブの無事な姿を見て安心した表情をしている。
しかし、口調は冷静なもので家の中に入るよう促す。
「あぁ、エルナ。ただいま。今日も稼いできたよ」
「はい。お帰りなさいませ、旦那様」
挨拶をしたクライブに対して、メイド服のスカートの裾をつまんで優雅に一礼をするエルナ。
「……えっ」
思ってもみなかった反応にクライブは絶句してしまう。
朝、家を出るまでは確か彼女は『クライブ』と呼んでいたはずである。
それが今の彼女は『旦那様』と言い方を変えていた。
「えっと……その、お嫌でしたか?」
エルナは少々不安そうな表情で、上目遣いでクライブに尋ねる。
彼女にそんな表情させたクライブに不満を持ったフィオナが、脇腹をつついてくる。
頑張って言ってくれたのだから、クライブもちゃんと言ってあげて、と。
「いやいや、そんなことないよ! ただ慣れていなかったから驚いただけで、すごくいいよ! うん、なんかこうぐっときた!」
「そ、それならよかったです。さ、さあみなさん! 夕食の準備ができています。行きましょう!」
クライブの言葉にエルナは慌てて振り返ると屋敷へと急いでいく。
ツンと澄ました態度ながらその頬が赤く染まっているが、それは夕焼けによるものではなくクライブに褒められたことによる照れからくるものであることは全員わかっていた。
だが、それを口にしてしまってはエルナの心を頑なにしてしまうため、みんなはニコニコと笑顔で黙って彼女のあとについていくことにした。
食堂に行くと、既に料理はテーブルに並べられている。
あとは、温めたスープとパンを用意するだけだった。
「さあ、席について下さい。魔物のみなさんの食事は何を用意すればよいか難しかったのですが、とりあえずこちらを……」
クライブ、フィオナ、エルナの食事はテーブルの上に。
ガルムの食事は肉とスープをそれぞれ皿の上に乗せて、低めのテーブルに用意した。
プルルの分は特に果物を、ツララの分は急遽氷を用意した。
「旦那様、あれで大丈夫でしょうか?」
エルナは不安そうな表情でクライブに尋ねる。
「あー、多分……いや、大丈夫みたいだ」
三人が思い思いに食事をしている様子を見て、クライブはそう判断していた。
「よかったです。それでは私たちも頂きましょう……あの、私もご一緒して大丈夫ですか?」
使用人は別の部屋や、キッチンなどで食べるように指導する者もいる。
以前の主人であるディアニスは木を使わなくていいようにと、使用人専用のしっかりとした食堂を用意してくれていた。
引っ越してきた当日は、簡単な食事で済ませており、朝食もクライブは一人早めに出発していた。
そのため、キチンとした食事はこの夕食が初めてとなる。
「あー、いいよ。むしろ一緒に食事をしたほうが楽しいだろ。な?」
「うん! エルナもいっしょ、だよ!」
クライブが質問し、フィオナが即答する。
それはエルナにとっても喜ばしいものであり、自然と笑顔になっている。
「わかりました。それでは、失礼してご一緒します」
そう言うと、エルナも一緒に食卓についた。
エルナの料理の腕は良く、クライブもフィオナも、そして魔物たちもみんな舌鼓を打っている。
「美味い!」
「おいしい!」
「ガウ!」
「きゅー!」
「ピー!」
その反応を聞いて、エルナも腕を振るったかいがあると喜んでいた。
「よかったです。他にも皆さんの好みなどありましたら、是非教えて下さい」
なるべく好みのものを、そして栄養のバランスも考えて食事を作りたい。エルナはそう考えていた。
「あー、うん。俺は肉が好きかなあ。魚も悪くない。苦手なものは、なんだろ、エルナギって茸。あれだけは風味が苦手なんだ」
「ふむふむ」
クライブの好みをエルナはメモしていく。
「うーん、なんだろう? おやさいがいちばんすきかな。でも、おにくもおさかなもすきー。きらいなものは、にがいおやさい。うー、あれはだめ」
「なるほどです。でも苦いお野菜にはたくさん栄養があるので、出すときにはなるべく苦くならないように調理を気をつけてみますね」
フィオナは子どもであるため、しっかりと食事をとって成長していく必要がある。だから、あえてエルナはそんなことを説明した。
「うーん、エルナがつくってくれるならたべられるかも。だって、おいしいもん!」
素直なフィオナの反応に全員が笑顔になっていた。
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