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第七話

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 ほどなくして、教師が部屋にやってきた。

 人族でぴしっとしたスーツを身にまとい、赤い眼鏡をかけた女性教師は、その鋭いまなざしから厳しい教師なのではないかという印象を生徒たちは持っていた。


「みなさん、おはようございます。遠い方もいるようですが、ここまでお疲れ様です。今日一日様々な試験を受けてもらうことになりますが、頑張って下さい。私はこの試験の監督をします、シエラと言います。よろしくお願いします」

 しかし、第一印象のイメージとは異なり口を開いて出てきた言葉は優しいものであり、表情も優しいものになっていた。教室に張り詰めた空気が和らいだように感じられる。


「まずは試験用紙をお配りします。裏返したまま後ろの人に回して下さい。開始というまではそのままでお願いします」

 そう言いながらシエラは各列の人数に合わせて試験用紙を配っていく。

 適当に座っているため、枚数がバラバラであり、中には前と後ろで席が空いている場所もあるがそのあたりに対する指摘は特にない。


「さて、全員にいき渡りましたね。時間は一時間になります。それでは……開始」

 用紙が行きわたったことを確認したシエラは教室の時計と自分の時計の双方を見比べたのち、時計の針が九時を指したのと同時に開始の合図をした。

 その合図とともに、生徒全員が一斉に用紙を裏返してテストが始まる。


 試験用紙には様々な魔法に関する問いが並んでいた。

 カリカリと回答を記入していく音が部屋の中に響き渡る。


 難しい問題もあるようで、中には頭をガシガシと掻きながら考え込んでいる生徒もいる。

 その中にあって十五分後、一人だけ完全にペンの動きが止まった生徒がいた――アレクシスである。


(うん、これで終わりだ……)

 一気に問題を解き、更にざっと見直しもしている。

 普段から父ニコラスの書斎にこもって本を読み、また魔法に関してルイザから指導を受けていたアレクシスにとってこの程度の問題は簡単に解けるものだった。


(暇だから裏に落書きでもしておくかな)

 試験時間は一時間と言われており、残り時間はまだ四十五分残っている。

 であればと、アレクシスは試験用紙を裏返して何かを書き始めた。


 アレクシスのペンの動きは先ほどまでよりも勢いを増しており、あまりの勢いに周囲の生徒は一瞬気を取られてしまう。

 そんな周りの反応には気づかず、一気に書き上げると残りの時間は睡眠に費やした。


 テスト残り時間三十分。


 このタイミングで机に突っ伏して眠ってしまったアレクシスを見て顔をしかめた女教師は眼鏡をくいっと上げる。


(あの子、もう諦めたの? こんなことじゃきっと一番下のクラスね……もう少し頑張ってくれるといいのだけれど)

