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第二十五話
しおりを挟む旅立ちを決めた二人だったが、着の身着のまま旅立つわけにもいかず、発つ鳥あとを濁さないように、色々と準備が必要だった。
「私は、家の片づけをしておきます。それから、街でお世話になった人に挨拶に向かいますので、明日のお昼過ぎに街の北門に集合でいかがでしょうか?」
それはリーネリアからの提案だった。旅立ちを決めてからの彼女はどこかスッキリとした表情だ。
彼女はここに骨をうずめる覚悟で生活していたが、それでもやはり故郷に戻りたいという気持ちはくすぶっていたため、今回のことは良いきっかけだとも感じていた。
「了解。俺も家を引き払ったり、錬金術師のキセラさんのところに納品にいかないと」
「えっ、キセラさんとお知り合いなんですか? それに家を借りてたんですか?」
キセラの名前が出てきたことに、そしてまだ出会ってから数日程度しか経過していないにも関わらず、家があることにリーネリアは驚きを顔に浮かべる。
「あぁ、キセラさんはちょっとポーションの買取で行ってみたんだよね。俺が作ったものを気に入ってくれたみたいで、もっと買取をしたいって言ってくれたんだけど……まあ、今回の納品で最後になるかな」
苦笑交じりの優吾の回答がリーネリアの予想の斜め上をいっていたため、更に驚いている。
「家のほうは森の中にちょっと建てたんだよ。家というよりは小屋みたいなもんだけど……まあ、ちょちょいっとね」
どんどん予想外のことばかり話して驚きを積み重ねていく優吾に対してリーネリアは、大きくため息をつく。どれもなんてことのないように話す彼の態度が余計に恐ろしくもある。
「はあー……もう優吾さんに出会ってから驚かされっぱなしです。街での戦いの時ももちろんですけど、昨日の晩もそうですし、ポーションを自作して、更に家まで建てたなんて……もう、驚きを通り越して、ちょっと呆れてます」
困ったように笑いながらリーネリアは肩を竦めていた。
「そ、そうかなあ?」
街での戦闘のことはまだしも、他のことは大したことをしているつもりがないため、そこまでリーネリアに驚かれることに優吾の方も戸惑いを覚えていた。
「うん、でも優秀な師匠だということは一番弟子としても鼻が高いです!」
「あ、あぁ、うん……」
実は既に弟子が三人いたということを口にするかどうか悩む優吾だったが、誇らしく笑顔で言うリーネリアを見て結局この場では言えずにいた。
「そ、それじゃ、とりあえず家に戻って来るよ――あぁ、そうだ」
「……どうかしました?」
優吾は扉に手をかけたところで、一つ思い出したことがあったため振り返る。
「荷物だけど、ある程度なら俺の魔術で運ぶことができるから、まとめておいてくれればそれを持ってくことは可能だよ」
今も優吾は荷物の大半を空間魔術で収納している。基本彼が手ぶらなのもそこに起因していた。
「ふわあ、すごいんですね。それじゃお言葉に甘えて荷物は少し多めにまとめさせてもらいますね」
リーネリアはここを発つことになれば、最小限の荷物で旅立たなければいけないと考えていた。それゆえに、優吾の提案は嬉しくあった。
「それじゃ、明日街で合流してあいさつ回りが終わったらここに戻ってきて荷物を回収でいいかな?」
「はいっ」
少々予定が変わるが、結果としてそのほうが効率よく回れると考えた優吾の提案にリーネリアも頷いて答えていた。
その後、優吾を見送ったリーネリアは急いで家の中へ戻ると家の荷物をまとめていく。
食料は最小限にして、長持ちしないものや持ち運びが大変なものは破棄する。服や装飾品などは、大きなカバンに全て詰めていく。
家具を持っていく必要はないので、それらはそのまま置いていく。
途中、母との思い出の品を見つけると思わず片づけの手を止めてしまうこともあった。獣人の国で辛い目にあっているリーネリアを見かねて母親が父親の許可を経て実家を出て、ここに居を構えた。
父親は最初援助を申し出てくれたが、全て母親が断ったとのことだった。それでも母親はリーネリアに不自由をさせないようにと一生懸命街で仕事をしていたのを思い出す。
母親がいつも笑顔を絶やさずにいてくれたからこそ、リーネリアはこの森でも寂しいと思ったことはなかったのだ。
「はあ、お母さんが亡くなってからもう二年か……こんな形で故郷に戻ることになるとは思ってなかったなあ」
徐々に片づいてきた家はどこかもの悲しさを誘って、見回していた時、ふと目から涙がこぼれる。
「……あ、あれ? 私どうしたんだろ……?」
自分自身でもどうして涙が出るのかわからない。戸惑うながら指先で拭うも、どんどん涙が溢れてきてしまう。
母との思い出が詰まったこの家と離れることをリアルに感じ始めたのか、身体が自然と反応してしまっていたようだった。
「ふふっ、やっぱり私はお母さんのこと吹っ切れてなかったのかもしれないなぁ……」
だが今度は自然と笑顔になっていた。一人ぼっちになって日々を暮らしていく中で、徐々に母との思い出が穏やかな記憶へと変化し、最近では母のことを考えるよりも優吾と話していることを楽しんでいる自分がいた。
そんな自分を、もしかしたら冷たい人間なのでは? と思うことがあった。
「うん、お母さんのこと、忘れられるわけなんてないよね……。本当だったら、あの家に残ることもできたのに、私のことを心配して一緒に家を出てくれたお母さん。料理を教えてくれたお母さん。薬草のこととかも全部お母さんが教えてくれた。勉強も、一般常識も……」
あげていくときりがなかったが、自分を形作る一つ一つが母によって教えてもらったことであり、それは母がともにいてくれた証拠であることに気づくと、一度落ち着いたはずの涙は小雨から大雨に変わり、ボロボロと目から零れ落ちていた。
しばらく笑顔の母を思って泣き続けたリーネリアが片づけが終わっていないことに気づいたのは、真夜中をとうに過ぎていた頃だった。
だが彼女の心は泣いたことで、部屋と同じように整理がつき始めていた。
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