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第五十八話 タモツの遺言

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「おい、お前が仕組んだのか?」
 ガレオスは一度口を開いて以降黙っていたゼムルに問いかける。
「……私はただそやつの手伝いをするよう命じられただけだ。それ以外のことは知らん。それに、そやつが負けたらこちらの負けにするというきまりじゃからわしはこれで引き上げよう。それ、倒れている者たちの捕縛も解除しよう」
 緩やかに首を横に振ったゼムルによって、フランたち動きを封じられていたものたちが意識を取り戻して突如戻った意識にぐらつく身体を起こしていく。

「それではわしはもう行こう。もし、次に戦うことがあったらお主と戦えることを楽しみにしておる」
 もうここに用はないとゼムルがマントをひるがえすと、次の瞬間にはその場から姿を消していた。気配を追おうにも感知できるものは何もなかった。
「八大魔導第二位は健在みたいだな……」
 深追いしてもどうしようもないとガレオスはゼムルが消えた空間をしばらく見つめてから、倒れている瀕死のタモツに視線を戻す。

「タモツ、一体何があった?」
「はぁはぁ、八大魔導の第一位、あいつはやばい、です。人の心を操ります……隊長、気を付けて、下さい」
 息も絶え絶えといった様子の彼は残った力を振り絞るようにそれだけ言い残すと静かに息を引き取った。
 すっと閉じられていく瞳をじっと見つめていたガレオスは騎士隊時代のタモツのことを色々と思い出す。どの記憶の中でもタモツはいいやつだったという物しかない。
「タモツ……」
 今となってはどこまでがタモツの意思で、どこまでが操られてやったことなのか。それはガレオスにもわからないことだった。

「た、隊長。ご無事ですか?」
 一人立ち尽くしているガレオスに向かって心配するようにそっとフランが声をかける。
「あぁ、タモツは俺が倒した……」
「……お疲れさまでした。隊長がご無事でよかったです」
 ちらりと側で倒れているタモツの死体を確認したフランがかけた言葉がこれだった。どんな慰めの言葉をかけたとしてもきっと意味のないことだろうと、あえて普段通りでいることを選んだ。

「あいつは操られていたのかもしれない。事実はわからないが、八大魔導の一位は心を操る魔法の使い手だというのがタモツが最後に言い残した言葉だ」
 淡々と語るガレオスのその言葉にフランは一瞬驚きの表情を見せるが、すぐに冷静ないつもの顔に戻る。
「もし、そうなのであればホムラ隊長ほどの方の心を操るとは相当の実力者ですね……」
 八大魔導の二位以下は情報が明らかになっているものがほとんどだが、一位だけはこれといった情報がなく、空白なのではないかと噂する声もあるくらいだった。だがタモツが死の間際に言い残した言葉が本当ならば、心を操る者を相手にするのは簡単なことではないだろう。

「なんにせよ頭がやられたことも徐々に伝わってこの城を取り戻したことが広まっていくでしょ」
 そこに現れたのは、別の場所でタモツに気絶させられていたリョウカだった。扉の所で毅然と立つ彼女は大きな怪我もなく、いつもの強気な表情だ。
「タモツが裏切り者だったなんてね……」
 だがそんな彼女も気絶させられる前のことを覚えており、ゆっくりとガレオスたちに近づき、そのそばで死んだタモツの顔を見ながら複雑な表情になっていた。かつての仲間であった以上、敵側についたとしても思うところがないわけではなかったからだ。

「俺の部下だった頃には全くそんな素振りはなかったんだが……ゼムルの話によれば、タモツが倒れた時点で俺たちの勝利ということらしいからな。あとは残党がいないか確認して、全て終わったらリーナによる解放宣言ってところか」
 第一隊として一緒にやっていたころのタモツと先程戦ったタモツのことを思うとガレオスの心にもモヤモヤするものがあったが、まずは国を取り戻すことを優先することにする。それが彼らの悲願であったからだ。
「タモツをこのままにしておくわけにもいかんな。端に寄せてこれをかけておくか……なに!?」
 そう言ってガレオスたちが再度タモツに視線を戻すと、そこには先ほどまであったはずのタモツの姿がなかった。まるで最初から何もなかったかのように気配すらない。

