16 / 46
第十六話
しおりを挟む「うう……」
少女は寝ぼけ眼を擦って、周囲を確認する。
クライブたちは少し離れた場所にいるため、彼女はすぐには気づかない。
「えっと……えっ?」
ぼんやりとした視界が徐々にクリアになっていき、自分が木の中にいることに気づく。
更に、視線を木の外に向けていく。
「きゃっ! だ、だれ!?」
ようやくクライブたちの存在に気づいた少女が、驚いた様子で声をあげた。
自分がなぜこんな場所にいるのかわからず、近くに何者ともしれない男が魔物と一緒にいる。その光景は十分驚くに値するものだった。
「あぁ、起きたか。いきなり知らない男がいれば驚くか……とりあえず、俺は敵じゃない。何かしようという気もない。倒れていた君を休ませただけだ」
優しく穏やかなクライブの言葉を聞いて、少女の表情から幾分か警戒心が薄らぐ。
「俺は冒険者のクライブだ。こいつらは俺と契約している獣魔で、こっちの狼がガルムで、そっちのスライムがプルル」
クライブは自分と仲間の紹介をする。ちなみに、アカリはプルルと合体している。
「ま、まものさん? おにいさんはぼうけんしゃ?」
鮮やかな紅い瞳を揺らしながら少女が疑問を口にする。
なんとか状況を掴もうとはしているが、記憶にある最後の状況とあまりにも異なるため少女は混乱していた。
「あぁ、とりあえず、なんで今の状況にあるのかを説明するよ……俺はさっきも言ったように冒険者だ。依頼で、とある鉱山に立ち寄っていた。その帰りに森を通ったんだ。時間は夜で暗くなっていた」
少女はなぜ今の状況になったのかをしっかりと聞こうと正座している。
「で、森の途中で人の腕が茂みから生えているのを見つけて、近づいたら君だった。さすがに倒れているのを放っておくわけにもいかないから、とりあえずこいつらの住処だった場所に連れてきて休ませた。そういうことなんだ」
全て説明し終えたが、これで少女が納得してくれるかクライブは不安げな表情で見ている。
「なるほど……です」
少女が呟く。
次の瞬間、少女は土下座をした。
「たすけてくれて、ありがとうございます」
額を地面につけて少女はお礼を口にする。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 顔を、顔をあげてくれ! 別に俺たちは大したことはしてないから! いいからこの光景はよくないから!」
誰が見ているわけでもなかったが、少女に土下座をさせている光景はよろしくないと、クライブが慌てて声をかける。
「でも、たすけてもらったら、ちゃんとおれいをいいなさいってかあさまが……」
ためらいつつも少女は一度頭を上げると首を傾げ、その後再び頭を下げようとする。
「いやいや、十分伝わったから! もう大丈夫だから!」
それをクライブが慌てて止めた。先ほどのような光景は心臓に良くないため、なんとか制止した。
「で、でも……」
「わかった、気持ちはわかったから、とりあえずほらこっちにきて」
「きゃっ」
状況を打開するためクライブは少女へと近づいて抱きかかえる。
びっくりしたのか少女も声をあげたが、クライブが悪い人ではないと感じていたため、目立った抵抗は見せない。
そして、朝食を囲む輪へと加われる位置に座らせられる。
「お腹が減っていたら色々余計なことを考える。だから、まずはこれを食べてくれ」
クライブは、持ってきた材料を調味料で煮込んだ簡単な料理を木の器にいれて渡す。
「あの……いいの?」
少女の問いにクライブは優しい眼差しで頷いた。
それに安心したのか、少女はゆっくりと器に口をつけ少し飲み込む。
すると、自分が空腹だったことに気づいたのか、勢いよく飲み込み始めた。
「あちちっ」
「ほらほら、火にかかってた容器に入ってたんだから熱いに決まってるだろ? ゆっくりと、冷ましながら飲むんだ。ふーふーって」
クライブが自分の器をふーふーと吹いて、冷ます真似を見せる。
「ふーふー……うん、おいしい!」
すっかり警戒心が解除されて、少女に笑顔が戻ったことでクライブたちも肩から力が抜ける。
少女もホッとしたようで、警戒心も過剰な感謝心も溶けてきていた。
「よかった、そうしているのを見ると年相応に見える。それで、俺たちが君を見つけてここに連れてきた流れは話したけど、君はなんであんな場所に倒れていたんだい?」
クライブの質問に少女の動きが止まった。
「えっと、そのまえに……ひとついい?」
クライブは首を傾げてから頷く。
「その、ごめんなさい。おなまえおしえてもらったのに、まだいってなくて……」
