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第七十三話

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 そこからしばらくの間、部屋は沈黙に包まれることになる。
「……それで、二人はこれからどうするつもりだ?」
 ギーガーが気にしていたのは、巨大戦力である二人の今後の動向だった。今回の一件はヤマトたちがいたから壊滅的な状態に至らなかったことが大きい。

「――俺たちは西の大陸に向かうつもりです。そのためにここに来たので」
 ヤマトは静かにそう告げる。彼らは封じられた森に向かうために中継としてフリージアナに来ており、しばしの休憩ののちに旅立つつもりだった。それは今でも変わらない気持ちだった。

「そうか……できればこの土地に留まって欲しかったというのが本音なんだが」
「ですねぇ」
 困ったような表情でギルドマスター、サブマスターの二人がそう言うのは、ヤマトたちの力を完全にアテにしていたからだった。
 それほどに今回のモンスター襲来はフリージアナの戦力に大きなダメージを与えていた。

「そうしたい気持ちもあります……でも、それでも俺たちは先に進まないといけないんです。他の場所でもきっと同じようなことが起こっています。注意喚起や、情報提供をしていかないと……」
 ヤマトとてこの街を見捨てる気はさらさらない。だからこそ戦闘にも参加し、復興も手伝った。その気持ちを込めつつ、後半部分はついでのようなものであったが、ヤマトの言葉は彼らを納得させるには十分だった。

「そういうことなら……強くは言えない、な」
 元々このギルドで依頼を受けていたわけでもなく、この街には立ち寄っただけである二人を街にとどめておくのは難しかった。ギーガーは苦渋の表情で引き留めるのを諦めた。

「しかし、西の大陸に向かうとなると侵入方法が問題になるが、何か手段は考えてあるのか?」
 その質問にヤマトは難しい顔で首を横に振っていた。

「そこが問題なんですよね。あの風の壁をどうやって突破すればいいか……」
 あの強力な風の壁をかいくぐるには、特別な飛空艇による強引な突破。強力な魔道具による一部分の風の解除による突破などが考えられる。

 しかし、そのいずれもヤマトたちの手にはない。

「ふむふむ、ならば今回の事件解決の功労者に報いるため、その方法を準備しようじゃないか」
 大きく手を広げたギルドマスターの提案にヤマトはやや驚いていた。
 先ほど頭の中に浮かんでいた方法はどちらも、おいそれと用意できるものではなかったからだ。

「……ん? 不思議そうな顔をしているな、それくらいのものならすぐに用意できるぞ。――ランド、確か倉庫にアレがあったよな。持ってきてくれ」
「了解です」
 ニコニコと笑顔を浮かべたランドはギーガーの指示に頷くと、部屋を出て【アレ】と呼ばれたものを取りに向かった。

「アレとはなんですか?」
 不思議そうな顔で単純な疑問を口にするヤマトだったが、ギーガーは含みのある笑顔で「まあ待て」というだけだった。





「――お待たせしました。ありましたよ」
 しばらくして戻ってきたランドは手にしていたものをテーブルの上に置いた。それは何かの魔道具のように見える。

「これは……魔道具?」
 身体をぐいっと近づけたユイナがじーっと見てそれをつんつんとつつきながら質問する。
「あぁ、これがあれば西の大陸にも入れるはずだ」
 机の上にあるのは掌にのるサイズの魔道具であるため、強力な風の障壁を突破できるとは到底思えなかった。

 これはヤマトたちの記憶にあるアイテムではなかったため、比較的新しいものだと思われる。

「……その顔は疑っているな? 西の大陸に向かうという割には、知らないことも多いようだな。この魔道具は障壁を突破するものではないぞ。あの風の障壁は海中には届いていないんだ、そこでこの魔道具を使う」
 意外そうにヤマトたちを見つめるギーガーは魔道具を手にそう話す。そこまで話を聞くと、ようやくヤマトも合点がいった。

「つまり……空気の膜を作る魔道具、ってことですかね?」
「――なんでわかった?」
 ぱっと見で魔道具の効果を言い当てたことにギーガーは反対に驚かされていた。

「いや、この中心にある核。更にその中に入ってるのって空気の実ですよね? だから、空気で何かをすると考えたら、海中を進むために何があればいいかって考えたんです」
 すらすらと出てくるヤマトの推測にギーガーもランドも閉口していた。

「でも、船も持っていないからその調達からしないとだねー」
 のんびりとしたユイナの言葉にヤマトは頷くが、ギーガーたちはあきれ顔になっていた。

「なんだなんだ、あっちの大陸に行くっていうから船くらいは手配してあるものだとばかり思っていたぞ。……仕方ない、ランド、船の用意もしてやってくれ。安めの船だったら、報酬内でなんとかなるだろ」
 ギーガーはヤマトたちがやってくる前に、彼らが行ったことに対する報酬を概算で算出しており、船を用意したとしても十分その範囲内に収まると判断していた。すぐにランドは船の手配に向かう。

 それほどに、二人と一頭が行った功績は高い評価を受けていた。

「えっと、その何から何まですいません。この街に何かしてあげられないのにこんなによくしてもらって……」
 申し訳なさそうな表情のヤマトのそれは謙遜ではなく、本心から出た言葉だった。ユイナも彼と同じ表情で居心地悪そうにしている。

「はあ、お前たちがやってくれたことがどれだけすごいことだったか理解していないのか……あのなあ、お前たちが倒したモンスターの数を覚えているか?」
 ため息交じりのギーガーの突然の質問にヤマトとユイナはきょとんと顔を見合わせて考えるが、答えはノーだった。

「――だろうな、まあ俺も正確な数までは知らんが……とにかくお前たちは相当な数のモンスターを倒した。それは事実だ。更にヤマトに至っては、元凶である魔族を討伐し、魔道具も破壊した。そのことによって街は救われたんだ。余程のことをお前たちはやらかしたんだということを認識しておけ。そして、報酬はただただ素直に受け取っておけばいいんだよ」
 呆れたようにギーガーに改めて説明されても、事態解決までさほど大変ではなかったため、今でもこんなにもらってもいいものかと二人は考えていた。

「まあ、それはいい。船は明日には用意できるから、今日は宿にでも泊まって明日出直してきてくれ。……そうだな、昼過ぎくらいがちょうどいいだろう」
 話を切り上げるようにギーガーは手を振る。だがそこで再びヤマトの表情が曇った。

「あの……宿とれなかったんですけど……」
「――カーッ! 何から何まで手のかかるやつだな、わかった俺のほうで宿を手配してやるから待っていろ!」
 もうこうなったら最後まで面倒を見てやるというようにやけくそ気味で勢いよく立ち上がったギーガーは荒い足音と共に部屋を出て行った。

「安心して下さい。あれでお二人のことは気に入っているようですし、結果を出す男ですから」
 ニコニコと笑顔のランドの言葉を受けて、もう一度すいませんと頭を下げたヤマトたちはとりあえずギーガーの帰りを待つことにした。







ヤマト:剣聖LV207、大魔導士LV203
ユイナ:弓聖LV204、聖女LV193、聖強化士LV67
エクリプス:聖馬LV133
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