「い、いない。タモツが消えた!」
 慌てるガレオスに他の起きて来た隊長たちも周囲を確認するが、だれもが自分たち以外の気配は感じられなかった。近くにいたフランやリョウカさえ気づかない間にいなくなったことで余計に混乱していた。
「何者かがわしらに気付かれんように連れ去ったんじゃろうな……まだ城の中に隠れておるかもしれん、残党がいないか確認しつつ手分けして捜索にあたるぞ」
 警戒を緩めることのないイワオの指示に従い、ガレオスたちは城内の捜索にあたった。
 また、それと同時にフランにはエリスたち後衛組に戦いが終わったことの連絡、そしてリーナを城に連れてきてもらう任務が割り振られる。

 ★

 それから数時間後、広間にて

「結局、魔法王国の兵士を捕縛した以外には誰もおらんようじゃな」
「そうね、私と戦っていたフリオンの姿も見当たらないから一緒に連れて行かれたんでしょうね」
 結局今度こそ決着をつけられると思っていたリョウカはフリオンを倒しきれなかったことに苛立ちを覚える。
「タモツって言ったか。あんなやつが八大魔導にいるなんて話は初耳だ。俺が聞いた四位は、風の魔法の使い手だったはずだからな」
 顎に手をやりながらバーデルは魔法王国所属時に聞いた話を思い出してそう話す。彼の言葉に偽りは感じられず、これでは魔法王国内でも統制がとれていないのかと思わせるものだった。

「外に残した隊員に確認したが、同じく八大魔導のアンスも姿を消したということだ。俺が気絶に収めたのがまずかったな……」
 ガレオスたちは勝利したものの、相手の戦力を削ぐことができなかったことに一抹の不安を覚える。
「ま、まあ、過ぎたことは仕方ないよ。城を取り戻せたことを喜ぼう」
 なんとかこの場の空気を変えたくて、明るい声で言うショウだったがこの場の空気は重いままだった。みな揃ってまだなにかあるのではないかとざわつく心を無理やり見ないようにしていた。今この周辺国にはなにが起こっているのか、なぜあの時クーデターが起こったのか、結局原因がはっきりしないことも不安感をより煽っている。

 しばらくすると、広間の大扉が開かれてフランに連れられてリーナがやってきた。
「みなさん! ご無事でしたか、よかったです……」
 少し駆け足気味で近寄って来た彼女は広間にいる面々の様子を見て、目に見えた怪我をしているものはおらず、そのことに安心して胸を撫でおろす。
「リーナ、この城にいた八大魔導は全て倒した。これでこの国は取り返せたぞ!」
 ここに来るまでにフランに一連の話を聞いていたリーナだったが、改めてガレオスに力強い口調で言われたことで実感を持つ。様々な思いが胸にこみ上げた彼女の目からはポロポロと涙がこぼれていた。

「爺さん、あとの段取りはあんたに頼むぞ。俺は小難しいことはよくわからんから、近隣の残党狩りや各地にわかれた隊員の調査に回らせてもらうからな。じゃあなっ!」
 逃げるようにガレオスはそう言ってこの場をあとにしようとするが、まるで最初から分かっていたかのようにイワオが素早い動きでガレオスの前に回る。
「じゃあな、で済むと思ったかの? お主は隊長格なんじゃから、城にいてもらうに決まっておろうが!!」
 それらしいことを言って逃げ出そうとするガレオスのことを見抜いていたイワオが叱責する。

「リョウカ、ショウ、エリスもそうじゃ! お主らは城や国の立て直しが終わるまで休みがとれると思うな!」
 巻き込まれたように他の隊長たちも叱責を受けた。自分たちもあわよくば逃げ出そうとしていた気持ちがあった彼らはぎくりと身体を揺らしたのち、大人しく了承した。
「ふ、ふふふっ、みなさんがいれば安心ですね」
 戦いの跡が残る王の間でイワオに叱られている子供のような隊長たちを見て、リーナは笑顔を取り戻していた。以前城で隊長たちが話しているのを見たことがあった彼女はこうやって少しづつ失われた時間を取り戻していくのだろうなと柔らかな笑みを浮かべていた。
「はあ、仕方ないか。爺さん、それじゃあ指示だけはしっかり出してくれ。俺は言われた通りに動く……」
 細々したことが苦手なこととはいえ、ようやく城に戻って来れて嬉しそうに微笑むリーナを放っておくわけにもいかず、ガレオスは観念した様子だった。

「うむうむ、まずはじゃな……」
 早速といった様子でイワオが各員に指示を出し、サングラム王国は復興にむかって動き始めた。
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