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第三話
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アレクシスがこの世界に生を受けてから数年の時が経過した。
彼は両親から惜しみない愛情を受けてすくすくと育ち、六歳になっていた。
父母とは異なる黒い髪が特徴的だったが、そんなことはアレクシスを心から愛しているニコラスもルイザも気にしていない。
それよりも二人には気になることがあった。
近所の子供たちは遊びの中で魔眼を使ったりしている中で、ひとり魔眼を使うことのできないアレクシスはそれに混ざることができずに、一人で遊んでいることがほとんどである、ということだ。
「うーむ、やはり白紙の魔眼ということで気後れしてしまうのか同年代の友達がいないようだなあ」
「心配だわ。あの子、いつも森に一人で遊びに行っているの……」
庭で元気よく駆け回っているアレクシスを眺めながら、ニコラスとルイザは悲しげな表情で寄り添い、我が子の現状を憂いていた。
身体は健康で、頭のできも良いアレクシスだったが、やはり白紙の魔眼であるということはそれだけでこの世界ではデメリットになっている。
我が子が仲間外れにあっているのではないか、友達ができずに寂しい思いをしているのではないか? 二人はそんな心配をしていた。
「ちょっと、話を聞こう。……おーい、アレク! こっちに来なさい!」
ニコラスが愛称の『アレク』と呼びかける。
その呼びかけに気づいたアレクシスは笑顔を見せながら駆け足で二人のもとでやってきて、そのままルイザに抱き着いた。
「あらあら、アレクは甘えん坊さんですね。うふふ、でもすごく可愛いわ!」
ぎゅーっとひとしきり抱きしめあったのち、アレクシスはルイザから離れてニコラスに向き直る。
「父様、なんの用?」
色の違う左右の眼でアレクシスはニコラスを見ている。
「う、うむ。その、ちょっと聞きづらいのだが……」
「あなた」
口ごもるニコラスをルイザが肘でつつく。ここは家長として男らしく聞いてほしいという合図だった。
「その、あれだ。お前、友達はいるのか?」
「……えっ?」
急な質問にアレクシスは驚いていた。まさかそんなことを聞かれるとは、露とも思っていなかった。
「い、いや、そのなんだ。お前が同年代の子どもと遊んでいるのをほとんど見たことがないものでな。母さんとちょっと気にしていたんだよ。お前の、その眼が理由でいつも一人でいるんじゃないかって……」
聞きづらいことを勢いで聞いてしまったニコラスは、最も言いだしづらい眼のことまでも引き合いに出してしまった。
「ちょ、ちょっとあなた!」
慌てたルイザがそんなニコラスを注意する。
眼のことは当の本人が一番気にしているはず――それが夫婦の共通認識だった。
それなのに、あっさりとそこに触れてしまったニコラスは自分でも、しまったという表情になっている。
「あー、うん。そうだね、一人でいるのは確かにこの眼が原因だよ」
二人の心配をよそに、あっけらかんとして言うアレクシスの言葉に、夫婦は沈痛な面持ちになってしまう。
彼らの反応を予想していたアレクシスは二人とは反対にニコッと笑う。
「そろそろ父様と母様になら言ってもいいかな。でも、ここだと誰かに聞かれるかもしれないから父様の書斎に移動してもいいかな?」
「あ、あぁ……」
「え、えぇ……」
話があるというアレクシスに対して、ニコラスとルイザは心配そうな表情で返事をする。
一人でいるのは眼が原因であると言っていた。
ならば、そんな眼に産んでしまったことを責めるのかもしれない。
もしくはこれまでの辛さや悲しさを吐露するのかもしれない。二人はそう予想していた。
「ふっふふーん」
しかし、先を進むアレクシス本人は笑顔で鼻歌まじりでスキップしながら先を行き、書斎へと向かっていた。