 あきれた様子でため息交じりに心の中でつぶやいたそれが彼女のアレクシスに対する評価だった。

 そして、テスト終了一分前にアレクシスは目覚める。


 ──キーンコーンカーンコーン


「はい、終了です。私が回収するので、テスト用紙はそのまま机の上に置いて下さい」

 女教師は順番に用紙を回収し、最後にアレクシスの用紙を回収すると同時に、彼のことをキッと睨みつけた。

 入学に必要な最低条件さえクリアすれば、このテストの結果で一番下のクラスだとしても入学することはでき、卒業すればそれは王立学院卒業の肩書を得られることとなる。

 そのため、アレクシスもおそらくそれが目的の生徒なのだろうとシエラは予想していた。


 しかしこの数十分後、シエラは自らの態度を反省することとなる。


 職員室に戻った彼女は早速先ほどの試験の丸つけを行っていた。


 答え合わせをしていき、いよいよ最後の一枚、アレクシスの試験用紙の番になる。

 一問、 また一問と丸が増えていき、ついには最後までノーミスのままチェックが終わる。


 試験中にアレクシスに対して抱いていた嫌悪感は採点を終えるころにはすっかり消えていた。


「――あのアレクシスという子、すごいわ。全問正解だなんて……。あら? 裏にも何か書いてあるわね」

 暇つぶしに絵でも書いていたのかと確認をして、改めて彼女は驚くこととなる。

 そこにはビッシリ文字が羅列してあり、彼女はそれを読み進める。


「これって……魔力操作に対しての理論は最先端の知識だわ。……あの子、いったい何者なの!?」

 その手の先鋭を行く研究者が考えているような理論がそこには記されており、およそ入学前の子どもが書き上げるようなものではなかった。


 そのころ教室には別の教師がやってきており、次の試験に移っていく。


「次は試験というより、君たちの魔力の確認を行うだけのものになる。先に私がやり方を実践しよう」

 そういうと、神経質そうな眼鏡をかけたエルフの教師は荷物の中からサッカーボール大の水晶を取り出して、教卓の上に設置した台座の上に設置する。


「水晶玉にこうやって手をかざす。そうしたら魔力を掌に集中させて、水晶玉に向かって放つ」

 説明のとおり、教師が魔力を放つと水晶玉は光を放ち、そして徐々に収束する。

 光が完全に収まると、魔力量の結果が水晶玉の台座に表示された。


「C、まあこんなものか……このように水晶玉に魔力を流し込むと、その者が持つ魔力の最大値に従って結果が表示される。一番上がSランクで、一番下がFランクになる。さあ、前の席の君から順番に並んでくれ」

 教師の指示に従い、席が前の者から順番に並んでいく。

 最初の一名は恐る恐るだったが、その一名が成功したことで他の生徒の不安が拭われる。


 並んだ生徒たちは次々に魔力量試験を受けて、その結果をエルフの教師が一覧に記していた。

 本日の受験者は魔力の才能があるらしく、教師より上のB判定が数人、A判定の者まで出ていた。 


「最後は……アレクシス君だったな。さっさっとやってくれ。私は別の仕事があるからね」

 予想以上に検査に時間がかかったことで教師はアレクシスを急かす。

 そのためアレクシスは慌てて水晶玉に手をかざした。


「えっと、この状態で魔力を流し込む……っと」

 アレクシスの魔力に反応して水晶玉が光を放つ。

 そこでここまでとは違うことが起こる。


 その光はどんどん強くなっていき、今日一番の強い光を放っている。

 これまでに見た光がかわいく思えるほど教室内をこれでもかと照らし、それまではすぐ収束していた光はついには教室中を満たす。


「こ、これは……!?」

 教師も驚いている。

 この学校に勤めて数年が経過し、何度も――それこそ数えるのも面倒になるほどの魔力量の確認を担当してきたが、これほどに強い光を放ったのは今までみたことがなかった。


「えっと、これ、このままでいいんですか?」

 当のアレクシスは眩しさに目を閉じながら、今も魔力を流したままでいる。

 これまでのやり方をみている限り、魔力を流し続けていても自動で光が収まって結果が出ていた。


 それゆえに、アレクシスは指示があるまでそれを止めずにいる。


「あ、あぁ、そのはずだ……」

 そう答えるが、教師の自信のなさそうな言葉にアレクシスも不安になる。


「あっ……」

 そんな声がアレクシスの口から漏れたのは、水晶玉の変化に、違和感に気づいたためである。


 ──ピシッ


 その音が教室にいる全員の耳に届いた時には既に手遅れであった。

 音の正体は水晶玉にヒビが入った音であり、そのヒビはどんどん広がっていき、次の瞬間水晶玉が粉々に砕けちった。

 おかげで光は収まり、眩しさから解放されたが、今度は教室が沈黙に支配されることとなる。


「……」

 アレクシスは茫然として水晶玉があった場所を見つめている。


「……」

 それは教師も他の生徒も同様であり、何が起こったのか理解できずにいた。


「あ、あの……」

 沈黙の中なんとかそれだけ口に出すアレクシス。


「あ、あぁ、結果だな」

 アレクシスの声をきっかけに教師は我を取り戻し、慌てて台座に表記されているランクを確認する。


「……測定不能」

 表記はERRORとあったが、それは測定不能であることを示す。

 なぜ測定不能なのかは恐らく水晶玉が壊れてしまったためであるが、この結果がどんな意味を示すのかは教師にも判断はつかない。


「と、とにかく、代えはないから測定不能で結果を書いておこう。わ、悪いがどんな評価が下るかは私には判断できない! それじゃあ、私はもう行くぞ!」

 ゆえにこんな発言をしながら壊れた水晶玉を片づけると、責任を逃れるようにずれた眼鏡を慌てて直し、教師は足早に教室を出て行った。



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