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第五十六話 タモツ=ホムラ

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 余裕たっぷりで座るタモツは声を荒げるガレオスを見て笑っている。
「相変わらず声が大きいですね、ガレオス隊長。僕がなぜここにいるか、それは見ればわかるんじゃないですか?」
 両手を広げたタモツはいやらしくにやにやと笑っている。それを見て余計にガレオスの怒りが増す。
「ガレオス、落ち着くんじゃ」
 強い者の怒りは空気の流れをも変えてしまう。それを抑えようとイワオが興奮気味のガレオスに声をかけるが、彼も内心では動揺していた。

「あぁ、今はイワオさんがみんなをまとめているんですか? 確かにあなたは隊長格の中でも最年長者だから適任者でしょうね」
 二人のやり取りを見ていたタモツはうんうんと頷きながら感心していた。強さでいったらガレオスがまとめていてもおかしくないと彼の強さをしていたタモツはそうきたかと思っていた。
「ホムラ隊長、先ほどのガレオス隊長の質問の続きをします。一体なぜあなたが、我々と敵対するような立ち位置にいるのでしょうか?」
 フランは混乱している一同の中でも一人冷静であり、その質問を投げかける。
「あぁ、フランさん。やはりあなたは冷静な方だ、僕よりもガレオス隊長の副官にふさわしいです。僕は暴走するガレオス隊長を止められませんでしたからね」
 ふふっと笑うだけでタモツは質問に答えず、ただフランを称賛する。遠い昔の話のように語るそれは彼がガレオスの下で働いていた時のことだった。

「それはどうも。それでは答えをお聞かせ下さい」
 はぐらかされまいとフランは答えを求める。ここで彼に流れされてしまえば、一気に流れを持っていかれてしまうと思ったからだ。
「ふふっ、やはりあなたのことは誤魔化せないようですね。ならばお答えしましょう。まあ、予想もできているでしょうけど……僕がここにいるのはあなた方の手助けに……ということはもちろんないです。僕は元武源騎士団第一隊長であり、八大魔導序列第四位、剣のホムラだからですよ」
 彼の言葉のとおり、敵方についたことはこの場にいる誰もが予想していた。しかし、武源騎士団の一員だった彼が八大魔導の、それも序列四位にいることに驚いていた。武源騎士団に入るためにはまず自らの武の源を呼び出して武器という形にする腕輪をつけて、魂に紐づく戦う力を具現化できるほどの力を持った人間が選ばれる。それと同じように八大魔導もただ魔力が高いから選ばれるわけではなく、魔法、魔力を扱う能力に長けているのが前提にあり、更にその上で他を凌駕する魔法を使える者が選ばれる。
 つまりは彼は武も魔法にもたけている存在であるという事である。

「いつからだ」
 怒りを抑えた低い声でガレオスが尋ねる。
「いつから、と聞かれたら答えはこうですかね。最初から、と」
 あっけらかんと答えたタモツは騎士団に入った当初から頭角を現して、あっという間に第一隊副長の座に上り詰める。そして、ガレオスが第七隊を立ち上げた際に、第一隊長の座を譲り受けた。
 それは彼の人格や腕前が信頼に足ると考えられたためだった。

「じゃあ、俺の目は節穴だったわけか」
 人の本質的な部分を見るのが得意だと思っていたガレオスは悲そうな表情でタモツのことを見ていた。信頼し、その立場を預けた者が国を裏切るなど信じられなかったのだ。
「隊長……」
 彼の心の痛みを感じたフランはガレオスにいたわるような視線を送ったあと、彼を苦しめているタモツを睨み付ける。
「ふふっ、はははっ、滑稽だね。僕が悪いのかい? いや、見抜けなかったあなた方が悪いのさ。恨むなら僕ではなく、間抜けな自分自身を恨むことだね」

「全くそのとおりだな、自分自身のアホさ加減に嫌気がさす。だから……俺の手でお前を倒そう。武源解放!」
 いつまでも悩むのが性に合わないガレオスは直接手を合わせて決着をつけるべく、両の手にいつもの二刀を顕現させる。
「ふふふっ、ガレオス隊長と手合わせできるなんて楽しみだなあ。武源解放」
 腕輪にそっと手をあてたタモツも自分の武源を開放する。現れた彼の剣の銘は『一文字』。
「みんなは手を出すなよ」