予想と真逆の反応であるため、二人とも戸惑いが強かった。
三人は二階にあるニコラスの書斎に入り、それぞれがソファに腰掛ける。
「さて、話なんだけど……うーんと、どこから話せばいいのかな?」
そのアレクシスの呟きはニコラスたちの耳にも届いている。
「どこから、ということはいくつも話があるということなのか?」
ニコラスが真剣な表情で質問する。
その隣にいるルイザは不安そうな様子で二人のやりとりを見ていた。
「……いくつもっていうか、全てが一つ繋がっているというか……うん、最初から話すね。きっとビックリするようなことがあるし聞きたいことも出てくると思うけど、一旦最後まで聞いてもらっていいかな?」
アレクシスの言葉に、ニコラスとルイザは顔を見合わせてから覚悟を決めて同時に頷いた。
それを見たアレクシスはニッコリと笑顔で頷いてから話を始める。
最初は笑顔だったが、膝の上に置かれた彼の手は微かに震えていた。
「僕にはアレクシスとして生まれる前の記憶があるんだ。生まれた時はすごく鮮明で、今は少し薄れた感じなんだけどね」
「──はあ!?」
「──ええぇ!?」
二人は大声を上げながら驚愕の表情になり、立ち上がっていた。
そのリアクションが予想どおりであったため、アレクシスは苦笑している。
「うん、驚くのはわかっていたけど、二人とも落ち着いて座って。で、続きを聞いてね?」
「あぁ、すまない」
「ご、ごめんなさい」
アレクシスになだめられた二人は最初の約束を思い出して、謝罪しながらソファに座り直した。
「それで、この白紙の魔眼なんだけど、生まれ変わる時に神様が特別な眼をくれるって言っていたんだよ。特別な魔眼をあげるから、それを使って幸せな生活をおくりなさいって」
そう言いながらアレクシスは自らの左眼を指さした。
なるべく明るく話をしようとするアレクシスの言葉を聞いて、驚きながらもニコラスとルイザはなんとか理解しようとする。
なんの力もないと思われた白紙の魔眼が特別な魔眼? 神様と会った? 生まれる前の記憶?
いくつもの疑問が頭に浮かんでいたが、最後まで話を聞くという約束を今度こそ守ろうと二人は無言を貫いている。
「四歳の頃だったかな。母様が魔法について教えてくれて、その時に魔力の操作のことも教えてくれたんだ……覚えているかな?」
「もちろんよ」
アレクシスが様子を伺うとルイザは頷きながら返事をする。
魔眼の力を使うことのできない息子に対して、なにか力になれればと時期尚早かもしれないと思いながら
ルイザは魔法と魔力の指導を行っていた。
「まだ四歳の子どもだから魔法のお勉強なんてすぐに飽きてしまうかと思ったのだけれど、アレクはすごく熱心に聞いてくれて、魔力の操作もすっごく上手なのよね」
嬉しそうにほほ笑むルイザはその時のことを良く覚えていた。
アレクシスは一度教えただけで上手に魔力を操作していたのだ。
それから数日の間、疑問が出てくるとルイザのもとを訪ねて色々と質問をしていた。
勉強熱心な様子は、教え好きのルイザを喜ばせていた。
「あの時はありがとうね。それで、母様から一般的に魔力を魔眼に流していくと力が目覚めるって説明を受けたんだ。でも、白紙の魔眼に魔力を流しても何も起きなかった……そこで思ったんだ。流す魔力の量が足らないんじゃないかなって」
アレクシスは自分の魔眼が持つ可能性について色々と考えていたことを話していく。
その説明を聞いたルイザは口元に手を運び、何かを考え込む。
「……そのとおりかもしれないわ。通常はどの魔眼でもすぐに目を覚ますからそんなことを考えたこともなかったけれど、アレクの白紙の魔眼は目覚めていないような感覚が確かにあったかもしれないわね」
二年前した魔力指導の時のことを思い出しながらルイザが言う。
真剣なその視線はアレクシスの左眼に向いていた。
