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第四十三話 勝利条件

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「それで、どうするの? なんか、このメンツだけでもいけそうな気もするけど」
 一番に口を開いたショウの言葉は半分本気、半分冗談で言っていた。
「ふむ、それも面白そうじゃが……ことがことだけに、しかと準備をしていこうと思っとる」
 返すイワオの言葉も冗談のようで、半分が本気だった。ここにいるメンバーの実力を思えば強行突破、という作戦も考えられなくないからだ。
「修道院に行った時は魔法王国の砦を俺とリョウカとフランの三人で落としてきた。その相手の中には八大魔導も一人いた」
 唐突にガレオスが語り始める。低く響くような声は聞く者を惹きこむ力があった。

 その話を軍議に参加している一同は静かに聞いていた。彼の話には突拍子もないものもあるが、彼ならばなにかやってくれるという信頼が成せる状況だった。
「その時の作戦が、俺が一人で正面か突っ込んでいって敵を引き付ける。その間にリョウカとフランが別のルートから内部に入り込んで、内から崩すというものだった」
 ガレオスの作戦にイワオは頷く。
「ふむ、その手が無難じゃろうな」
「うーん、相手にどれくらいの戦力があるかわからないからねえ。隊長数人で引き付けて、残りのメンバーで裏門ってところかあ」
 腕を組んだショウがガレオスの言葉を、今回の王城に当てはめて口にする。

「どれくらいの戦力があるのかはおおよそわかっています」
 それはフランの言葉だった。自身の得意とする情報収集能力でたくさんの情報からより確実な戦力をはじき出していた。
「おぉ、それはすごいのう。さすがフランじゃ」
「フランの情報収集能力にはうちの隊も負けますね」
 イワオとエリスは感心している。エリスの隊は情報収集を得意としていたが、情報を整理するという意味ではフランの方が勝っていた。

「いえ、ガレオス隊長の功績です。隊長が戦った八大魔導を捕らえられたので……」
 ゆるりと首を横に振ったフランがずっと黙っているバーデルに顔を向けると、彼に視線が集中する。隊長格ともなるとその視線だけでも迫力があり、思わずバーデルの身体が緊張に包まれる。
「そういえば、その人ずっといるけど何者なの?」
 おおよその見当はついていたが、ショウが質問する。
「お、俺は、その」
 武源騎士団の隊長格に囲まれているため、緊張から頭が回らず、どう話せばいいのかとバーデルはどもってしまう。

「こいつは炎獄のバーデル、八大魔導第八位だった男だ」
 またもや躊躇う事のないガレオスの率直な物言いに、一番驚いているのが当のバーデルだった。
「ちょっ、ガレオスさん! もうちょっと言い方ってものが!」
 しかし、慌てているのはバーデルだけで、他の面々は落ち着いたものだった。自分の処遇について特に問い詰める者がいないことにバーデルは戸惑うばかりだ。

「ふむ、そうじゃったのう。こやつの情報なら信頼できそうじゃ。それで、我らの戦力で奪還できそうかのう?」
 イワオはバーデルの反応には触れず、フランへと質問する。
「恐らくは……こちらには武源騎士団の最大戦力である隊長格が五人いるので、負けることはないと思われます。城をとられたのも、隊長たちがみな出払っていたことが大きいですからね」
 城をとられたあの時の状況をこれまで何度も考えていたフランはそう判断していた。
「フランの判断なら安心じゃな。なら、正面からはわしとガレオスが副長たちを引き連れて向かおう。エリスは後方支援を頼む、リョウカとショウは別動隊で動いてもらおう」

 今現在ある戦力をイワオは振り分けていく。
 イワオは七隊長のうちで最高齢であり、騎士団の団長よりも年上であるため、大きな依頼の場合は彼が現場の指揮をとることも珍しくなかった。
「あ、あのー、俺はどうしたら……」
 それはバーデルの言葉だった。おずおずと手を挙げた彼はようやく混乱から脱したようだ。
「あー、お主がおったのう。どうしたものか……一つ聞くが、お主は元同僚を殺せるかの?」
 イワオは目を細めて、バーデルを射抜くように質問した。その言葉と視線はお前には覚悟があるのか、と問いかけていた。