 自分の失態は自分で取り戻すとガレオスが声をかけるが、誰からも返事が返ってこない。そのことに違和感を感じて周囲を見渡すと、この場にいるガレオスとタモツ以外は動きを封じられていた。
「大丈夫ですよ。僕の仲間が他の人の動きは止めてくれているので」
 のんびりと告げたタモツの言葉に思い当たる人物の気配を感じ取ってはっとしたガレオスは視線を上に向ける。
「久しぶりじゃな」
 そこには空中に老人が浮いていた。長い白髪、長い白鬚、そして、全てを睨み殺すかのような鋭い目。ガレオスは見覚えがあった。

「ゼムルか……何をした?」
 彼は以前ガレオスと戦ったこともある八大魔導の一人、虚無のゼムルだった。彼は髭を撫でながらこちらをじっと見据えている。
「ふむ、安心せい。ただ気絶してもらっただけじゃ、お主らの戦いが終われば目覚めさせることを約束しよう。念のためいっておくと、わしはガレオス、お主の戦いぶりに興味があるだけじゃ。手は出さん」
 そう言うとゆっくりとゼムルは玉座の横へ移動し、その場に静かに座り込んだ。

「ゼムルさんはおっかないですけど、信用して大丈夫だと思いますよ」
 一番信用できない人間に言われたため、ガレオスは複雑な表情になっていた。だが今は目の前のタモツに意識を向けることにした。
「……まあいい、ゼムルよりもまずはお前だ。タモツ、俺が引導を渡してやる」
 その内側に宿る怒りすら武の源に変換し、二刀を構えてタモツに向かって歩いていくガレオス。
 そして笑顔を崩すことなく、剣を手に玉座から立ち上がってガレオスへと向かって歩いていくタモツ。

 二人が、互いの間合いに入った瞬間、戦いは始まった。
「紅蓮と疾風ですか、それじゃあ僕の一文字は止められませんよっと!」
 タモツは一文字を使いガレオスに何度も斬りかかる。それは二刀でも抑えきれないほどの苛烈なものであり、二刀とも刀身にダメージを受けてボロボロになっていく。元武源騎士団第一隊長の名はその実力に違わぬものだという戦い振りだった。
「やるな、ならば……武源解放!」
 次にガレオスが呼び出したのは、大剣だった。

「それは見たことがありませんね」
 軽口をたたきながらもタモツの攻撃は止まらない。初めて見る武器だろうと戦う相手は変わらないといった飄々とした態度だった。
「初めて使う武器だからな。爆撃!」
 タモツの一撃に合わせて大剣を振り上げる。そして武器同士がぶつかった瞬間にガレオスがキーワードを口にした。
 すると大剣を中心に爆発が起こり、その爆風でタモツは勢いよく後方に吹き飛ばされた。

「ぐうっ、全くガレオス隊長のやることは無茶苦茶すぎる。この近距離で爆発を起こすのはありえないでしょ!」
 咄嗟に受け身をとったタモツのダメージは軽微だったが、ガレオスの次の行動の読めなさには辟易としていた。
「これぐらいはいつものことだ。それより、早く構えないと行くぞ」
 そうこうしているあいだにガレオスはタモツとの距離と詰めており、剣を連続して振り下ろす。相手に休む暇など与えない猛攻は繰り出すたびに鋭さを増していく。
「ちょ、ちょっと!」
 慌てて一文字で受けようとするが、先ほどの爆発を思い出して接触を避けるように回避に専念する。

「ほれほれほれほれ!」
 ガレオスの攻撃は衰えることなく、むしろ攻撃の速度は増していき、先ほどとは反対にタモツを追い詰めることとなる。
「くっ、それならこっちだって! 薙ぎ払え一文字!」
 防戦一方でいるわけには行かないと横に一閃した一文字は、広い範囲で横に剣戟を飛ばした。
「武源解放!」
 それを見たガレオスは新たな武器を呼び出してその攻撃を防いだ。攻撃がやんだときに彼が手にしていたのは、巨大な盾と鋭い槍だった。
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