そう言うと、少女は器を横に置いて姿勢を正す。
「わたしはフィオナっていうの。その、じつは、わたしは……」
そこまで言ってフィオナは言葉に詰まる。
「いいんだ、何を話そうとしたかは予想がつく。だから言いづらいなら言わなくていいんだ」
彼女が言いたいことは恐らく、自分の角に関することだとクライブは予想している。
クライブは角の生えた人間に会ったことがない。
だから、恐らくそのことは彼女にとっても大きな秘密であるはずだった。
「だ、だいじょうぶ! だいじょうぶだから、はなさせて。わたしは、その……まぞくなの!」
彼女の言葉のあと、その場に沈黙が走る。
フィオナは勇気を振り絞って自分が持つ、最大の秘密をクライブに打ち明けた。
助けてくれた恩人にそのことを隠すのは、とても失礼なことだと思ったためである。
打ち明けられたクライブは腕を組んで考え込む。
(なるほど、もしかしたら俺の回復魔術が効果あったのは魔族だからなのか……回復魔術は魔に属する者に効果があるとかって書いてあった気がする。そう考えると、フィオナの怪我が治ったのも理解できるな……)
クライブは魔族であることをどうこう思うということはなく、自分の魔術が効いた理由に納得しているだけだった。
「えっと、あの、だから、ごめんなさい」
クライブはただ自らの回復魔術のことを考えていただけだったが、沈黙はフィオナにとってプレッシャーになっていたらしかった。
それゆえに色々な意味を込めて『ごめんなさい』とフィオナは俯きながらそう言った。
「えっ? あ、あぁそうか。普通は魔族だと怖がったりとかするんだったよな」
思考の海から戻ったクライブはこの世界での魔族に対する人の考えを思い出す。
魔族とは人の形をした種族の中にあって、唯一魔に属する種族である。
ゆえに、他の人類に害をなす種族であると伝えられている。
魔族と共にいれば不幸が訪れる。
魔族の存在は人にとって害悪にしかならない。
これが昔から言い伝えられてきた魔族に対する伝承である。
そもそも魔族は生息地域が離れており、遥か北の地域にしか住んでいない。
関わりが少ないがゆえに今でもそんな昔からの考え方が残っている。
しかし、この伝承というのは、数千年前に光の神と闇の神が戦った際に、唯一魔族が闇の神についたためにそう話されているだけだった。
今は、そんなことはないという考えも徐々に、少しずつではあるが広まってきている。
「フィオナ、俺はフィオナのことを怖いとは思っていない。そりゃ魔族なんていうのは初めて見た。でも、フィオナはしっかりと挨拶できてるし、魔族であることが俺に迷惑をかけるんじゃないかと考えてくれているんだろ? そんな心の優しいフィオナのことを俺が怖がるわけないじゃないか」
そんなクライブの言葉を聞いたフィオナは目を大きく開けて驚き、次の瞬間にはボロボロと涙をこぼしていた。
「……ひっく、うぐ、ひっく……そ、そんなやさしいこと、いってくれるひと……これまでいなかっだがら」
泣きたくない、泣いたらクライブに迷惑がかかってしまう。そう思いながらもフィオナの涙は止まらなかった。
「いいんだ、泣いてもいいんだよ……にしても」
クライブはフィオナの隣に座って彼女の頭を優しく撫でる。
撫でながら、様々なことに思いを巡らせていた。
魔族の本来の生息地域はここからは相当離れている。
そんな場所に、幼い魔族少女が一人でいるという事実。
しかも、優しい言葉をかけてくれる人はいなかったという彼女の言葉からも過酷な状況にあったことが予想できる。
フィオナの親は? 家族は? どうやってここまで来た? なんで一人でいる? これからどうする?
話さなければならないことは山積みだった。
「きゅきゅ、きゅー(なかないでー)」
そんな重い空気を察したのか、天然なのか、プルルがフィオナにぷるぷるとすり寄って元気づける。
「うふふっ、スライムさんなぐさめてくれてるの? やさしいね? きゃっ、わんちゃんもありがとう」
プルルに続いて、ガルムもフィオナの頬を舐めて涙を拭ってあげる。
二人の存在はフィオナの悲しみを半減させてくれていた。
「二人がいて本当によかったよ」
彼らをあたたかなまなざしで見つめながらクライブは心の底からそんな風に呟いていた。
0
お気に入りに追加
1,740
あなたにおすすめの小説
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。

異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる