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第三十四話

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 二人は誰にも会うことなく奥に進み、中央に鎮座する祭壇の前まで移動する。道の終わりでぽっかりと開いた空間にはボロボロに朽ち果てた四隅に立つ石の柱の真ん中に、ひと際存在感を放つ四角に似た形のものがあった。

「――これ、のはずだよね?」
「うん……なんか古ぼけた感じだけど、これで合ってるはずだよ」
 二人は荘厳な雰囲気を醸し出すはずである祭壇の雰囲気が覚えているものと異なるため、大きな違和感を感じていた。それでも先に進む足を止めずに祭壇へと近づく。

 二人の記憶にあったここの祭壇は、洞窟の中とは思えないほど存在感を放つ美しい四本の石柱の真ん中に配置された、これまた不思議だが引き寄せられるような綺麗で滑らかな材質でできたものだった。
 ところが目の前のそれは朽ち果てたように古く、埃がつもり、ところどころ欠けている。蔦が絡みつき、苔が付着しており、まるで何百年もの時が経過しているように見えた。

「とりあえず、できるかどうかやってみよう」
 ここまできて何もせずに引き返すという考えは二人にはなく、ヤマトの提案にユイナは頷いていた。

 内心緊張しながらもヤマトが祭壇に手で触れて、メニュー画面からアクセスしようと試みる。
 彼が触れた瞬間に壊れていそうな雰囲気など皆無だったかのように明るい画面が二人の前に現れた。


『システム起動。邪竜の試練を越えし者、汝らに新なるものへと成る機会与えん』


「――やった! 大丈夫だ、機能は生きているみたいだ」
 ヤマトはこれが目的であったため、望みのものを得られることに喜んでいた。ほっとしたように息を吐く。

「さて、それじゃあ早速やるよ」
「うん!」
 大きく頷きあった二人。ヤマトが先に一歩前に進むと、彼の目の前には一つの画面が浮かんでいた。


『汝、新たなる力を受け入れるか?』


 画面に浮かんだ質問に対するヤマトの回答はイエスであり、そちらをすっと指でタップする。すると、ヤマトの身体が眩い光を放ち、しばらくの後にそれが収まる。

「じゃあ、次は私だね!」
 ヤマトが終えたのを確認すると、ワクワクを抑えきれない表情のユイナがぴょんと前に出て同様の手続きを行い、こちらも同じく光に包まれる。

 それを終えた二人は笑顔で頷きあった。先ほどの光を浴びてから自身に漲る力がそれまでとは圧倒的に違うことを感じ取っていたからだろう。




 ヤマトに起こったのは、剣士と魔術師の上位職へのクラスチェンジ、そして上位種族への転換だった。
 ヤマトはゲーム時代の本来の種族であるハイヒューマンへと変化していた。

 上位種族になることで、全てのステータスが底上げされる。それはレベルがいくつか上がった程度の範囲に収まらず、全く別物に生まれ変わったほどの力の変化が起こる。

 そんなヤマトの現在のステータスが以下になる。



**********************
名前:ヤマト
性別:男
種族:ハイヒューマン
職業:剣聖LV45、大魔導士LV38
**********************




 剣聖――つまり剣を極めたものという意味だが、この名が表すように剣にまつわる多くのスキルを使いこなすことができる。また装備した剣の力を本来の倍の威力に引き出すことができるというものだった。

 大魔導士――複数の属性の魔法を上位のクラス8以上の力で使うことができる。また、クラス1や2などの低いものでも、その威力は魔術士の頃より圧倒的に底あげされている。


 ユイナのステータスもヤマト同様に強化されていた。




**********************
名前:ユイナ
性別:女
種族:ハイエルブン
職業:弓聖LV41、聖女LV26
**********************




 弓聖――こちらは弓を極めた者であり、剣聖同様に弓にまつわる多くのスキルを使いこなすことができる。また、これまた同様に弓の力を本来の倍にまで引き上げることができる。

 聖女――女性のみが就くことができる職業で、クラス8以上の回復魔法や補助魔法を使うことができる。またクラス1や2などのクラスの低いものでも、その威力が底上げされる。



 本来、この祭壇による上位解放は、高難易度コンテンツを攻略したプレイヤーにのみ解放されるものである。しかし、それを抜け道を使って今回二人は解放したこととなる。

 この抜け道は何度も何度も通い詰めていた二人が偶然見つけたものであり、その情報は外部には漏らさないようにしていた。始めたてのプレイヤーがこれを知って、一気に上位に駆け上がってもプレイヤースキルがついていかないと判断したためだった。

