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第二十話
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翌日になって、クライブたちはマクスウェルの屋敷を訪ねることにする。
入り口の衛兵は、フィオナが増えていることに驚きを見せるが、すぐに取り次いでくれて中へと案内されることとなった。
「ふむ、早速来てくれて嬉しいよ。それで……ただ遊びに来たというわけじゃないのだろう? と、その前に自己紹介をしておこう。そちらのお嬢さんは初めてだね。私の名前はマクスウェル、以前彼に依頼をした者だ。見てのとおり猫の獣人なんだが……珍しいかね?」
自分の顔が怖いことがわかっているマクスウェルは膝まづいてフィオナと視線を合わせて自己紹介していた。
少しでも警戒心がとければと耳や尻尾を動かしている。
「う、うん……でも、かわいいね」
見慣れない人にちょっとおびえながらもフィオナはそう言うと、ゆっくりとマクスウェルの顔に手を伸ばした。
「あっ!」
クライブが慌てて止めようとするが、マクスウェルが手で大丈夫だと合図してみせる。
「うふふっ、マクスウェルさんすごいふわふわでやわらかいね」
「ふふっ、そうだろう。毛の手入れは欠かさずに行っているからね。さあ、そちらにクライブ君と一緒に座るといい」
「うん!」
満足げに笑ったフィオナはとてとてと移動して、クライブとともにふかふかのソファに座る。
「さて、それでは話を聞かせてもらおうかな」
ニコリと笑うマクスウェルに、クライブは懐の深さを感じていた。
「ふう、マクスウェルさんはすごいですね」
「ふふっ、年の功というものです」
ここでも猫目を細めながら髭に触れるマクスウェルからは余裕が感じられる。
「それじゃあ、俺のお願いも聞いてもらえると助かります。俺たちは、この街を旅立とうと思っています。俺とフィオナと狼のガルムとスライムのプルル。ちょっと変則的なパーティですけどね」
クライブは一人ずつ仲間に視線を向ける。
その表情から、引き留めても無駄だろうとマクスウェルは悟っていた。
「なるほど、せっかく優秀な冒険者に出会えたと思ったんだが残念……という言葉は良くないな。君たちの旅立ちを祝福したいと思う」
笑顔で、暖かい眼差しで、見込んだ冒険者であるからこそ今後も活躍して欲しいという思いを込めて彼らを気持ちよく送り出そうという気持ちをマクスウェルは持っていた。
「ありがとうございます」
クライブの口からはこんなシンプルな言葉しか出てこなかったが、深々と頭を下げていることからしっかりと伝わっていることを現していた。
「で、なんですが……この街から出るにあたって、大きい街に向かいたいと思っています。でも、俺はあんまり他の街のことを知らないので、冒険者として活動するにあたっていい街があれば教えてもらえればと思ってきました」
クライブの質問にマクスウェルはニコリと笑って頷く。
「それでは……シムズ!」
マクスウェルは立ち上がると、執事のシムズを呼び出す。
呼びかけに応え、すぐにやってきたシムズは用件を聞くとすぐに部屋を出て行った。
何を頼んだのかとクライブたちが首を傾げるが、マクスウェルはニコニコと笑うだけで答えずにいた。
待っている間、いつの間にかメイドによって用意されたお茶セットを彼らは味わっている。
しばらく待っていると、何かを持ったシムズが戻ってきた。
「お待たせして申し訳ございません。こちらになります」
そう言うと、シムズが何やら丸まった用紙を開いてテーブルの上に置く。
それは地図だった。
地図を開くと四隅に重しをのせる。大まかな国と地域の絵が描かれていた。
「うむ、ご苦労。さあ、これがこのあたりの地図だ。ここが我々がいる街になる」
マクスウェルが説明のために地図を指さした。そこは地図の南端にあたる。
「なるほど、ここから目指すとすると……」
いくつかの街が地図に載っているが、その中でどこを目指すべきかクライブも考え込む。
「ふむ、冒険者ギルドが正しく動いていて、人も多く依頼も多い場所となると……ここだな」