「それはもちろん。俺は元々あの国の出身じゃないし、たまたま魔力が高かったから八大魔導になんて選ばれたけど、決していい思いだけしてきたわけじゃないからな」
 今までの落ち着かない様子は既に消え失せ、真っすぐにイワオを見つめながらのバーデルの言葉に迷いはなかった。
 そんな彼のことをイワオは無言のまましばらく見つめていた。
「……いいじゃろ、お主には我々と共に正面から向かってもらおうかの」
 覚悟を感じ取ったイワオはふっと視線を緩めるとそう発言する。
「了解!」
 それに対するバーデルの返事もはっきりとしたものだった。

「それで、今回は何をすれば私たちの勝利になるのかしら?」
 城を奪還するとなると自分たちが勝利したと周囲に知らしめる必要があるため、リョウカが確認する。
「そこなんじゃが、まずは城におる戦力の中で主力と思える者を倒すのが第一じゃ。そして残った敵を捕縛もしくは撃破したのち、姫嬢ちゃんに勝利を宣言してもらえればわしらの完全勝利といったところじゃろうな」
 ただ倒すだけでは隊長たちの暴走だととられかねない。何よりも、隊長格は裏切り者だといわれ手配書まで出回っている。世間からすればクーデターをまた引き起こした悪者扱いしかされないだろう。
「たしかに姫に宣言してもらえなければ、私たちはただの反逆者扱いかもしれないわね……」
 武力を持つ彼らでも、国家相手となれば政治的駆け引きがあることはわかっており、自分ではどうにもできないことがあることにリョウカの表情はすぐれなかった。

「あとは、姫嬢ちゃんが納得してくれるかどうかじゃな」
 これがリョウカの表情の理由だった。彼女は修道院にいる間リーナの護衛をしており、彼女と過ごす時間も長かった。それ故に、彼女が自分から望んでその立場を受け入れるとは思えなかった。
「リョウカ、大丈夫だ。もしダメだったら別の手を考えればいいだけだし、リーナは思っているほど子供ではないと思うぞ? フラン、リーナを連れてきてくれるか?」
 ここにきて、ショウとエリスは姫というのがリーナレシアのことだと理解する。姫である彼女が無事であったことに内心安堵していた。

「私はここにおります」
 扉が開くと同時に入って来たのはリーナだった。凛とした顔立ちでそこに立っていた。
「き、聞いていたの?」
 うろたえるようなその質問はリョウカのものだった。それに対してリーナは深く頷く。
「リーナ嬢ちゃん、わしらは国の奪還に向かおうと思っておる。しかし、ただわしらが戦っただけでは国民たちからすればただの反乱軍としかみられんかもしれん。じゃから……」
 ゆっくりと聞かせるような口調のイワオは直接的な言葉は選択しなかったが、暗にリーナがいなければ計画自体が失敗すると語っていた。

「リーナ、大丈夫だ。その時はその時でなんとかする。お前は自分がどうしたいか、それだけ考えて答えを出せばいい」
 しかし、その方法もガレオスの言葉によって塗り替えられてしまう。あまりに率直なガレオスにこの男は相変わらずだなとイワオは苦笑する。ガレオスがそう選んだのであれば、これも正解なのかもしれないとすら思いつつあった。
「ガレオスさん……でも、私がいないと困るんですよね? 私がいないと、城を取り戻してもみなさんが悪いと思われてしまう。それだったら……」
「リーナ! 俺の言うことを聞いていたか? 俺たちが困るかどうかじゃない、お前がどうしたいかで選べ」
 悲し気な表情で思い悩みながらも話し始めたリーナにガレオスは咎めるように声を上げた。
 大きな声で名前を呼ばれたため、リーナはびくりとしてしまうが、見上げたガレオスの目は真剣であり、自分自身でしっかりと考えなければいけないと改めて思わされていた。
「私は……」
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