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第三十一話 砦での攻防

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「あれね……」
 遠目にだが砦の姿がうっすらと見えてきたため、リョウカはゆっくりと馬車を停める。遠くに見える砦は話に聞いていた通り、要塞といえる規模のものだった。
「それで、何かいい作戦は浮かんだかしら?」
 振り返ったリョウカはこの中で司令塔といってもいいフランに尋ねた。
「三人なので起死回生の一発というのは難しいかもしれません。ですが、お二人がいるだけでいけそうではあります」
 武源騎士団の隊長格であるガレオスとリョウカの二人はそれぞれが一軍に匹敵する力を持っているため、例え力押しで行ったとしてもフランは勝つことはできると判断している。

「しかし、より確実な方法でいきたいですね……」
 悩んでいるフランにガレオスが一つ提案する。
「だったら、俺が正面から一人で向かおう。俺は細かい戦いは苦手だから、そのほうがいいだろう。身体もでかいし砦のやつらからの注目も集められるだろうから、陽動ってやつだな」
 その言葉にリョウカは頷く。
「そうね、あなたが正面から切り崩して、私とフランが裏か横から侵入して内から崩す。それが一番効率がいいわ」

「そう、ですね」
 フランも同様の案が浮かんでいたが、正面から進むガレオスが危険であるため、それを口にできずにいた。
「うむ、任せておけ。というか、二人とも早めに動いてくれよ? そうでなければ、俺一人で全滅させてしまうかもしれんぞ。はっはっは!」
 豪快に笑うガレオスを見て、フランは自分が悩んでいたことは小さなことだと思い始めていた。

「では、私とサカエ隊長は移動を始めましょう。ガレオス隊長はお好きなタイミングで向かってください」
 作戦を決めると、彼女の判断は早かった。馬車を脇にあった木の側に置くと、相手側に姿を観測されないようにして砦の背後に向かっていく。
「ガレオス、別に全部やっちゃってもいいわよ」
 ニッと不敵な笑みを浮かべたリョウカはそう言って足早にフランについていった。
「ふむ、やってみるか」
 一人残されたガレオスは腕組みをしながらまんざらでもない口ぶりだった。

 砦正面

 二人とわかれてからしばらくしてガレオスは悠々とした態度で歩いて真正面から砦に向かっていた。
「おい、誰かが歩いてくるぞ!」
 その姿は砦の見張りの兵士によって捕捉されていた。砦にやって来るものは限られているため、明らかに異色を放つ存在感に兵士たちは警戒態勢に入った。
「何者だ?」
 目を凝らしてみるものの、現れた大男が身に着けているものからは一体どこの所属なのかは判断できずにいる。

「おい、あいつが何者かわかるやつはいるか?」
 近くにいる他の兵士に見張り兵は声をかける。その中には先程の修道院襲撃メンバーだった者がいた。
「あ、あいつは! まずい、緊急警報だ! あいつはさっきの修道騎士との戦いで急に現れたやつで、あいつ一人で戦況が覆されたんだ!!」
 まさかそんなことが、と話を聞いた兵士は思ったが、彼があまりにも必死の形相で言うため、緊張の面持ちでごくりと唾を飲んだ。
「ほ、本当のことなのか?」 
 その問いに先程よりもさらに必死の形相で何度も頷く。

 それを見て散り散りになって帰って来た兵士たちを思い出した見張り兵は一気に気持ちを切り替えて声を張り上げた。
「き、緊急警報! 襲撃者あり! 防衛部隊は全員直ちに襲撃者の迎撃にうつれ!!」
 その指示はすぐに砦中に行き届く。正門から兵士が飛び出していき、正門側の壁の上にも遠距離魔法兵が攻撃準備をしている。
 しかし、指示を聞いて駆けつけた兵士たちは疑問に思った、一体なぜ? と。たかだか一人のためにこれだけの兵士が出張る必要があるのか? と。

