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第三十七話

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「わ、私も!」

「私も、です!」

 リーゼリアとユリアニックも戦闘への参加を申しであるが、アレクシスとワズワースは首を横に振る。


「リーゼ、ユリア、君たちはみんなの退避を手伝ってくれ。それと、けが人の治療も頼む。こいつは僕とワズワース先生が相手をする」

「頼んだぞ!」

 アレクシスとワズワースはそう伝えると反論は受けつけずに、ベヘモスに向かって走りだした。


 先に衝突したのはワズワース。

 ベヘモスも二人のことを敵として認識しており、ワズワースに向かって鋭い爪を振り下ろした。


「うおおおおお!」

 気合の入った声とともに振られるワズワースの大剣。

 体中に魔力が流れ込み、強化されているため、巨体のベヘモスの一撃にも押し込まれることはなく弾き飛ばしている。


 ベヘモスに比べれば小さい身体のワズワースが自らの一撃を弾いたことにベヘモスは驚いていた。

 ワズワースはこれまでの授業で魔眼を使って見せることはなかった。しかし、話の中ではどんな魔眼であるか語っている。


『全身強化の魔眼』


 これはアレクシスが使える身体強化の魔眼の上位版であり、自らの肉体だけでなく身に着けている装備まで強化することができるというものだった。


 いつかその力を見てみたいと思っていたアレクシスは、ワズワースの戦いぶりを注視していた。しかし、魔眼の力を確認していたがワズワース一人ではベヘモスを抑えきれないため、アレクシスも戦いに参加する。

 両手にはめたナックルをガンガンとぶつけ合って、気合を入れてから動きだす。


 ――身体強化の魔眼起動――


 前方からの攻撃をワズワースが全て引き受けており、ベヘモスも現在の最大の障害がワズワースであると認識している。

 それならばと、アレクシスは側面から後方へと移動していき、ベヘモスの右後ろ脚を攻撃していく。


「せやあ!」

 並の魔物であればアレクシスの一撃で吹き飛ぶか、その場に倒れる。

 しかし、ベヘモスは規格外であり、多少のダメージは与えてはいるものの怯ませるほどのダメージは与えられていない。

 それどころか、尻尾を振り回してアレクシスに攻撃してきた。


 多大な質量を持って、思い切り振り回された尻尾は見事にアレクシスをとらえていた。


「アレク君!」

 リーゼリアは生徒の退避を手伝いながらもアレクシスの様子を見ていた。

 それゆえに、顔を青くして叫び声のような声でアレクシスのことを呼んでしまう。


 その近くでユリアニックも声を出せずに口元に手をあてていた。


「はーい。リーゼとユリアは早く退避してねえ」

 当のアレクシス本人は気楽な様子で返事をする。


 尻尾の動きはアレクシスにも見えており、衝突する瞬間に軽く飛び上がり、尻尾を殴りつけていた。

 威力を軽減させるとともに、わざと自分から吹き飛ばされることでほぼノーダメージにしていた。


「さて、これはなかなか手ごわいな。尻尾の動きは速い、身体は固い、ダメージが通ったとしても軽微……」

 アレクシスは移動しながら散発的に攻撃を加えつつ、どうすれば倒せるかを考えていた。


 ワズワースもなんとかベヘモスの攻撃をしのいではいるものの、体力と魔力が徐々に削られているため、いつかは押し込まれてしまうことは明白だった。


 複数の場所を攻撃していくうちにアレクシスは一つのことに気づく。甲羅があることからわかるように背中の防御力はかなり高い。


 そして背中に近づけば近づくほどに皮膚の強度も上がっている。

 反対に腹に近づけば近づくほど、強度が低くなっているのがわかっていた。


 しかし、身体に対して足が短めのベヘモスは腹と地面がほぼ接地しているため、攻撃をあてるのが難しい。


「ワズワース先生!」

 前方に移動したアレクシスがワズワースへ声をかける。


「なんだ! 俺は今、そっちを気にしてられる余裕は、ないぞ!」

「わかってます! わかってますが、このままではじり貧です。僕に考えがあるので、どこかで思い切りベヘモスの攻撃をかちあげてのけぞらせて下さい。腹をがら空きに!」

 そう言うとアレクシスはベヘモスから少し離れて、隙ができるのをうかがっている。


「くそっ、攻撃を受けるだけで精一杯だってのに……あー! わかった、やってやる! やってやるから少し離れて待っていろ!」

 ワズワースはこれまでの防戦一方の状態から攻撃に転じる。


 短時間であれば攻撃をすることができる。しかし、アレクシスが言う様に、この巨体をかちあげるビジョンは浮かんできていない。


「ちっ!」

 自分の不甲斐なさから思わず舌打ちをしてしまう。


「先生!」

「加勢する、です!」

 それはリーゼリアとユリアニックだった。


 彼女たちは退避しろと言われていた。しかし、どこかで自分たちが役に立つ場面があるのではないかと構えていた。


「ウォーターボール!」

 リーゼリアは水の初級魔法を放つ。

 しかし、それはこれまでで最小のもので持てる魔力を全て込めている。


 かといって、それをただ漫然と放つのであればダメージを与えるのは難しい。

 ゆえに、狙う場所も限定する必要がある。


 目を狙うには遠い、なら狙うは防御力の低い場所。


 水の玉は振り下ろされたベヘモスの手に向かって行く。


「いっけえええ!」

 狙ったのは手、しかも爪、それも爪と指の接合している部分。ここなら防御力が低いと判断していた。

 それは狙いどおりであり、爪を指から剥がす。


「くらええええ!」

 しかし、それは完ぺきではないためユリアニックによる追撃が繰り出される。


 彼女が持つ槍の穂先には彼女の持つ魔力が込められている。元々強力な槍であったが、彼女の魔力によって更に強化されたそれはベヘモスの爪を完全に剥ぎ取って、そのまま指に突き刺さった。


「「先生!!」」

「任せろ!」


 これだけの隙を生徒が作ったとあっては、教師が根性を見せないわけにはいかない。


「うおおおお! ぜん、りょく、だあああああ!」

 ベヘモスの右の手はダメージによって使い物にならなくなっている。


 今なら全力の攻撃を繰り出すだけの隙がある。

 ワズワースは両手で持った大剣をして、ベヘモスの身体を思い切り勝ちあげる。全筋力、全魔力を込めた一撃は見事にアレクシスの望みを叶えた。


 アレクシスは既に走り出して、攻撃の準備に移っている。


 ワズワースの攻撃はそれだけにとどまらず、地面についている反対の前足をも思い切りかちあげていく。

「ぬおおおおおおお! これで、お前の要望に応えたぞおおおお!」

 ワズワースの渾身の一撃、いや二撃はベヘモスの身体を思い切りのけぞらせて、腹部をがら空きにさせていた。


「うおおおおお!」

 全力で走るアレクシスはそのまま拳をがら空きの腹にぶち込んでいく。

 一撃、二撃、三撃、四撃、五撃……。


「せいせいせいせい!」

 次々に繰り出される拳は、その全てが全力の一撃である。


「GAAAAAAA!」

 身体の中で一番柔らかい腹部への攻撃はベヘモスにダメージを与えており、悲鳴を上げさせるだけの威力を見せている。


 しかし、ベヘモスもただただダメージを受けているだけではない。

 拳の雨がやまないのであれば、押しつぶすしかないと考え、後ろ足で思い切り立ち上がり全体重をかけてアレクシスをつぶそうとする。


「GUOOOOOO!」

 軽く見積もっても数トンはある重量のベヘモスが、数十キロのアレクシスにのしかかる。


 そこから導かれる未来図はぺしゃんこのアレクシスの姿。

 ワズワースも、リーゼリアも、ユリアニックも全員がその光景を思い浮かべてしまった。



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