「それでね、僕はあの日からずっと自分の眼に魔力を流し続けていたんだよ。最初は意識しないとできなかったけど、徐々に自然とできるようになって、一年くらい経った頃になって寝ている間にも魔力を流すことができるようになったんだ」
寝ている間にも魔力を流せると聞いて、二人は驚く。
無意識化で魔力を扱うなどという話は聞いたことがなかった。
「そして、その結果がこれさ」
──紅蓮の魔眼起動──
アレクシスが左の眼に魔力を集中させていくと彼の眼が赤く光を放つ。
その眼は、父ニコラスと同じ紅蓮の魔眼だった。
「お、おおおおぉ! そ、その眼は私と同じ!」
ニコラスはアレクシスの眼を見て、驚きながら自然と目から涙が流れていた。
「続けていくよ」
その反応を見てアレクシスはニコリと笑う。
──嵐の魔眼起動──
今度は左の眼が緑色の光を放つ。こちらの眼は母ルイザが持つ嵐の魔眼だった。
「そ、その眼は私の! ア、アレクうううぅ……!」
口元を両手で押えたルイザもニコラスと同様に、涙があふれてしまう。
「父様、母様、泣かせてごめんなさい。でもこれが僕の白紙の魔眼の力、能力を理解して自分の目で見たことのある魔眼であればその力を発動することができる──というものなんだよ」
アレクシスが魔眼に流す魔力を抑えていくと、いつもと同じ白色に戻っていった。
そして、ここまで笑顔で話をしていたアレクシスだったが、ずっと胸に秘めていたことを話したことで張りつめていた糸が切れたように、その瞳には徐々に涙が浮かんでいく。
「ずっと黙っていてごめんなさい。話すとなったら全部を話さないとだけど、前世の記憶を持っているなんて気持ち悪いかなって思って……ひ、ひっく、とうさまと、があざまに、嫌われたくないっで、ぞうおもったがら、うわあああああん!」
秘密を全て打ち明けたことで緊張が解けたのか、気づけばアレクシスも涙をボロボロとこぼしていた。
家族との確執は前世で経験している。
どんなに笑顔でふるまっていても、心の奥底ではそれを味わうことへの恐怖、優しい二人の態度が変わったらどうしようという不安。それらが今まで話すことをためらわせていた。
加えて、ここまでわざとらしいほどに明るく振る舞っていたのも、そうでもしなければ辛さに負けてしまうという思いからだった。
「っ……いいんだ、アレク! 昔の記憶があろうとなかろうと、お前は私たちの子どもだ!」
「そうよ! アレク、大事な大事な可愛いアレク。あなたがどんな運命を背負っていても、あなたが私たちの子どもであることは変わらないの。だから、嫌うことなんて絶対にないのよ!」
勢い良く立ち上がった二人はアレクシスにかけよって抱きしめながら声をかける。
そこからしばらくの間、三人は抱き合ったまま書斎で泣き明かすこととなる。
家の使用人が何度か様子を確認に来ていたが、互いのことを大事にしているという会話であるため、あえて触れずに見守ることにしていた。
一時間後──
「……ふう、やはりうちの子は特別な存在だったな」
「うんうん、やっぱりアレクはすごい子だったわ!」
これまで二人ともアレクシスはきっと特別な子だ、そう信じようとし続けていた。
それが現実になったことで安堵と喜びが心に溢れていた。
「しかし、アレクの力が見たことのある魔眼の力を自分のものにするのであれば……」
「あれば?」
ニコラスの言葉にきょとんとした表情のアレクシスがオウム返しする。
「学院に通う十二歳になるまでにたくさんの眼を見たほうがいいな。そうと決まれば、旧友に連絡をとってうちにきてもらおう。昔の仲間はみんな優れた眼を持っていたからきっとアレクの役にたつはずだ!」
「そうね! それがいいわ! 私も手紙を書くわ!」
名案だといわんばかりに手を合わせた二人は、我先にと用紙を取り出して手紙を次々に書き始めていく。
「……やっぱり、二人とも大好きだなあ」