「さて、これだけ出てくれば始めてもいいか」
 砦がざわめきだしたのを見てガレオスは自分に注目が集まっているのを確認すると、大剣を背中から抜いた。そして修道院戦で最初の魔法兵士にやったのと同様に大剣を振りかぶった。
「せーのっと!」
 投擲された大剣は風を切り、轟音と共に砦に向かっていく。

「お、おい、あいつ何か投げたぞ!」
 防衛部隊兵がそれに気づき、声をあげた時には大剣は既に彼らの只中へと飛んでくるところだった。
「避けろ、避けろ!!」
 大剣が大きな音をたてて地面に突き刺さるとまるで大砲が落ちて来たかのように爆風を起こし、周囲の兵士を吹き飛ばしていく。
「ぐああああ」
 声をあげて、何人かが倒れていく。その瞬間、離れている兵士たちも大剣の行き先に注目しており、すっかりガレオスから視線が外れていた。

「おい、あいつはどこに行った!」
 爆風に巻き起こる砂煙の中でパニックになる兵士たちの中で一人、この爆風をもたらした人物のことを思い出したものがいた。その張本人であるガレオスは大剣の投擲と同時に、武源解放した武器を取り出して走っていた。
「ここに、いるぞ!」
 彼らが気付いた時には防衛部隊兵たちの最前列にガレオスは辿りついていた。
「なっ!?」
 そして急に現れた存在に驚きの声をあげた瞬間には既に、兵士は身体を真っ二つにされていた。

「悪いな、お前たちと遠距離で戦う気はないんだよ!」
 既にガレオスは兵士たちの集団の内に入り込んでいるため、壁の上の遠距離魔法兵は魔法を打ち込むことができずにいる。味方を傷つけてしまう可能性がある遠距離魔法はこの混戦状態では使えなかった。それは砦の前にいる兵士たちもそれは同様であり、うかつに魔法を放てずにいた。
「く、くそ! 剣で攻撃をしろ!」
 だが彼らも前線に出てくるだけあり、魔法兵と言えども帯剣して近接魔法と組み合わせた戦い方があった。

 しかし、生半可な攻撃はガレオスに届くことなく、彼の持つ紅蓮と疾風によって武器ごと斬り伏せられていく。
「な、なんなんだお前は!」
 その問いに答えることもなく、ガレオスは次々と目の前の兵士たちを倒していく。無言で二刀を振る巨大な男。しかも、何者なのかは誰にもわからないとなれば、兵士たちの動揺も強かった。
「魔法兵とはこの程度のものか……他愛のない」
 手ごたえのない戦いにガレオスは挑発ともとれる言葉をつぶやいた。決して大きな声ではなかったが、それは兵士の耳に届いていた。

「我々を侮辱するな! お前たちやるぞ!」
 彼らもプライドをもって戦っており、その挑発に乗ってしまう。
 兵士たちの中から声が上がると防衛部隊兵の中でも実力のある者が前に出て、実力の低い者たちは後方に下がる。このことによって、無駄な損害を減らそうと考えていた。
「なかなか強そうな顔つきだな。どんどんかかってこい!」
 ようやく戦いが楽しめそうだと彼らの登場にガレオスは笑顔になって、それを迎え撃つ。
 砦の前は投擲された大剣とガレオスの存在により阿鼻叫喚と化し、中には尻尾を巻いて砦の中へと逃げ戻る兵士までいた。


 砦内、執務室

 この状況は砦の責任者の耳へとすぐに届くこととなる。
「たった一人に何をてこずっているのだ! さっさとそいつを始末しろ!」
 質の良さそうな椅子に腰かけた彼は執務室で話を聞いて、机を叩き怒鳴り声をあげていた。
 しかし、次々に入る報告に芳しいものはなく、怒りのボルテージが上がっていく。
「もう貴様らには任せておけん! 私が出る!」
 怒りに身を任せて立ち上がった彼は八大魔導ほどではなかったが、砦を任されるだけの魔法使いであり。国からも認められるだけの実力を持っていた。
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