マクスウェルが指したのは、ここからはるか北東に向かった場所にある街だった。
「おおきいまちだね」
フィオナが言う通り、その街は地図上でも大きくスペースをとっていた。
今いる街の五つ分の大きさであり、それだけで大都市であることがわかる。
「そうだね。今いる街も決して小さいわけではないが、そこの街――いや、都市と言うべきかな。そこは特別大きいね。だからこそ君たちが拠点にするには十分な場所だと思う。幸いにもこの街には知人が住んでいるから、紹介状を用意しよう。君たちがあちらで暮らすのに融通してもらえるようにね」
街の説明を聞いている間は落ち着いていたクライブだったが、後半の紹介状のくだりになると慌てて立ち上がった。
「い、いやいや、そこまでしてもらう理由がないです! 今日は相談に乗ってもらえただけで十分です! それを次の街にいったあとまで世話になるなんて……」
元々報酬も多かった。加えて、今回も突然訪ねて来たにも関わらず時間を作って、相談にのってくれた。
貴族であるマクスウェルが、たかだかいち冒険者の、しかも大して実績のないクライブへの対応としては破格のものである。
それゆえに、これ以上甘えるわけにはいかないという気持ちから、クライブは思わず立ち上がってしまっていた。
「いいのだよ。君がやってくれたことはそれほどのことだったし、これからも頑張ってほしいからね。それに……フィオナさんにもちゃんとした生活を送らせてあげたいだろ?」
マクスウェルは緩やかに首を振って座るようになだめた。
昨日来た時にはクライブとガルムとプルルの三人だった。
それが、たった一日経っただけで一人増えている。
しかも、それが幼い少女であるということはそれだけの事情を抱えているのだろうと、マクスウェルに予想させるのは容易なことだった。
「住む場所もそうだし、仕事もそうだし、その年齢であれば色々と学ぶことで大きな未来が開けるだろう。そうしてあげたいと思わないかね?」
言い聞かせるようなしっかりとしたマクスウェルの言葉にクライブは観念して腰を下ろす。
「……お願いします」
一時のこだわりや感情で、これからの未来を棒に振るということが愚かなことだと、暗に諭されたクライブはそれ以外に言える言葉がなかった。
一見やり込められた形になるクライブだったが、その心はむしろ晴れやかだった。
大丈夫だろうと楽観的に考えてはいたものの、やはり子どもを連れていくということに対する不安はどこかにあった。
それをマクスウェルが助けてくれて、その不安な気持ちも軽くなっていた。
「あの、マクスウェルさん……ありがとうございます」
これはずっと黙って話を聞いていたフィオナの言葉だった。
「クライブも、ありがとうね」
自分のせいでクライブの考えを曲げさせたかもしれない。でも、それをクライブは飲み込んでくれた。
マクスウェルはクライブを説得して、フィオナやクライブに道を示してくれた。
それらが、彼女の感謝の言葉として形になっていた。
たどたどしい、どこまで理解しているかわかららない、しかし彼女の言葉はクライブとマクスウェルの心を温かくしていた。
相談に乗ってくれたこと、紹介状を書いてくれたこと、それ以外に旅をするなら馬車が必要だろうと馬車まで用意してくれることになった。
ただ、さすがに馬車をタダで譲ってもらうわけにはいかないとクライブが断固として突っぱねる。
説得が難しいと考えたマクスウェルは執事のシムズを呼んで何かいい方法はないかと相談することとなった。
(いい人過ぎるにもほどがあるだろ……)
金持ちの金の使い方がおかしいのか、マクスウェルが優しすぎるのか、それほどにクライブのことを買ってくれているのか、理由はわからなかったがマクスウェルの厚意は度を越している。
そんなクライブを説得するための方策をシムズが授けてくれる。
「それでは、別宅などの掃除も行ってもらうと良いのではないでしょうか?」
この提案にマクスウェルはそれがいいと賛成し、クライブもそれなら……と受け入れることにした。
その後、クライブたちはマクスウェルが所有する別宅を二軒掃除し、交換条件に馬車を手に入れることとなった。
