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第百三十九話

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 ヤマトも魔王も、共に魔法やスキルは使わず、単純な剣技のみで戦っていく。
 互いの武器の格は同ランクであり、武器の優劣ではなく、純粋な実力で決着がつくと思われた。

 しかし、二人の腕前はほぼ互角で、激しい剣と剣の打ち合いが続いていく。

「楽しいな!」
「楽しいね!」
 剣を振るいあう二人は、自分と同等に戦える相手に出会ったことを心から喜んでいるようだった。
 その状況にあって魔法やスキルを使うことは、高揚している自分たちに水を差すことになるため、示し合わせることもなく自然と選択肢から消えていた。

 それは五分、十分経過しても細かな傷ができる程度で、どちらも決定的なダメージを受けることはない。

 このまま二人の体力が続く限り、打ち合いが続くものかと思われたが、二人が衝突し、鍔迫り合いをするように接近した瞬間、数秒の間ができたように見えた。

「……」
「……」
 二人は周囲の誰にも聞こえない程度の声の大きさで、密かなやりとりをする。普通のものならば絶対に気づかないレベルで。

 次の瞬間、ヤマトは魔王を勢いよく蹴り飛ばした。そして、魔王は不意をつかれたように吹き飛ばされ、柱に直撃し、がっくりと崩れ落ちた。その衝撃で崩れた壁の瓦礫に埋まる。

「――あっ! 卑怯だぞ!」
 その言葉はエクリプスに倒された一本角の魔族のものだった。悔しげな表情で叫ぶ。
 倒された側近の魔族三人は意識を取り戻しており、ヤマトと魔王の戦いを縛られながら観戦していた。

 ずっと剣のみで戦っていたところで、ヤマトが蹴りを繰り出したことに憤っていた。

「いやいや、今のは戦術としてありだと思いますにゃ。最初に剣のみで戦うと宣言しているのであれば別でしょうが、これは真剣勝負ですにゃ。そこで体術が卑怯だということはないと思いますにゃ」
 主人を卑怯だと罵られたと感じたルクスは真剣な表情で正論を語る。反論できずにぐむむと唸る一本角の魔族。

 黙った一本角の魔族から視線を逸らしたルクスはヤマトのことを見つめていた。
 先ほど、ヤマトを庇うような発言をしていたが、正直なところをいえばルクスもヤマトの行動には疑問を持っていた。
 ――なぜ、突如として剣技だけでなく、体術を使ったのかと。

「ルクス、大丈夫。ヤマトはちゃんと考えてるよ」
 不安に揺れるルクスを励ますように柔らかく微笑んだユイナは、ぽんぽんと彼の頭を撫でる。
 彼女はヤマトが何をしようとしているのか、理解しているようだった。

「――魔王、止めだ!」
 その時、勇ましく宣言したヤマトの周囲に大きな炎の玉が十個浮かぶ。
「魔法まで!?」
 それも一本角の魔族の言葉だった。信じられないと言った表情で戦いを見つめている。

「“フレアフルワンアロー”!」
 手を高く上げたヤマトはひたすら炎の玉へと魔力を流し込み、やがて大きくなったそれらが一つに収束し、魔王へと向かって放たれた。

 壁に吹き飛ばされた魔王は、未だ瓦礫の中にあり、炎の玉に飲み込まれるようにして瓦礫と共に魔王は吹き飛ばされる。
 大魔導士として高レベルのヤマトが練り上げた、炎の魔力が一極集中したこの魔法の威力は強く、先ほど魔王がいた場所にはぽっかりと大きな穴があいていた。

「魔王様ああっ!」
「ぐっ……」
「そ、そんな……」
 一本角の魔族はすぐに駆け付けたいと言わんばかりに縄に縛られたままミノムシのようにもがく。二本角のキツイ性格の魔族は悔しさに歯噛みして目を逸らした。紫の肌を持つ女の魔族は呆然とした表情で、今にも泣きそうだった。
 魔族三人はそれぞれの反応で驚き、苦しみ、悲しんでいた。