「へへっ、なんか力が漲ってくるねー!」
「元々あった力を取り戻しつつある感じだね」
 ゲームであれば数値や文字による変化だけであったが、今の二人は実際に自分自身の身体に新たなる力が宿ったのを実感していた。漲る力をひしひしと感じ取ったユイナはぐっと力こぶを作ってアピールしている。

「抜け道を利用した裏技だけど……いいよね」
「うん! この力でアレを解決しよう!」
 大きく頷いたユイナがいうアレとは、件の大平原のモンスターのことだった。彼女はキャティとラパンをはじめとするアニマ族のみんなが笑って過ごせるようにと改めて気合を入れていた。

「うーん、それもそうなんだけどね……多分その前にあるよ」
 きっと彼女が忘れているのだろう目の前の問題を示すようにヤマトは視線を入って来た入口へと向けていた。
「あー、そうだねえ……やれるかな?」
 やっと思い出したようにハッとしたユイナは少々不安になっていた。いくら上位解放しても大きなレベル差が埋まるわけではないからだ。

 ゲーム時代は十分なレベル上げと装備を整えてきた場所。今回はその時の経験だけが二人の最大のアドバンテージだ。

「そのために、あれがあるんだよ」
 安心させるように笑ったヤマトは祭壇の奥に視線を送る。そこには二人が気づいてくれるのを待つように大きな宝箱があった。
「……あっ! そうだったね!」
 ぱあっと表情を明るくしたユイナはプレゼントを開ける前の独特の高揚感に包まれていた。

 選んだ職業の専用装備――それが大きな宝箱の中に入っている。
 いろんな職業があるエンピリアルオンラインでは装備も職業に合わせた専用のものがあり、その装備をつけると能力の発揮に役立つ。上位開放した冒険者たちの助けとなるようにこういう宝箱が設置されていたのだ。

「あっけよ! あっけよ♪」
 待ちきれないというようにユイナは歌いながら宝箱へと向かっていく。期待に胸を膨らませながら勢いよく大きな宝箱を開ける。

 開いた瞬間、二人のアイテムボックスの中へとそれぞれの職業に応じた装備セットが格納されていった。目の前には空の宝箱があるだけだ。

「おおう、ビックリしたー。自動で振り分けられるんだねー……ってことは私は弓の装備かなあ?」
「俺は剣装備で……ちょっと魔法系もつけておこうか」
 それぞれアイテムボックスを確認してみると、ヤマトは剣聖と大魔導士の装備セットが、ユイナは弓聖と聖女の装備セットが渡されたため、その中でこれからの戦いにあったものをチョイスしていた。

「――これがあれば、なんとかなりそうだね」
 ほとんどを合流のために使ったためにお金がない二人にとって、タダで手に入る装備がありがたかった。しかも、それがかなりの高ランク装備といえばなおさらだった。


 ヤマトが身に着けたのは剣聖の装備一式、アクセサリのみ大魔導士の装備を身に着ける。
 ユイナは弓聖の装備一式を身に着けていた。


 そして、二人は元来た道を戻って、最終形態のトカゲの長が眠るホールへと向かって行った。





ヤマト:剣聖LV45、大魔導士LV38
ユイナ:弓聖LV41、聖女LV26
エクリプス:馬LV15

剣聖の装備セット
 職業剣聖に就いたものに与えられる剣聖初期装備一式。武器から防具、アクセサリーが揃っている。
 初期装備といっても、剣聖のものであるため、高位ランクの力を秘めている。

大魔導士の装備セット
 職業大魔導士に就いたものに与えられる大魔導士初期装備一式。武器から防具、アクセサリーが揃っている。
 初期装備といっても、大魔導士のものであるため、高位ランクの力を秘めている。


弓聖の装備セット
 職業弓聖に就いたものに与えられる弓聖初期装備一式。武器から防具、アクセサリーが揃っている。
 初期装備といっても、弓聖のものであるため、高位ランクの力を秘めている。


聖女の装備セット
 職業聖女に就いたものに与えられる聖女初期装備一式。武器から防具、アクセサリーが揃っている。
 初期装備といっても、聖女のものであるため、高位ランクの力を秘めている。
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