無能な回復魔術士、それもそのはず俺の力は『魔◯』専用でした!

かたなかじ

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第三十話

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 クライブたち一行は、エルナの案内によって借り受ける家へと到着する。

 そこで、全員が絶句することとなった。


「……」

「……」

「……」

 クライブ、フィオナ、エルナの三人はぽかんとした表情で言葉もなく、ガルムも驚いた表情で建物を見ていた。ガルムの上でプルルがぽよぽよとのんきに揺れている。


 しかし、このまま呆然としているわけにもいかないため、クライブがなんとか言葉を振り絞る。


「えっと……その、ここ?」

「その、はい、あの、ここのはずです……」

 クライブの問いかけに、これまたなんとかエルナが返答する。だが、二人の視線は建物に釘付けだった。


「ボロボロ、だね」

 フィオナが素直な感想を口にする。


 純粋な彼女のその言葉のとおり、門は触ってしまえば崩れそうなほど錆びて、建物にはツタが絡み、その壁面はうかがい知れない。かろうじて見える壁は一部剥がれ落ち、屋根も崩れている場所がある。

 庭には長年手入れされていなかった影響で草がボーボーに生えており、これから住むにあたって障害になってしまう。


「しょ、少々お待ち下さい! その、行ってきます! ちょっと旦那様に確認してまいりますので、お待ち下さい!」

 この惨状に対しての説明と、どこまで立て直すために力を貸してもらえるかの確認を行うため、エルナは慌てて屋敷へと戻って行った。


「……行っちゃったな」

「……いっちゃったね」

 あまりの勢いで戻っていたエルナの後姿を見送った二人がぽつりと呟いている。


「まあ、戻るまでに少しでも形にしておくか」

「だね」

 ボロボロな建物に対して驚いていたクライブとフィオナだったが、マクスウェルの屋敷を綺麗にした経験がここで生きる。


「プルル、みんなを呼び出して屋敷を綺麗にしてくれるか? 汚れをとって、錆もとってくれ」

「きゅきゅー(まかせてー)」

 指示を受けたプルルはすぐに分裂して屋敷の掃除に取り掛かる。

 たくさんのスライムが隊列を組んでもぐもぐとあらゆるものを吸収していく。


 建物はプルルたちに任せて、クライブは庭に生い茂る草の処理にあたる。


「俺が草を剣で斬って、そっちにどかすからそれをあそこの開けた場所に運んでくれるか?」

「まかせてー!」

 クライブがお願いすると、フィオナは元気よく手を挙げて気合を入れていた。

 小さいフィオナにもできることをさせようとクライブが指示を出して、全員で仕事をしていく。


 絡んできた冒険者たちから手に入れた剣は意外と切れ味がするどく、庭に生えている草程度であれば簡単に切ることができ、かなりの速度で草が処理されていく。

 フィオナも怪我が治り、美味しいものを食べられているため、身体の調子がよく、小さい身体で元気よく草を運んでいた。


 駆け足でいなくなったエルナが戻ってきたのはそれから、一時間ほど経過してからのことだった。

 しかし、戻ってきたのはエルナだけではなく他の使用人や見たことのない職人、それにディアニスとミーナの姿まであった。


「はあはあ……ま、まさか別宅がそんなことになっているとは!」

「あなた、ちゃんと管理しないとダメじゃないですか!」

 ディアニスは息を切らせて走って到着し、その隣をミーナは涼しい顔で並走してきていた。

 恩人に対してとんでもないことをしでかしてしまったと、慌てた様子で現れた彼らは全員血相を変えている。


「あれ? みんな来たのか」

 それを見たクライブは額の汗を拭いながら、ビックリしていた。


 エルナが人を呼びに行ったのはわかっていたが、何人か手伝いを連れてくる程度だと思っていた。

 だがまさか、ディアニスたちまでやってくるとは予想もしていなかった。


「ハアハア、みなさんに、あんなに、ボロボロの、家に住んでもらう、わけには……って……ええええええぇえ!」

 エルナが人をかき集めて来た理由を、呼吸を見出しながら説明しようとするが、問題の家を見て驚きの声をあげることとなった。


 エルナから聞いていた錆びていた門はピカピカに光っており、家自体もツタやコケやシミやカビなどの汚れが全て落ちている。

 さすがに剥がれた壁や崩れた屋根はそのままだったが、それにしても最初に見た時とは全く異なる印象を受ける。


 最初に見た時には人が住む場所ではない――エルナはそう思っていた。

 しかし、現状の家を見る限りでは少し手を加えれば住みやすい家になりそうだ。というところまで改善していた。


「エルナ、これはどういうことなんだ? 聞いた話では酷くボロボロで、人が住める場所ではないという報告だったが……」

「えっと、その、私が離れていた間に……その、変わったんです!」

 ディアニスは困惑しているが、説明しようとしているエルナはそれ以上に困惑して説明にならない説明を口にしている。


「あー、いいかな? エルナは一つも嘘をついていないんだ。俺たちがここにやって来た時には、確かにボロボロの家があって、まあ今も壊れている場所があるけど……それをうちのスライムたちに掃除してもらったんだよ。プルル」

 近くに戻ってきていたプルルに指示を出して、フィオナが運んでくれた草を指さす。


「きゅー!」

 返事をすると、プルルは草の上にぴょんとのしかかってその草を吸収していく。

 しばらくして、そこには草の一本もなく、きれいな地面があるだけだった。


「プルル、ありがとー!」

 運んだ草を処理してくれたので、はじけるような笑顔のフィオナが駆け寄ってプルルの頭と思われる場所を優しく撫でている。


「と、まあそういうわけで。門の錆も、その他の汚れもこいつらが根こそぎ綺麗にしてくれたんだよ。草に関しては俺が剣で切って、フィオナに運んでもらったんだけどね」

 その説明を聞いて、エルナたちは口をあけてポカンとして見ていた。

 そういえば自分たちの家を綺麗にしてくれたのはこういう仕組みだったと思いだす。


「さて、驚いているところ悪いんだけど……ひと通り綺麗にはできたから、あとの補修は手伝ってくれると助かるかな」

 そのクライブの言葉に我を取り戻したエルナたちは、何度も頷いてから、これからどのように家を修繕していくのかの相談を始めていた。


 そこからの動きは早く、家の者だけでなく大工なども手配して本格的な家の改修工事に取り掛かることとなった。

 その間クライブたちは宿に泊まることとなったが、そこの代金の全てはディアニスが支払っている。

 加えて、家の改修工事にも色々と意見を取り入れてもらったため、当初よりもかなり豪華な仕様となっていた。





 数週間後、完成した家の一階リビングルームにクライブ、フィオナ、エルナ、ガルム、プルルの姿があった。


「いやあ、まさかここまで豪華になるとは思わなかった」

「すっごい、きれいだねえ」

 ふかふかのソファに身体を預けるクライブとフィオナ。


 エルナが用意してくれた紅茶も香りがよく、付け合わせのお菓子のクッキーもとても美味しかった。


「一時はどうなるかと思いましたが、みなさんの協力もあってここまでの形にすることができてよかったです。キッチンも私が望む条件にしてもらえましたし」

 このクッキーもエルナが自分で焼いたものであり、オーブンなども満足のいく作りになっていた。

 そのおかげでエルナはそれまでよりもずっと仕事に気合が入っている様子だ。


「それはよかった。食事は生活の基本だから大事だ」

「だいじ!」

 クライブの意見にフィオナも頷きながら賛成していた。


「ふふっ、それならよかったです。クライブとフィオナが気に入る料理ができるようにがんばりますね!」

 袖を捲ってエルナは力こぶを作るようなポーズをとっておどけていた。

 改装工事中も、色々な話をしてきたためここまで打ち解けることができていた。


「さて、これで拠点ができたし、家の管理もエルナに任せられる。となったら、俺は冒険者としての活動をやっていこうと思う……がフィオナは連れていけない」

「っ……なんで!!」

 クライブにずっとついていくつもりだったフィオナは衝撃のあまり泣きそうな表情で、大きな声を出して立ち上がると、クライブの目の前まで移動していた。


「フィオナ……お前が俺と一緒にいたいと思ってくれるのは嬉しい、だけどな戦う力がない。これは冒険者稼業を行っていく上で致命的なことだ。旅をするだけならいいけど、俺はあえて魔物がいる場所に挑むこともある。だから、今のフィオナを連れていくわけにはいかないんだ」

 この街に来る道中でも、強力な魔物との戦闘があり、一番弱いものから狙う彼らの習性のせいでフィオナが狙われることがあった。

 旅路では特に大きな問題はなかったが、クライブはあれが最悪の結果になっていた可能性も考えていた。


「うぅうう……」

 クライブの言っていることは正しいだろうことがわかっている。

 わかっているだけに、フィオナは悔しくてぼろぼろと大粒の涙を流していた。

 連れいってくれないクライブにではなく、ついていく力がない自分が悔しかった。


「はい、そこまでです。クライブ、正論ですが言い方というものがあります。フィオナ、クライブはあなたのことを考えてくれているのですから困らせてはいけません」

 ふんわりとほほ笑んだエルナはフィオナの肩に手を置いて、二人を諭していく。


「うっ、すまん」

「うぅ、ご、ごべんなさい……」

 クライブもフィオナも素直に謝罪する。フィオナは少し鼻声になっていた。


「どちらの気持ちもわかります。わかりますので、こうしましょう。クライブは冒険者として仕事を頑張って下さい。ただし、無茶はしないように! フィオナはもちろん私も心配ですから。ガルム、プルル、クライブのことを頼みます」

 クライブはエルナの言葉に何度も頷き、ガルムとプルルも承知していると肯定の反応を示す。


「よろしい。そして、フィオナ。失礼な言い方もかもしれませんが、あなたはまだ幼い子どもです」

 エルナのこの言葉に思わずフィオナは頬を膨らませて不満を示す。


「――ですから、私が鍛えてあげます。旅に役立つようにいろんな勉強もしましょう」

「ほんと!?」

 ニッコリと優しい笑顔で目線を合わせて言うエルナの言葉に、フィオナはビックリしてしまう。


「はい、戦う力がなければ身につければいいのです。でも、その代わりにおうちの手伝いもお願いしますね」

「うん!」

 さっきまで泣きそうだったフィオナは満面の笑顔でエルナにしがみついていた。


「は、ははっ、さすがだよ」

 フィオナに見えないようにニコリと意味深な笑顔を向けたエルナに、クライブはかなわないなと眉を下げて笑っていた。




 こうして、三人と魔物たちのこの街での新しい生活が始まることとなった――。



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