「――これで、いいのかな……?」
 魔法を放ち終えた姿勢のまま、魔王がいた場所を見つめたヤマトは顔に陰を落としつつ、誰にでもなく呟いた。

 その時、パチパチパチパチ―――命をかけた戦いが行われていた室内に似つかわしくない拍手の音が響く。

「っ……誰だ!」
 悲しみ以上に怒りの炎が心に宿っている一本角の魔族が、拍手の主へと苛立ち交じりの怒気のこもった声を向ける。

「ふむ、側近の魔族は生かしておいたのですか。お優しいことですねぇ」
 しかし、拍手の主はそれには答えず、ゆっくりと部屋の中を歩き、ヤマトたちのいる場所へと近づいていく。

「――グレデルフェントさん……」
 きっとこの場所に来るだろうと予想していたヤマトは、その人物を見ながら名前をぼそりと呟いた。
「よーいしょっと、やっぱり来たね」
 もちろんユイナもわかっていたようで、立ち上がってパンパンと軽く服についた砂埃を払うと、すぐに身体を動かせるように簡単なストレッチを始めていた。

「みなさん、おめでとうございます! 見事魔王を倒されたようですね!」
 大きく腕を広げ、賞賛の言葉を投げかけるグレデルフェントはニコニコと笑顔になっている。大げさすぎるほどに喜んでいるように見えた。

「貴様あ! ふざけてるのかっ!」
 グレデルフェントの言葉にカチンときた一本角の魔族は、縛られている状態でじたばたと身体を動かし、グレデルフェントに食って掛かろうとする。

「おぉ、怖い怖い。君は少し黙っていましょうか――死ね」
 怯えたような表情をしたグレデルフェントがすっと表情を消して、右手をかざし魔力を込めた次の瞬間には、一本角の魔族の頭が吹き飛ばされる。ゴロゴロと繋がりを失った一本角の魔族の頭が角をへし折られ、そのまま転がって遠くに行ってしまう。

「……なんだと!?」
「きゃああっ!」
 すぐ隣にいた二人が悲惨な光景に大きく声をあげ、驚きを露わにする。

「君たちにも死んでもらいましょうか」
 そういって笑顔で二人に向かって手をかざすグレデルフェントだったが、ヤマトとユイナが立ちふさがるように動き、それをさせない。

「グレデルフェントさん、俺たちが捕まえたやつらを勝手に殺さないでもらえますか?」
「勝手なことをするとー、ユイナさん、怒っちゃうよ?」
 真剣な表情でヤマトは剣先をグレデルフェントに向け、どうするの、と言わんばかりの表情でユイナは弓を構えている。

 まだ生きている魔族二人は、先ほどまで敵対していたはずのヤマトたちに庇われている状況に驚き戸惑っている。

「ふふっ、こんなやつらを庇うのですか……。――いえ、今のは私が悪かったですね。お二人の獲物を勝手にとるのは確かに失礼でした」
 ふわりと笑っていたグレデルフェントはそう言うとあっさりと手を下げる。

「いやあ、あんなにあっさりと魔王が倒されるとは思いませんでした。側近の魔族の彼らもそうですが、ヤマトさんたちはお強いですね。ぜひ握手を」
 ニコニコと、そして友好的な様子でヤマトたちに近づきながら、握手を求めるグレデルフェント。

 しかし、ヤマトもユイナも武器を構えたままで、それに一切応えることはない。
 ――なぜなら……。

「そんな気味の悪い笑顔で言われても、はいそうですか、と握手はできませんよ」
「いきなり、あの魔族の人を殺しちゃったしねえ。怖い怖い」
 ギリッと睨み付けるようにグレデルフェントを見るヤマトもユイナも、臨戦態勢を崩さない。
 完全にグレデルフェントのことを敵視していた。

「……いやあ、どうやら悪者だと思われているんですかね? これは、まいったなあ」
 困ったような言葉とは裏腹に、グレデルフェントはニタリと薄気味悪く笑っていた。







ヤマト:剣聖LV1000、大魔導士LV950、聖銃剣士LV929
ユイナ:弓聖LV1000、聖女LV950、聖強化士LV932、銃士LV911、森の巫女LV852
エクリプス:聖馬LV1000
ルクス:聖槍士LV949、サモナーLV1000
ガルプ:黄竜LV940
エグレ:黒鳳凰LV904
トルト:朱亀LV883
ティグ:青虎LV891
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