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プロローグ

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日本最大級オンラインゲーム「エンピリアルオンライン」
最初の販売から十年経ち、総プレイヤー数は一千万人とも言われている人気ゲーム。

このゲームが人気を博している理由。

 一つ、日本初の本格的VRMMOであること。過去に何作も出ているが、それらをはるかに凌駕するほどのクオリティを誇っている。

 一つ、キャラメイクに始まり、アイテムの加工から、戦闘スタイル、装備の種類などの自由度が高く、それぞれが好きなようにプレイすることができる。

 一つ、攻略サイトは規約で禁止になっている。そのため、それぞれが模索しながらプレイをし、情報というものにも価値がでるようになっていた。

 これらのことにより日本人だけでなく、諸外国のプレイヤーも次々に参加していった……。


 これまで幾度ものアップデートが行われ、ついにバージョン12になったところでグランドクエストの最終ボスが実装された。
 多くのプレイヤーが沸き立ち、こぞってボス攻略に望んでいく。

 一度に挑戦できるのは、六人パーティが一組。
 このゲームでは、ダンジョンやボスなどを一番最初に攻略したパーティメンバーの名前が記録されることになっていた。

 正真正銘のラスボス。その最初の討伐者になることはプレイヤーにとって誇り高きことであり、多くのプレイヤーが躍起になって攻略に挑んでいた。

 しかし、実装後、半年経っても攻略報告は一つとしてあがってこなかった。
 その理由は一つ……ラスボスが強すぎる――ただその一点に集約される。

 何度も挑戦するうちに攻略会議なども色々な場所で行われ、ゲーム内で攻略組と呼ばれる上位プレイヤーが集まって情報のやりとりも行っていた。

 そして、半年経った今日、これまで沈黙を守っていた日本サーバーで第一攻略に一番近いと呼び声高いプレイヤーが動くこととなる。これまで彼らの名が刻まれたダンジョン攻略記録は数えきれないほどだ。

 都内某所で、エンピリアルオンラインにログインした一組の男女がいた。

「――ヤマト、装備もアイテムも準備できてるよね?」
「もちろん、そういうユイナは?」
 信頼を込めた眼差しとともにヤマトと呼ばれた男性はユイナと呼んだ女性の質問にしっかりと肯定の返事を返すと、彼女に同じ質問を返す。二人の胸元には揃いのデザインがされた銀色の指輪がチェーンに通され、輝きを放っている。

 この二人が日本人で最も上位にいると言われているプレイヤーだった。

 一目で強力なものとわかる剣と盾を持ち、ラスボス目指してダンジョンを走る男性プレイヤーの名前はヤマト。
 彼は剣をメインにしているが、その他にも様々な武器だけでなく、魔法も使いこなす最古参のプレイヤー。

 普段は穏やかでおおらかな性格だが、戦闘になると一気に戦士としての鋭さが際立つ。短めに整えられたこげ茶気味の黒髪が彼の爽やかな雰囲気を醸し出していた。しなやかに引き締まった肉体はいわゆる細マッチョといった身体だ。

「もっちろん、みんなも大丈夫だよね!」
 ヤマトの問いかけに元気よく笑って返事をする女性プレイヤーの名前はユイナ。
 細剣を使いつつも、魔法を同時発動して戦うスタイルをメインにし、他にも各種の魔法を使いこなす。そのため、サポートから遠隔攻撃にも長けている。

 愛らしい見た目に、肩で切りそろえられたワインレッドの髪を揺らしながら彼女は攻撃準備に入っていた。好戦的に微笑むその表情からも活発そうな性格をにじませている。
 元々はヤマトに誘われてこのゲームを始めた彼女だったが、今ではすっかりハマって、ヤマトと肩を並べるほどのプレイヤーになっていた。

