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第四十九話

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「――ガズルさん、あなたは魚人族で間違いありませんよね?」
 ヤマトはぱっと見でわかることをあえて質問する。
「あ、あぁ」
 ガズル自身も鱗が服から見えていることはちゃんとわかっていたため、それを答えることに何か意味があるのだろうと思ったガズルは少し身構えながら答える。

「そうですか……じゃあ、お願いがあります。――【空気の実】をわけてもらえませんか?」
 笑顔で断定するようなヤマトの言葉にガズルは驚き、目を見開いていた。

 空気の実――それは食べると水中でも呼吸ができるようになる実のことである。
 しかし、それは魚人族だけが知っている、秘伝のものであった。

「な、なんで、そんなことを! ……あぁ、いや、ここじゃまずいな。俺の家に来てくれ」
 ヤマトとユイナは頷いて、どこか落ち着かない雰囲気の彼のあとをついていくことにする。




 しばらく街を進むと海沿いの一角にあるこぢんまりとした家に辿りついた。海が一望でき、すぐに港に向かえるベストスポットでもあった。

「さて、茶請けはでないがそれで勘弁してくれ……それで、どこでそのことを知ったんだ?」
 家に入るとガズルは慣れない手つきでお茶を出してくれた。それをヤマトたちの前に並べながら、まさか魚人族の誰かが漏らしたのか? とガズルは怪訝な表情で伺ってくる。

「どこで、というのは難しいですね。昔、とある方に譲ってもらったことがあるとだけ答えておきます。ですけど、あれは一度使うと時間制限があるので、また新たに手に入れないとなんですよ。……言わなくてもご存知だと思いますが」
 ゲーム時代のことをどう説明しても納得してもらえるとは思えなかったヤマトは困ったような笑みを浮かべて無理やり誤魔化した。

 空気の実は魚人族が使うと、水中での機動能力が格段にアップする。
 そして、魚人族以外が使用すると水中で呼吸が一定時間行えるようになる。

「……そこまで知っているのか。だったら、それなりにしっかりとした人物から聞いたんだろうな。――だが、申し訳ないがお前さんたちに譲るわけにはいかない、というよりも譲ることはできない」
 ガズルは深く聞き入ることはしなかったが、緩く首を振って硬い表情をしている。
 彼が魚人族としての決まりに準じているのかと思ったヤマトはどんな条件を出せばいいかと悩んだ表情で腕組みをする。

「あぁ、すまん、勘違いさせているな。……今、持っていないという意味なんだ。遠洋に出た時に時化にあってな、それをなんとか乗り切るために全て使ってしまったんだよ」
 空気の実は、そこらへんに自生しているものではなく、彼ら魚人族の故郷でしかとることができないものだった。泳ぎに長けた彼らだったが相当な大時化だったようで、その危険事態に非常用として備えてあったのを使ったのだという。

「なるほど……」
 ヤマトは一つ目の案が駄目になったため、次の案を考え始める。

「じゃあ、あそこに連れていってもらえないかな? ――水の祠」
 これまで静かにお茶を飲んでいた、ユイナの提案にガズルとヤマトが驚く。

「あそこに行けばなんとかなる気がするんだー」
 そっとカップをテーブルに戻したユイナは何か考えがあるらしく、穏やかな笑顔になっていた。

「……ガズルさん、船で送ってもらうことは可能ですか?」
 ヤマトがそう切り出すと、ガズルはしかめっ面をして考え込み始めた。

 水の祠はこの街から船に乗っていくことのできる場所であり、ちょうど近海と遠洋の境あたりに位置していた。
 近くならまだ船が出せるというのは昼のお店での彼の発言で言質がとれている。

「あー、微妙なラインだな……行けなくはないかもしれないが、空の状況次第ってところになるな」
 だが二人にはその答えで十分だった。

「じゃあ、近くまでお願いします。見える範囲まで送ってもらえれば、あとは自分たちでなんとかしますので」
 フライングバードで飛んで向かうことも一瞬考えたが、安定しない空模様の変化に対応できないのと、海神の怒りというワードから考えて、ただの時化ではなく、何か結界のようになっている可能性も考えられた。

「わかった、だが時化が見えてきたらそこまでだからな」
 硬い表情で頷きながら、ガズルはヤマトとユイナであればなんとかしてくれそうだと感じていた。

「だが、すぐには船を出せん。状態の確認やメンテナンスをしないとだからな。明日の朝に、またここにきてくれるか」
「了解です。お茶ごちそうさまでした。それでは明日の朝、また伺いますね」
 大丈夫だと頷いたヤマトは笑顔でガズルに手を振って、家を出ていく。





「……ヤマト、よかったの? 水の祠に行くっていうのは思いつきだったんだけど……」
 ガズルの家を出て歩きながら本当にいいのかと心配そうな表情でユイナが問いかける。

「うん、あれでしょ。ユイナが以前に見つけたっていうやつ」
 ここでもゲーム時代の知識が役にたつ。禁断の地でもそうだったが、ユイナは直感力が強く、本来であれば隠されている仕掛けを見つけ出すのが得意だった。
 だからこそヤマトは彼女の思い付きをただの勘だと放置せず、試してみようという気持ちになったのだ。

「そうそう! 覚えてたんだ……多分なんだけど、あそこから海底神殿に行けるような気がするんだよねえ。仕掛けだけ見つけて、結局あの時、実際には何もしなかったんだけど」
 思い出すようにつぶやかれたそれはこれまたユイナの予感という曖昧なものだったが、ヤマトはこの予感にゲーム自体から何度も助けられたため信頼していると頷き返す。

「たぶん、大丈夫だと思う。だから俺たちも準備をしておかないとだね」
 これから向かう場所がどんな場所かわかっているため、ヤマトはその準備をしようと考えていた。

「……準備って何をするの?」
「戦力を少し増やそうと思ってね」
 ヤマトに言われて、何をするのかユイナはぴんと思いあたった。

「それじゃあ、街の外に行こう!」





 二人は街を出ると、近くにある森へと向かっていく。
 例の魔道具があった周囲に比べれば少ないが、それでも平野より森はモンスターが多く生息している。レベル40前後のモンスターが中心だ。

「このへんでいいかな?」
「そうね……いるいる。結構多い方かも」
 ユイナがミニマップを見て、モンスターの赤い点を確認していた。点在しているそれらは固まっているものもあればばらけているものもあるが、予想していたよりも少し多く見えた。

「――エクリプス」
 ヤマトが名を呼んでマウント用の笛を吹くと、どこからともなくエクリプスがやってきた。勇ましく登場したエクリプスは久々の呼び出しに嬉しそうである。

「それじゃ、いくぞ!」
 ヤマトはエクリプスとともにモンスター狩りに向かっていく。だがユイナはそれについていくことはない。

「――さて、それじゃ私も行ってこようかなー!」
 ひらひらと手を振ってヤマトたちを見送ったユイナは別行動をとるようで、ヤマトに借りたフライングバードに乗って別の場所に向かっていった。





ヤマト:剣聖LV195、大魔導士LV189
ユイナ:弓聖LV192、聖女LV178
エクリプス:馬LV15

空気の実
 飲み込んだものは丸一日水中で空気ができるようになる。口にすると、頬のあたりにエラのようなものが一次的にできる。
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