まるで新築のように綺麗になった本宅と別宅は豪華な屋敷が並ぶ区画にあって、ひときわ目立つ存在となっていた。
入り口の衛兵は、フィオナが増えていることに驚きを見せるが、すぐに取り次いでくれて中へと案内されることとなった。
「ふむ、早速来てくれて嬉しいよ。それで……ただ遊びに来たというわけじゃないのだろう? と、その前に自己紹介をしておこう。そちらのお嬢さんは初めてだね。私の名前はマクスウェル、以前彼に依頼をした者だ。見てのとおり猫の獣人なんだが……珍しいかね?」
自分の顔が怖いことがわかっているマクスウェルは膝まづいてフィオナと視線を合わせて自己紹介していた。
少しでも警戒心がとければと耳や尻尾を動かしている。
「う、うん……でも、かわいいね」
見慣れない人にちょっとおびえながらもフィオナはそう言うと、ゆっくりとマクスウェルの顔に手を伸ばした。
「あっ!」
クライブが慌てて止めようとするが、マクスウェルが手で大丈夫だと合図してみせる。
「うふふっ、マクスウェルさんすごいふわふわでやわらかいね」
「ふふっ、そうだろう。毛の手入れは欠かさずに行っているからね。さあ、そちらにクライブ君と一緒に座るといい」
「うん!」
満足げに笑ったフィオナはとてとてと移動して、クライブとともにふかふかのソファに座る。
「さて、それでは話を聞かせてもらおうかな」
ニコリと笑うマクスウェルに、クライブは懐の深さを感じていた。
「ふう、マクスウェルさんはすごいですね」
「ふふっ、年の功というものです」
ここでも猫目を細めながら髭に触れるマクスウェルからは余裕が感じられる。
「それじゃあ、俺のお願いも聞いてもらえると助かります。俺たちは、この街を旅立とうと思っています。俺とフィオナと狼のガルムとスライムのプルル。ちょっと変則的なパーティですけどね」
クライブは一人ずつ仲間に視線を向ける。
その表情から、引き留めても無駄だろうとマクスウェルは悟っていた。
「なるほど、せっかく優秀な冒険者に出会えたと思ったんだが残念……という言葉は良くないな。君たちの旅立ちを祝福したいと思う」
笑顔で、暖かい眼差しで、見込んだ冒険者であるからこそ今後も活躍して欲しいという思いを込めて彼らを気持ちよく送り出そうという気持ちをマクスウェルは持っていた。
「ありがとうございます」
クライブの口からはこんなシンプルな言葉しか出てこなかったが、深々と頭を下げていることからしっかりと伝わっていることを現していた。
「で、なんですが……この街から出るにあたって、大きい街に向かいたいと思っています。でも、俺はあんまり他の街のことを知らないので、冒険者として活動するにあたっていい街があれば教えてもらえればと思ってきました」
クライブの質問にマクスウェルはニコリと笑って頷く。
「それでは……シムズ!」
マクスウェルは立ち上がると、執事のシムズを呼び出す。
呼びかけに応え、すぐにやってきたシムズは用件を聞くとすぐに部屋を出て行った。
何を頼んだのかとクライブたちが首を傾げるが、マクスウェルはニコニコと笑うだけで答えずにいた。
待っている間、いつの間にかメイドによって用意されたお茶セットを彼らは味わっている。
しばらく待っていると、何かを持ったシムズが戻ってきた。
「お待たせして申し訳ございません。こちらになります」
そう言うと、シムズが何やら丸まった用紙を開いてテーブルの上に置く。
それは地図だった。
地図を開くと四隅に重しをのせる。大まかな国と地域の絵が描かれていた。
「うむ、ご苦労。さあ、これがこのあたりの地図だ。ここが我々がいる街になる」
マクスウェルが説明のために地図を指さした。そこは地図の南端にあたる。
「なるほど、ここから目指すとすると……」
いくつかの街が地図に載っているが、その中でどこを目指すべきかクライブも考え込む。
「ふむ、冒険者ギルドが正しく動いていて、人も多く依頼も多い場所となると……ここだな」
マクスウェルが指したのは、ここからはるか北東に向かった場所にある街だった。
「おおきいまちだね」
フィオナが言う通り、その街は地図上でも大きくスペースをとっていた。
今いる街の五つ分の大きさであり、それだけで大都市であることがわかる。
「そうだね。今いる街も決して小さいわけではないが、そこの街――いや、都市と言うべきかな。そこは特別大きいね。だからこそ君たちが拠点にするには十分な場所だと思う。幸いにもこの街には知人が住んでいるから、紹介状を用意しよう。君たちがあちらで暮らすのに融通してもらえるようにね」
街の説明を聞いている間は落ち着いていたクライブだったが、後半の紹介状のくだりになると慌てて立ち上がった。
「い、いやいや、そこまでしてもらう理由がないです! 今日は相談に乗ってもらえただけで十分です! それを次の街にいったあとまで世話になるなんて……」
元々報酬も多かった。加えて、今回も突然訪ねて来たにも関わらず時間を作って、相談にのってくれた。
貴族であるマクスウェルが、たかだかいち冒険者の、しかも大して実績のないクライブへの対応としては破格のものである。
それゆえに、これ以上甘えるわけにはいかないという気持ちから、クライブは思わず立ち上がってしまっていた。
「いいのだよ。君がやってくれたことはそれほどのことだったし、これからも頑張ってほしいからね。それに……フィオナさんにもちゃんとした生活を送らせてあげたいだろ?」
マクスウェルは緩やかに首を振って座るようになだめた。
昨日来た時にはクライブとガルムとプルルの三人だった。
それが、たった一日経っただけで一人増えている。
しかも、それが幼い少女であるということはそれだけの事情を抱えているのだろうと、マクスウェルに予想させるのは容易なことだった。
「住む場所もそうだし、仕事もそうだし、その年齢であれば色々と学ぶことで大きな未来が開けるだろう。そうしてあげたいと思わないかね?」
言い聞かせるようなしっかりとしたマクスウェルの言葉にクライブは観念して腰を下ろす。
「……お願いします」
一時のこだわりや感情で、これからの未来を棒に振るということが愚かなことだと、暗に諭されたクライブはそれ以外に言える言葉がなかった。
一見やり込められた形になるクライブだったが、その心はむしろ晴れやかだった。
大丈夫だろうと楽観的に考えてはいたものの、やはり子どもを連れていくということに対する不安はどこかにあった。
それをマクスウェルが助けてくれて、その不安な気持ちも軽くなっていた。
「あの、マクスウェルさん……ありがとうございます」
これはずっと黙って話を聞いていたフィオナの言葉だった。
「クライブも、ありがとうね」
自分のせいでクライブの考えを曲げさせたかもしれない。でも、それをクライブは飲み込んでくれた。
マクスウェルはクライブを説得して、フィオナやクライブに道を示してくれた。
それらが、彼女の感謝の言葉として形になっていた。
たどたどしい、どこまで理解しているかわかららない、しかし彼女の言葉はクライブとマクスウェルの心を温かくしていた。
相談に乗ってくれたこと、紹介状を書いてくれたこと、それ以外に旅をするなら馬車が必要だろうと馬車まで用意してくれることになった。
ただ、さすがに馬車をタダで譲ってもらうわけにはいかないとクライブが断固として突っぱねる。
説得が難しいと考えたマクスウェルは執事のシムズを呼んで何かいい方法はないかと相談することとなった。
(いい人過ぎるにもほどがあるだろ……)
金持ちの金の使い方がおかしいのか、マクスウェルが優しすぎるのか、それほどにクライブのことを買ってくれているのか、理由はわからなかったがマクスウェルの厚意は度を越している。
そんなクライブを説得するための方策をシムズが授けてくれる。
「それでは、別宅などの掃除も行ってもらうと良いのではないでしょうか?」
この提案にマクスウェルはそれがいいと賛成し、クライブもそれなら……と受け入れることにした。
その後、クライブたちはマクスウェルが所有する別宅を二軒掃除し、交換条件に馬車を手に入れることとなった。
まるで新築のように綺麗になった本宅と別宅は豪華な屋敷が並ぶ区画にあって、ひときわ目立つ存在となっていた。
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