 彼ら二人が揃えば倒せない敵はいないと呼ばれるほどで、ベストパートナーとして互いのことを認め合っている。

「おー!」
「当然でしょ……?」
「大丈夫」
「……(こくり)」
 ユイナが声をかけたみんなとは、今回のクエストを一緒に攻略しようと集まった個性豊かなメンバーだった。共に組んだ仲間、そしてヤマトとユイナを合わせて総勢六人のパーティ。




 そして今、彼らがいるのはグランクエストのラスボスがいるというダンジョン――そこにある禍々しい雰囲気漂う城の中だった。

「いよいよグランドクエスト最終章だね!」
 心地よい緊張交じりのユイナの声掛けに一同は感慨深い表情で頷いていた。

 彼らのレベルは全員千。今回のアップデートで上限がレベル九百から一気に千に上がったことで、多くのプレイヤーはレベル上げに時間を費やすこととなる。
 ヤマトとユイナは最も効率の良いレベル上げをして、他のプレイヤーに先んじてレベルを上げきっていた。

 二人はレベルが千になってもすぐには挑戦しなかった。
 彼らが千レベルに到達してからまず行ったことは動きを完全に把握すること。装備を揃え、新しいスキルを覚えてもそれらを使いこなせなければ意味はなく、どんな効果があるか確認しなくても自然とわかるようになっておきたいという考えだった。

 今回参加したメンバーは、所属しているギルドは異なるものの、元々二人とはフレンドであり、彼らとともに連携の練習もしていた。

「それじゃ……突入前に――ヤマトお願い」
 ここまでユイナが仕切っていたが、あくまでこのパーティのリーダーはヤマトであるため、戦闘前の声かけを譲る。

「……ここまでかなりの訓練をやってきた。情報もできる限り集めたつもりだ、俺たちなら勝てる。初クリアの一覧に名前を刻もう!」
 ぐっと拳を作りながらのヤマトの言葉に五人の表情は意気揚々としたものになり、気合が漲っていた。

「――それじゃ、いくぞ!」
 大きな扉がゆっくりと開かれていく。禍々しい雰囲気がぶわりと一気に濃密なものとなってヤマトたちの身体に吹き付けた。

 この先に待っているのは、最強の魔神と呼ばれる災厄の神。
 最強と呼ばれるプレイヤー夫婦率いるパーティと魔神の戦いが始まる……。



 グランクエスト最終章といわれるだけあり、災厄の神との戦いは熾烈を極める。

 ありったけの回復薬をつぎ込み、持てる限りの強化アイテムを使う。
 情報にあったボスの行動に対する最善の動きを選択し、隙を縫うように攻撃を繰り出していく。

 使われる魔法や攻撃は補助魔法や効果を重ねられるだけ重ね、それぞれの発動タイミングも流れるようによどみない。

 時間にして二時間は経過したところだろうか……ボスが今まで誰の情報にもない動きをしてきた。
「――きたぞ! 最後の行動パターン変化だ!」
 ヤマトのかけ声に表示されているターゲット情報をメンバーが見ると、ボスのHPゲージは一割を切っている。ボスはHP減少とともに大きく行動パターンを変えて、新しい技を使ってくる。

 そしてこれがボスの最後の大技だった。
 大技発動前のすさまじく恐ろしい気配がステージを包み込む。

「予定どおりだ!――“絶対守護の陣”!」
 しかし、ヤマトたちはこれを予想していた。最後のボスともなれば、全範囲に大きなダメージ攻撃をしてくるだろうと。
 彼がメンバーたちより一歩前に陣取ると、最大に防御強化し、更にスキルでバリアを張って攻撃を防ぐ。

 絶対守護の陣は前衛職最高の防御スキルである。再使用までかなりの時間を使うため、使いどころを見極める必要があったが、パーティメンバーを強力なバリアで包む効果があった。ユイナの補助魔法がその効果をさらに高める。

