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第二十一話
しおりを挟むマクスウェルの依頼をこなしたクライブだったが、結局街を出発するのはその数日後となる。
その理由の一つ目が、マクスウェルが馬車を用意するために時間が欲しいと言ったこと。
理由の二つ目が、他の貴族の目だった。
マクスウェルの屋敷が綺麗になったことは近所でも評判になっていた。
そこまで噂が広がればどうやったのか? と問い合わせが殺到した。
クライブがスライムに命令をしていた姿を見ていた者もおり、隠し通すことができずに話すこととなる。
すると、他の貴族たちもクライブに屋敷の外壁清掃の依頼を出したいとの話になる。
戸惑うクライブに代わって、シムズが話を取り持ってくれることとなった。
いくつかの条件をシムズが提示する。
一つ、清掃方法を口外しないこと。
二つ、冒険者ギルドに依頼を出してクライブが受諾すること。
三つ、報酬は成果に見合ったものを用意すること。
他の人物に真似ができる方法ではないが、クライブの能力の一端をわざわざ広める必要はない。
しかし、ギルドを通さずにたくさんの依頼を受けることは快く思われない上に、クライブの実績にならない。
結果を見れば、通常ではありえないほどのものとなるため、それ相応の報酬を提示すべきである。
これがクライブ側の条件(全てシムズの提案によるもの)だった。
「いや、そんなとんでもない条件をのむ人なんてマクスウェルさんくらいですよね……」
それがクライブの考えだったが、依頼主は全員貴族であり、自分の屋敷の見た目を保つためにこの条件をのまないものは一人もいなかった。
そうして、クライブは七件の外壁清掃依頼を受けることとなり、それも相まって出発が遅れることとなった。
その頃には、雑用依頼を自ら進んで受けてくれる貴重な人材として見られていた。
――数日後、街の北門前
街を出るという話をギルドにも伝えていたため、数人のギルド職員がやってきて、クライブたちの出発は止められることとなる。
「お気持ちはありがたいですが、フィオナやこいつらと一緒に大きな街に行くという話は前から決まっていたので、今日旅立ちます」
そう爽やかな笑顔で宣言するクライブ。馬車の御者台で隣に座ったフィオナは大きく頷いている。
クライブに世話になった貴族の数人も見送りにきていたが、彼らは屋敷を綺麗にしてもらったため、全員が好意的に送り出してくれている。
「それじゃ、また機会があればお会いしましょう」
クライブはそう言うと、馬車を出発させた。
思っていた以上に見送りの人数が多かった。
全員としっかり会話をしては出発するのが遅くなってしまうため、早めに切り上げていた。
「あう……みんな、ばいばい」
いざ出発するとなるとフィオナは寂しさを感じて、涙目になりながら見送ってくれたみんなに手を振っていた。
冒険者ギルドについてきたフィオナ。
クライブの依頼についていくフィオナ。
買い物を一緒にするフィオナ。
お店で食事をするフィオナ。
身体が小さいため、一生懸命遅れまいととてとて歩く姿は周囲に愛らしさを振りまいており、密かに『フィオナちゃんを見守る会』が発足されて、遠巻きに見守られていた。
クライブのことを気に食わない冒険者もおり、そいつらがクライブ本人にではなくフィオナに手を出そうとしたこともあったが、見守る会のメンバーによって密かに阻止されことなきをえていた。
それは当のクライブたちは知る由もなかったが、それほどにフィオナの人気は知らないところで高まっていた。
そのため、今回の旅立ちに際しても隠れて涙ながらに見送りをしている見守る会メンバーも多かった。
その彼らからすれば、涙目になって手を振っているフィオナの姿はまるで女神であるかのように映っていた。
「なんか馬車もすごく乗り心地がいいな」
クライブがこの街にやってくるまでの間、いくつかの馬車に乗ったが、どれも乗り合い馬車で運用年数も長いため、色々な部分いガタが来ているものがほとんどだった。
座る部分の座面は硬く、車軸や車輪もガタガタと揺れてゆったりすることはできず、早く降りたいとずっと願っていた。