自分のために動いてくれる二人を見て、ふにゃりと表情をやわらげたアレクシスは幸せを実感していた。
彼は両親から惜しみない愛情を受けてすくすくと育ち、六歳になっていた。
父母とは異なる黒い髪が特徴的だったが、そんなことはアレクシスを心から愛しているニコラスもルイザも気にしていない。
それよりも二人には気になることがあった。
近所の子供たちは遊びの中で魔眼を使ったりしている中で、ひとり魔眼を使うことのできないアレクシスはそれに混ざることができずに、一人で遊んでいることがほとんどである、ということだ。
「うーむ、やはり白紙の魔眼ということで気後れしてしまうのか同年代の友達がいないようだなあ」
「心配だわ。あの子、いつも森に一人で遊びに行っているの……」
庭で元気よく駆け回っているアレクシスを眺めながら、ニコラスとルイザは悲しげな表情で寄り添い、我が子の現状を憂いていた。
身体は健康で、頭のできも良いアレクシスだったが、やはり白紙の魔眼であるということはそれだけでこの世界ではデメリットになっている。
我が子が仲間外れにあっているのではないか、友達ができずに寂しい思いをしているのではないか? 二人はそんな心配をしていた。
「ちょっと、話を聞こう。……おーい、アレク! こっちに来なさい!」
ニコラスが愛称の『アレク』と呼びかける。
その呼びかけに気づいたアレクシスは笑顔を見せながら駆け足で二人のもとでやってきて、そのままルイザに抱き着いた。
「あらあら、アレクは甘えん坊さんですね。うふふ、でもすごく可愛いわ!」
ぎゅーっとひとしきり抱きしめあったのち、アレクシスはルイザから離れてニコラスに向き直る。
「父様、なんの用?」
色の違う左右の眼でアレクシスはニコラスを見ている。
「う、うむ。その、ちょっと聞きづらいのだが……」
「あなた」
口ごもるニコラスをルイザが肘でつつく。ここは家長として男らしく聞いてほしいという合図だった。
「その、あれだ。お前、友達はいるのか?」
「……えっ?」
急な質問にアレクシスは驚いていた。まさかそんなことを聞かれるとは、露とも思っていなかった。
「い、いや、そのなんだ。お前が同年代の子どもと遊んでいるのをほとんど見たことがないものでな。母さんとちょっと気にしていたんだよ。お前の、その眼が理由でいつも一人でいるんじゃないかって……」
聞きづらいことを勢いで聞いてしまったニコラスは、最も言いだしづらい眼のことまでも引き合いに出してしまった。
「ちょ、ちょっとあなた!」
慌てたルイザがそんなニコラスを注意する。
眼のことは当の本人が一番気にしているはず――それが夫婦の共通認識だった。
それなのに、あっさりとそこに触れてしまったニコラスは自分でも、しまったという表情になっている。
「あー、うん。そうだね、一人でいるのは確かにこの眼が原因だよ」
二人の心配をよそに、あっけらかんとして言うアレクシスの言葉に、夫婦は沈痛な面持ちになってしまう。
彼らの反応を予想していたアレクシスは二人とは反対にニコッと笑う。
「そろそろ父様と母様になら言ってもいいかな。でも、ここだと誰かに聞かれるかもしれないから父様の書斎に移動してもいいかな?」
「あ、あぁ……」
「え、えぇ……」
話があるというアレクシスに対して、ニコラスとルイザは心配そうな表情で返事をする。
一人でいるのは眼が原因であると言っていた。
ならば、そんな眼に産んでしまったことを責めるのかもしれない。
もしくはこれまでの辛さや悲しさを吐露するのかもしれない。二人はそう予想していた。
「ふっふふーん」
しかし、先を進むアレクシス本人は笑顔で鼻歌まじりでスキップしながら先を行き、書斎へと向かっていた。
予想と真逆の反応であるため、二人とも戸惑いが強かった。
三人は二階にあるニコラスの書斎に入り、それぞれがソファに腰掛ける。
「さて、話なんだけど……うーんと、どこから話せばいいのかな?」
そのアレクシスの呟きはニコラスたちの耳にも届いている。
「どこから、ということはいくつも話があるということなのか?」
ニコラスが真剣な表情で質問する。
その隣にいるルイザは不安そうな様子で二人のやりとりを見ていた。
「……いくつもっていうか、全てが一つ繋がっているというか……うん、最初から話すね。きっとビックリするようなことがあるし聞きたいことも出てくると思うけど、一旦最後まで聞いてもらっていいかな?」
アレクシスの言葉に、ニコラスとルイザは顔を見合わせてから覚悟を決めて同時に頷いた。
それを見たアレクシスはニッコリと笑顔で頷いてから話を始める。
最初は笑顔だったが、膝の上に置かれた彼の手は微かに震えていた。
「僕にはアレクシスとして生まれる前の記憶があるんだ。生まれた時はすごく鮮明で、今は少し薄れた感じなんだけどね」
「──はあ!?」
「──ええぇ!?」
二人は大声を上げながら驚愕の表情になり、立ち上がっていた。
そのリアクションが予想どおりであったため、アレクシスは苦笑している。
「うん、驚くのはわかっていたけど、二人とも落ち着いて座って。で、続きを聞いてね?」
「あぁ、すまない」
「ご、ごめんなさい」
アレクシスになだめられた二人は最初の約束を思い出して、謝罪しながらソファに座り直した。
「それで、この白紙の魔眼なんだけど、生まれ変わる時に神様が特別な眼をくれるって言っていたんだよ。特別な魔眼をあげるから、それを使って幸せな生活をおくりなさいって」
そう言いながらアレクシスは自らの左眼を指さした。
なるべく明るく話をしようとするアレクシスの言葉を聞いて、驚きながらもニコラスとルイザはなんとか理解しようとする。
なんの力もないと思われた白紙の魔眼が特別な魔眼? 神様と会った? 生まれる前の記憶?
いくつもの疑問が頭に浮かんでいたが、最後まで話を聞くという約束を今度こそ守ろうと二人は無言を貫いている。
「四歳の頃だったかな。母様が魔法について教えてくれて、その時に魔力の操作のことも教えてくれたんだ……覚えているかな?」
「もちろんよ」
アレクシスが様子を伺うとルイザは頷きながら返事をする。
魔眼の力を使うことのできない息子に対して、なにか力になれればと時期尚早かもしれないと思いながら
ルイザは魔法と魔力の指導を行っていた。
「まだ四歳の子どもだから魔法のお勉強なんてすぐに飽きてしまうかと思ったのだけれど、アレクはすごく熱心に聞いてくれて、魔力の操作もすっごく上手なのよね」
嬉しそうにほほ笑むルイザはその時のことを良く覚えていた。
アレクシスは一度教えただけで上手に魔力を操作していたのだ。
それから数日の間、疑問が出てくるとルイザのもとを訪ねて色々と質問をしていた。
勉強熱心な様子は、教え好きのルイザを喜ばせていた。
「あの時はありがとうね。それで、母様から一般的に魔力を魔眼に流していくと力が目覚めるって説明を受けたんだ。でも、白紙の魔眼に魔力を流しても何も起きなかった……そこで思ったんだ。流す魔力の量が足らないんじゃないかなって」
アレクシスは自分の魔眼が持つ可能性について色々と考えていたことを話していく。
その説明を聞いたルイザは口元に手を運び、何かを考え込む。
「……そのとおりかもしれないわ。通常はどの魔眼でもすぐに目を覚ますからそんなことを考えたこともなかったけれど、アレクの白紙の魔眼は目覚めていないような感覚が確かにあったかもしれないわね」
二年前した魔力指導の時のことを思い出しながらルイザが言う。
真剣なその視線はアレクシスの左眼に向いていた。
「それでね、僕はあの日からずっと自分の眼に魔力を流し続けていたんだよ。最初は意識しないとできなかったけど、徐々に自然とできるようになって、一年くらい経った頃になって寝ている間にも魔力を流すことができるようになったんだ」
寝ている間にも魔力を流せると聞いて、二人は驚く。
無意識化で魔力を扱うなどという話は聞いたことがなかった。
「そして、その結果がこれさ」
──紅蓮の魔眼起動──
アレクシスが左の眼に魔力を集中させていくと彼の眼が赤く光を放つ。
その眼は、父ニコラスと同じ紅蓮の魔眼だった。
「お、おおおおぉ! そ、その眼は私と同じ!」
ニコラスはアレクシスの眼を見て、驚きながら自然と目から涙が流れていた。
「続けていくよ」
その反応を見てアレクシスはニコリと笑う。
──嵐の魔眼起動──
今度は左の眼が緑色の光を放つ。こちらの眼は母ルイザが持つ嵐の魔眼だった。
「そ、その眼は私の! ア、アレクうううぅ……!」
口元を両手で押えたルイザもニコラスと同様に、涙があふれてしまう。
「父様、母様、泣かせてごめんなさい。でもこれが僕の白紙の魔眼の力、能力を理解して自分の目で見たことのある魔眼であればその力を発動することができる──というものなんだよ」
アレクシスが魔眼に流す魔力を抑えていくと、いつもと同じ白色に戻っていった。
そして、ここまで笑顔で話をしていたアレクシスだったが、ずっと胸に秘めていたことを話したことで張りつめていた糸が切れたように、その瞳には徐々に涙が浮かんでいく。
「ずっと黙っていてごめんなさい。話すとなったら全部を話さないとだけど、前世の記憶を持っているなんて気持ち悪いかなって思って……ひ、ひっく、とうさまと、があざまに、嫌われたくないっで、ぞうおもったがら、うわあああああん!」
秘密を全て打ち明けたことで緊張が解けたのか、気づけばアレクシスも涙をボロボロとこぼしていた。
家族との確執は前世で経験している。
どんなに笑顔でふるまっていても、心の奥底ではそれを味わうことへの恐怖、優しい二人の態度が変わったらどうしようという不安。それらが今まで話すことをためらわせていた。
加えて、ここまでわざとらしいほどに明るく振る舞っていたのも、そうでもしなければ辛さに負けてしまうという思いからだった。
「っ……いいんだ、アレク! 昔の記憶があろうとなかろうと、お前は私たちの子どもだ!」
「そうよ! アレク、大事な大事な可愛いアレク。あなたがどんな運命を背負っていても、あなたが私たちの子どもであることは変わらないの。だから、嫌うことなんて絶対にないのよ!」
勢い良く立ち上がった二人はアレクシスにかけよって抱きしめながら声をかける。
そこからしばらくの間、三人は抱き合ったまま書斎で泣き明かすこととなる。
家の使用人が何度か様子を確認に来ていたが、互いのことを大事にしているという会話であるため、あえて触れずに見守ることにしていた。
一時間後──
「……ふう、やはりうちの子は特別な存在だったな」
「うんうん、やっぱりアレクはすごい子だったわ!」
これまで二人ともアレクシスはきっと特別な子だ、そう信じようとし続けていた。
それが現実になったことで安堵と喜びが心に溢れていた。
「しかし、アレクの力が見たことのある魔眼の力を自分のものにするのであれば……」
「あれば?」
ニコラスの言葉にきょとんとした表情のアレクシスがオウム返しする。
「学院に通う十二歳になるまでにたくさんの眼を見たほうがいいな。そうと決まれば、旧友に連絡をとってうちにきてもらおう。昔の仲間はみんな優れた眼を持っていたからきっとアレクの役にたつはずだ!」
「そうね! それがいいわ! 私も手紙を書くわ!」
名案だといわんばかりに手を合わせた二人は、我先にと用紙を取り出して手紙を次々に書き始めていく。
「……やっぱり、二人とも大好きだなあ」
自分のために動いてくれる二人を見て、ふにゃりと表情をやわらげたアレクシスは幸せを実感していた。
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