「まだまだだ」
 だがそれに満足することなく、ヤマトは仲間たちを守る結界から一歩外に出て、自身にかかる防御強化も消去すると左手で盾を構える。

 彼が持つ盾の名前は【神話の盾】。ありきたりな名前だったが、それこそこの世界の神話に出てくる盾であり、正式な名称はつけられていない。

「“シールド解放”!」
 そして、盾の力をヤマトは解放する。この神話の盾にはある特別なコンボを発動すると強力な攻撃を生み出せる。

 だが一度しか使えないとっておきのこの盾の本来の力――それを使うためにはヤマトは防御効果を外して攻撃を神話の盾で受ける必要があった。

「ヤマト、いくよ」
「おう!」
 そして、ニッと笑ったユイナは結界の中からヤマトの背中に優しく手を触れる。

 その動作でボスの攻撃の発動と同時にユイナはヤマトに回復魔法をかけていく。ボスの攻撃を受けながら、そしてその攻撃で倒れることのないように。

 そして発動されるボスの攻撃でヤマトたちは目の前が光で埋め尽くされる。
 光が収まり、視界がハッキリしてくるとボスが渾身の攻撃を使って疲労しているのが見える。

「ヤマト!」
 ユイナは自分の手の先にいるヤマトが攻撃を受けながらも立っていることを確認する。この瞬間、ヤマトたちは勝利を確信していた。

「“ソード解放”!」
 神話装備の剣と盾。この二つは一対の装備であり、盾で受けた攻撃をプレイヤーの身体を通して剣に伝える。そして、剣はその攻撃を増幅して放つという力があった。
「――神話の……剣!」
 強い力が奔流しているのをしっかりと感じながらヤマトが武器銘を口にすると剣からすさまじい勢いの一筋の閃光が放たれる。

「いけええええええ!」
 ヤマトの攻撃をみて声をあげながら、彼の攻撃を後押しするように他のメンバーも攻撃を加えていく。
 それは最強と呼ばれるにふさわしい、見る者を魅了させるほどの苛烈さを美しさを内包していた。

 そして、神話の剣が周囲を白く染めるほどの光を失ったのと同時に、ボスのHPバーが0を表示され、その身体が地に倒れた。


《Congratulations!!》


 輝くようなそのシステムメッセージがボスの討伐の証。
 半年間多くのプレイヤーが望みに望んだグランドクエストラスボス討伐、誰もが果たせなかった悲願をヤマトたちは見事達成した。

「っ……や、やったあああああ!」
 誰ともなく、声をあげ勝利を祝う。飛びつくように抱き合うユイナとヤマト。他のメンバーも彼らを取り囲むように抱き着いて感動を分かち合っていた。
「すごい! すごい!! やったよ!」
 これまでにない達成感に包まれた全員が同じ気持ちであり、心から勝利を喜んでいる。

「――ん?」
 みんなが喜んでいる中、ヤマトはボスが動いたように見えた気がした。抱き着いていたユイナが彼の異変に気づく。
「……ヤマト、どうかした?」
「いや、なんかボスの死体が動いたような……」
 訝しげな表情でヤマトが口にした瞬間、六人の身体は城の前に強制転移されてしまった。

「一体何が……?」
 いきなり強制転移されたヤマトをはじめとするメンバーたちは勝利の喜びから一転、困惑に包まれた。
 通常であれば、ボス撃破のあとに現れる宝箱から報酬としてアイテムを回収し、初クリアであればシナリオムービーが流れるはずだっただけに、この現象は奇妙なものだった。





ヤマト:レベル1000
ユイナ:レベル1000

神話の盾
 今より昔、神々が地上で生活をしていたと言われる時代
 鍛冶の神によって生み出されたといわれている盾
 本来の名称は失われ、神話の時代の盾という意味で現在の呼び名となる
 一度に受けたダメージが大きい場合、盾はその力を吸収することができる

神話の剣
 今より昔、神々が地上で生活をしていたと言われる時代
 鍛冶の神によって生み出されたといわれている剣
 本来の名称は失われ、神話の時代の盾という意味で現在の呼び名となる
 神話の盾とは一対の装備であり、神話の盾が吸収した力を増幅して放つことができる
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