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第九話

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 ワズワースに促されたアレクシスは息を整えつつ、ゆっくりと舞台に上がっていく。


「よろしくお願いします」

 舞台に上がったアレクシスは殊勝に挨拶をする。

 これまで戦った生徒の中で、一人だけ落ち着き余裕があるようにワズワースの眼には見える。


 アレクシスはリーゼリアが戦っている最中に既に武器を選んでおり、その手には木でできたナイフが握られている――それも両手に。


「ほう、ナイフを選んだか。他のやつらは片手剣か槍だったが、まさかそれを選ぶやつがいるとは思わなかったぞ」

 リーチが短く、攻撃を当てるにはワズワースとの距離を詰める必要があるため、他の生徒は誰一人として見向きもしなかった武器である。


 その様子を興味深そうに見て声をかけるワズワースだったが、アレクシスは軽く頷く程度で大きく反応することなく、冷静な様子で舞台にあがる。


「ふむ、語るよりも戦いで見せてもらうとしようか。始めよう。いつでもかかってこい!」

 年齢、体格、経験値どれもが劣っているアレクシスが勝てるとしたら、予想もつかない動きで戦うしかない。


 地面を蹴ったアレクシスは全速力で走ってワズワースとの距離を詰める。


「む、速い! だが、それくらいでは……なにっ?」

 しかし、アレクシスはワズワースの懐には入らず、そのまま横を通りすぎる。


 予想以上の動きに加えて、予想外の行動をすることでアレクシスはワズワースの虚をついた。


「せいっ!」

 戸惑っているワズワースの足をナイフで斬りつける。


「むむっ、ちょこまかと!」

 ワズワースはアレクシスを捕らえようと振り返ろうとする。

 しかし、振り返った場所には既にアレクシスの姿はなく、足元を動いて死角に入って攻撃を続けていく。


 木製であるため、一撃一撃のそれにダメージはない。

 しかし、連続で何度も斬りつけられることはワズワースを苛立たせていた。


「くそっ、むおおおお!」

 なかなか姿をとらえられないことにいら立った声をあげ、大きな足で蹴り飛ばそうとする。


 死角にいるのは予想がつくため、見えない場所に足を出せば吹き飛ばせるはず――そう考えていたが、アレクシスはその変化を感じ取って距離をとっていた。


「先生、僕のナイフさばきも悪くないでしょ?」

 アレクシスはニヤリと笑って、ワズワースを挑発する。


「うるさい、離れていないでさっさとかかってこい!」

 思わぬ攻撃に苛立ちがつのったワズワースは、アレクシスを怒鳴りつけた。

 他の生徒たちは既に離れた場所にいるが、その怒鳴り声は彼らの耳に届いて何事かと注目が集まる。


「あまり見られたくないので、さっさとやらせてもらいます」

 笑みを消して真剣な表情で言い終えるとアレクシスは走り出した。

 同じ動きをするだろうと予想したワズワースは、後ろに回り込まれないように下段に武器を構えている。


「せいっ!」

 その行動を予想していたアレクシスはナイフを投げる。二本を順番に時間差をつけて。


 ――身体強化の魔眼起動――


 それと同時にアレクシスは魔眼を発動させて、一気に距離を詰めた。


 眼帯の下で魔眼が淡く光っている。

 ワズワースの意識は投擲されたナイフに向いており、身体強化されていることで先ほど以上の速度で動いたアレクシスが、一瞬の間に懐に入ったことに気づいていない。


「せやああああああああああああああああああ」

 そして、気合のはいったアレクシスの声が響き渡った。

 次の瞬間、アレクシスから繰り出される拳の一撃は、虚を突かれたワズワースの右わき腹に突き刺さる。


「うぐふあっ……!?」

 変な声を出しながらワズワースはヨロヨロと数歩下がって、膝をついた。

 腹に強烈な一撃を食らいつつも大きな叫び声を出さなかったことだけは彼の矜持である。


 以前ニコラスに繰り出した攻撃よりも、強力な一撃。

 込められた力も、タイミングもクリティカルなものであり、そのことは身体強化の魔眼の使い方への理解が深まり、より一層身体に馴染んだ証拠だった。


「な、なんなんだ、お前は……?」

 苦しげに呻きながらワズワースが脇腹を抑えつつ、アレクシスへと質問する。

 その額には油汗が浮かんでおり、ダメージの大きさを物語っていた。


「……僕はアレクシス、ただの生徒ですよ」

 一瞬だけ考えるアレクシスだったが、ニコリと笑って自分の名前と立場を答えるだけにとどまった。

 それを聞いたワズワースの身体から力が抜ける。


「はあ、わかった。……とんでもないやつが来たもんだな。武力試験はこれで終わりだ。お前が俺に勝ったことはちゃんと報告しておくから安心して魔眼の確認をしてもらってこい」

 手に余る生徒が入学するものだなとため息をつきながらも、ワズワースは内心で面白いやつが入学するなと喜んでいた。


「先生、ありがとうございました」

 ワズワースの心の内を感じ取ったのかアレクシスは笑顔で礼を言う。

 そして、頭を下げると魔眼の確認をしてもらいに白衣の教師のもとへと向かっていった。


 既に他の生徒たちの確認は終わっているようで、一度は騒ぎに視線を向けていた生徒たちはテントの外でおもいおもいに休憩している。

 その中で、一人だけアレクシスに鋭い視線を送っているのがリーゼリアだった。


「やあ、やっときたね。ワズワースが膝をついていたように見えたけど……まさかね」

 ヘラヘラと笑った白衣の教師がそうつぶやくが、アレクシスはニコニコとしているだけで何も答えない。


「まあいいか。彼の試験は私には関係ないことだからね。ささ、ここに座って。そして、眼を見せて」

 深く問い詰めることなく白衣の教師はアレクシスを椅子に座らせると、確認用の魔道具を使用して眼を見ていく。


 まずは右の眼から。


「こ、これは……」

 右はただの黒目であることは赤ん坊の時にわかっていることだったが、その事実は白衣の教師を驚かせるのに十分なものだった。ワズワースを手こずらせた実力者の片目が普通の眼だということが信じられない様子だった。


「ひ、左を見てみようか。その眼帯は外してくれるかな?」

 白衣の教師は動揺しながらも、自分の仕事を全うしようとする。


「わかりました」

 アレクシスは言われるままに眼帯を外して左の眼をあらわにする。

 他の生徒はぱっと見で左右ともに同じ眼であるため、改めて左右を確認するようなことはしなかった。


「こ、これは……は、白紙の魔眼!?」

 生徒の眼を確認したらその結果を記録して終わる。

 もちろん何の魔眼であるかは口にしない。これまでの生徒全員にその対応をしていた。


 しかし、ただでさえアレクシスの右の眼を見て驚いていた白衣の教師は、それ以上の驚きが待ち構えていたため、思わずそれを口にしてしまった。


「あっ……え、えっと、その、みんな今のは忘れて! いいね? それじゃ試験は全て終了だから、そこにある封筒を持って帰って! 中には今後の予定が書いてあるから。じゃあね!」

 しまった、と口を押えた白衣の教師はそう言い残すと慌てて荷物をまとめて、逃げるようにこの場をあとにした。


 残ったのはアレクシスに対する好奇の視線、見下した視線、そして微妙な空気だけだった。

 しかし、当の本人は気にした様子もなく、再び眼帯を付け直しつつ帰る支度を始めており、白衣の教師に言われた封筒を一つ手にすると、そのまま寮へと戻っていった。





 帰りながら学校をブラブラと見学していたため、アレクシスが寮に戻ったころには既にお昼を過ぎていた。


 寮に足を踏み入れたとことでアレクシスのことを待っている人物がいた。

 それは試験が一緒だった男で、取り巻きを二人連れて廊下を遮っていた。


「お前、白紙の魔眼なんだってな?」

 男子生徒たちはニヤニヤ笑いながらアレクシスに質問する。

 馬鹿にしているのは誰から見ても明白だったが、アレクシスはキョトンとしていた。


「えっと、確かあの白衣の先生が言っちゃったのを聞いていたんだと思うけど、その通りだよ。それがどうかしたかな?」

 白紙の魔眼であるということはわざわざ彼らに指摘されなくても、この十二年間ずっとわかっている事実である。それをなぜ彼らが言ってきたのかとアレクシスは首をかしげている。


「くっ、白紙の魔眼なんていう最底辺の魔眼持ちが学院に入ろうなんていうのが生意気なんだよ! さっさと学院から出ていけ!」

「そうだ、ここは選ばれた者だけが学ぶ場所だ!」

「貴様のような落ちこぼれは出ていけ!」

(どうしようかな……)

 確かに一般的に白紙の魔眼は通常の魔眼とは異なり、目が著しく見えづらく、特別な力は何もないと言われている。だが実際にはそんなことはない。

 だがそれを説明しても伝わるとは思えず、彼らとはどう見ても考え方の相違が激しいため、アレクシスはこれ以上話しても無駄だと考えている。


 少し考え、この場を最も穏便に乗り切る方法を思いついたアレクシスの口元に笑みが浮かぶ。


「貴様、なにを笑っている!」


 ──幻の魔眼起動──


 この魔眼は、眼の使用者よりも魔力が弱い人間であれば幻影を見せることができる。

 そして、アレクシスの魔力は彼らを圧倒的に上回っているため、彼らを一瞬で幻に落とした。


 騒ぎは他の生徒にも聞こえたようだが、離れた場所から見ている生徒たちは詳しいことまではわからず、首を傾げている。

 外から見たら怒鳴っている三人の間をアレクシスが縫って歩いているように見えた。


 しかし、幻の魔眼に捕まっている三人はいまだ幻のアレクシスと会話をしており、誰もいない空中に向かって話しかけている。


「……魔眼、解除」

 そのまま放置していてもよかったが、さすがに目立つ場所であったため、アレクシスが階段をのぼる手前で魔眼を解除した。


 そして、アレクシスはそのまま何事もなかったかのように自分の部屋へと戻っていき、絡んできた彼らはいったい何があったのかわからず、キョロキョロと周囲を見渡していた。


 狐につままれたような、なにが起こったのかまるでわからない状況に三人の背中に冷たいものがつたい、それ以降はアレクシスに関わらないようになった。


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