しかし、マクスウェルが用意してくれた馬車は衝撃がすくなく、座面にも一流のクッションが用意されており、身体への負担も少なく移動できている。
「ふかふかー」
フィオナは御者台にも置かれているクッションを触って喜んでいた。
ガルムは馬の隣を歩き、プルルは屋根の上に乗っている。
こうして、クライブたちの旅が始まる。
北東にある大きな都市に向かうことになった一行だったが、そこに到着するまでには森を一つ、谷を一つ越える必要がある。
「長い旅で不自由をかけるかもしれないけど、少しがんばってくれ」
旅の道程を考えて、クライブがフィオナを気遣う。
「うん、だいじょうぶ!」
それに対して、フィオナは元気よく返事をする。
これはただの強がりでも、子どもならではその場だけの返事というわけでもなかった。
魔族は普通の人間よりも身体的に強い。子どものフィオナだが、そのへんの丈夫さには信頼がおける。
(そのフィオナがあれだけの怪我をして倒れていたのは……)
そんなことにクライブは考えを巡らせるが、今ここでフィオナが元気にしているのだからいいかと思考を止めた。
そして、自然と手は隣に座るフィオナの頭を撫でていた。
「んー?」
急に撫でられたため、何かあるのかとフィオナが目を細めてクライブに顔を向けるが、気持ちいいらしく嫌がるそぶりはない。
「いや、なんとなくな。これから一緒に行くんだなあと改めて思ったら、なんとなく撫でたくなった」
「うふふっ。クライブになでられるのきもちいいからいいよー」
フィオナは嬉しそうにそのままクライブに撫でられるままでいた。
ガルムとプルルは、ここまで短い期間ながらも一緒にいたフィオナのことを認めていた。
あの小さな身体の中に、心の強さを持っている。
人間というものは小さい頃は親の庇護のもとにいるのが普通だが、彼女は両親ともにおらず、叔父さんもいなくなってしまった。
だからこそ、クライブに甘えられる今がフィオナにとって、大事な時間であることも理解していた。
そんなガルムとプルルは、フィオナちゃんを見守る会の秘密会員だった。
ほのぼのとした空気が流れる旅路は、森に到着するまで続く。
ここはガルムとプルルの住処であり、アカリをはじめとした大量のスライムたちの住処でもある。
「ここは、クライブがつれてきてくれたもり、だよね? たしか、ガルムとプルルのおうちがあるって」
初めてクライブたちと会話をかわしたこの森は、フィオナにとって思い出深い場所になっていた。
「あぁ、この森を抜けて、その先の谷を抜けて、更に平原を越えて、村を二つ経由した場所にその街はある」
このクライブの説明を聞いたフィオナはまだまだ、しばらくはつかないんだなあと漠然と考えていた。
加えて、初めてクライブたちと会ったガルムとプルルの住処を覗いてみたいなとも思っていた。しかし、それではただでさえ時間のかかる旅なのに、遠回りになってしまうと口をつぐむ。
そんな様子、何か考えたものの、それを飲み込んで表に出さないようにしているフィオナの様子にクライブは気づいていた。
どうした? とは聞かず、フィオナの考えを予想する。
(どうした? なんて聞いたら、なんでもない、と答えるはずだ。だったら、何をしたいのか汲み取ってやらないとなんだけど……森にきて俺に質問をして、俺はこれからの旅について話した……森とこれから、か)
そこまで考えたところで、クライブはフィオナの様子を伺う。彼女の視線はガルムに向いていた。
間違っているかもしれない……しかし、クライブはここまでの情報から導き出される結論を、自然に行えるように口にする。
「あー、なんだ。少し疲れたな。ちょっと、ガルムたちの家のとこでなにか軽く食べるか(ぐああああ、ど下手か俺はああああ!)」
照れながらのやや棒読みな自分のセリフにクライブは内心でツッコミをいれながら、フィオナの返事を待つ。
「っ……う、うん! わ、わたしもすこしつかれたかも!」
これまたフィオナもわざとらしかったが、クライブの提案は正解であり、フィオナは感情を隠しきれないのかウキウキと身体を揺すっていた。
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